予想と現実


 それから俺たちは口も利かず、俺はラブホがありそうなエリアに向けてハンドルを切った。十四郎が何か言いたそうにしていたのは雰囲気でわかったけど、問い質す余裕など俺にあるはずがなかった。



「んっ、や、んぁっ」

 十四郎の後ろに指を入れる。苦しそうだけど俺が我慢できない。かわいそうだが指を増やす。十四郎はぎゅっと目を閉じてしまった。
 もう何度か身体は繋いでいる。最初は夢中すぎて十四郎の体にずいぶん負担を掛けてしまった。二度目からはなるべく我慢して、十四郎をゆっくり融かしてから繋がるようにしてる。でも、十四郎はあんまり気持ち良さそうじゃない。まあそれ用に出来てるところじゃないし、仕方ないのかもしれないけど。

「痛い?」
「……」
「痛いんだろ。ちゃんと言えって」
「! 平気だっ」
「うん、でももう少しローション足すから。な」
「ふ、」

 くちゅ、と隠微な音が俺の脳を直撃して、目眩がする。早く繋がりたい。入りたくてたまらない。でも入ろうとすると十四郎の身体はビクッと縮こまり、呼吸を止めてしまう。

「ごめんね。俺、下手なのかなぁ……」
「下手じゃな……も、いいから」

 驚いたらしい。途端に後ろがぎゅうっと俺の指を締めつける。耐えられない。気持ちの部分で。

「辛かったら言ってな」
「ん……ッ」
「十四郎。好き」
「はッ、あ!」

 このときばかりは十四郎もちゃんと俺に抱きついてくれる。愛おし過ぎて胸が苦しい。なのに女と違って固いそこはなかなか俺の物を飲み込んではくれない。

「――ッ、入っ、た」
「……っ、ぎん、」
「あったけえ……なか、熱い」
「ふ……」

 触れるだけのキスを落としながら奥へと進んでいく。入り口は固いが中は柔らかく俺を包み込む。気持ちよすぎる。つい焦ってしまう。びく、と十四郎は身を震わせ、悲鳴を噛み殺した。

「痛い?」
「……ッ」
「ごめ、でもムリっ」
「……いいからっ、動い、て」

 十四郎は気持ちよくないってわかってる。女なら演技で誤魔化すんだろうが、男には誤魔化しきれない器官があって、十四郎のそこが全然気持ちよくないって訴えてくる。かわいそうでならなくて、そっとそこを握ってやる。

「とうしろ……」
「やっ、いいのに、ぎんっ、も、イッて、うぁ」
「ごめん。ごめんね」
「やだ、あやまんなっ、や、ぁ、んんッ」
「好き。ごめん」


 ――また俺だけイッちまった。


「ぎん、あの、ごめ」
「謝んの俺だろ」

 情けなさすぎる。一生懸命俺にしがみつく十四郎の体を抱き取り、十四郎の分身を手で刺激してやると、やっと得られた快感にふわっと体から力が抜ける。今回も辛かったんだろうな。しばらくして十四郎が放出し、お互いに気怠い体でベッドに倒れ込んだ。



「あのさ、もし十四郎がヤだったら、」

 セックスやめようか、と言いかけて言葉を飲み込む。無理だ。俺は十四郎を抱きたい。
 どういうわけか最初から役割は決まっていた。十四郎も俺を抱くつもりは少しもなかった。そして俺はいつでも十四郎を抱きたい。女にだってこんなにガッつかなかった。十四郎のなんてことない仕草でぶわっと欲情するし、今日みたいに遊びなんか放り出して身体に触れたくなる。
 にも関わらず、体を合わせると上手くいかない。情けない。

「ヤじゃない。いいんだ、俺は」

 隣から遠慮がちな声がした。十四郎が伏し目がちに、恐々と俺を見つめていた。
 十四郎のサラサラの髪に指を通し、手触りを堪能する。これだって充分幸せなのに、我慢できない俺って極悪非道なんじゃないだろうか。怯えて身を強張らせながら俺に合わせてくれようとする、愛しいひと。

「正直に言っていいんだよ? できないからって嫌いになったりしない」
「……」
「他のヤツ抱いたりもしない。一人では、そりゃ……けどそれもイヤ?」
「まさか」

 くす、と十四郎が笑う。やっと笑ってくれた。笑顔がこころに沁み入る。愛しい。ずっと笑っていてほしいのに。

「正直に言ってんだ。いい、大丈夫だ」
「でも……辛そうじゃん、」
「正直、めちゃめちゃ気持ちよくはない」

 髪を撫でている手をそっと取られた。珍しい。十四郎から触れてくれるなんて。そのまま十四郎は俺の手を、自分の頬にそっと押し当てた。

「でも、嬉しいから」

 そう言って小さく微笑む十四郎は、今まで見たことないほど綺麗だった。幸せそうだった。
 こんなに綺麗に笑う人を俺は見たことがない。そしてこの笑みが俺だけに向けられているという、その事実に驚嘆する。
 この美しいひとは、俺のものだ。

