同類


「卒業記念に、抱いてほしい」


 唐突だったかもしれない、と土方は思った。銀八はさして驚いたふうはなかったが、それでも動作を止めて、じっくりと土方に視線を注いでいる。
 嫌悪されたかも、と少し動揺した。が、言い出してしまったものは取り消せない。土方は銀八の言葉を待った。

 国語科準備室。
 ここに入り浸るのは、新八や神楽であり、たまであり、キャサリンらだった。高杉が稀に来て、煙草を吸っていくのも土方は知っていた。それどころか沖田や山崎、近藤までもが、ここに来ては寛いでいるのも知っていた。
 だが土方にはあまり馴染みのない空間だった。
 もちろん日誌の提出や、クラスの仕事で出入りはした。坂田銀八はそれを拒みはしなかったし、コーヒーの一杯も、ねだれば快く出しただろうとわかっていた。
 それでも、長居ができないのは何故か。
 この部屋は時間の流れが緩い。部屋の主の緩さに合わせたように、緩く、ふわふわと、時間が進む。土方にはその流れがこそばゆくて、切なくて、銀八とその時間を共有したら最後、二度と出られないような気がして、用事が済むとそそくさと出てしまうのだ。
 誰よりも長く、あの部屋に居たいのは、自分だというのに。


 坂田はいつも女が出来ないと嘆いていた。一部では、あれは表向きで本当は同性愛者なのでは、と笑い話にされていた。土方は笑えなかった。年若い彼の身体は根拠のない噂にさえ熱くなった。何度銀八を夢想して放出しただろう。銀八。担任の、しかも同性の教師。その男に、土方は恋をした。
 報われるとは思わない。
 ただ、本当に一度だけ、土方は坂田に声を掛けられたことがある。
 例によって見知らぬ女子に呼び止められ、好きな女子はいるのか、いなかったら自分と付き合ってほしいと言われ、断ったところを見られたのだ。

「土方くんは、彼女作んねーの」

 と銀八は言った。
 作んねーよと答えたら、なんで、と問われた。モテるし、カッコイイのに、と。
 理由なんて答えられるはずがなかった。
 でも、銀八が自分をモテてカッコイイと思っていることが嬉しかった。
 そんなのはその場限りの言葉だとわかっていたけれど。一度でも銀八がそう言ったことが、土方の心に深く食い込んで、叶わぬ願いを口にすることを計画させてしまった。

 特に用事がないのに国語科準備室を訪ねるのは初めてだった。
 それでも銀八は驚きもしなかったし、珍しいねのひと言もなかった。生徒が来た。ただそれだけの認識。

 そして土方は、たった一つの願いを口にした。


 抱くとは、ただの抱擁ではない。
 わかっているだろうか。身体を繋げてほしい、と。伝わっただろうか。

「えーと。土方は、俺が好きなの」

 銀八は、茫洋とした視線を送りながらいつものように気怠く尋ねる。頷いてみせると、これまた興味のなさそうにふーん、と呟いた。

「確認するけど、セックスしてえってことだよね」

 土方が思い詰めて思い詰めて、それでも口に出来なかった単語を、銀八はさらりと言ってのけた。セックス。

「俺を抱きてえの?」

 首を横に振って否定。あれ、なんだか想像した流れと違う。咎められたりとか、叱られたりとか。そっちにはいかないらしい。

「抱かれてえ、と。卒業記念に?」
「そうだ」
「ひょっとして、童貞捨てるとか? この場合アナルバージン卒業だけれども」

 直接的な言葉に、土方は怯む。でも、押し負けたくない。もう一度、首を横に振る。

「先生に、触りたいだけだ」
「触れば? ここで」
「そうじゃねえ。そうじゃなくて……もっとこう、」
「もっといやらしいことがしたい、と。土方は」

 銀八の目が土方の心の奥まで読み取るように、じっと注がれる。イヤラシイこと。ああ、これはイケナイことなのか。そうだな、男同士で性的な触れ合いなんて、やっぱりおかしいよな。でも、土方は銀八とそれをしたいのだ。
 突然、銀八はクツクツと喉を鳴らして笑った。

「わかった。ここじゃマズイから、待ち合わせな。この後……」

 信じられない。
 今日、もうすぐに、この後。銀八は土方を抱くつもりらしい。待ち合わせ場所と時間を一方的に告げられ、じゃあ後で。と言われて土方は、訳のわからないうちに準備室を出ていた。

