奇癖(学生パロ)


 我ながら実にどうでもいいことなのだが、幼馴染みの坂田銀時が神経質なのか大雑把なのかがわからない。

 幼馴染みのよしみで、大学に入ってからも行き来があった。俺もあいつも上京してそれぞれに部屋を借りた。互いのキャンパスは遠くないから、部屋もまあまあ近かった。飲み会の帰りに、相手の部屋のほうが近いか自分の部屋のほうが近いか、自然と検討するほどには離れていたが。

 銀時の部屋は常に散らかっていた。今に始まったことではない。服は脱ぎっぱなしだしチラシだかプリントだかよくわからない紙は床に散らばってるし、食器は洗うけどしまわない。俺に言わせれば非常に非効率的な空間の使い方をしているのだ。
 人のことは言えないがたいして広い部屋ではない。片づければ少しは広く感じるのに。


 ある日、銀時が宅飲みに誘ってきたので遊びに行った。どうやら俺が着く前に飲んでおり、いつも以上にへらへら笑っていた。でも、こいつのこの顔は嫌いじゃない。なんとなく落ち着く。ガキの頃から見慣れてるためだけじゃなくて。
 こいつは俺と違って人見知りしない。だから、新しい環境にすっと馴染んでしまったのかと寂しく思っていたところだった。でも、話を聞くところでは銀時も緊張の連続で、疲れていたらしい。

 俺がほんの二杯飲む間に、銀時は舟を漕ぎ始めた。呼びつけといてどういうことだ。他の奴なら叩き起こして文句言うところだが、このふわふわ銀髪を見るとそういう気にならないのが自分でもこそばゆい。
 こんなトコで寝るんじゃねえ、なんて母ちゃん宜しく布団に追いやって、『せっかく十四郎が来たのに』とかぐずぐず言うのを宥めて寝かせて、この先は勝手に飲ませてもらおうとビールのプルタブを開けた。

 だが、飲み切る前につい、部屋を見回してしまった。

(あいっかわらずだな……)
 高校のときだって整理整頓が得意なヤツではなかった。よく課題のプリントを失くしたりベッドの上が服だらけだったりしたものだ。遊びに行っても座る場所がない、と喧嘩になったことも一度や二度ではない。だから銀時のエリアに入るということは、このごちゃ混ぜの空間に立ち入るということはわかっているのだが。

 気にし始めたら止まらない。

 無意識に、床に散らばった紙を集めていた。大きさ別に分け、大きい順に下から積み上げる。これだけで床が見えるようになる。埃も見えるようになるわけだが、夜中に掃除機を掛ける訳にはいかない。辺りを探すとティッシュボックスが二個、潰れかけて放り出してあった。それを重ねて、一方から数枚取り出し、埃を集める。何にもしないよりはマシだろう。
 ひとつ手を付けると他も気になるのは仕方ない。今度はぐしゃぐしゃにまるまった服を畳む。そうしたら吊るしっぱなしの洗濯物も気になって仕方がない。銀時は花粉症だからこの時期はすべて室内干しだ。せっかく花粉を落としたのに、外から持ち込んだのと一緒にしたら自分が辛いだろうに。
 洗濯物を畳んでから、ゴミ袋を探し出して包んでおいた。花粉対策だ。ついでにもう一枚袋を出して、ゴミ箱とキッチンのゴミと風呂の排水溝に溜まった髪の毛を纏めて……





 朝起きたら、銀時が不機嫌だった。

「あのさ。俺のマグがないんだけど」
「食器棚に入れたぞ。右っ側」
「マグ置き場そこじゃない」

 寝起きの悪さだけではない苛立ちを隠しもせず、銀時はキッチンに向かってマグを出した。絶対今は使わないくせに。

「あと、ここにあったパーカー知らない」
「片付けた」
「どこにって意味なんだけど」
「……あの山」
「そう」

 銀時は俺が積み重ねた服の山をほじくり返し、あっという間に元通りにした。

「それとさ。干しといたヤツは?」
「ビニールの下。花粉付くだろ」
「うん。吊るしてあるから平気なんだけど」

 つうか、床に置いたら余計花粉付くだろ。
 銀時は眉間に皺を寄せて、畳んだヤツをベッドに置いた。雑な置き方をするので服はすぐ崩れ、ベッドに山を作った。
 それからティッシュボックスを二つに分けて部屋の端と端に置き直し、ゴミ箱にセットしたスーパーのレジ袋がなくなった、と不機嫌そうに呟いた。

「いいだろ。どうせデケェゴミ袋にまとめるんだから要らねえだろ」
「なんかベタつくし。底に埃みたいの溜まるから嫌だ」
「床の埃はいいのに?」
「それとこれとは別だろ」

 今度は『昨日間違って捨てた』というメモを探すために、括っておいたゴミ袋をわざわざ開けて中を探す。それが済むと紙の束だ。

「この辺に、上から三番目に置いといたチラシどこやった?」
「大きさは?」
「忘れた。上から三番目だったんだよ」
「あそこに大きさ別に分けてあるから」
「あの山から探すの!?」
「大事なんだったら除けとけよ」
「わかってねーなぁ十四郎は。ここに、上から、三番目に! 置いといたんだよ! 動かさなきゃすぐ見つかるの!」

 一枚一枚チラシを捲って、これでもない、これでもない、とやってるうちにすぐ床は見えなくなった。途中で目的の物は見つかったというのに全部目を通さないと気が済まないらしく、結局これも元の木阿弥になった。

「あのな。長いつき合いなんだから、わかってんだろ? 俺は、俺が置いた通りになってないとイラッとすんの。置いた場所は全部覚えてるんだから、勝手に動かさないで。ほんとイラッとするし、どこに何があるかわかんなくて困るから」



 困るなら、物の在り処は俺が一生教えてやるから、お前も片付けを覚えろよ。

 毎回この喧嘩をするたびに喉まで出かかるその言葉。
 でも、この散らかしっぷりを毎日見てたら今度は俺がキレるだろう。現に銀時が俺の部屋に来ると、部屋着だの買ってきた菓子だの持ってきた雑誌だので、ほんの三十分もしないうちに足の踏み場がなくなる。そして俺は、片付けろと声を限りに怒鳴り散らすのだ。神経質だなぁなんて呑気に宣う銀時に、どっちがだ、と言ってやっても通じた試しはない。
 大学生になったら一緒に住みたいと、二人とも思った。でも、結局別々の部屋にしたのはこれが理由だ。


 所詮他人なんだし互いに譲り合えば、そのうち慣れて新しい習慣ができるのかもしれない。しかし、俺は銀時の奇癖を受け入れるにはまだ心が狭いようだ。


(いつか絶対片付いた部屋に慣らしてやるからな)
 覚えてろ。俺は散らかった部屋に慣れたりしないけど。お前は絶対片付けに慣れたほうがいいって。絶対。


 そうしたら一緒に住もう。お前の探し物は一生俺が探してやる。
 そのときまで諦めまいと、もう何年越しかわからない誓いを一層強く念じて、俺は床の見えない部屋に寝転がるのだった。





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続きがあったりして。
発作




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