回る夜


※双方自覚なし。






 ぐるぐる回る。

 天井も、床も。

 布団の中は暖まっているはずなのに、寒くてたまらない。

 人の声が遠い。水槽の中から聞いてるみたいだ。


「トシ、しばらく休みだな。ちゃんと寝てろよ?」


 近藤さんが枕元で言う。頷くのもしんどい。


「医者行けるか? 誰か車出せねーか」
「無理でさァ。一応公用車ですからね」
「またまた。こんなときばっかり固いコト言っちゃって。総悟はあっち行ってなさい、移るから」
「へーい」

 漫才なら向こうでやれ。ほっといてくれ。

「こないだ見廻りんときに降られただろ。アレじゃね? トシちゃんと風呂入った?」

 はいはい。わかってるよ、アレだろ。冷えたんだ、わかってらァ。あの後なんやかんやで忙しくて、寒気がしてきたから急いで風呂入ってあったまったつもりだったんだが遅かった。

「あんまり俺たちが騒いでてもしょうがないか。じゃあゆっくり寝ろよ? 煙草ダメだかんな。マヨネーズも」

 わかったわかった。わかりました。
 倒れそう。もう寝てるんだけど。
 身体がふわふわして沈んでいくような気がする。

 やっと近藤さんが出てってくれたので、ホッとした。局長に移したら洒落になんねーからな。しかしやたらと咳が出るし頭いてーし、風邪ってこんな辛いモンだっただろうか。ガキの病気じゃなかったか。これは酷い。死ぬ。息出来ない。背中痛い。腹筋も喉も、あーなんか身体中痛い。これホントに風邪か。もう一回念を押すけど、風邪ってもっとお気軽にかかる病気じゃなかったか。

 うつらうつらとしてると、自分の咳で目が覚める。喉どころか胸が痛い。考えたくないけど肺が痛い。びっくりするほど煙草を吸いたくない。
 喉乾いた。寒い。手足がもげそうに冷たい。辛い。辛い辛いつらいツライ……





「よう。目ェ覚めた?」
「……」
「喉やられちまったんだって? ココ病人の扱いも知らねー奴らばっかなのな」
「……」
「ちょっと起きろ。ポカリしこたま買ってきたから」


 起きろと命令口調なわりに、万事屋の右腕が俺を慎重に支える。力なんて殆ど入らないから、全体重掛かってると思う。
 喉カラカラだったから有難かった。誰だよ風邪くらいで『死ぬ』とか言ってた奴。切腹だゴラ。

「寒ィ?」

 万事屋の野郎はポカリをもぎ取りやがった。返せ。まだ飲みてえんだよ。

「いっぺんに飲むと腹にくるから。後にしろって」

 睨んでたらだいたい言いたいことを察したらしい腐れ天パが、上手いこと言いやがって俺を寝かせてしまった。身体を横にした途端、咳だの洟水だのでまた苦しくなった。やっぱりこれは酷い。死ぬかもしれない。

 腕を引かれて、痛いと思う間もなく背中を大きな手に支えられ起こされた。頭がぐらぐら揺れて、ただ座ってるだけなのにふらついた。前のめりにぶっ倒れそうなとこを分厚い胸筋に受け止められて、そのまま背中の痛むところを大きな手にゆっくりさすられて、

「コレ仕事だから。依頼もらってるから。あとでがっぽり謝礼いただくから、遠慮すんなよ(常識の範囲で)」

 不貞腐れたような声が頭の上から聞こえた。
 相変わらず咳は止まらない。苦しい。
 なのに、一人寝かされていたときより心強いのはどうしてだろう。
 止まらない咳を疎んじるでもなく、止めようと急くでもなく、万事屋はひたすら背中を撫でる。同情もしない。嘲笑いもしない。ただ、さすり続ける。

 それが楽で楽で、俺はこうされたかったんだと心の底から合点し、屯所の誰も思いつかないことに腹を立て、よりによってこいつの手が気持ちいいなんて……と思ったところまでは覚えている。

 次に目が覚めたら、万事屋の腕の中にしっかり収まっていた。

「俺のせいじゃないからね。キミが抱きついて離れないのがいけないんだからね」

 開口一番、万事屋は恨みがましく文句を言い始めた。だがそんなことはどうでもいいのだ、こちらとしては。たとえ同衾していようとも、男に抱きついて眠っていようと、久々によく眠れた感覚があればいいのだ。眠れれば少しは快復するだろう。

