色男だって


 足が臭いって、新八と神楽に責められた。一日中ブーツ履いてたら仕方ないだろ、と言ったら主に新八に責められた。

「仕事しないでパチンコ屋かよ!?」

 そうだよ。足が浮腫むんだよね、座ってるから。そんで、余計じゃね?

「じゃあブーツやめたらいいじゃないですか」

 え、銀さんのファッションにケチつける気? だいたい足の匂いくらいでギャアギャアうるせえんだよ、見ろ神楽なんか俺の足の匂いで飯が食……

「やめてください。神楽ちゃんもそーいうことしない!」
「してないネ。銀ちゃんの足の匂い嗅ぐとお腹空くって言っただけヨ」
「とにかく、やめてね」

 それから、こっちへ向き直って、銀さんもです!と神経質に叫んだ。ブーツも三足買ったらいいじゃん!何とかしてくださいよ。

 あんまりうるさいから外へ出た。ブーツ履いて。
 三足買えばいいってのは一理ある。金があればだけど。とりあえずアレでいいんじゃないかな、うん。消臭するやつ。ブーツ立てにもなるタイプだとなお可。
 早速探しに行こうと思ったら、目つきが極め付けに悪いチンピラ警察に出くわしてしまった。煙草なんか吸ってこっちを睨んでる。ホント腹立つ、あの野郎。

 けどあいつも男であって、顔の造作は違うかもしんねーが身体の造りは俺とおんなじはずだ。
 一日中あんな革靴履いてたら、あいつだって足臭いはず。色男だって足は臭うよ。きっと。つか、真選組の屯所ってちょう臭いんじゃねーの。俺が言うのもなんだけどちょっと想像したくない。

「なにジロジロ見てんだ。あァ?」

 チンピラ警察は早速絡んできた。こいつ俺に恨みでもあんのか。ああアレか、ヅラが逃げたせいか。でもあれは俺のせいじゃない。ヅラが勝手に逃げたんだ。そんで、それを捕まえられなかったテメーらが悪い。ふざけんな。

 と思ってたら急に向こうがニヤニヤし始めた。気持ち悪い。

「メガネとチャイナが探してたぜ。パチンコ屋を中心に」
「そう。そりゃどうも」
「テメー、足が臭いんだってな」

 何がツボなんだか知らないが、色男はケタケタ笑い始めた。

「言い過ぎたって、くくっ……一応、は、反省……はははっ」
「あのな。じゃあテメーは無臭なんですかコノヤロー」

 こいつの笑顔ってのは初めて見たが、想定内の凶悪さだった。テメーも沖田くんのこたァ言えねえ。つか、テメーらがあの悪魔の申し子育てたんだろ。ならテメーは悪魔なんだろうな、やっぱり。

「テメーらこそ一日中年がら年中固っ苦しい靴履いてさあ。春夏秋冬変わんねー制服で暑苦しいしよ、足だって相当汗掻くんじゃねーの? あんま他人のこと笑わないほうがいいと思うけど」

 チンピラ警察は心外だって顔して笑いを引っ込めた。

「キミみたいに色男だとね、他人も注意しにくくなるもんだよ。まあ俺は言うけど。俺は言うけど。大事なことなんで二回言いました」
「要るかァァ!?」
「真選組一のモテ男って言うけど、どこでモテてんの? ひょっとして真選組でモテてんの? そりゃダメだわ。野郎の臭いは野郎にゃわかんねーもん。ところで真選組でモテてんのって可哀想じゃね?」
「違うからな!」
「まあいいよキミがどこでモテようが銀さんには関係ないし。でもキミがどこでどんだけモテようが、足臭いのは俺と変わりねえから」
「いつもコレじゃないからな! 非番のときは草履だし! テメーこそいつも私服なんだからブーツやめれば!?」
「あーん? 俺のファッションにケチつけんの? チンピラ警察はテメーの足の臭い棚に上げて善良な市民のファッションに文句つけるんですかあ?」
「上等だゴラ、そのだらしない格好キッチリ直してやらァ!!」







 てなかんじで日課の喧嘩して、でもそんなのしょっちゅうだから忘れてた。すっかり。そもそも足の臭いがどうこうって、炬燵を出すとか出さないとか言い始めたときに揉めたんであって、俺は寒いの嫌いだからもう炬燵は出したし、そうしたら新八も神楽も最初はブツブツ言ってたけどそのうち言わなくなった。ちょっとだけ消臭ブーツ立てのお陰かもしんないけど。慣れだろ慣れ。

 そんなときに悪魔の申し子が依頼に来たんだ。ヤバイ笑顔炸裂させながら。

「旦那指名でお願いします。土方コノヤローの看病してほしいんでさあ」
「嫌だ。帰れ」
「そう言わずに、話だけでも聞きなせえ」

 こいつは俺とチンピラの仲が極めて悪いことを知ってて、それをネタに自分が楽しむ奴だ。話を聞いたってほぼ嘘だ。無駄だから帰れって空気をガンガン出したのに、こいつは図々しくも持参の茶菓子を食べ始めてから、お茶くださいと言った。順序逆だろ。つかそれ、ウチに持ってきたんじゃねーの。まさかギャラのつもりじゃねえだろうな。

