あわない時間


 すごく好きでどうしていいかわかんないって陸奥に言ったら、黙られてしまった。ノリ悪い。


 辰馬が短期留学に行くことになって、まあ一か月くらいで帰ってくるんだがとりあえず送別会の名目で飲み会することになった。たいした人数じゃないから俺と陸奥が店取り代わりに先に入って飲んでて、高杉が辰馬を連れてくるって段取りだ。
 ヅラは来ないらしい。例の合宿から帰ってくるやいなや何故か俺に電話してきて、『貴様の魂胆はわかっている遠隔操作など俺には効かんぞはーっはっは』とか一方的に宣言された上にガチャ切りされた。なんなの。遠隔操作ってなに。しねーよそんな面倒くせえこと。高杉が今日のことを連絡したら、ラーメン屋に行かなきゃいけないからダメだって言われたらしい。ラーメンって一日も欠かしたらいけないの。中毒なの。
 ヅラがラーメン屋に忙しいなら俺だって十四郎に忙しいはずなんだが、実は十四郎が帰ってきて以来会っていない。帰った当日はただいまメールが来た。翌日デートに誘ったら、眠いからごめん、って珍しく断られた。そりゃヅラと三泊だもんな。ヅラの寝言酷いからね。修学旅行のとき俺と高杉で二日目まで我慢しだけど一睡もできなくて、三日目にヤンキー高杉が教師に平身低頭して部屋変えてくれって頼んだくらいだから。辰馬はぐうぐう寝てたけど。

 陸奥は俺なんか無視することにしたらしい。一人でぐいぐいビール飲んでる。そんならと俺は遠慮なく十四郎に会えない鬱憤をぶちまけることにした。

「すっごく好き。なんで今まで気づかなかったんだろ、俺のバカ」
「そうじゃな」
「ほんと勿体な……え、聞いてたの? なに、俺がバカってこと? バカなのはあいつの可愛さに今まで気づかなかったことであって俺がバカってことじゃないからね」
「土方は可愛くないき」
「バッカ可愛いんだって。こう、視線から仕草から何からもう」
「いや。可愛くはなか。おんしの目が腐っちょる」

 陸奥は顔色も変えずに断言して、通りがかりの店の子を捕まえてすいませーん中ジョッキお代わり、と言った。

「えっ、あ、俺も! 中ジョッキ二つね! 腐ってないもん! 可愛いんだって」
「鬼の副将がか? まっこと厳しかったからこそあの代は優勝できたと聞いちょる」
「……それはそうだけど」

 うちの剣道部は、近藤を主将とする代のときだけめちゃめちゃ強くて全国大会で準優勝した。沖田なんか個人優勝してたし。そのときの副部長兼試合での副将が十四郎で、チームを良くも悪くも厳しく引き締めるんで後輩どもは『鬼の副将』と呼んで恐れていた。
 そんな剣道部も俺たちが一年のときは部員数が少な過ぎて試合が組めないほどの弱小部だった。俺とヅラなんか試合の頭数揃えるために手伝いに駆り出されたこともある。高杉は団体行動嫌いだから見向きもしなかったし、辰馬は方向音痴過ぎて練習とか試合に連れてくのが面倒で二度目からは断られた。あれ、辰馬のヤツ外国で生きていけんのかな。
 そんなわけで俺も十四郎――当時は土方と呼んでいたが、あいつの練習風景は見たことある。厳しかった、のかもしれないが。

「あいつのは、自分に厳しいっつーか」

 陸奥はまた黙ってジョッキを傾けてる。ほんとノリ悪い。コイツにノリの良さは求めないけどそれにしても酷い。

 土方(当時)と立ち合ったことは何度かある。負けたことは幸いないが、土方は確かに強かった。負けても土方は表情を変えなかった。でもその後必ず残って研究する。何が悪かったのか、どうすれば俺の攻撃が防げたのか、あるいは先手が打てたのか。一人黙々と考え、体を動かし、次にはきっと上達していた。最後の方は結構俺も危なくて、辛くも勝ちを拾ったこともあったのにやっぱり残ってずっと練習してた。
 その点ヅラなんか能天気だ。ヅラはヅラで強いんだけど連戦連勝とは当然いかなくて負けることがある。そうすると凄い。あれは審判がおかしくなかったかとか自分のほうが先に一本取ってなかったかとか、挙げ句の果てに相手がズルしてないかとか散々俺に絡む。うっせーなまごうかたなき負けだイヤ俺が負けるはずがない、とかなんとか十回くらいケンカしてやっと負けを認める。文句言う割に次までにはちゃんと対策してくるから笑える。だったら最初からやれよ。
 十四郎とは対照的なのに結果は同じで、それどころかヅラには俺は何回か負けた。

「ヅラみてえに図々しいのも厄介だけど、十四郎は自分に厳し過ぎなんだよな」
「そんなら少しわからんでもなか」

 ごと、とジョッキを置きながら陸奥が答えた。びっくりした、聞いてたのかよ。

「しかし結果は同じじゃ。土方も、桂も」
「……まあ、そうだけど」
「桂は自己評価が高過ぎるバカ、土方は低過ぎるバカ。違いはそこだけじゃ」
「十四郎はバカじゃないもん」
「フィルターかかり過ぎぜよ。何フィルターか知らんが」
「……」
「土方は可愛くもなければおんしが思うほどお利口でもないき」
「俺にとっては可愛いしお利口なの! いいじゃん別に!」
「おんしらがそれで良いなら好きにせい、じゃが」