「てわけだから離れろ。離してくださいお願いします」

 万事屋にひっぺがされたせいで、急に胸元が冷えてきた。寒い。どうにかしろ。睨んでみたら、意外にもなんとかするつもりのようだ。
 着替えろ、というから寝巻きを脱いだら、後ろでブツブツ文句を言う気配がした。よく聞こえなかったのでそっちを向こうとしたら、もの凄い力で肩を押さえつけられて背中をゴシゴシ擦られた。擦りむけそうだ。加減を知れ。ガサツな奴だ。
 そのガサツな手が顎の下を拭い、胸や腕の下に回った頃には、擦りむけてもいいからさっさと終わらせろとか思ってたけど。なんとなく。

「お召し替えくらい自分で出来んだろ。病院連れてけっていわれてんだからサッサと着替えて」

 えらく不機嫌に言い捨てて、ジミーくんタクシー呼んで!なんて叫んでるところを見ると、早々に帰りたいらしい。そりゃそうだろう、謝礼持って帰って子どもたちと飯食いたいだろうし。
 それを邪魔するつもりはないんだが、もうとにかく起き上がるのが億劫で怠くて、医者なんかいいからここで寝てたいんだ俺は。

「ちょっ……土方くん!? それで着たつもりィィ!? しょうがねえな、ちょっと立って。寄っかかってていいから、俺に」

 起き上がったら裾が盛大にはだけてて、寒さが下から這い込んできた。イヤだ。立つのはイヤだっての。ああ、でも背中はあったかい。万事屋が支えてるからだ。
 タクシーが来たらしい。山崎がマスクを持って来て、万事屋が『今さら遅えよ』って文句言いながら俺と自分に着けて、腰に手を回して腕を肩に担いでタクシーに乗せてくれて、




 ああ、もう風邪なんか治らなくてもいいかもしれない。






「旦那迷惑そうでしたけど。ずっと」
「監察のくせに観察力が足りねえや。あの旦那がキライな野郎と抱き合って布団に入るかってーの」
「けど、仕事だからって本人もいってましたよ」
「ふん。このV見てみろィ、気色悪い顔で土方さんが寝てんの見守ってらぁ」
「……あ、」
「たいした風邪でもねえだろうに、今晩旦那がつきっきりで看病するかしないか、賭けてもいいぜィ」
「じゃあ俺、するほうに1000円」
「……成立しねぇな、チッ」



〜病院にて。

「風邪ですね。喉の腫れも治まってきたようですし、あと一日くらいでしょう」
「……」
「え、声出ないみたいなんですけど、この人」
「そうですか? それほどでもないと思いま……」
「! や、それはあの、」
「あっ! てめー喋れンじゃねーか! ふざけんな」
「いやいや、とは言ってもですね、咳も酷いですしあと一日くらいは安静にしてください」
「ふん」
「チッ」
「じゃあお薬出しておきますので、お大事に」


「帰りはどーすんだ」
「いきなり喋り出したよこの人! あれか、お医者さんに言われないとスゲー重症みたいに思っちゃう子どもかオメーは、痛い痛いよ死んじゃうよー!って大騒ぎしてお母さんに『こんなのたいしたことない!』って怒られて泣き止むアレか!?」
「うっせー、ツッコミ切れねえわ! ごほっごほ……」
「……あー、ジミーくん? 今終わったから。タクシー回して。うん。風邪だって。しばらく安静にしてくださいだと。俺? しょうがねーからアレだ、今晩は看てやんよ。飯付きな、もちろん」
「!(泊まりで看病してくれるってことか!?)」
『……(泊まらないに賭けなくてよかった)』





‥‥‥‥‥
もちろん銀さんは移されて、じゃあここで寝てけば?って近藤さんが言ってくれるので有難く休ませてもらってると、土方くんが一生懸命看病してくれます。熱出切って熱いのに布団たくさん掛けてくれたり、寒いだろってめちゃめちゃ熱いお茶持ってきてくれたり、有難迷惑だけど、銀さんほっこり。



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