セクハラvsパワハラ


 幕臣との懇親会に呼ばれてイヤイヤ出席したら、ヘンなオッサンに捕まった。

「今度二人きりで食事でも。料亭に個室を予約しておこう」
「お断りしマス」

 脊椎反射で返事してしまった。真選組の立場が、とかちらっと思って言い訳を考えようとしたけど、脳に言葉の意味が達してもやっぱり返事は変わらなかった。キモイ。
 と、近藤さんに報告したら大笑いされた。

「トシはモテるなぁ」
「そういうモテ方はしたくない」
「ショックだっただろうなぁそのオッサン」
「ショック死してほしい」
「わかったわかった。以後配慮すっから」

 あんまり深刻に受け止められてない。ほんとキモイんだからな。まばらハゲのくせに無理に髷結いやがって。脂ギトギトだし加齢臭キツいし目つきがキモイ。
 総悟は目を輝かせた。そうだろう、テメェは俺の不幸で飯が三杯くらい食えるヤツだ、わかってる。

「オッサンキラーも始めたんですかィ。もしかして来年度の予算はカラダで取る気とか」
「やめろ。マジ想像したくもない」
「そこを想像してみなせェ。予算がっぽりですぜ、武器も弾も買い放題で」
「テメェの破壊工作が捗るだけじゃねえか!? なんで俺がそんなのにカラダ張らなきゃなんねーんだ、オエェ」

 想像させんなキモイ吐く。キモイキモイ体痒い。うわあ。
 山崎には言ってないはずだが、頼みもしないのに茶を運んできて訳知り顔に頷きやがった。

「そういうとき『この後予定があるので』とか理由を言っちゃダメらしいですよ。じゃあそれがなきゃいいんですねって意味にとられて』
「そんなことしたり顔で言う警察いらない。指導する側だろ」
「だって副長、そういうとこ迂闊そうですもん。次言われても理由つけちゃダメですよ」
「だからしつこい! 次とか想像させんなキモイ」

 なんでわからないのか。オッサン見てないからか。マジテメェのツラ鏡で見てから出直しやがれって部類だった。出直しても断るけど。遊女って偉大だな。あんなオッサンでも会話成立させるんだろうから。無理。俺の視界に入るな。
 鉄はそもそも何に誘われたのか理解しないし、終は黙ってグッ!て親指立ててきたし(へし折るとこだった)、原田は『えっ俺は臭くないですよね!?』とか明後日の方向を心配し出すし、誰もロクに俺の話を理解しようとしない。力説してみてもかえって疲れただけだった。
 だが早く立ち直らないとまずい。明後日には非番だ。ということは明日にはあの男が現れる。それまでにナカッタコトにしておかないとまずい。でも無理、かも。


「……」
「あー、何にもなかったからな?」
「……」
「も、もう会うこともねえし! 次はっ近藤さんが替わってくれるって言ってたし!」
「……」
「なっ! あんなんひと捻りだし! 捻るまでもないし!」
「捻るにはヒヒ爺に触んねえといけねえだろうが」

 銀時はやっと口を開いたと思ったら、地を這うような低い声で呻いた。
 俺の顔色が悪いってとこから始まり上手いこと喋らされてこの有様。

「捻るな。斬るのも禁止。カタナ通じて手が触る。ヘンな菌移る」
「俺だって触りたくねえよ! 向こうが勝手に寄ってきたんだからしょうがねえだろ」
「寄せんな。躱せ。お前ならできるはずだ」

 そんな無茶な。
 殺気でもビンビン放っててくれりゃ即斬り捨てられるけど、残念ながら敵意がない。躱そうにも口実がない。

「キモくてクサいだけで充分だろ! ハゲ散らかってんのもダメ! 脂ギトギトとか論外ッ」
「俺もだ」
「風呂入ってこい。髪の毛よく洗えよ、毛穴に脂残ってっとハゲるらしいぞ」
「俺ハゲてないんだけど!? もう何回も風呂入ってきたわ!」
「絶対会うなよ」
「会いたくねえよ俺だって!?」

