待つ ダメだ、目も当てられない。 江戸に戻った万事屋――今は『万事屋』ではないのだろうが、俺にとって万事屋とはあのメガネではなくこの男だ――は、高杉と別れた途端ポンコツになった。 いや他人のことは言えなくて、真選組のいない俺も相当ポンコツだったのは認める。山崎は文字通りポンコツだし、尾行は原則二人が望ましいってのに対象は二人だしこっちは俺とポンコツロボだし、よく気づかれなかったもんだと思う。あれ、あいつ気づいてたのかな。 災害を撒き散らす女が引き起こした災害に巻き込まれて身動き取れなかったのだとしても、アレはないだろう。 万事屋は以前から、腕は立つ割りによくわからん災害級のトラブルに巻き込まれる傾向があった。その最たるものが、俺と魂が入れ替わったあの碌でもない事件だ。それだけじゃなく、人間だった山崎の作文みたいな報告書によると、災害女の根城でストーカーを搦めとる巨大な罠にただ落っこちたとか、身体をドライバーに変えられた俺たちに対して一人だけボックスドライバーだったとか、なんだか知らないがトラブルあるところにはあのバカ、というのは今までだって珍しくなかった。 でも、違うのだ。今のこの男は、あのときと決定的に違う。 目、だと思う。 死んだ魚のような目、とよく罵ってやったものだが、それでも奴は笑っていた。やる気のカケラもない奴だったし、責任なんざひとつも果たさず、自分のとこの従業員に給料さえ払わずに平然としていた男だ。それでも、笑えていたはずだ。 今の万事屋は笑わない。やっと取っ捕まえて取調室に突っ込んだ時だって、昔と同じように振舞ってはいたがそれは『振舞っていた』だけで、きっと一人になったらあの間抜け面も引っ込んでしまうのが容易に想像できた。そして今もだ。 なぜ一人でそんな顔をする。 それは、高杉とは分かち合えないのか。 いや、そうでもないのだろう。二人でいた短い時間は、少なくとも俺の知る万事屋の顔に似た表情をしていた。一人になるのがいけないらしい。 ふてぶてしくて傲慢で、従業員の少年によると『自分が九十パーセント悪くても残りの十パーセントに全てを賭ける』無責任野郎だった。自分の信念にしか従わない、不遜極まりない男だったはずだ。 それが、あんなに自信なさげに目を伏せるなんて。 お前の師が、この街を破壊し尽くしたからか。 お前を作った元になった男は、この世界を壊す元凶だったからか。 それとも、他に理由があるのだろうか。 お前はかつて俺に言わなかったか。腑抜けた面は見飽きた、と。大切なものの傍らで剣を振り回してくたばるのが土方十四郎ではないのか、と。 お前の腑抜けた面は見飽きたが、それは決して悪くないと思う。傲岸不遜、敵を敵とも思わず常に自分のやり方を押し通してきた男が、迷っている。その様を見るのが、俺は決して嫌いではないと気づいた。 だが、お前が今嵌っている迷路は、きっと一人では抜け出せない。 だから、声を上げろ。 助けが欲しいと。 きっと俺が、いの一番に駆けつけてやる。 多少は嗤うけどな。そりゃ、ひと言ふた言は言うだろ。 俺の命はもう局長の物ではない。俺の好きに使っていいんだ。だから。 「早く呼べってんだ、クソ天パ」 「なんか言いましたか土方さん」 「ロボは黙ってろ、つーかこんくれえ聞き取れねえの!? スペック低くね?」 待ってる。 目次TOPへ TOPへ |