無罪、主張すべし(万事屋トシちゃん) 「よーろずーやサン」 また来た。銀髪天パに黒い制服。腰には真剣。真選組副長、坂田銀時。 世間が言うには泣く子も黙るんだそうだけど、こんなダラシないヤツに黙らされる子はいないと思う。こないだウチが引き受けた子守の仕事なんか、半日泣きっぱなしで幼児虐待を疑われた。なんでだ。俺の目付きが悪いからか。 「なんですか」 「今日は? 変わったことなかった?」 「ないですね」 「お仕事は」 「嫌味かテメェ、俺がここにいるってこたァ仕事はねえんだよ! 冷やかしなら帰れ」 「奇遇だね。俺も今日はもう終わり。暇同士飲」 「じゃあ帰れば?」 「……飲みに」 「行けば?」 「万事屋サンと行きたいんだけどなぁ」 「無駄に飲みに行く金はない」 「奢っ」 「無用な情けも受けない」 当たり前だろ。特に仲良いわけでもねえし、奢られる理由がねえ。だいたい奢るなら新八と神楽もいるんだから現金寄越せ。 俺の後ろで神楽が笑い出す。 「銀ちゃん、今日も負けネ」 「ちょっと神楽ちゃんさぁ。トシくんに解説しといてくんない、酢昆布一年分買ったげるから」 「酢昆布は寄越せヨ。でも自分で落とせヨ」 「何を落とすんだ。つーか落とすな、警察手帳とか紛失したらマズイんじゃねえのか」 神楽は腹を抱えて笑い出した。銀髪副長は萎れてる。あれ、ほんとに落としたのかな。 「落としモンなら探すけど。金は取るぞ」 「……まだ落としてマセン」 また来るわ、と銀髪副長は言って、ニヤリと馴れ馴れしい笑みを残していった。この顔、いつもなんだが心臓に悪い。なんでだか知らねえけど動悸が早くなる。健康管理は万全なはずなんだが。 「トシさん、いい加減気づいてあげても……」 「何が?」 「えーと。銀さんほとんど毎日ここに来ますよね」 「そうだな。仕事も持ってこねえのに」 「真選組がウチに仕事持ってくるとしたら裏仕事でしょ。僕ヤですよ、ニュースに出たら姉上に怒られる」 「裏仕事はテメェらにはさせねえから安心しろ」 「何言ってるアルか」 神楽は爆笑を引っ込めて俺を見上げる。 「万事屋はいつでも三人一緒ヨ」 武州から当てもなく上京したら、江戸は廃刀令の御時世で侍にロクな仕事なんぞなかった。剣しかやったことのない俺が糊口をしのぐ術といったら、万事屋という何でも屋を開いて文字通りご町内の厄介事を何でも引き受けるくらいしか思いつかなかった。最初は治安も悪かったから用心棒的な仕事が多かったのだが、真選組に銀髪の副長、坂田銀時が就任して以来、街の治安は格段に良くなり、俺の仕事は用心棒から犬の散歩だの子守だのに移行した。 あの銀髪、やる時はやる、らしい。商売敵でもあるけど。 だが俺の前に現れる時は大抵ヘラヘラ笑ってて、やれ飲みに行こうだの、お茶しようだの、ほんとに仕事してるとは思えない。遊ぶことばっかり考えてる。まあ、俺が前に用心棒やってたって言ったら恨みを買ってるかもしれねえなって言って、ああして毎日ウチに顔を出す、のは仕事のうちなのか。副長自らそんなちっさな仕事までこなしてんのか。何軒回ってんだ、あの銀髪天パ。 「御用改めってのはさぁ、本来こーいうのだと俺は思うわけ」 と、以前しょーもないから中に上げて茶を出してやったとき、あいつは言ってた。 「コトがあってからじゃ遅えでしょうが。変わりはありませんかって、聞いて廻んのが見廻りで、御用改めだよ。何もなきゃ俺たちゃ帰りゃいい。無駄足上等」 そん時は、なんだたまにはいい事言うじゃねえか、なんて思ったのに。その後見かける銀髪は、大抵甘味屋で団子食ってるか、ファミレスでパフェ食ってる。さぼりだ、どう見ても。 「まさか。銀さんあれでも真選組の副長ですよ。一軒一軒廻るわけないじゃありませんか」 新八は笑いを通り越して呆れたって顔してる。新八は江戸生まれの江戸育ち、生粋の江戸っ子だから田舎モンの俺とは多少感覚が違うのかもしれない。 