不誠実


 チビ杉からメールが来て、部屋に飲みに来いと言う。チビのくせに生意気だテメーが来いと返したら電話かかってきた。

『先生に聞かれてもいいのかクソ天パ』

 挨拶もなしにいきなり低杉は、あからさまにニヤついた声で言い放った。ついでに『俺はどっちでもいい』だって。こりゃマズイと思うだろ。松陽に聞かれちゃヤバイ話って具体的に何かわかんねーけど本能がヤバイと言っている。で、仕方ないから行ったわけだ、ヤツの部屋に。
 高杉は十四郎のアパートの近くに住んでいる。近くだってことしか知らなくて、実は初めて行った。どういうわけかヅラも辰馬もここに来たって話は聞かない。代わりに河上とか武市とか岡田とか、高校の時は俺とはあんまり馴染みのなかった連中がよくここでたむろってるらしい。高杉の話に聞くだけだからホントかどうか知らねーけど。
 そんなところに俺を呼び出すたあどういう了見だ。タダ酒飲みてえだけじゃねえだろうな、奢らねえぞと言ったら鼻で笑いやがった。

「その手に持ってンのァなんだ」
「ビールだけど!? 俺が飲む分だからね、俺の俺による俺のためのビールだから!」
「言ってろ。すぐ俺に献上したくなるから」
「はァ!? ないわ、ナイナイナイ」

 嫌な予感はしてた。こいつなんやかんやでボンボンだから料理とか一切しない。する気がない。高校ンときもこいつらと集まると、結局俺がツマミ作らされる羽目に陥ってたの思い出した。今もボンボンていうか俺様気質に変わりないバカ杉に対抗するために適当なツマミ買ってくる(俺の奢り)か、俺がここで作る(材料費俺持ち)か、どっちを選ぶかっていえば、

「どっちも俺の負けじゃねえかァァア!?」
「何も本格ピザ焼けっつってんじゃねえんだサクッと作れ」
「なんでテメーに命令されなきゃなんねーんだよデリバリー頼めよテメーの奢りで」
「作っといたほうがテメェの身のためなんだがな」
「なんでだよ!? 全然ためじゃねえよ!」

 バカに買わせるという選択肢がまだ残ってた。よかった俺。早まらなくて。なんでバカに食わせるモン作んなきゃなんねーんだ、そんなの十四郎に食わせてえに決まってんだろ。


 勿体ぶった割にチビは『ピザ屋が来るまで』とか言ってゲームし始めた。なんなの。ホント自己中だよ、知ってたけど。そのくせ俺が大福食ってたら嫌な顔して『テメェは相変わらず我が道爆進中だな』って、オメーに言われたくねえっての。ピザが来て支払いで揉めてピザ屋を困らせたけど結局バカに払わせた。あたりめーだろ飲みモンは俺持ちなんだから。十四郎ならちゃんと半分こするけどこのバカ相手ならなるべく得したい。少なくとも損したくない。ていうか俺はピザじゃなくてクレープ食いたかった、ってあれ?負けてる?

「悪食もほどほどにしろよ、銀時」

 高杉はニヤニヤしながらそう言った。

「悪食て何。甘味は正義なんだよバカ」
「甘味だろうがなんだろうが、食いモンは俺の知ったこっちゃねえが」
「?」
「女だ。『悪食』は」
「あん?」
「テメェ、元カノと別れるとき揉めただろう」
「どの女よ」
「土方の前の女」

 高杉が口にした名前は、確かに十四郎とつき合う時に別れた女だった。

「なんでテメーが知ってる」
「万斉がこの前合コンしたときに、テメェの大学の女が混じってたらしい」
「ふーん。で?」
「その女の知り合いがテメェの元カノだった」
「お前、会ったのかよ」
「そりゃあな。万斉が連れて来たから」

 こいつと河上万斉もおかしな関係で、実は一回や二回ヤッてるんじゃねえかと俺は密かに疑ってる。河上はヤケにコイツに親切だし、だからってパシリでもない。このチビの我儘をまともに窘めてるとこを見たことがあって、しかもそれを高杉が不満そうな顔しながら聞き入れたりしてて、素直すぎて気持ち悪かった。ヅラが説教してもガン無視のくせに。弱味でも握られてんのか。今度聞いてみよう、河上に。

