願い


 キスをしながら十四郎をベッドに横たえた。
 十四郎はいつもこのとき身体を緊張させる。唇を離すと『本当にいいのか』と言いたそうな目で俺を見上げる。瞳は潤んでいて確実に欲の灯った視線なのに、未だに迷っているように見える。


 最近俺は竹刀を十四郎の部屋に置いてある。もう高校のときみたいに体は動かないし、それに講義やバイトで時間が取れなくてなかなか練習はできない。でも二人で竹刀の手入れをするだけでも十四郎が本当に嬉しそうにするから、練習嫌いの俺もたまにはやろうかなって気になる。
 実際何度か練習はした。俺は今まで実戦形式の稽古限定という無精なやり方をしてきたので、十四郎が持ちかけてくる練習方法は新鮮だ。追い討ちとか初めてやった。どうも打突を受ける一方ってのが体に飲み込めなくてつい反撃かまして怒られたりもした。一回の練習の中で明らかに十四郎が上達するのがわかるときは声を上げそうになった。こいつが今まで積み上げてきたものの上に今まさに目の前でもう一段積み上がるのが見える。何という特権だろう。
 それはそれとして俺も負けたくはないので、久々に全身に神経を張り巡らせてみたりもした。あとで筋肉痛が来たりして、歳だななんて二人で笑いもした。十四郎が思い切り笑うのが嬉しかった。
 そうやって日々を重ねながら、俺たちは今まで通り、いやそれ以上に、二人の時間を大事に過ごしている。


「大丈夫?」
「も、いうな……っ」
「痛い?」
「いたくない……」
「動いて平気?」

 最初の頃よりは慣れたみたいだけど、やっぱり男なのに受け身なのはいろいろ大変なんじゃないだろうか。それに十四郎は『正直めちゃめちゃ気持ちいいわけじゃない』って言ってた。俺と一緒に眠るとウズウズしちゃうのにえっちが気持ちいいわけじゃない、らしい。その辺が俺にはよくわからない。わからないからつい探りを入れてしまう。
 十四郎は蕩けた瞳で見上げながらクスッと笑った。

「へいき。あんま気ぃつかうな」
「うん……でも、」
「だいじょぶだから」

 そう言いながら俺の手を取り、どうするのかと思ったらそのまま十四郎の股間に導かれた。直接的な刺激が欲しいのだろうかと思ったのは一瞬で、

「……勃ってる」

 十四郎は照れ臭そうに目を逸らした。

「きもちイの?」
「聞くな、ンなこと」
「だって、今まであんま勃たなかっ……や、そういうとアレだけど、え、ほんとにきもちイの」
「も、黙れ……んっ」

 信じられなくて腰をそっと動かしてみると、手の中の物がぴく、と動いたような気がした。手を動かすと中がきゅうきゅう締まる。中を刺激すると、

「はっ、おま、わざとかっ」
「違う違う。ちょっと確かめただけ」
「わかったらっ、い、だろ……はぅ」
「きもちヨかったらちゃんと言えよ」
「ア、ホかっ、ふあ!?」

 少し奥を突いたら十四郎の背中が大きく撓った。この瞬間が密かに好きだ。筋肉質な身体が意志と関係なく反応する瞬間。

(そういえば何回か見たな、これ)

 慣れてくれたんだろうか。急に愛おしくて胸が苦しくなった。無意識に十四郎の唇を探り、深く口づけていた。十四郎の腕が俺の首に回る。繋がったまま抱き合い、しばらくお互いの口の中を味わう。

「背中、痛くない?」
「ん……ぎん、」
「こっちおいで」

 後ろからするのは嫌だと前に控えめながらも涙を堪えて言われたことがある。『銀時の顔が見えないのはいやだ』って、そんなこと言われたら絶対バックでやろうなんて思わない。でも背中痛そうだなっていつも気になってた。
 首に掴まっててね、と言ったら疑問符だらけの顔で言われた通りに俺の首に腕を巻き直した。

「なに……ひゃう!?」

 そのまま抱き起こして、十四郎を膝に乗せてみる。ものすごく驚いたみたいだ。カワイイ声が出たのは俺としては嬉しいが、いつになく必死で俺の首にしがみついてきた。

「ん? これ辛い?」
「ちが……っ、なに、待っ……ひゃあ!?」
「どした?」
「あ、あ……だめ、うご、かない、で……っ、ああ!」
「?」
「あ、や、だめ、ダメだっ深い、ふかいとこっあたる! だめ、コレだめぇぇえ」

