僕の願い、君の望み


 土方くんアルバイト探してるって言ってましたよね、とある日突然松陽が言った。無視してたらめっちゃ笑顔で、ね? としつこく追っかけてきて、終いにゃトイレの前で何度も同じセリフを繰り返すのでとうとう白状した。ほんと俺の養父めんどくさい。

「いつもの合宿に行くんですけど、引率の人手が足りなくて。お願いしてくれますか」
「しない。俺が行く」
「銀時は要りません。引率の引率が必要になるでしょう、めんどくさい」
「おめーがめんどくせえよ!」

 ヅラにはもう頼んであるんだって。高杉がメンツに入ってないのは養父にしては上出来だと思う。俺以上に引率の引率が要りそうだもん、バカ杉だから。

「真面目な子がもう一人いるんです。頼んでくれますよね?」
「〜〜〜ッ、聞くだけだからな! あいつが嫌だって言っても説得しねえからっ」
「頼んでくれますよね?」
「しつこいッ」
「頼んでくれま」
「だあああ! わかったから黙れェェエ!」
「よかった。わかってくれて」
「お前が理解しろぉぉお!」

 そんなわけで、俺は嫌々十四郎と会ってます。せっかくの十四郎なのにもったいない。松陽覚えてろ。



 突然の頼みに、すぐには頷けなくて何と答えようか本当に困った。こんなときいつも俺の先回りをして答えをくれる銀時が、今日は恨めしそうに俺を見つめるばかりでなにも言わない。
 銀時はどうして欲しいんだろう。
 銀時も一緒なら検討の余地なく断れた。だが今回は、銀時は行かないという。義理とはいえ息子を差し置いて俺を指名してくる松陽先生の意図もわからないし、銀時が俺に行ってほしいのかほしくないのか、それもわからない。

「いつまでに返事がいるんだ。ちょっと考えさせてくれ」

 ようやく捻り出した俺の答えは、ただ問題の先送りでしかないという情けないものだった。

 松陽先生は銀時の保護者として何度か会っていたが、大学受験直前に、苦手な現代文がどうにも手に負えなくなって切羽詰まってたとき、桂に誘われて短期間お世話になった。人を滅多に褒めない高杉まで絶賛していて驚いたものだ。
 実は高杉は中学の頃から松陽先生を褒め称えていて、何度か誘われはしたものの俺は断り続けていた。近藤さんのお爺さんがやってる塾に行ってたのもあるし、何より銀時の家族に会う勇気がなかった。銀時に良からぬ想いを抱く俺は、その人の家族に合わせる顔がなかったんだ。
 夏休みの宿題を教え合うという口実で銀時の家に上がったことは何度かある(というか夏休みの定番だった)。どいつもこいつもやれば俺なんかよりずっとできるくせにやることと言ったら俺の答案丸写しで、恥ずかしいのと腹立つのでとりあえず手近な高杉の頭引っ叩いたこともある。写しておきながら『ここ間違ってるぜ』『解き方はアリだろ。計算が違えだけだ』とかシレッと話し合われてみろ、恥ずかしさで死ねる。ほんとやめてほしい。松陽先生はそのエセ勉強会の実態を知ってか知らずか、穏やかに笑ってお茶なんか出してくれた。
 いざ正式に教わると決め、意を決して行ってみると先生は問題を解かせようとはしなかった。丸三日、俺は先生と雑談ばかりした。受験は近づく。焦りは募る。それでも先生は、夏休みにお茶を出してくれた時と同じ穏やかさで俺にひたすら勉強とは関係ない雑談を振り続けた。
 四日目、やっぱり自分で勉強しますと言いに行ったつもりがなかなか言い出せず、どう言ったら気を悪くしないでもらえるだろうかと考えていたら先生は突然雑談を打ち切った。

『土方くんは、現代文が出来ないと思い込んでいるだけでしょうね』

 と先生は言って微笑んだ。

『私が何を考えているか、あなたこの三日間そればっかり考えてたでしょう』
『……そう、です』
『わかりました? 私の考えてること』
『いえ。わかりません』
『そりゃ何にも考えてませんからわかりっこないです。あなたは正しい』
『……はい、?』

 それから問題文を読まされた。何を言わせたいか当ててみろと言われた。狐につままれたような気分で言われた通りに考えてみた。最初は上手くいかなかったが何問かやっているうちにコツがわかってきた。その日のうちに、満点には到底及ばないけれど来たときよりずっと正解が見えるようになった。