「揉めようが揉めまいがもう終わった話だし」
「テメェにとってはな」
「俺にとって終わってんならそれでシメーだろが。後のことなんざ知るか」
「次のツレが男だってェ話はしてあンのか」
「別に。もう会わねえって言っただけ」
「理由も言わずに?」
「なんか言ったかもしんねーが忘れた」
「相変わらず極悪非道だなテメェは」
「オメーにだけは言われたくない」

 だいたいチビのくせに俺よりモテるってのが気に入らない。俺がつき合った女は大抵高杉に目移りして俺が振られるパターンてのもムカつく。わざと俺のカノジョに思わせぶりなことしてたし、俺が振られるのを見届けるとその女に興味なくすって酷すぎる。今度もそのパターンの亜種だろう。この前の女は高杉に惚れて俺と別れたわけじゃないってのがちょっと違うけど。
 そう言ったら高杉は薄っすら笑った。カンジ悪い。

「テメェに会いてえらしいぜ」
「は?」
「坂田銀時の知り合いだっつったら、上手いこと呼び出してくれって頼まれた」
「はあ!?」
「そういうわけだから、女が来たら俺は出かける。あとは二人で好きにしろ」
「はあああ!?」

 間髪入れずにインターホンが鳴った。ボンボンだからカメラ付きで、ボンボンが案外おっとり画像を確認しようとするのを引きずり戻す。

「高杉くんごめんなさい。ピザ奢るからここにいて」
「テメェがイチから作ってりゃなァ。考えてやっても良かったんだが」
「作る! ピザでもパスタでも! 好きなモン作ってやるから出かけないで!」
「生春巻き食いたい」
「手間と金ばっか掛かるヤツじゃねえかぁぁあ!?」
「じゃあ俺は万斉と飲みに行ってくるから……」
「わかった! 作る、作ります! 作るから行かないで!」

 そうこう言ってる間にもピンポンピンポン、チャイムはめっちゃ鳴りまくる。高杉が応答するのを見届けて、俺はトイレに籠城することを決意した。



「おい、帰ったぞ」
「嘘だ。俺を油断させる気だ」
「生春巻き食いてえからホントだ」
「ここんち無駄に防音効いてんだよ! そっちの部屋の様子わかんねもん。テメーなんか信じられるか」
「ションベンさせろ阿呆。テメェの上着に引っ掛けるぞ」
「あの女に会うよりマシだ」
「そこまで言うか」

 トイレのドアを細く開けたら高杉が隙間に指突っ込んできた。マジで切迫詰まってたらしい。そりゃビールがぶ飲みしてたもんな。
 無理矢理追い出されて、おっかなびっくり玄関を確かめたが出てる靴は俺と高杉の分だけだった。ていうか、

(俺がいたのはバレてんじゃねーか!)

「高杉クン高杉クン」
「あ? ションベンくらいゆっくりさせろ」
「イヤもう終わってるよね。なんなら座ってるよね――そんなこたいいから、俺のことなんつって誤魔化したのか教えて」
「『テメェに会わすツラがねえらしい』っつっといてやったぜ、有り難く思え」
「思わねえよ!? なに余計なこと言っちゃってんの!? 期待するよねそれ聞いたら! 会わすツラがねえんじゃねえよ、向こうがどのツラ下げて会いに来やがったっつー話だろ!?」
「似たようなモンだろうが」
「百八十度違いますが!?」

 水を流す音がして、心なしかスッキリした顔のバカがしゃあしゃあと顔を現した。ぶん殴りたいけど実行したらあの女を呼び戻しそうでイマイチ思い切れない。

「実際会わなかったんだから問題ねえだろう」
「あのな。あいつは俺と同じキャンパスなの! 探そうと思えば探せるんだよ、俺の行動ある程度知ってるし」
「そうか。上手く逃げ切れることを祈る」
「テメーが元凶だろうがァァア!? なんとかしろ!」