「一昨日土方が負傷しやしてね」
「ふーん」
「脚をやられたんで、当分身動きが取れねえんでさあ。でもウチも暇じゃねえんで、土方専属の看護要員なんぞつけたかないんでね。旦那に頼もうと思って」
「ハイ聞いた。帰って」
「イヤイヤ面白いのはこっからなんですって」

 そう言って沖田くんは、チンピラそっくりな黒い笑顔を浮かべた。

「ひと月前くらいから、アノヤローがやけにスンスンいろんなモン嗅ぐようになっちまってね。最初は仕事関係かと思ったら、どうやら誰かに靴が臭うって指摘されたらしいんでさぁ」

ーーん? どっかで聞いたような。

「誰がそんな天晴すぎるアドバイスしたか知らねーが、もともとアノヤローは煙草の臭いは気になりやすが、体臭は薄いほうなんでィ。女はキャーキャー言いやすが、俺たち男にゃさっぱりわからねえ。ヤニとマヨの臭いくらいですかね」

 それはわかる気がする。あれだけマヨネーズを摂取してたら当然酸っぱい匂いに……あれ、なるのかな?少なくともヤニは臭う。嫌だ。

「それを自意識過剰なもんですから、やたら靴に消臭剤入れたりメッチャ消臭スプレー掛けたり、ザキなんかいい迷惑でさァ、臭わないかって聞かれるからハイって答えるとぶっ飛ばされるんですから、気の毒やら気の毒やらで笑いが止まりやせんでした」
「いい性格してるよ、うん」
「ありがとうございます」

 そんな最中、土方は単独のときを狙われ、奇襲された。実際にはこのサド王子が一緒だったのだが、買い食いに行っていた間の出来事だったらしい。

「不利っちゃあ不利だったんですがねえ」

 その前の週からあのチンピラは張り込み続きで、ほぼ徹夜だったそうな。同じ作戦に加わった沖田くんがピンピンしてるんだから要領が悪いだけなんじゃねえの。とにかく、確かに風呂には入ってなかった。

「大好きなシューシューもできないし、おっさんが徹夜して風呂入んなきゃ、いくら体臭の薄い奴だってそれなりの匂いになるでしょう。けど、俺たちゃそんなの慣れっこですよ」

 そうそう、新八でさえ文句言わなくなったように、慣れだよ慣れ。仕事中になに考えてんのあのチンピラ。ホント税金の無駄遣いだわ。

「その件が終わって、翌朝最後の見廻りってときに野郎やられましてね。寝不足と疲労って一応報告してありますが……ありゃあ」

 そう言って沖田くんは長いこと思い出し笑いをした。いや、説明しようとするんだけど笑いが止まらないらしい。

「どうしても、足が……ははは、足が、き、気になって、しょうがなくて……ひーっひっひ」

 後ろから見ていたサド王子によれば『何をしたいのかわからなかった』。
 剣を抜いて一人斬ったものの、次の奴を足蹴にしようとしてハタと止まった。それから考え直して柄頭で腹を攻撃したものの、今度は隊服の内側が気になったらしく三人目への攻撃の仕方が、

「いや剣道初心者だってあんな構え……ひゃっひゃっひゃ」

 奇跡的に討ち取ったものの三人目に脛を斬られた。斬られたというより斬らせたというほうが正しいそうだ。

「血の匂いで、消せるとでも思ったんでしょうが……、だってまた、風呂にゃ入れなく、なりまさ……あーもうだめ、死ぬ」
「で、そんな臭いおっさんの看病をなんで俺がやんないといけないわけ」
「旦那ぁ、忘れてもらっちゃ困りますぜ」

 涙を浮かべて笑い転げ、やっと発作みたいな引き攣りが収まって、沖田くんは涙を拭いながら言った。

「土方に臭いって言ったのァ、旦那でしょう」
「……」
「次に旦那に会ったとき、俺のほうが臭くないって言いたいばっかりにスンスンし始めたんでさあ、アノヤローは。そんなアノヤローのバカな努力が真っさらになった今こそ、旦那の出番ってもんでしょう」
「……」
「自力で歩けないんで、厠だの食堂だの、連れてってやってくだせえ。ついでにスンスンすると泣いて悔しがりますから、どうぞご自由に」
「ないわ」


 どうして10日近く風呂に入っていない男、それも日頃仲の超絶悪い奴に手を貸して厠なんか行かせてやんなきゃなんないんだ。可笑しいだろ。あの日絡んできたのはチンピラのほうだってのに、迷惑被るのはどうして俺なの。不公平だろ。

 とはいえ、仕事を選べる経済状態ではなかったし、あのチンピラが悔しいのに地団駄も踏めない身体で俺の言いなりになるってのも悪くない。
 金額の交渉に入ろうと身を乗り出した俺は、たぶん向かいで口は笑ってるのに目がマジなサド王子と同じ顔をしてるんだろう。


 色男だからって、いつも小綺麗にしてるとは限らない。そんなこと、わかりきってるはずなのにバカな奴だ。
 さて、そのバカ面を笑いに行くとするか。ちょう楽しみ。



‥‥‥‥‥
銀さん、嘲笑いに行ったつもりが悔し涙を見てドキドキオロオロしちゃって、あれ、俺ヘンじゃね?って気づくといいです。




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