「じゃあなんでウチには毎日来るんだ」 「トシさん……まあ、いいんですけど。横から口出すモンじゃないし」 「?」 「今日の晩ごはん、僕が当ば」 「俺、マヨネーズ丼」 「それいい加減にしろよォォオ!? 料理じゃねえって何回言えばわかるんですか!」 怒られた。美味いのに。 真選組の副長を恐れるのは一般市民ではないらしい。むしろ市民とはよく話し込んでて、仲は良さそうだ。でもあいつは一体どこに目をつけてるのか、俺が通りかかると必ず見つけてくる。万事屋サン、とデカイ声で呼ばわる。すると今までヤツを囲んでいた人々はあっという間に散っていく。俺が悪者みてえじゃねえか。やめろ。中には『銀さん今日こそ頑張って』などという輩もいる。なんだ、俺は真選組に目を付けられてるのか。なんもしてねえぞ、目付きの悪さは自覚してっけど。 「万事屋サン。買い物?」 「ああ。定春のエサが切れた」 「じゃあ、お乗んなさいよ。今日俺パトカーだよ」 「なんでだよ!? 犬のエサ買いに行くだけでなんでしょっ引かれなきゃなんねーんだよ、遠慮しますッ」 「だってお宅の定春くん、デカイからエサもハンパない量でしょ。荷物運ぶの大変」 「バイク乗ってんの見えねえの!?」 え、もしかしてそんなスピード出てた? でもその割にキップも切らねえし、意味がわからない。そりゃ車のほうがたくさん運べるけど。普通の車ならな。パトカーは罪人もせるもんだし、俺何にも悪くない。 「今日また来んのか。ウチ」 「行くよ? あ、買ってってあげようか、他に重い物とかあるだろ」 「ない。なんでケーサツに買い物してもらわなきゃなんねーんだ、裏取引か?」 「うーん……そうじゃないんだけど」 銀髪は柔らかく微笑んだ。たまに見るこの顔。この顔は、本当に困る。こっちはどんな顔していいかわからない。 「後で行くね。変わったことあったら真選組に連絡してね」 「あ。今日ダチ来るわ。俺は万事屋にいるけど」 「そうなの? へえ、じゃあ万事屋サンのお友達の顔もちょっと見ちゃおっと」 その日は幼なじみの高杉が来ることになってて、もしかしたら泊めろって言われてた。いいけどウチ狭いから、俺の部屋に雑魚寝させるか。神楽はいつも通り押入れに寝かしときゃ大丈夫だろ。そもそも神楽は地球人より強えし。高杉より……どうかな。あの野郎もムカつくことにけっこうな剣の遣い手ではある。 「へえ。で、そろそろ来んのか。真選組の副長殿は」 高杉は俺の留守中にすでに上がり込んでた。そんで新八と神楽と一緒になってゲームしてた。やめてくんねーかな、ウチの子に贅沢させんのは。テメェはボンボンでいいよな。 「来るんじゃねえの。来るって言ってたし」 「あー、それでテメェらは俺に帰れって言うわけだ」 「ちょっ、高杉さん! それ内緒って!」 「なんだよ、帰んなくていいぞ。泊まってくなら晩飯代は出せ」 「カラダで払ってやる」 「いらない。お前俺より目付き悪いから使えない」 「……高杉、トシちゃんて昔からこうアルか」 神楽の車が道から落ちて、とうとう諦めた神楽がこっちの会話に入ってきた。高杉め。マリオさんなら許す。俺にも後でやらせろ。 「あ? バカさ加減は治らねえ。一生モンだろ、クックッ」 「バカってなんだ。俺のどこがバカだ、つうかテメェに言われたくねえ」 「俺はここへ来て一時間もしねえうちに概ね把握したぜ。テメェと違ってな」 「もう見ててムズムズするネ。銀ちゃんも押しが弱いアル」 「押し? なんか出っ張ったのか、なら俺が押し込むけど」 「神楽、諦めろ。コイツの頭はこれが限界だ」 「新八は?」 「副長サンにご注進だろうぜ。まあ、無駄だと思うがな」 「?」 銀髪は新八と一緒に来た。高杉に一瞥をくれたのを別として、いつも通り間延びした呼び方で俺を呼び、『変わりない?』と尋ねたが、その後につけ加えた。 「変わりあるね。お友達来てるもんね」 「これが噂の真選組副長か。ふーん」 「おい高杉、挨拶くれえしろ」 「お前がしとけ、十四郎」 高杉に下の名前で呼ばれたのなんてガキの頃以来だ。