見蕩れる


 心地よい夜風だった。酒に火照った体に丁度良い。銀時は万事屋への道を、急がず足の向くまま歩いていた。

 穏やかな一日だったと思う。午前中に引越しの手伝いという依頼があり、行ってみたら予想外に大きな屋敷で、その分荷物も多かった。しばらくは腹を立てたが大きな家電は皆神楽が片腕で担いで運んでしまったし、新居の掃除は新八がきっちり済ませていた。

 結局銀時のしたことといったら、家具の置き場に迷う依頼主にあれこれ指図しただけで、ほとんど口だけの労働だった。
 依頼料ははずんでくれた。子どもたちは三等分してくれず、銀時の取り分が少し減ったもののそれでも懐は劇的に暖かかった。溜まった家賃を払ってなおお釣りがくることだけでも幸せだ。早速銀時は飲みに繰り出したのだった。



 近道すべく、裏道を通ることにした。浮ついた気分のまま路地に入ろうとしたとき、
(いい気分のまま終わりにしてえんだけどなァ)
 血の匂いが微かにした。それから、殺気とはいえないが嫌な空気も。
 密かに角の向こうを窺う。

 真選組副長が、数人を相手に大立ち回りをしているところだった。
 なんだ、あいつか。
 彼ならあんな人数、一人で何とかするだろうと銀時は踏んだ。刀を抜く様子もない。たぶん相手が帯刀していないからだろう。律儀なヤツだと内心可笑しかった。
 その暴れっぷりにも無駄はない。最小限の動きで相手の急所に拳や蹴りを叩き込む。鮮やかな攻撃だと、銀時はしばし見入っていた。

 だが、ふと気がついた。何だってあんなに時間がかかるんだ?
 よくよく見ると、相手の男たちは立ち上がってまた土方に向かって行くのだ。
 おかしい。確かに急所に入っているのに。
 ついに土方は刀を抜いた。彼の太刀筋は何度か見たことがある。華麗ではないが重い剣だ。鞘から抜いた瞬間に相手を圧倒する剣。
 しかし銀時は信じられない物を見る。まるで精気がない。人を斬る態勢ではない。まだ相手が無力だとでも思っているのだろうか。舌打ちしたくなった。あの男は銀時の助けを拒むだろうから手を出すつもりはないが、最悪真選組に連絡くらいはしてやろうかと思っていた。
 土方は刀を振り下ろす。だが剣の重さに身体が耐えられないとでもいうように、前のめりに揺らいだ。その隙を逃さず、男たちはあっという間に土方を地面に引き倒した。

 それから起きたことを銀時はしばらく理解できず、ぼんやり立ち尽くしていた。
 男たちは土方に群がった。まず刀が放り出され、次に隊服の上着が、しばらくしてズボンがベルトごと、周りにまき散らかされた。
 そして男たちはかがみ込んだり押さえつけたりし始める。二人ほど離れたのでやっと土方が見えた。
 両手をスカーフでひと纏めに縛られ、ベストもシャツもはだけられて男に胸の辺りを弄られている。もう一人は脚の間に入り、性器のもっと下をまさぐっていた。土方がびくっと身震いするのが見えた。

 動けなかった。

 驚きはすぐさま去った。けれど、人の助けを潔しとしないあの男がひとり奮闘して負ける様を、見たいと思った。
 男は着々と準備を進めて、自分の物を取り出した。土方が目を見張る。暴れ出すが、やすやすと取り押さえられた。脚を高く掲げられるという屈辱の姿を強制され、土方はより暴れようとするが頬を張られ、大人しくなった。
 男が腰を進める。一瞬土方は悲鳴を上げたが、ほかの男に口を封じられた。揺さぶられながら土方は懸命に逃れようとしていた。だがもう一人の男が土方のものに手を伸ばす。反対側からは土方の乳首に舌を絡めて弄ぶ男。
 犯していた男の腰の動きが速まる。土方がなにか言ったようだが、男は無視した。そして満足げに息をついて身体を離した。乳首を弄っていた男が代わって土方の脚の間に入る。容赦なく突き立てたあと、自分は寝転がり土方を起こした。自分で動けというのだろう。土方は首を激しく横に振ったが下から突き上げられ、また悲鳴を上げた。後ろから一人が乳首と性器を愛撫する。もう一人は口淫を強いる。