 ぐび、と陸奥はビールを喉に流し込んで、俺に目もくれずに三杯目を頼んだ。どんだけ飲む気だこの女。

「なら何故土方を連れてこんのじゃ」
「? 別に深い意味はねえよ、辰馬とそんなに絡んでなかっただろ十四郎は」
「高杉は沖田に声掛けたらしいが」
「あ、そなの? あんま面子とか深く考えてねーしどうでもいいけど」
「沖田らは近藤らと飲み会やりよるき、予定が合わんちゅうて流れたそうじゃが」
「ほーん。ほんとどっちでもいい」
「それほど可笑しな組み合わせでもなかろう。なぜ土方ば連れて来んのじゃ」
「だから思いつかなかっただけだって」
「近藤が来れば土方も来たろう」
「……」

 俺以外の人間の連れとして、十四郎が来る。
 その場面を想像した途端、眉が不機嫌にぐっと寄るのが自分でもわかった。
 面白くない。

 確かに近藤ならあり得る。
 十四郎は中学でも高校でも近藤とやたら仲良くて、仲良いってより十四郎が世話焼いてるかんじだった。近藤がいるところには必ず土方がいるというのが大方の認識だったと思うし、沖田なんかそれが面白くなくてよく十四郎をイジリ倒していたものだ。

「今は……そこまでじゃねえよ。多分」

 とは言ってみるものの現に俺は十四郎にずっと会ってない。あっちの飲み会がいつだか知らないが十四郎はそっちに行くのだとしたら、俺は後回しにされたことになる。

「それは、土方が近藤に会うのも嫌ちゅうことか」
「……嫌っつーか」

 嫌なことを聞く女だ。

「俺も会ってねえのに……とは思う」
「ワシが知っちゅう土方は、他人の都合やら思惑やらより自分の意志を優先しゆう男じゃった」
「……」
「だからこそ厳しい練習メニューを組んだし、それを部員に守らせたもの、土方の意志がそれだけ強かったからじゃち思うちょった」
「……」
「もちろん本人が自分に厳しいメニューを課すゆえに、部員も文句言わずついて来たのは間違いなかろうが」
「……」
「その土方が。今はおんしの機嫌ば気にしよって、自分のしたいこつも言えんようになりゆうか」
「……」
「それを可愛いと思うちょるならおんし、サイテーじゃき」
「……」

 黒モジャも大概じゃが白モジャもサイテー、キモ、ウッザ、と、こいつ実は標準語ペラペラだよな土佐弁もちょっとインチキっぽいし、なんて思考が逃避したくなるような悪態をひと頻り吐いて陸奥はまたまた新しいビールを頼んだ。
 言い返したいけど、今度は俺が黙らざるを得ない。

 今でこそ十四郎の意志を尊重しようと思えるし、だからこそ会えなくてもじっと待っていられる。近藤との飲み会があるとは知らなかったけど、行くなと言うのはおかしいとわかる。でも本心はすぐにでも会いたいし近藤なんかと飲みに行くくらいなら俺と会えって文句のひとつも言いたい。つまり、本当は待ちたくもないし近藤に会うより俺に会ってほしいんだ。
 口に出さないのは、もし俺が言ってしまったら十四郎はきっと俺の望みを叶えようとしてくれるに違いないからだ。それが十四郎の意図とは違っても、十四郎は俺を優先しようとしてくれる。それがわかっているから。
 俺の言うことを聞いてくれるから好きなわけではない。それは間違いない。
 でも、聞いてくれたらいいのに、と思ってしまう。そうじゃなくて十四郎のしたいようにしてほしいと思う、それも本心には違いないけれど。

「そういうんじゃない……あいつから会いたいって言ってくれんの、待ってるし」

 そう抗議してみるがその言葉が薄ら寒いことに自分で苛立つ。俺は『無理して』待っているのだ。本当は無理にも十四郎の部屋に押しかけて顔を見て、見るだけじゃ収まらずに触れたいとさえ思っている。十四郎がどう思おうと、俺は確かに十四郎に会いたいのだ。
 ふん、と陸奥は鼻で嗤った。

「連れて来ればよかったがやき」
「……え、」
「おんしは土方に会いたい。土方は、どうしたいか知らんが少なくとも近藤らとは飲むらしい。ならばおんしが近藤ば巻き込んで、土方連れて来れば済んだ話じゃ」
「そうだけど……近藤、都合悪ィんだろ」
「近藤がダメなら沖田じゃ。そんくらい頭ば使わんかアホ」
「アホ、って」

 またビール頼んでる。調子乗りすぎじゃねーの大丈夫なの。ジョッキが来るなり勢いよく煽って、陸奥は勝手に続きを喋り出す。

「誰も土方と引き合わされちょらん」

 なにを言うかと思えば。十四郎を連れて来てどうしろと言うのか。俺は十四郎を、

(あれ、自慢、したかったけど……)

