習うこと、慣れること 土方十四郎がこの合宿に参加するのは初めてだ。土方は現役高校生のときでさえほんの数日しか塾に参加していなかったはずだ。銀時や高杉が監督役としてまるで不適任なのは理解できる。だが、さりとて土方が適任とは思えない。 個人的にも土方とはそれほど親しかった訳でもない。銀時が沖田総悟という男と親しくなった延長で近藤とも顔馴染みになり、そのまた延長で土方とも話すようになったのが切っ掛けだったと記憶している。それでも土方と親しめなかった原因は、むしろ土方にある。なかなか心を許さないのだ。そのせいで適切な距離感が掴めず、付き合い辛い、づらい、づら、 「ヅラじゃない、桂だァァア!」 「知ってる」 「なに!? 貴様、俺の思考を読んだのか?」 「いや叫んでたし」 そうか。土方という人物はあまり感情が表に出ない故に取っつきづら、否、取っつきにくく感じるのかも知れない 「まる、と」 「何やってんだ。日記?」 「覗くなぁあ! プライバシーの侵害だ」 「悪ィ。見てないから安心しろ」 先生はなぜ土方を指名なさったのだろう。銀時よりは適任だからだろうか。 この合宿、俺は生徒側として参加したこともあるから概ね理解している。今年は宿泊施設で寝食ができるのは良かった。土方は知らんだろうが過去に野宿しながら勉強したこともあった。川で魚など取ったりしながらの勉学もなかなか貴重な体験だった。俺の獲った魚は誰よりも大きかった。あれは爽快だった。木の枝を斜めに切って銛を自作し、川に入って、 「獲ったどーーー!」 「なあ、もう寝ていいか? まだ書くのか、それ」 「何も書いてません」 「もう遅いし静かにしろよ」 「何も言ってません」 神経質な男だ。そういえば高杉や銀時も神経質だった。枕が変わると眠れないのだろうか。坂本を見習え。男子たるもの枕ごときで眠れなくなるなどという軟弱な 「小太郎うるさい。黙って寝ない罰としてブチます」 「ぎゃあああああ!」 「次は予告なしにブチます。眠いんで」 先生を起こしてしまったとは不覚であった。くっ。何か心配事でもあったのだろうか。 土方は不器用な質らしい。 「うーん人参の乱切り、難しかったみたいですね」 「……すみません」 「ジャガイモ剥けました? うふふ、ちょっと勿体ないかな、身が」 「すみません……」 「先生! 玉ねぎ切りましたァァア」 「ありがとう、小太郎はわかりますね。あとはよろしく」 土方、乱切りは失敗した後で切り直しても無駄なのだ。ジャガイモの皮を削り取るなどという暴挙に出るとは誰が予想しよう。細かい男だ。 「……つーか桂の皮もたいして変わんねえような気が」 「全然違うだろうが! よく見ろ貴様より一ミリは薄い」 「え、そんなもんでいいのか? あれ?」 「いいのだ」 「??」 まごついている。男子が小首を傾げても可愛くもなんともない。銀時の目は死んだ魚のようだったがとうとう本体が死んだ魚そのものになったに違いない。 銀時と恋愛関係にあるというこの男は、どこからどう見ても男子そのものだ。人妻の妖艶さもなければ人妻の妖艶さ、あれ、これもう言った。 「土方。たまねぎ係に代わってやってもいいぞ」 「? もう切ったんじゃねえの」 「炒めてたらこぼれた」 「いいけど俺、」 ふと土方の顔が曇る。たまねぎ切りたくないんだろう、俺も切りたくない。 「俺……遅いぞ」 遅いことなどわかり切っている。というか貴様、問題は下手さ加減にあるのがわからんか。でもたまねぎは煮てるうちに溶けるからバレな……じゃなくて形が悪くても問題ない。 「小太郎、たまねぎ無駄にした罰としてブチます」 「ぎゃあああああ」 そういえば土方は先生の必殺拳骨を食らっていないな。ずる……じゃなくて。えっと。アレだ。 「ずるいぞぉぉお!」 「え、俺なんかしたか? 悪い、気づかなくて」 気づかないとはやはり松下村塾初心者。俺に先んじるなど百年早い。 勉強の時間になっても土方は一人後片付けをしていた。俺たちはすでに生徒ではないのだから正しいといえばそうなのだが。 「土方くん、あとどれくらい掛かります?」 「あ、すみません急ぎま」 「いえいえ。どれくらい掛かるかと聞いたんです。ゆっくりやってください。そして小太郎」 「はいっ!?」 「見てないで手伝いなさい。ブチます」 「ぎゃあああああ!」 