『ね、土方くんはこういうの得意なはずですよ』

 最後に先生はそう言って、明日からは来ても来なくても自由にしていいと告げ、俺をじっと見た。口許はにこやかだったけれど、目が笑っていなかった。

『試験はこれでいいですけど。苦労しますね、あなたも』

 それ以来、先生と顔を合わせるのはなんとなく怖い。


「土方、やるってよ。チッ」
「よかった。頼りにしてると伝えてください」
「頼るな! テメェでやれ!」
「もちろん。銀時より適任だって言っただけです、ちょ、髪引っ張らないで」
「おめーが俺の頭モサモサするからだろ! これは正当防衛だ」
「よし、そこに座りなさい。屁理屈言った罰として今からブチます」
「座ると思う!? アタマ大丈夫!?」

 何日かしてもう話は流れたんだと安心してたら、十四郎がやると言い出した。バイト代もろくに出ねえのにあんまりだ。三泊四日の間は十四郎に会えねえじゃねーかふざけんな。親に恋路を邪魔されるとは思わなかった、この歳で。
 と思ったのは心の内だけで、十四郎には言わなかった。松陽のいろんな圧力にヤラレたのもある。けどそれより、十四郎がやるって決めたことに口出すのはやめようと決めたからだ。
 ヅラ情報によると今年はどっかの施設借りるらしい。たまにテント張ってそこで勉強とか雑なことするからな俺の親。よく保護者から苦情来ねえもんだ。俺行ったことねえけど。
 松陽の塾はヘンなやり方してて、決まった時間割がない。テメーでやりたいモン持ってきて好きにやる。わかんなかったら聞く。高校ンとき届け物させられて教室に行ったら、分子生物学の話してて誰だよ大学生にもなって教わりに来るとかバカじゃねえのって思って覗いたら相手が中学生で腰抜かした。それテストに出ねえけどキミそれでいいの。
 高校受験になると生徒は一時期離れる。でも帰ってくる。ほんとアタマおかしいとしか思えない。ヅラとバカ杉はやめなかった。だからバカなんだな、松陽のせいだ。とはいえ、俺も幼稚園児の頃から『なんで氷は水に浮くのにジュースん中では沈むんだ』とか聞いてたからバカになっちまったのかもしれない。よし、ぶん殴ろう。

「で、お前は先生に正直にお話ししたのか」

 ヅラに会っちまってただでさえイラっとしてたのに、めんどくせえこと言い出してさらにイラっとした。

「あ? 何を」
「もちろんお前が土方のアレをアレしてあんな格好やこんな格好を強要して楽しんだことだ」
「イヤなにそのヤラシイ言い方!? 強要してないからね!? 合意の下だから!」
「ふむ、やはり土方とはアレやコレやをああしてこうしたそういう仲なのだな」
「ハンパにぼかすな! つか想像すんな! 十四郎が穢れる」
「穢らわしいことをした自覚はあるのだな」
「穢らわしいって何? なに想像してんのマジで、おめーの人妻妄想とごっちゃにしねーでくんない!?」
「貴様ァァア! なぜ俺の秘蔵お宝ビデオテープを知っている!?」
「おめーのが百倍ゲスなんだけど!? つかビデオなのぉお!?」

 もうやだ、こんな奴と十四郎が三泊もひとつ屋根の下とか泣けてくる。十四郎に注意したって相変わらず『え、桂だろ。あいつ俺に絡んだりしないだろ』ってよくわかってないし、心配で夜も眠れない。
 でもわかってはいるんだ。


 十四郎は俺がどうしてほしいか、いつもそればっかり考えてる。
 十四郎がしたいことよりも、俺の希望に沿おうとして頑張ってくれる。それは嬉しい。でも、俺も十四郎のしたいことを知りたい。したいことをしてほしい。もっと言うなら、俺にこうしてほしいと言ってほしい。でも伝わってくるのは、いじらしいほど俺が好きだって気持ちだけ。
 俺も好きなんだ。俺も、じゃない。俺が十四郎を好きなんだ。十四郎が俺をどう思おうと俺は十四郎が好きってことを、あいつはなかなか飲み込んでくれない。俺に嫌われないようにって、そればっかり考えてるのがよくわかる。
 そんなにイイコにしてなくても好きなのに。
 十四郎に会おうと思っても会えない時間。この間に、あいつは何を思うだろう。俺の心変わりを心配するのではなく、ただ純粋に俺に会いたいと思ってくれたらいいんだけど。どうしたら伝わるんだろう。俺の望みは、十四郎が俺の望みに逆らって自分の希望を通すことだって、どうしたらわかってもらえるんだろう。

「じゃあ行ってきますから留守番頼みますよ」
「……チッ、さっさと行けっての」
「よし、礼儀知らずの罰として行く前にブチます」
「ぎゃああああああ! ごべんなざい」


 いってらっしゃい十四郎。
 待ってるから。
 三日でも四日でも、何年でも。
 お前が帰ってくるのを、俺は待ってる。




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