やっぱり口より手 ※『口より手』のその後。 もう一度反省しとく。俺は根っからのいじめっ子気質だ。もう直しようがないんだ。大好きな子に意地悪する、あのタイプ。あいつらが意地悪を責められてやめた試しがあるか。クラスの女子で、『○○ちゃん嫌がってんのわかんないの? サイテー! やめなよ!」って言うやついるけど、ほんとにそれでやめると思ってる?やめたとしたら、女子どものせいで○○ちゃんに興味という名の恋心が失せて、構わなくなったってことだよ。女子どもが淡い恋を芽を摘みとっちゃったんだよ。 ただし、本人がホントに苦にしてて、先生とか親に相談もできないレベルの悩み方するのは駄目だ。好きな子をいじめる、それは意地悪によってその子とコミュニケーションを取るため以外の何物でもない。ホントに悩ませてしまったら、コミュニケーション取るどころかその子に嫌われてしまう。たぶん、一生。 そんな訳で俺は事あるごとに、大好きな土方くんを困らせてきたわけです。でも、そこに愛はある。そして土方もちゃんとわかってる。 だからある日突然土方が、 『いつもテメーにいいようにされんのァもう我慢ならねえ』 ってキレたとき、俺は反省したよ。やり過ぎた、って。我慢させちゃいけなかった。それも、ため込んで爆発させちゃいけなかった。 ごめんねって謝ったけど、土方の怒りは収まらない。 「いつもいつも好き勝手しやがって!」 「うん。ごめん」 「俺の身になってみろ! せめて翌朝腰が立たねえような真似すんな!」 「うん。控えます」 「それと、命令すんな!」 「ええー。それもダメなの」 「当たり前だ。俺の身になってみろ!」 「いや、俺は俺だし。土方くんは土方くんだし」 「言葉の綾だ馬鹿!」 土方の怒りはまだ収まらない。でもなんつーか、迫力がないんだよな。鬼の副長がマジギレしたときって、俺も見たことあるけどハンパない。あのカッ開いた瞳孔でどれほどの浪士が竦んだことか。どれほどの隊士もチビったことか。主にジミーくんだけど。『あ?』って問い掛けただけで謝っちゃうヤツの、どれほど多いことか。 でも今目の前で怒ってる土方くんは、口をむーっと突き出して頬っぺた赤らめちゃってるからね。仁王立ちで腕振り回して力説してるけど、『あわわわわ』にしか見えないからね。 これはアレだ。ただ拗ねてるだけだ。 ご機嫌を取ってやれば土方の気も済むし、ストレス発散にもなってちょうどいいんじゃないのかな。 「わかった。土方くんの言うことひとつだけ聞いてあげる」 俺は妥協案を示してみた。『なんでも』って言わないとこ、ミソね。なんでも聞いてくれると思ったらこのひとかえって困っちゃうから。前も言ったけど俺にああしろこうしろ言われてボヤボヤしてるくらいがちょうどいいから。このひとったらあれもこれも決めなきゃいけないことだらけで、実は疲れ切ってるから。 土方は、えっ、て顔になった。 ほら、困ってるよ。万事屋に来たら命令しなくていいと思ってるもんだから、『言うこと聞く』って言われてもどうしていいかわかんないんだ。たぶん。 しばらく口をぱくぱくしてた。可愛い。や、いい年した野郎がぱくぱくしてる図が可愛いはずはないんだがそこは恋愛補正なんだろう。かわいいったらない。でも、しばらくすると立ち直って、男らしい顔で宣言した。カッコいい。 「じゃあ、今日は俺が……俺の言うこと聞け」 「いいけど。攻守交代だけはナシな」 「はアァァ!? なんでテメーが勝手に決めんだ!」 「あ、そ。そうね、土方の言うこと聞くんだもんね。わかった、銀さんのケツ貸してやんよ」 「ケツ……?」 おめーなんの話だかわかんないくせにとりあえず反対しただろ。今突っ込まれてる俺想像してビビっただろ。顔色変わったぞ。 まあいいや。土方のためならなんでもしますよ、俺は。 「まず……、灰皿持ってこい」 「へいへい。あんま匂いつけないでね。明日神楽が帰ってきたら怒られるから」 「お、おう……あと、ついでにコーヒーも」 「へーい」 ほーら、居心地悪そう。いつも台所に追いやられて換気扇の下でこそこそ吸わされんのに慣れてるから、堂々と居間で吸うのが気持ち悪いみたい。コーヒーはカップに入れてやったんだけど、明らかにびっくりしてた。ビクってなって、中覗いて確認したもの。 さあ夜も更けてきたよ。どうすんの土方くん。そろそろおネムの時間じゃないの。 「ふ、布団敷け」 あらら、噛んじゃった。聞き直してみよう。 「ん? なにを?」 「ふっとん!?」 オイオイなにを吹き飛ばす気だ。うわあ、真っ赤になったよ顔。ちょっと恥ずかしかったね、うん。