 連れて来るのも嫌、かも。

「辰馬なんぞ大騒ぎじゃ。キントキのカレシば見たい見たい、まっこと煩うてかなわん」
「だって知ってるだろ、みんな」
「今までのカノジョはみんな紹介してもろうたのになんで土方くんだけ会わせてくれんのじゃ、だそうじゃ。ワシに言われてもな」
「だから知ってんだろ、会ったことあるってレベルじゃねえだろ」
「友人としては知っちゅうがおんしのカレシとして引き合わされちょらん」
「まあ……それは、そうだけど」
「歴代のカノジョとどう違うんじゃ。女ではないちゅうとこだけじゃないがか」
「……」
「男の恋人じゃき恥じちゅうわけではないのはわかった。恥ずかしげもなく可愛い可愛い連呼する程度には惚れちゅうらしい」
「うん。恥ずかしくはない」
「ならばワシが思い当たるのはひとつじゃ」

 ぐびぐび、とジョッキの半分くらいを一気に飲み干して、ごとんと置き、初めて陸奥は俺のほうを向いた。


「出し惜しみ」


 目が据わってる。やばい。ピッチ早えとは思ってたんだ飲み過ぎだろ、高杉どうした早く来やがれ。ケータイをチラ見したら高杉からのメールが入ってて『辰馬いねえ』。どうすんだよコレ。

「おんし土方囲い込んで人目につかないように大事に飾っとく気か。キモ。ウザ」
「わかったから。水飲もう、」
「土方かわいそう。男なのに。可愛くなんかない、男なのに」
「ちょ、声デカ」
「おんしの都合いいフィルターかけられて! 腐った目ェでジロジロ見られて可愛い言われてもな! そんなの」
「お願い黙って。すいませーん水、」
「そんなの『好き』じゃない。貴様の好きは都合いいとこだけの好きじゃ」
「声デケェっつの! ンなとこまで辰馬に似るんじゃねーよ!?」
「可愛くない土方は好きじゃないがか! 不誠実! ジコチュー!」
「あっすいません静かにさせますんで! 水もらえますか、ほんとスイマセン!」



「で? なんでこうなった」
「テメーがさっさと辰馬連れて来ねえからだよそれ以外に何があるっつーの」
「俺に言うな。どうせ反対の改札にいんだろうと思って回ってやったんだがな」
「あはははは。駅ごと間違うちょるとは思わんかったき! 早う教えとおせ」
「そこまで想定してやるほど俺ァ親切仕様じゃねえ」
「そうだった。おめーを迎えに行かせたのが間違いだった」


 陸奥はテーブルに突っ伏してぐうぐう寝てる。高杉と辰馬が来たのは陸奥が潰れてから一時間後、もともとの集合時間から二時間半遅れだった。
 陸奥のせいで店も変えらんねえし高杉と辰馬は陸奥が騒いだときいなかったから平気な顔して座ろうとするし、店員の冷たい視線が痛いのは俺だけだった。ほんとヤダこいつら。

「ほんとヤな奴らだと思うのになんで俺おめーらといつまでもつるんでんだろ」
「なんだ不満か」
「金時に不満なんぞあるはずなか、安心せい高杉! おんしがどんだけバカばやりよろうが金時は見捨てたりせん。そうじゃろ金時」
「銀時な。あと今日の最凶バカはおめーだから」
「俺ァ飲めれば何でもいい」

 こいつらのバカにはもう慣れた。
 バカやっても、腹立てても、次はやり返してやるとお互いに思う。裏を返せば、きっと次があるとお互い信じて疑ってない。
 恋人にはいつもある種の緊張感がある。下手打てば、次はないから。

 十四郎をこいつらに会わせることに前向きになれないのは、このバカどものバカさ加減に十四郎を晒したくないというのもある。が、大きな理由はひとつだけだ。
 ただ俺だけに会ってほしい。俺だけを見てほしい。

「土方くんば来んかったんか」
「ありゃダメだ。銀時が大事にしまい込んでやがる」
「ケチ。減るもんじゃなかろ」
「俺なんざ部屋にあげてもらえなくなった」
「ケチ。減るもんじゃなかろ」
「っせえ! 減る!」

 俺と十四郎の間に他人を入れる。
 それが嫌なんだ。

(俺は……独り占めしたい)

 俺しか見ない十四郎が好きなわけじゃない。それでも、俺だけを見てほしいと思うのは間違っているのか。
 自慢したくてバイト先に連れて行ったけれど、猿飛や月詠と話をさせようとは思わなかった。ただ遠目に見せて自慢したかっただけ。いや、

(いざ連れてったら話なんかさせたくなくなったんだ)

 猿飛が強烈だからとか、月詠は知らない男と話したがらないからとか、尤もらしい理由はあった。でも大元の理由は。

(誰にも触れてほしくなかった)


 俺は十四郎をどうしたいんだろう。
 十四郎と、どうなりたいんだろう。

 アルコールが思考を鈍くしていく。終いには俺も瞼が重くなって、あとはよく覚えていない。




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