 抱き寄せたかったけど、顔が見えなくなるから我慢した。

「なんで痛いんだろうな。慣らすの足りない?」
「……いや、痛くはない」
「え、でもカラダ強張るぜ? 無理すんなよ俺も頑張るから」
「ほんと、痛いんじゃない。平気」
「そんなとこ見栄張るなって。あ、ゲイビ見んのは嫌? 研究のために、」
「そんなん見なくていい」

 むっと口許が歪む。拗ねてるらしい。なにこれ可愛い。

「それは『他のオトコのブツなんか見んな』ってこと?」

 問い質したら真っ赤になって、掛け布団を頭からかぶってしまった。正解かな。かわいすぎてどうしていいかわからない。とりあえず布団ごと抱きしめる。

「見ない見ない。見ないけど、十四郎が辛いのもヤなんだよ。どうしたらいい? 俺」
「何にもしなくていいッ」
「やっぱりえっちナシでってこと?」
「違……ッ、今まで、とっ、同じで、」
「十四郎きもちくないのに?」
「……」

 掛け布団に俺も潜って、薄暗い中手探りで十四郎を抱き寄せる。ドキドキと十四郎の心臓が力強く脈打つのが直接肌に伝わって、心が落ち着く。

「気持ちよくない、訳じゃない」

 布団のせいで顔はほとんど見えない。でも、十四郎が一生懸命言葉を選んでいるのはよくわかった。

「ただ……俺はずっと、想像しかしてこなかったから、」
「ん? なにを?」
「……銀時が、俺に………さ、触る、とこ、」

 ぎゅう、と十四郎の身体が竦む。繋がろうとするときのように、硬く身を縮める。

「ほんとになったら、その……なんか思ってもみなくって、びっくりしたってか、あの、」

 縮こまった体を抱きしめて、背中にゆっくり手のひらを這わせる。体温を分け合うように、ゆっくり。

「お前の手がこんなだって、しらなかった、から……うまく、想像と、その……切り替えられないっていうか」

 じんわりと愛おしさが溢れ出て、しばらく声が出なかった。返事の代わりにそっと抱き寄せると、十四郎は迷いながら俺の胸に頭を凭せ掛けた。

 そうか。つい最近十四郎への恋心を自覚した俺と違って、長い間俺しか好きにならなかった十四郎は、思春期のどうしようもない性欲さえも対象を俺に限定してきたんだった。だから本物の他人の手が、決して自分の思い通りに動きはしないと今ようやく知ったんだろう。
 十四郎は言葉を濁すけれど、きっと十四郎の想像の中の俺は、至れり尽くせりで十四郎を気持ちよくさせてきたに違いない。現実の俺は今のところ足下にも及ぶまい。十四郎がちゃんと希望を口に出してくれるまでは、現実の俺が想像の俺を超えることはない。
 十四郎が俺に妙な遠慮をしなくなるまで。

(待てる。十四郎だから)

 俺の見舞いに来たあの日から今まで、十四郎は小さいけれどいくつもの壁を乗り越えて俺に近寄ってくれた。今こうして大人しく俺の腕に収まっていることもその一つ。もどかしいこともあるけれど、十四郎なら俺は喜んで待つ。待つだけじゃない。俺は十四郎が好きなんだって、ずっと言い続ければいい。簡単なことだ、今だって十四郎に伝えたい想いが溢れかえって、溺れそうなんだから。


 それからいつの間にか俺は眠ってしまって、目が覚めたら十四郎が腕の中でもぞもぞ身じろぎしていた。俺が寝てる間どうしていいかわからなくてじっとしていたが限界だったらしい。
 もうお泊まりコースでいいよなって言ったら赤くなって、それでもしっかり頷いた。飯はどうすんだとか夢も色気もないことを言う唇を塞ぎ、俺はもう一度可愛い恋人の身体をベッドに縫い付けたのだった。




「ホテルの場所よくわかったな」
「特にココってのは知らねえよ。でも見当はだいたい」
「……」
「え? ちょ、なんで落ち込んでんの? まさか他の女と来たとか思ってる? ナイからね、そんなんじゃないから! えっ最初っからそこ引っかかってた? 違うから! ありえねえからな!」



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