 三人目が土方を這いつくばらせ後ろから犯して、事は終わった。
 体液に塗れた土方をそのままに、男たちは立ち去ろうとする。

「ちょい、待てや」

 やっと銀時は木刀を抜いた。






 土方は目を覚ましていた。
 気を失っててくれりゃいいのに、と思わず舌打ちした。とはいえ動ける状態でもない。

 簡単に身体を拭おうとすると、手首を掴まれた。触るな、ということらしい。身体中が小刻みに震えている。

「いいのかよ。たっぷり中出しされてんだけど」

 土方の尻穴からとろりと半透明の液体が流れ出ていた。銀時は目の眩む思いでそれを見た。ぴく、と土方が身動ぐ。おざなりに肩にかかった白のワイシャツが、その躯をより淫靡に見せる。
 土方はそのまま身体を丸めた。肩が時折震えるところを見ると、泣いているのかもしれない。
 とにかくこのままにはしておけなかった。銀時は着流しを脱いで、土方に掛けた。

 「見てただろ」

 土方が呟く。
 ぎょっとした。まさか、気づいていたのか。

 「中に出すなって言ったのに」

 やけに乾いた声が銀時の頭に鳴り響く。これ以上関わってはいけないと。

 「テメーが見てたから」

 土方は虚ろに呟く。

 「ハッ……意味がわかんねえな」

 土方に触れようとした手が宙で止まって、引っ込めようもない。
 そう言えば何か言っていた。あれは、汚さないでくれと懇願していたというのか。自分の身を守ろうとしないこの男の、きつい灸になればいいと思った。だがあの暴力の最中に、この男は銀時のために身を守ろうとしたのか。

 「わかんなくていい」

 土方は銀時の着物を脱ぎ捨て、そして落ちていたスカーフで乱暴に精液を拭った。俯き、肩を震わせて。

 「おいお前、手が」
 「触んな……ッ!」

 震える手が必死で銀時を拒絶した。
 銀時の肚に、ぶわりとどす黒いものが浮かぶ。

「オイオイどーいうこと? 格下にヒィヒィ言わされんのが趣味とか?」
「……」
「テメーの趣味なんざ知らねえし、知りたくもねえんだけどさ、」
「……」
「ああ、悪いね見てたよ? いつも一人で頑張る副長さんだから、あれくらい屁でもねえと思ってさぁ。見てたら色っぽいことになってんじゃねーの。そらガン見だろ」
「……」
「クスリでも嗅がされた? 今もよろよろじゃねーの、力なんか入んねえだろ」
「……」
「俺にもヤらせろよ」


 土方は少しの間、じっと動かなかった。けれども震える手を懸命に上げて、最後まで脱がされなかったベストとワイシャツを脱ごうとした。腰にも力が入らないのは薬のせいか、それとも輪姦されたせいか。
 着たまま押し倒してやった。
 そして前戯も愛撫もなく、いきなり男根を突き入れた。何度も犯された後だけに土方の後ろの穴は緩み切っていて、難なく銀時の物を受け入れた。
 揺さぶられながら土方は力無く横を向いた。顔だけは隠したいのか、重そうに腕を上げて目の上に乗せた。銀時はそれをあっけなく叩き落とす。そして顎を掴んで正面を向かせた。

「感じてんのか」
「……」
「聞いてんだよテメーに」
「……」
「さっきみてえに抵抗しねえの」
「……」
「ひじかた、」



 土方は黙って涙を流していた。
 銀時の身体が動くたびにいいように揺すられながら、黙って泣いていた。
 銀時は土方から離れた。それでもしどけ無い姿を銀時の下で晒しながら、土方は泣く。