 高杉は涼しい顔で冷蔵庫を覗き、ビールが足りねえとか呟いている。ちょっと待て、

「だだだ誰が買いに行くの」
「テメェか俺だろうな」
「待て待て待て! オメーが出かけたらあの女ここに戻ってくんじゃねえだろうな!?」
「ならテメェが買いに行け」
「イヤイヤイヤイヤ! その辺で待ち伏せされてたらアウトだろ、死ねってか」
「死ぬほどのモンでもねえだろう。もう次のツレがいるって言やァ事は足りる」
「端っからテメーがそう説明すればこんなことになってないよね!? なんで俺がわざわざツラ合わせてンなこと言わなきゃなんねーの!」
「テメェこそ、別れたとはいえ一度だか毎日だか寝た女だろう。そこまで毛嫌いする必要はあンのか」
「毛嫌い、つーか」

 会いたくない。
 会って俺の不誠実さを目の当たりにしたくない。
 俺が今幸せだからこそ、もしかすると不幸せな過去のパートナーを目の当たりにしたくない。
 この幸せはお前が他人を踏みにじった上に成り立つものだと、思い知らされたくない。

「テメェの不始末だろう。ケツはテメェで拭け、俺は知らん」

 ケツを拭く羽目になった原因を作ったくせに、高杉は軽く言い捨てて上着を羽織った。

「酒と、ついでにタバコも買ってくる」
「……」
「阿呆。来ても入れなきゃいいだけの話だ、ビビりすぎだろ」
「……」
「ついてくるか? 銀時クンよ」

 高杉と一緒にいたからといって、何が解決するわけでもなかった。だが、俺は確かにビビり過ぎていた。元カノに会いたくない一心で、会って責められたくなくて、そもそもなぜあの子とつき合おうと思ったのかと問い詰められたら碌な答えがなくて、一人でいたら自分の不誠実さを嫌が応でも考えてしまうのが嫌で、

「……酒代折半な、」

 悪友ではあっても一緒に過ごした時間だけは長いこの馬鹿に、俺は無意識に救いを求めてしまったんだろう。

 結局女は現れず、コンビニで安い酒を買い込んで部屋に戻り、高杉としこたま飲んで朝になった。
 高杉は昼前に河上が迎えに来て、俺は部屋を追い出された。仕方ないから大学に行って空き教室で爆睡し、午後の講義にはかろうじて出席してからバイトに行った。
 十四郎から連絡がないことに気づいたのは、バイトが終わってからだった。
 いつも昼飯どきには待ち合わせの連絡か、都合が合わないときも合わないと連絡を取り合うものだったのに、今日の昼間は俺が潰れてたし十四郎からも連絡がなかった。
 そんなこともあるかな、とあまり気にせずに電話してみた。が、出ない。
 メールもしたが返ってこない。
 都合が悪いんだろうと深く考えずに、俺は自宅に帰った。


 そして翌日。

「ねえ、なんか変だよ? どしたの」
「気のせいだろ。なんもねえよ」

 十四郎は俺に笑って見せた。その笑顔は長くは続かず、強張って不自然に歪む。そして視線はすぐに外されてよそを彷徨う。
 他人の前で触れることにまだ慣れないのを知りながら、俺は思わず十四郎の手を取ろうとした。途端に、素早く躱されたばかりか一歩距離を置かれる。

「え、そんなに?」
「! っな、なに、が」
「十四郎?」

 怯えすら含んだ視線は相変わらず俺を避けようとする。意図的に逸らされている。
 おかしい。いくらなんでもおかしい。

「ねえ、ほんとどうしたの」
「次の講義出ンのか。俺はこれで終わりだから帰」
「十四郎」
「サボりすぎるといくらなんでも単位落と」
「ちゃんと言え。どうした」

 十四郎は遂に俺の目を見なかった。沈黙が続いた。


「……帰る。今日は、お前も家に帰れ」


 目を伏せたままそう言って、十四郎は素早く立ち去った。
 あからさまな拒絶に、頭から血の気が一気に下がるのを感じた。





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