 もう十四郎の腕は首では収まらず俺の背中を掻き乱している。たまに爪が当たってピリッとするほど取り乱して、首を横に振り続ける。

「動かしてないよ、ダイジョブだって」
「だいじょぶくない、あ、あ、また……っまたクる! あああっ」
「ん? ここ?」
「それっ、そこダメっ、あ……や、ぎんとき、おれっ」
「きもちイ?」
「ちが……! あっ、だって深、やだ」
「違うの? 中きゅうって締まるけど」
「あ! 待っ、ああ!? なん、なに、ヘンッ」
「もっとキモチくなれ。こう?」
「ちが……やだ、だめ、もっヤダ!だって…… ヘンだおれっ、おねが……ああッ」
「変じゃない」

 実のところ俺はあんまりキモチくない。十四郎は気づいてないみたいだけど、自分でイイところに当たるように腰が動いていて、自分で自分を追い詰めていく。俺はまだ余裕かませる。十四郎は涙を滲ませながら信じられないって顔で俺を見つめて、何かを訴えようとする。けどキモチイイのに流されて上手く言えない。
 そんな必死な十四郎を見られるのが嬉しい。やっと気持ちよくなってくれて嬉しい。俺と抱き合って気持ちよくなってくれるのが嬉しい。

(これかな、めちゃめちゃ気持ちよくはないけど嬉しいって)

「見ないで……くれ、」

 ついにほろりと溢れた涙とともに囁かれた言葉。

「見る。綺麗だよ」
「きれ……じゃな、」
「綺麗だ。それに可愛い」
「ばっ……ひくっ、こんなの……あっ、ね、うごかないで! たの、むっからぁ」
「なんでよ。こう、とか」
「あああ!? や、ダメダメッ待っ、ぎん、」
「ん?」
「なん、で……ッさわって、ない、のにっ、」
「?」
「あ、や、らめ、もっおれ、ぎんっごめ……イくっ! イっちゃう! ヤダぁぁあぁあ!」

 ひときわキツく背中に爪が食い込み、両脚が腰に巻きついて十四郎の身体と俺の身体が密着する。同時に温かいものが二度三度と、俺の腹に降りかかった。腕の中のひとは息を詰めて、長いこと痙攣した。
 その一部始終を、俺は目に焼き付けた。
 本当に美しかった。



 十四郎は放心したまま、その後もう一回放出してぐったりと倒れ込んだ。力の抜けた身体を掬い上げ、二人ベッドの中で抱き合って気怠い余韻に浸る。

「ぎん……ごめん」
「なにが?」
「変、だろ、なんで今日、」
「変じゃないってば。キモチかったんだろ、俺もキモチかったし」
「……だって、」
「ナカでイったのハズカシイ? 俺はイかせて満足なんだけど」
「………でも」
「ぎゅーって抱きついてもらっちゃったし。へへっ」
「!」
「幸せ。よかった」
「……」

 抱き寄せたら素直に寄り添ってきた。黒髪が頬に当たる感触に、胸がきゅうと締めつけられる。
 肩の辺りに凭れかかっていた頭を引き寄せて、髪にキスをした。ん、と十四郎は小さく声を漏らした。
 それから俺たちはしばらく黙ったまま抱き合って、キスしたり髪を弄ったり、俺は十四郎の背中に指を滑らせたり、十四郎はそんな俺の手を止めることもなく、腰に廻った手にときどき遠慮がちに力を込めたり、筋肉のつき具合を確かめるみたいに指でなぞったり、互いに顔を見ないまま相手の体温を感じるためだけに触れ合った。
 十四郎が本格的に眠りに落ちそうになって、風呂入らなくていいかなマズイんじゃねえかなまあいいか、なんて俺もうとうとしかかったときに、腕の中から十四郎の囁くような声がした。

「俺は欲張りになった」
「ん?」
「一緒にいるのが当たり前になってきて……」
「んん?」
「ずっとこのまんまで……いられそうな気がして」
「いようぜ。このまんまで」
「見てるだけで、よかったのに」
「さわれたほうがもっといいだろ」
「もっとそばにいたくなるんだ」
「いてくれよ。ずーっと」
「おまえがいなくなったら、」
「ん?」
「おれはもうダメだ」
「とうしろ?」
「ヤなとこあったらなおすから」
「どしたの」