 一、二時間を潰す必要があった。銀八には仕事があったし、土方は仕事に不要だった。だから当然なのだが気分は振るわない。邪魔だ、と宣言され、後回しにされたも同然だと思う。もしかして適当に追い返しただけで、ここに銀八は来ないかもしれない。
 案の定、時間は過ぎる。銀八は来ない。土方は迷ったが、気が済むまで待つことにした。明日もう一度せがみに行く勇気は、ない。

 きっかり一時間遅れで、銀八は姿を現した。まだいたの。と銀八は言った。遅れたことに謝罪はない。土方はただ無言で頷いた。
 じゃ、こっち。
 と銀八は土方をいざなった。バイク通勤だったはずだが今はない。そういえばトレードマークの白衣もない。なんだか別人と歩いているような気がする。半歩ほど土方より先を歩き、無言でいる銀八の、いつもと違う雰囲気に土方は緊張した。
 不意に銀八は立ち止まった。
 ここ。三階だから。先行ってて。

 ぶっきらぼうに言い捨てて、銀八はポストを見に行ってしまった。


 鍵を開けてもらう。銀八は目で土方を促した。いつも不必要にペラペラ喋る口が、土方に対しては一切無駄に動かない。こわい、と思った。歓迎はされていないに違いない。

 銀八の部屋は割と片付いていた。
 どうすればいいのか、と土方は迷う。部屋に通されたものの、銀八は無言のままだし、土方は立ち尽くすばかりだ。

「脱げ」

 突然、銀八はそう言った。それからベッドに座る。必然的に土方はその前に立った。

「え」
「記念にアナル貫通すればいいんだろ。脱げよ、早く」
「え、」
「脱がしてもらえると思ってんの? 面倒くせえ。自分でやれ」

 まず、学ラン。自分の手が震えている、と他人事のように思った。シャツを脱ぎ、ちらり、と銀八を見る。この辺りで許してほしい、本当は。
 だが銀八の目は、その先も、と促している。
 ベルトを緩め、ズボンを下ろす。その辺りで羞恥に顔が熱くなってきた。後は、下着と靴下のみだ。助けを請うように銀八を見る。銀八はかぶりを振った。

「全部だ」

 下着を下ろすと……半勃ちの物が露わになった。恥ずかしい。恥ずかしい。ただ服を脱いだだけなのに。もう勃ってるなんて。

「オナニーしろ」

 思わず目を瞠った。銀八はニコリともせず、じろじろと土方の股間を見ている。視線に犯されそう。土方はのろのろと、右手を股間に持って行き、躊躇った末にそれを握った。
 気持ちがいい。いつもよりずっと気持ちがいい。ため息が漏れてしまう。思わず左手で陰嚢を揉みしだいた。あ、気持ちイイ。見られてる、せんせいに。恥ずかしいのに、ああ。イきそう。汁がとろとろと扱く右手を伝って床に垂れる。ああ、せんせいの部屋を俺のいやらしい汁で汚してしまった。嬉しい。

「やめ。こっち来い」

 今にも出そうなのに。気付いたら腰を思い切り前にせり出して振っていた。キモチイイ。やめたくない。

「イくんじゃねえよ。こっち」

 抱いてもらえると思えば辛くなかった。けれど銀八は、抱くどころか土方を自分の前に跪かせた。

「俺も気持ちヨくしろ」

 前髪を掴み頭を無理やり股間に押し付け、銀八は言う。

「しゃぶれ」

 さすがに拒絶した。だが銀八は許さない。ますます乱暴に土方の頭を掴み、自分の股間に擦り付けた。男の匂いとかすかに感じるアンモニア臭。やだ。出来ないよせんせい。
 横っ面を張り飛ばされた。

「出来るよな」
「……い、や」

 もう一度殴られた。目がチカチカする。
 先生がっかりだなぁ。もう、いいわ。
 焦りが土方の判断を狂わせる。

「あっ、する……しゃぶる、しゃぶらせてください」

 銀八は仕方ない、と言わんばかりに頷いてみせた。理不尽だとは思わなかった。土方は急いで銀八のズボンの前を寛げた。むっ、と立ち昇る臭気。触れなくてもそそり立つその雄を見て、怖気が襲う。恐る恐る舌を出し、筋に沿って舐め上げてみる。