 こうなるから銀時には言いたくなかったのに。
 いや、言いたくなかったのってのはウソだな。結局俺はこいつにしか聞いて欲しくなかった。近藤さんや総悟たちみたいにピンボケな反応される相手じゃなく、俺のキモさを正確に理解してくれるコイツでないと、話す意味がないと思っていたんだろう。うるさい小言付なのが難点だが、銀時に話したことでスッキリした。銀時の機嫌はかなり損ねたし、それを宥めるのは骨だったけど。それを差っ引いても、俺の精神衛生上やはり銀時でないと引っ掛かりが解消できなかった。よかった、話せて。



「あ、トシ。例の案件、幕府側の担当者が代わって、あのジイさんになったから」
「……」

 例の案件とは、ちょっと混み入った対外問題も絡んでるヤツで、今までは俺が前面に出て話してた。
 近藤さんはけろっと悪びれずに俺に宣言した。

「替わってくれ。今までの経緯はこれから引き継ぐ」
「えー。トシで進めてきたんだからこの後もさぁ」
「こないだ言った! 配慮するって!」
「ただの飲み会ならな! でも仕事だし」
「今こそ配慮しろ。担当替わってくれ」
「じゃ、こうしよう。俺も同席する。そんでどうだ」
「会いたくない。嫌だ」

 総悟は俺が悪いと言う。こいつが俺の味方なんかするわけないから当然だが、

「局長に仕事押しつける副長なんていらねぇや。腹切れ土方ぁ」
「じゃあ代わりにテメェがやれ」
「外交問題勃発させんのも面白えや」
「やっぱやめろ。地球滅ぶわ」
「セクハラったって自意識過剰じゃねえんですかィ? いつもカラダで予算通してるくせに」
「だからそれテメェの思い込み! つーかやってねえって知ってんだろ、わざとだろ!?」

 山崎もまた聞きつけてきた。こないだのもどうせ近藤さんが喋ったんだ。そうに決まってる。

「局長連れてったって副長の仕事が減るとは思えませんけど。局長が引っ掻き回すの目に見えますよ」
「俺は!? 俺の身の安全は」
「自分のことは自分で護ってくださいよ、つーか実害はないんでしょ。飯くらい付き合ったげれば」
「嫌だ。飯食うのに部屋付き個室取るんだぞ」
「まさか、本気で食われるとか思ってます? そんなバカな」
「実行するかしねえかじゃねえんだよ! そういう目で見られんのが嫌だっつってんの!」

 コイツも理解しなかった。
 終は遠くから合掌してきた。なんだ、食われてご愁傷様ってか。まだ食われてねえし食われる予定もないから。鉄はなんか涙を堪えてて、『副長が誰の愛人になっても自分ついて行きますッ』とか明後日の方向に決意表明するから問答無用でぶっ飛ばした。原田は料亭飯を羨ましがってばかりだ。
 銀時にも別の意味で言いにくくなった。いちいち言いつけるのも能がないし、

(テメーのことくらいテメーでケリつけねえと)

 そもそも万事屋に行く暇もなく、会合の日は来た。近藤さんは一応来てくれたものの、最初の一時間が過ぎて相手が変わった様子もないのを見届けて安心してしまったのか、また運悪くとっつぁんが城に来ていてそっちに呼ばれてしまったのもあって、途中で席をはずしてしまった。

「土方殿。今日はこの後料亭にお招きする手筈になっているので」
「……屯所で、まだやることがあるので」
「ああ、では近藤殿に連絡しておこう。土方殿は忙し過ぎる」

 くそう。山崎の言う通りにコトが運ぶのも腹立たしいし、後日の仕事の進め方がつい気になって穏便に出てしまった自分も腹立たしい。
 結構です、と言ったら喜ばれた。『結構なお気遣いありがとう』くらいの意味に捻じ曲げられて理解されたらしい。そして隣に擦り寄ってくるジジイ。