「すてないで」


 すう、と寝息が聞こえてきた。
 寝たふりかもしれないし、本当に眠そうだったから眠ってしまったのかもしれない。しばらくしたら『ぎんとき』と舌足らずに呼ばれて、でも手に力は入ってなくて、そっと体を離したら今度は本当に眠っていた。寝言だったみたいだ。
 起こさないように気をつけながら、その頬に唇を押しつけた。それからベッドを抜け出して、後始末のためにタオルを取りに行った。


 友人たちの前で恋人宣言をしてから、一部とはいえ周りも俺たちをそう扱うようになった。俺にとっては可愛い恋人の十四郎が、他人に対しては口が悪かったり厳しかったり、練習では気が短くてすぐ叩いたり、かと思えばびっくりするほど長い時間同じ練習をしたり、俺の知らなかった顔を友人たちの前では見せることを知った。
 十四郎はきっと俺の顔なんてずっと前から知り尽くしてたんだろう。俺はフラフラとよそ見をしていたから十四郎のよそ行きの顔しか知らなかった。そのよそ行きの顔さえ一部しか知らなかった。
 俺が土方十四郎のごく一部しか知らないことを、十四郎はとっくに知っていたに違いない。

「ぎん……」
「寝てな。ちょっと拭くだけ」
「んん……ぎん、」
「ここにいるよ」

 温めたタオルが熱すぎないことを確かめて、十四郎の腹を手早く拭き取る。十四郎の腕が俺を探して彷徨うのを見て、自然と顔が綻ぶ。

「大丈夫。ずっといる」

 知れば知るほど愛しさが深まる。そして深く知るほどに、どれほど俺が愛されているのかと驚嘆する。
 タオルを洗濯機に放り込んで、俺は急いで十四郎の横に潜り込む。手を取ると寝ぼけた目を開けて、俺の髪に指を差し入れてきた。

「ぎんとき」
「ん。おやすみ」

 ん、と口元を緩めて返事らしきことを呟くと、十四郎は再び深い眠りに落ちていく。また疲れさせてしまったかもしれないが、今日は反省することもないように思う。
 なかなか慣れてくれないと思っていたけれど。

(慣れないのは、俺のほうだったか)

 きっかけは、十四郎の気持ちに気付いたことだった。
 好いてくれるから好きになったのではないと信じていたが、もし十四郎が俺に少しも気持ちがなかったら、俺はこの人を手に入れようとしたかと問われれば、あの日の俺はきっとしなかっただろう。それどころか自分の片恋を別の女との時間で誤魔化し、消してしまっただろう。
 俺を好きだという十四郎しか、あの日の俺は目に入っていなかった。

(そりゃいつ気が変わるだろうって思うよな)

 愛しいひとの寝顔を見つめ、艶やかな髪を撫でながら思う。
 俺はあの日十四郎の、俺に恋をしてきた過去の時間ごと好きになった。この美し過ぎて近寄りがたかったひとがこれまで一途に俺を想ってくれていたことに驚き、その人を俺の傍に置けたら、どんなに俺は幸せだろうと思った。あの日の俺は、俺が可愛かっただけだ。十四郎という恋人を得て舞い上がったものの、十四郎と過ごす時間が今までと違って恋愛寄りに変化したことに、いちばん戸惑ったのは俺のほうだった。

「今はね。どんな十四郎でも好きだって、ちゃんと言えるよ」

 眠るひとに語りかけながら髪を撫でる。
 鬼と呼ばれて後輩を叩きのめし、練習試合では目を輝かせて俺を負かそうと立ち向かってくる、まるで可愛げのない十四郎も好きでたまらないのだ。二人きりの練習でもお互いにお互いのやり方に驚き呆れながら、相手の成長に目を瞠り、感嘆を惜しまずにいられる。その上で、コイツには負けたくないと思う。
 そうやってこの先ずっと互いを認め合い、共に過ごしていけたらいい。


「俺のほうこそ、捨てないでね」

 眠るひとの額にもう一度唇を押し当て、俺も眠ることにした。
 この人の隣にいられる幸福を噛み締めながら。



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