帰還 帰ってこい、と言っても素直に従う男ならそもそも出て行かない。そんなことは、坂田銀時が江戸から消えたと知ったときから知っていた。 否、もっとずっと前――池田屋で、最初の太刀をあの男に入れて躱されたときから。 坂田銀時には万事屋でいて欲しい。 それはもはや俺の独り善がりな望みではない。主のいなくなった万事屋をただ一人守る青年にしても、おそらく仲間である犬を救うために地球を離れたであろう少女にしても、そればかりではなく、大家だった女傑もその従業員である天人猫耳女も、吉原の住人たちも、元御庭番衆も、誰も彼も……あの男に関わった者なら誰でも、『元の万事屋』を願っていた。 二代目万事屋が不出来だからではない。さっきも言ったように、二代目万事屋こそがあの男を待ち望んでいるのだ。我々が望むのも無理からぬことではないだろうか。 というか、そんな理屈を捏ねなくても俺は、俺が俺であることが当たり前であるように、万事屋は江戸にいて万事屋をやっているのが当たり前だと思うのだ。そうでなくては江戸が江戸でなくなってしまうと。 だから探しに出た。 局長を守るべき副長職は休憩することにした。もちろん局長も万事屋の帰還を願っていたし、計画には諸手を上げて賛成してくれた。俺はフリーになった。新警察庁長官である今井信女は予想以上に物分かりが良かった。協力するどころかヒントまで寄越してきた。 『虚が復活する可能性が、他より少しは高いかもしれないわ。あなたをそこへ左遷する。文句はないでしょう』 そうして俺は、あの男の故郷へ赴任した。 帰ってこいと言って素直に従う男ではない。 出て行ったのには理由がある。それを何とかしなければ帰るに帰れない。 虚との決着を、あいつは一人でつけようとしているのかもしれない。だがそれは不可能だ。いかに坂田銀時が強くて、どんな困難も死んだ魚のような目で切り抜けてきたとしても、虚は無理だ。だいたいどうするつもりなのか。不死の敵をどうやって倒そうというのか。 『倒せないでしょうね。今のところ手立てはないわ。でも、一時的とはいえ無力化には成功した』 ならばこの隙に、無力化された虚を確保する。それは正しい。ついでに無力化が継続する方法を探れればもっと良い。 『具体的に言えば、赤子のうちに斬る。それがいちばん確実でしょう』 元暗殺部隊である新長官は顔色も変えずに言い切る。 『白夜叉に赤子が斬れるか、ですって? 私にわかるはずがない』 だからこそあなたを左遷するのよ、真選組副長。 新しい上司は無感動に、あっさりと俺に全権を託した。 あの男が虚と対峙しようとしているのは間違いない。 だが、どうしようとしているのか。無力な赤子のうちに斬るのが正解だとしても、赤子を斬る万事屋は俺にとっては不正解だ。一人で始末をつけるには手っ取り早いかもしれないが、それは禁じ手だ。たとえ世界を滅ぼす悪魔だとしても。 ならば、どうするか。 正直プランはない。思いつかない。それは、俺も一人で考えているからだ。 一人で抱えようとするな。一人で戦うな。帰ってきて、俺たちもその戦いに加えろ。 そう口説いたところで、奴の心は動くまい。 ならばこちらも対策を練ればよい。 敵を知る必要がある。そもそも吉田松陽とは何だったのか。虚とは。吉田松陽と虚の関係とは。 何より、お前にとって吉田松陽と虚は何なのか。 それを知らなければ、帰ってこいなどという言葉は薄っぺらく、あの男に届かない。 だから俺も江戸を出た。 万事屋を、もう一度万事屋たらしめるために。 江戸に、俺たちの街に、呼び戻すために。 二年ぶりに見た顔に、変わらないと言ってやった。 本当は変わってた。昔のお前はそんな笑い方をしなかった。一人でケリをつけようとする癖は変わらないが、そんな影のある顔をしなかった。 お前が得られなかった情報は仕入れておいた。たとえば、高杉の行方とか。どうやらもう顔だけは合わせたようだが、今の高杉は。それに、天鳥船から消えた天導衆とか。 お前は二年間何をしていた。全部吐け。そうしたら、お前の知らないことを地道に調べてやった俺の話を聞け。虚が、天導衆がどうなったか。再び奴らが動き出す前に、俺たちが何をしているか。 お前と俺の話を擦り合わせたら、きっと次なる手は浮かんでくる。浮かばなかったら浮かぶまで考えればいいんだ。二人で。ケンカになるだろう。それでいい。いつものように、互いに罵り合い、張り合いながら、二人で考えればいい。 二人、でなくてもいいけれど。 俺の話を聞くだけ聞いて、万事屋はまた去っていった。高杉の船で江戸に向かっているらしい。 お前を江戸に連れ帰るのは俺でありたかった。戦力として連れ帰るのではなく。事態を打破する鍵としてではなく。 (まあ……戻るのに違いはねえか) ただの役立たずでもいいんだよ。 戻ってくるなら、なんでも。 目次TOPへ TOPへ |