なんかバカにされたみたいでムカつく。 「晋助。調子乗んなよ」 「ちょっと待って。そんな仲良いの!?」 高杉が何か言う前に、銀髪が割り込んできた。 「メガネくんに、幼なじみって聞いたんだけど!」 「幼なじみにもいろいろあらァ。十四郎、やっぱり今日は泊まってくぜ」 「ああ、いいけど。俺の部屋しかねえぞ」 「ちょうどいい」 「ちょっと! えっ、万事屋サンと一緒に寝るの!? ちょ、万事屋サン大丈夫なの!?」 「あいつ寝相悪いからなぁ。あんま大丈夫じゃねえわ」 「ね、寝相ォォオ!?」 「そうだな。俺ァ大抵、朝起きると十四郎の布団の中にいる」 「はあァァア!?」 「マジあれなんとかしろよな。俺は抱き枕じゃねえんだから、朝寝苦しいったらねえ」 「―――ッ!」 「俺はいい按配だから。テメェは抱き心地良くていい」 「万事屋、土方十四郎……朝、原チャニケツしてた。道路交通法違反で逮捕する」 銀髪の目つきが変わった。 いつものユルい半開きの瞼がくっきり開いて、あれ、案外綺麗な目ェしてやがんだなと思ったのはいいけれども、 「はァ!? 今朝は俺一人だっただろ! 確かにいつもは新八乗せることもあるけども」 「じゃあそっち。今朝じゃないほう」 「そんな曖昧でいいのかよ!? いつ? 何時何分何秒地球が何回回ったとき!?」 「ドラレコ。入ってると思うよ、万事屋サンのバイク姿集めてるし」 「そんなん証拠になんねえだろ、即逮捕だろ普通!」 「録画残ってるから証拠はあります」 「じゃあテメェが見逃した証拠も残ってんじゃねえかァァア!?」 「うっかりしてた。今挽回すんだからいいだろ。ほら手錠は掛けないどいてあげるから、俺と来なさい」 「なんでだァァァア!?」 神楽はあっさり高杉に乗り換えて、今日の夕飯焼肉がいいとか言って擦り寄ってるし、新八はこの期に及んで『お茶淹れてきますね』とか訳のわかんないこと言って台所に引っ込んだ。 「テメェらァァァア! ちょ、マジ助けてお願い!」 「イヤイヤ。トシちゃんは今晩ブタ箱で頭整理してきたらいいアルよ、私留守番してるネ」 「テメェの布団使っていいよな、十四郎。安心しろ、このガキに手ェ出すほど飢えちゃいねえからテメェが帰ってくんの待っててやらァ」 「あ、トシさん心配なら僕も今晩ここに泊まりますから」 「オイィィィイ!? そうじゃねえだろ、俺前科ついちまう!」 「前科でもキスマークでも付けてくるヨロシ。銀ちゃん、今日こそ落とすアルよ」 「万事屋はいつでも三人一緒じゃねえのかよォォオ!?」 「それとこれとは別ですね、いってらっしゃいトシさん」 銀髪はなぜか新八と神楽にグッと親指を立てて、それから俺の腕を取って外へ引っ張り出した。連行とはちょっと違う、腕への柔らかな拘束にまた俺はどんな顔をしていいかわからなくなる。 「取り敢えず乗って、万事屋サン。大人しくしてたら、罪に関しては善処します」 ドライブかなんかのように前席の左側のドアを開けて、極めて紳士的に、それでも断固として俺を押しやる銀髪。仕事中の顔にもいろいろあるんだな。なんか心なしかキリッとして見える。なんつーか、 (かっこいい……) 「何を考えてんだ俺はァァァア!?」 銀髪はサッサと運転席に乗り込み、ハンドルを握った。行き先は――どうも屯所方面では、ない気がする。 俺はどこへ連れて行かれるのだろう。そんでまた動悸がする。やばい。俺はやっぱり病気なのかもしれない。 初登場万事屋トシちゃん、 当分くっつきませんなこりゃ(笑) なお様リクエスト 「万事屋トシちゃん/腕っぷしは強いけど、 ちょっと抜けてて、周り(主に神楽と新八) がさりげなくフォローしてるような 万事屋さん一家。 副長銀さんが好きだアピールするんだけど、 鈍すぎて中々気付いてもらえず (周りにはバレバレ)苦戦するお話」 リクエストありがとうございました! 目次TOPへ TOPへ |