「早くしろ下手くそ」

 だって、どうしていいかわからない。他人の陰茎を見るのも初めてなら、愛撫を施すなど当然初めてで、見当がつかない。自分ならどうだろう、どうされたら気持ちがいいだろう、と考えた末に筋を舐めてみたのだが下手くそだと却下された。
 チッ、と舌打ちの音がして、髪をまた掴まれて、

「口開けろ。歯ぁ立てんなよ」

 銀八から土方の口にその根を詰め込んできた。ゴホッ、げほ、と噎せるのも構わず、後頭部を押さえ込んで自分勝手に腰を振る。

「ぐほっ、ゲェッ! ゴフ、ぐう」
「喉締めろ。はあ……ッそうだ、上手いぞ」

 褒められた。苦しいけど、やっと褒められた。このまま舌を絡めたら、

「生意気なことすんじゃねえ。歯が当たる」

 貶されて悲しくなる。自分では銀八を楽しませられない。

「うぐ、ング、ゴホッゴホッ」
「ハッ、ぁ……出る。溢すなよ」

 何が起きるかぼんやりと予想しながら、銀八の両手に固定されて逃れられず、土方は喉奥に熱い精液を受け止めるしかなかった。

「うえっ、ゴホッ、うう……ごぼっ!」
「溢すなっつったろうが」
「ごっ、ごめんなさ、ゲェッ」

 飲み下せなかった精液が逆流して、鼻から放出してしまった。言われた通りできなかった、また殴られる。

「うわ顔、ザーメンでドロドロ。やらしいの」

 蔑むように吐き捨てられて、それでも逆らえなくて、

「ここ。膝ついてケツこっちに向けろ」

 顔を拭うことも許さず、銀八はベッドを叩いた。乗れ、ということだ。
 慌てて這い上がり、尻を銀八に差し出す。

「硬えな、テメェのアナル……初めてか」

 当たり前だ。鼻を啜ると、冷えた精液が口の中に戻ってきて不快だった。
 尻穴を弄っていた銀八の指が離れ、ベッドサイドから何かを取る。それを見ようとすると、頭をシーツに叩きつけられた。余計なことをするな、という意味だろう。カラカラ、と音がして、

「ひっ!?」
「じっとしてろ」

 中に何かが差し込まれ、冷たい物が流れ込んできた。
 それが何度か繰り返され、その度に穴の周りを銀八が撫でる。キモチイイ。こんなとこ弄られてキモチイイ。熱く、なってきた、ような気がする。
 ぶちゅ。

「あっ……」
「バージン喪失ぅ。まだ指だけど」

 いきなりそこに指を突き立てられて、土方はのけぞった。もっと痛いと思っていた。痛いのを我慢して受け入れて、辛いか?ううん大丈夫、なんて甘い会話を想像していたのに。いきなり。しかも心の準備もなく。
 銀八は機械的にローションを足しながら、土方の中をかき混ぜた。一度抜いたのはどうやら指を増やすためだったらしい。様子を見るためか卑猥な目的か、銀八は土方の尻穴から目を離さない。見えなくてもわかる。銀八が視線を注いでいるのが。

 ぐちゅ。

「あっ、はッ、ぁ」
「なに。もう感じてんの」
「違……! は、ハアッ、ふぅ」
「ま、こんなもんだろ。初めての割には上手くいったぜ」

 挿入が済んだのだろう。土方は口で息をしていっぱいいっぱいだというのに銀八はさしたる感想もなさそうに、いきなり指を動かし始めた。

「ああッ!? ま、待てッ」
「あ? 待たねーよこっちゃわざわざ時間割いてやってんのに」

 指を前後に動かしながら銀八は気怠く言う。その指に翻弄される土方など眼中になく、ただ作業をこなすように。

「あっ、んはッ、や、やだやだッ、ああ」
「はあ? テメェが頼んできたんだろうが。ホラどうだ? 念願叶ってケツマンコ犯される感想は」
「や、ァ……ッ、はずかし、」
「そだねー。言っとくけど一度犯されるとアナル変形すっから。いやらしいね」
「んあ! んう、くぅ……ふ、ふ、く」

 身体が熱い。ああ、靴下脱ぎ忘れた、みっともない格好だ。どんなに声を堪えようとしても、漏れてしまう。上ずった、はしたない声。惨めだ。抱かれるとはこんなに屈辱的なことなのか、と思った。

