迷いと決意 初めに言っとくがセックスはしねえからな、と高杉が笑う。船に乗ったはいいが行き先が江戸と聞いて気もそぞろだった俺を揶揄うつもりかと思ったら、そうではないらしい。 俺だってもう昔みたいに盛るつもりもない。確かに昔はこいつとそういうことをしたけれど、あれは若かったからこそできたのであって今このチビを抱けるかと言えば盛大にNOだ。 「そんならいい。テメェのことだから夜這いかけてくるんじゃねえかと……」 「俺をなんだと思ってんの、ヤんねえよ」 そんな気も失せる事態だと思う。 自分が二度も斬った師を赤ん坊の頃から育て、また救われた。懐には師の心臓が脈打っている。自分の心臓ではない脈動がもう一つそこにあるというのは、初めは妙な感覚だったがもう慣れた。そこに松陽がいて常に俺の行動を見ているような、気まずいのと安心するのがちょうど半分ずつみたいな、妙なかんじ。 俺は、この心臓で何をすればいいのだろう。 情けないけれど未だに良くわかっていないのだ。 そんなときにセックスどころではない。 「ヤりてえならおめーのお仲間とヤれよ、俺はハブいてくださいお願いします」 「阿呆」 もうシねえよ、と高杉は自嘲気味に笑った。 「この身体になったら、ヤる気が失せた」 「?」 「生殖行為の必要ねえ生命体だからだろうな」 「……あ、」 あれだけ長く生きていながら、虚も松陽も子を成したという話を聞いたことがない。もちろん松陽は知識として性行為を知っていたし、俺たちのしょうもないエロ談義にシレッと加わってきてとんでもない話に発展させてはガキだった俺たちを仰天させるなんてのはお手の物だったけれど、松陽自身は実は興味もなかった節がある。 アルタナによって生きるあの生命体は、不死であるが故に子孫というものに意味を見出さないのだろう。 高杉が見た天導衆の残骸は、身体を引き裂かれてカケラになっても生き永らえていたという。あれは増殖したければ身を引き裂いて物理的に増やせばいいのであって、子を産み出す必要がない。 だから高杉は、セックスの要らない身体になってしまったのだろう。 「――なんだかなァ」 別におめーとヤりてえ訳じゃねえけど、味気ねえ身体になっちまったもんだな、と言ったら鼻で笑われた。 「どうしてもってェなら穴は貸すぜ」 「いらねえし」 「ふうん。長く見ねえうちに勃たなくなったか」 「は? なに言ってんのバリバリ勃つわボケ」 「なら、惚れた女でもできたとか」 「違いますけど」 高杉。女じゃねえよ残念だったな。 江戸にいた頃、心を寄せた相手は男だった。 黒い髪、瞳孔の開いた目、咥え煙草。 もちろん口に出したことはない。見ているだけで満足だった。決して俺を見ない、自分が大将と見定めた男しか眼中にないその生き方が好きだった。鬼と呼ばれ、恐れと幾分の嫌悪の視線に晒されても平然としているくせに、そういう目を向ける者たちも護ろうと日々心を砕く、凛として優しい男だった。 思いがけず再会したとき、俺の心臓がどれほど跳ね上がったことか。その隣でもう一つの心臓が、俺の心臓の慌て具合を嘲笑うように変わらぬ脈動を続けていた。 「テメェの惚れた女なら見てみてえモンだな」 高杉は探るような流し目を送ってきた。見ないように、極力目を逸らせる。 こいつ、俺と女の好みカブってんだよな。いつだったか遊郭行ったときもおんなじ女指名しようとしたっけ。あ、思い出したら腹立ってきた。 「違うっつってんだろしつけーな、やっぱヤりてえんじゃねえの」 「女とは限らねえか」 「イヤイヤイヤ、おっぱいは大事だろうよなに言ってんの」 「真選組の土方なら、ちょいと興味はあったんだがな」 「……!」 「ククッ、酷え顔」 嘘だ、と高杉は嗤って、船室へと降りていった。 俺ではない心臓は途切れず静かに動く。今の俺たちのやり取りも、俺の動揺も、全部見通されているかもしれない。 いや、そんなはずはないのだ。 松陽の本体は囚われている。ここにあるのは所詮臓器のひとつ。耳もなければ口もなく、俺を断罪することもない。 わかっているけれども。 そんな師の一部を抱えながら、平和だったころの恋を捨てられない俺は一体なんなのだろう。 何をしようとしているのか、と土方は俺に訊いた。答えられなかった。答えを、持っていなかった。 ましてやふわふわした想いなど、持つ余裕があるはずもなく。 なのに捨てることもなく。 まるで他人の心臓のように、俺の意志に関係なくトクトク……と息づいているのだ。 これで戦えるのだろうか。 参ったなぁどうしよう、と師の一部に問いかけてみても、それは無言のままだ。ただひたすら自分のリズムで動き続けるだけだった。 戦えるか、ではなく戦わなければならない。何と、どうやって戦うのか、まるで見当がつかないけれど。 「なんであんな田舎にいるんだよ、あいつ」 真選組は解体されたと言っていた。大将と崇めていた男の影はなく、彼は一人、遠く江戸を離れた地で何をしていたのだろう。燻ることもなく、キラキラと輝く瞳で真っ直ぐ見つめられるのは嬉しい反面、今の俺の中途半端さを思い知らされるようで、恥ずかしくて直視できなかった。 あの男とまた肩を並べて、くだらない競り合いをする日が来るだろうか。 「来なきゃ、いけねえよな」 懐に手を入れて蠢く肉塊に触れる。静かに脈打つだけのそのイキモノが『そうですよ、もちろん』と笑ったような気がした。 一方土方くんは、ロボ山崎に連れられて 三途の川と対面中。 目次TOPへ TOPへ |