 「なんで、」

 銀時は土方の涙を手のひらで擦った。何度も何度も繰り返したのに、土方の頬はますます濡れるばかり。

 「なんで、助け呼ばねえんだよ……」

 自分の声とは思えないほど掠れていた。

 負ければいい気味だと確かに思った。男たちに屈し、自由を奪われる様を見て溜飲は下がったはずだった。
 なのに銀時は最後まで動かなかった。弱々しく抵抗し、敵わず、蹂躙される一部始終を止めなかった。

 このまま見たいと思ったから。

 この男が暴力に屈する様さえ美しいと思ってしまったから。

 それでいてこの男を汚す者が自分ではなく、名も知らぬ、刀さえ差さぬ連中だったことに苛立ち、絶望した。
 自分ではなかったことが悔しく、妬ましかった。


 助けてくれと、呼んでくれれば。



「お前にだけは、見られたくなかったのに」



 土方の虚ろな声がした。
 
「やめてくれって、言ったんだ。場所移したら、何でもさせてやるからっ、て。なのにあいつら、テメーの前で好き勝手、しやがっ、て……」

 戦う前に暴かれ、疲れて諦めて。

「中には、出すなって……言ったのに。そんだけは守りてぇなんて、女じゃあるめーし何言ってんだって自分でも馬鹿らしかったけど、」
「ひじかた……!」
「テメーの目の前で、他の男の精液なんて、腹に入れたくなくて、」
「土方ッ」
「ははっ、気持ち悪ィな。自分で言ってて気持ち悪ィわ」


 土方の目からははらはらと涙が溢れ続けている。乾いた笑いはすぐに、嗚咽に変わっていった。


「万事屋……、屯所には言わないでくれ」

「真選組なんざ知ったこっちゃねえんだよ俺は!」

 殆ど脱げかけたシャツの両襟を掴んで引き摺り上げた。土方の表情は変わらない。

「なんで俺が見てんの知ってて、なんも言わなかったんだよ!」

 理不尽だと銀時も思う。
 安易に助けを求めない男だからこそ、銀時は魅入った。人の手を借りようとしない男だから、毎日目に入ればむず痒く、喧嘩になれば誇らしく思っていたのだ。
 助けを乞うこの男など、見たくないはずだった。


 「好きだったから」


 土方は儚く笑った。


 「だからもう、触るな」


 耳を疑った。

「なんで……?」
「こんなとこ、テメーに見られたら俺は、」
「だからさっきから言ってんだろうが。なんでさっさと俺を呼ばねえんだって」

 なんだ。そういうことか。
 銀時の胸にすっと落ちる物があった。でもそれは溜飲を下げるとか、そういうものではなくて、もっと暖かく、苦い物だ。

「つまんねえ意地張ってたよ。テメーが俺を呼ぶまで絶対動かねえって」

 呼んでほしくて、呼ばないのが腹立たしくて。
 それでいて一人ですべてを引き受けようとする姿が、あまりに自分とかけ離れていて。
 見蕩れてしまったのだ、自分は。

「遅れちまったからってテメーに当たって、無理やりヤって」
「万事屋……?」
「好きだったなんて認めねえ」

 土方の身体が強張った。力無く俯く頭を、できる限り慎重に抱き寄せた。ぴく、と肩が揺れる。

「まだ、好きだろ。俺のこと」
「……」
「俺は好きだ。今も」

 土方の身動ぎごと胸に抱いて、もう一度着物を着せかけた。襟をあわせ、帯をつけてやる。

「だからテメーはこれからウチに来んだ。風呂でキレイに流して、傷の手当てして、ゆっくり休むんだ」

 土方の震える指が、銀時の胸元をそっと握る。恐る恐る上げた顔に、大きな驚きとほんの少しの安堵が張り付いている。



「そんで、落ち着いて、そんでもテメーがまだ俺を好きだったら……今度はちゃんと、抱く」


 腰を支えてやるとふわりと体重を預けてきた。嬉しいと思った。肩に頭を凭せかける土方の体温が心地よかった。






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