 びり、と、身体に電流が走る。なんだこれは。

「あれ。ここひょっとして」
「ああッ!? それ、やだ!」
「ああ前立腺か。ケツ穴処女のヤツみっけたの初めてだわ」
「ヒーーーーッ!? や、やだ……こわ、こわい」
「ビリビリすんだろ。ダイジョーブダイジョーブ、それが正解だから」
「やぁーーーッ、やめて、くだ、さァァア!?」
「やめる訳がねえ」

 銀八は集中的にそこを攻めてくる。土方には身を守る術はない。守るどころか、油断すれば自分がどうなるのか、想像も出来ない。頭が痺れる。逃れたくてでももっと欲しくて、土方の腰が揺れる。さらにローションが追加され、銀八にとってはくぷりと盛り上がった土方の尻穴の中を二本の指で交互に押し潰すように愛撫すると、土方は背中をそらせて鳴いた。縮んでしまった土方の陰茎から、トロトロと白い液が糸を引いてシーツに滴る。

「イアーーーーッ出るーーー! ァァア! せんせ、センセェェェエ!」




 やれやれ、上手くいったとばかりに銀八は、生徒の尻から指を抜いた。
 生徒、土方はぐたりとベッドに横たわっている。
 念入りに手を洗って生徒の様子を見にベッドに戻ると、硬い視線がキッと銀八を射抜いた。それを敢えて無視する。

 たまにいるのだ。何かの拍子に、一度だけでいいから、と思いをぶつける生徒が。こちらは迷惑でしかない。女子なら一蹴出来るが男子はたまに触手が動いて、こんなふうにいたずらしてしまう。とはいえ、土方十四郎はかなりの気に入りであったし、その分念入りに快感を与えてやったつもりだ。先回りして部屋を片付け、ラブローションを用意するほど。
 なのに、睨まれるとは。

「先生は……ほも、なのか」

 弱々しく生徒は尋ねる。そうだよ。知らなかった? そんな訳ねえよな、だからお前は誘ったんだろう。

「これで、終わりか……?」
「記念っつったのはテメェだろ。一回だけ。みんな同じ」
「みんな……」
「そ。これまで俺に言い寄って来た子で、俺が気に入った子に、一回だけ」
「……なんだ、そうだったのか……」

 や、そうじゃなくて、と土方は身体を起こした。

「俺は、抱いてほしいって言ったんだ。まだ抱かれてねえ」
「は……」
「挿れて」
「……土方」
「そうじゃなきゃ帰んない。抱いてもらえるまでここにいる」
「さっきので、」
「他のヤツはアレで満足したのか」
「そうだよ。むしろ他のヤツは……」
「でも、あれはイかせてもらっただけだろ。もっと欲しい、銀八」



 土方はするするとベッドから降りて、俺の膝に乗り、裸の肢体を絡めてくる。しまった、油断した。あんなに啼かせてやったのに、こいつは。

「少し懲りろ。酷い目にあっただろが」

 俺が殴りつけた痕が、青く変色し始めている。なのに土方は俺の耳に囁くのだ。足りない、もっと……と。
 頬の傷をわざと指で抉ってやると、土方はうっとりと『痛い』と呟き、目を閉じた。
 その唇に噛み付いてやる。土方は痛がって涙を流し、尖った性器を俺に擦り寄せた。

「せんせい。もっとかんで」

 本当に失敗した。俺はこの子に魅了されて、万が一にもこの子が可笑しなことを言い出さないように冷たく突き放して過ごしていたというのに、逆効果だったとは。

「どうして欲しい。言ってみろ」

 この子は被虐の性で、俺は加虐の性。いくら隠しても惹かれ合い、止められない。
 土方は素直に、俺に拓かれたばかりの淫穴を晒す。ここに、センセイのおっきなおちんちんをください。教えた訳でもないのに、俺の好みの台詞を吐く。

 ああ土方。俺の愛しい子。
 俺と繋がれば二度と離さないけれど、お前にはその覚悟があるか。あって尚、お前の中を晒して俺を誘うか。
 白い肌に歯型を付けた。今日は鳴いてもお前の中から出てやらない。

 今度――お前には今度をあげよう。今度会ったらお前の可愛い陰茎に似合うリングを買いに行こう。リングとお揃いのピアスも買って、可愛い袋に俺が穴を開けてあげる。きっと痛くてお前は震え上がるだろう。
 乳首に通す金のリングもいい。お前が悶えるときにいい音を鳴らす鈴付きにしてあげる。


 陽はとうに堕ち、月は見えない。



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