気づかない振りしてあげよう。 「布団? もう眠い?」 「……」 「風呂はいいの?」 「はっ、入る」 慌てて風呂場にすっ飛んでった。その間に布団を敷いとこう。昼間干したから今日はふかふかだ。あれ、あいつホントに眠いのかな。一応二組出しとくか。 「お先……え、」 「どした? あ、ドライヤーここね。俺も風呂入ってきていい?」 「え、あ……いいけど」 「すぐ出るからねー」 「おい、あ……、」 なに? 俺ひとつも命令してないし今日は偉そうにしてないよな。ちゃんと言うこと聞いてるし。俺も好き勝手にやりたいことはあるけど(風呂とか)、お伺い立てて許可いただいてるじゃん。間違ってない、俺。 風呂から上がって寝室にいったら、バタバタって音がして明らかにたった今布団に潜りましたってかんじの土方がそっぽを向くところだった。いや、わかるって。布団の周り、空気動いてるもの。掛け布団の風圧で埃舞ってるもの。 でも、気づかない振り。だってなんにも命令されてないからね。 頭乾かしてる間、土方は微動だにしなかった。寝ちまったのかもしれない。疲れてるんだろう、可哀想に。ゆっくり寝かしてあげよう。俺は、空いてる布団のほうに潜り込んだ。 物音ひとつしない。おかしいだろ、呼吸の音もしないなんて。普通に息しろよおまえなにやってんの。でも命令すんなって言われたから注意しない。 長い時間が経って、俺はそろそろ本格的に眠くなってきた。なのにそういうときに限って土方は、ごそごそ動き始めるんだ。意地悪な子。 「ぎんとき」 「んー?」 「寝るのか」 「んー」 「あの、アレ、疲れてんのか」 「そうでもないけど」 「……しない、の、か?」 「んー? なに?」 「しない、のか?」 「んー、なにを?」 「いや、あの、しないなら、いいけど」 「だからなにを?」 「テメーわざとだろ!?」 何を言ってるんだ。 偉そうにすんな、命令すんなとか言っといて。俺は『ひとつだけ』言うこと聞くって言っただろ。なのに『言うこと聞け』って命令しやがったのはどこのどいつだ。 アレだ、魔法のランプの精に『願いを三つ叶えます』って言われたのに『俺の願いを全部叶えろ』って願っちゃう小学生みたいなもんだ。そんな理不尽な。しかも理不尽な願いを聞いてる俺に向かって『わざと』ってなんだ。わざとに決まってんだろ。他にどんな理由があるんだ。だから何度も言ってるように、俺はいじめっ子気質でこれはもう直らないんだ。そんなヤツに『言うこと聞け』なんて言うお前が馬鹿だ。 「そっち、行くからなっ」 土方は何故かちょう気張って俺の布団にモゾモゾ入ってきた。でもちゅうしろとか抱きしめろとか言われてないから俺は動かない。絶対にだ。 「言うこと、聞くんだよな?」 「うん」 「よし。じゃあ……抱っこ?」 「疑問系ですかぁ?」 「抱っこ……しろ!」 「ハイハイ」 「……キスは?」 「だから疑問系だとねぇ」 「! きす、したい」 「だから?」 「……しろ」 「ちゅっ。こんでいい?」 「うぅ……、じゃあ、次は、次はな、ううう、」 「う?」 「うっせえ! 馬ンなれ!」 おいおいおい、テンパりすぎだろ。馬ってなに。ひひーんとか言えばいいの。幼稚園児かおまえの発想は。お馬さんパカパカしたいのか、そうなのか。勘弁しろ、自分とおんなじ体格の男乗せて軽やかにパカパカなんぞできるか。あったまキタ。無視だ、無視。 「う、馬……」 「……」 「後ろ、向け」 「……」 「背中がいい!」 「……」 抱っこのとこまでしか言うこと聞かねえかんな。馬だの背中だの、もう聞こえないから。言ってろアホ、と思ったら。 「言うこと聞けよー!」 「……え」 土方は突然俺の襟を握って前後に揺すり出した。俺は土方を抱いてるから、物理的ダメージはあんまない。 でもさ。 「ッぷーーー!」 「笑うな!」 「無理。ムリムリムリ! なにやってんのお前!? どこの駄々っ子さん!?」 「うるせーよ! 言うこと聞けよー!」 「わかった。わかったわかった、ちゃんと聞く。あーもうダメ、可愛くて死にそう」 「うるせー!」 やっぱり人間、身の丈を知らなきゃいけない。 俺はいじめっ子気質で、土方くんはいじめられっ子気質。俺たちの間は、コレ大事。 翌朝土方の寝起きが悪かった。慣れないことして疲れちまったんだろう。たぶん、あいつもよくわかったと思うよ。いじめられといたほうが楽だって。 え、あいつに聞いたかって? 聞くわけないじゃん。聞いたら反対のことしたくなっちゃうもの、俺。わかってないなぁ、だから俺はいじめっ子なんだってば。 今度こそわかってくれたかな? 目次TOPへ TOPへ |