要領が悪いのだ。 普段銀時に炊事を任せきりなのだろうか。手際の悪さもそうだが、つけ置き洗いを知らんのか。俺まで叱られてしまったではないか(怒) 「あ……悪い、俺のついでに怒られちまったな」 「なに!? なぜ俺の思考がわかる!?」 「え、今お前が言ったから。かっこ怒りまで」 土方はくす、と笑った。 「お前、面白いな」 「俺を愚弄するかぁあ! 俺は至って真面目だ」 「や、そういう意味じゃ……悪い」 すぐに真顔になって作業に戻った土方の顔をよくよく見てみる。今の顔ちょっと可愛、何を言う俺は銀時とは違う。銀時め遠隔操作で俺の思考いや嗜好を操る気だろうがその手には乗らん(偉)。土方など人妻の魅力の足下にも及ばんわ。最近気になっている俺の大学のそばのラーメン屋の女主人を見習え。ちなみに幾松という。未亡人に違いない(望) 生徒の質問に答えるのも仕事のうちだ。炊事場の片付けが済むと、土方は休みもせず教室に入る。真面目か。もちろん美徳に他ならないが俺はトイレ休憩という名の長時間休憩に、 「小太郎。どこ行くんですか」 「トイレへの長旅に出ます」 「帰ってこなくてよろしい」 「トイレ案外近くに見つけました。幸せは身近にありました」 「サボろうとした罰としてブチます」 「待って! 漏れちゃう漏れちゃうから!」 次の食事時、土方はピーラーを覚えた。ひじかたはひとつかしこくなった。 「桂、ちょっとジャガイモの皮見せてくれ」 「ふん。年季が違うのだ、おいそれと上手くなれると思」 「あ。お前のより薄くできた」 「何!?」 これしきでレベルがあがると思うなよ。貴様にはスライムがお似合いだ。くっ。 土方は俺を腐すことはせず、自分のジャガイモの皮を見てなんだか嬉しそうだ。でもピーラーだから。包丁じゃないから。包丁で剥けるようになってから俺に挑んでくるがいい。 しかし土方は常に眉間に皺を寄せていると思っていたが、笑うと意外に可愛、違う違ういつもと違って可愛、だから違うってばアレだってば。なんだっけ。 「桂は毎年やってるのか」 「なっ!? 不意打ちとは卑怯だぞ!」 「?」 驚いた顔もなかなか可愛、だから違うんだって。俺は銀時と違って目が腐ってなどおらん。銀時は全体的に腐っておるから手遅れだ。 「無論だ。貴様のように昨日今日に始めた訳ではな」 「その、ぎ……坂田も?」 なぜそこで頬を赤らめる。意味がわからん。銀時のどこに頬を染める要素があるのだ説明しろ。 「銀時は合宿に来たことなどない」 「え、なんで」 「奴が言うには、『毎日ツラぁ付き合わせてんのになんで旅行先でもおんなじツラ見なきゃいけねンだ意味わからん』、てツラじゃない桂だあああ!」 「うん知ってる。じゃなくて桂はぎっ、や、えと、さ、坂田といつから一緒にいるんだ」 「忘れた。というか忘れたい」 「?」 話の通じないヤツだ。だがよく見ると眉間に皺が寄っていても案外、いやなんでもないから。ほんと違うから。 おかしいだろう。銀時が何をトチ狂ったか知らんが俺は正気だ。土方といえば剣道部の鬼の副将、当時の我が校剣道部が成績優秀だったのは沖田の個人技もさることながらこの男の頭脳から編み出される周到な作戦と冷静な試合運びが大きな要因だったという、要するに可愛いどころか強い・怖い・あれ、あとひとつなんだろう、まあいいや。とにかく可愛い要素などひとつもないのは明らかではないか(揺) 「桂……?」 こっち見るな、首傾げるな、というか頬まだ赤いんで引っ込めてください。 あ、わかった。土方は銀時なんぞにうつつを抜かすちょっと頭カワイソウな男、つまり可愛なんとかじゃなくて『カワイソウ』だったうっかり失念していた、そうだこれは憐憫の情だ、え、ちょっと待って銀時も土方とチョメチョメとか言ってたなということは土方は銀時の恋人ということで言うなれば土方は銀時の想いびとで、 「ひっ、人妻ぁぁあ!」 「え、どこ」 「うわああああああ!」 「小太郎ほんとうるさい。黙って肉じゃが作らない罰としてブチました。予告しなくてごめんなさい」 「なぜだああああああ!?」 「だから言ったでしょう、う・る・さ・い」 「ぎゃああああああ!」 ナイナイナイナイ、ないから。落ち着け俺慌てるな俺(荒息) 「大丈夫か。なんかごめんな」 「だっ、 黙れェェエ(落)!」 前へ/次へ 目次TOPへ |