「ささ、では参ろう」
「ぎゃああああ! ケツ触んなクソジジイ」
「私は何も」
「ウソつけェェェエ! ケツ撫でた。俺のケツ撫でたァァァア! 帰るっ」

 振り切って帰ってきた。仕事なんかもう知るか。

「だから俺はヤダって言ったのに!」
「ええー怒鳴って帰ってきちゃったのぉ。次どうすんの、顔合わせづらいじゃん」
「あんたが行けばいいだろ! だいたい途中で帰んなよな!」
「とっつぁんに文句言ってくれよ、でも大人しそうなジイさんだったのに、なかなかやるなぁ」

 ダメだ。ストーカーの仲間意識持っちまった。これは役に立たないかもしれない。

「近藤さんの顔潰して逃げ帰ってくるたァ、コイツは局中法度に触れてやせんかィ。一番隊隊長として粛清してやらァ」
「セクハラに遭ったときに逃げたらいけないとは書いた覚えない!」
「セクハラに遭うのなんぞあんただけですぜ。自意識過剰なんじゃねえですか、とにかく死んどけよ土方ぁ」
「じゃ、次はテメェが行け」
「絶対ヤでぃ」

 そうだ。誰か連れて行こう、とっつぁんに呼ばれなそうなヤツ。目立たないヤツと言ったら、

「ええー。俺一応幹部扱いじゃありませんし。トップ会談に出る資格ないです」
「資格とか特に規定ないんだけど?」
「じゃあハッキリ言いますけど、会議とかヤです。ウチの定例会が限界、ぐあああああ!」

 ぶん殴って次。終は気づいたときには斬り終わってそうな気がするし、斬るのはマズイ。原田はとっつぁんが見つけたら用事なくても用事作って遊びに行きそうだ。却下。鉄、は

「じじじ自分ッ、頑張りマス」
「……」
「佐々木の兄が来てたりしないでしょうね?」

 来てようが来てまいが、ことが起きたときに気が利かなそう。止めよう。

「じゃあどうすんだよ!? アンタのせいでもあんだかんな! 次は護衛がいなきゃ俺行かないッ」
「でもなぁ。特に護衛が必要なカンジのジイ様でもねえしな。隊士なら連れてっていいけど、何にもなかったときにトシがヘンみたいに言われちゃうとな」
「……」

 人目さえあればいい。事情を飲み込んだ人間が、側に控えていればいいだけなのに。

「じゃあ俺が自分でなんとかする。そんならいいんだな! もう頼まねえッ」
「トシ、そんな怒んないで」
「ぷん!」



 というわけで、二回目の会合には平隊士を後ろに控えさせている。
 もちろん、うちの隊士ではない。

「なんでもっと早く言わねえの!」
「……自意識過剰のバカだって総悟が」
「そんならそれでいいじゃん! なんかあってからじゃ遅えだろうが! 俺の知らない間に会ったの? 二人で!?」
「……そうだ」
「土方のアホーーーッ」

 万事屋に頼みに行ったらめちゃめちゃ怒られた。依頼料はカラダで払ってもらうから、とかこれも総悟みたいなこと言い出して、その夜は酷い目に遭った。でも、銀時なら……もごもご。
 当日、銀時にはウチの隊服を着せて俺の後ろに置いといた。真剣を貸せ、と言われたときにはさすがにやり過ぎじゃないかと思ったけど、近藤さんたちの無責任さには俺も頭に来てたから、村麻紗の前に使ってた刀を貸した。どうなっても俺、知らない。

 小心者らしいジジイは人がいるとちょっかいを出してこない。話もそれなりに済んで、じゃあ今日はこれでってときになって銀時――後ろの隊士が口を挟んできた。

「今日はって言いますけど。あと何回やるんです」
「そんな掛かんねえだろ。あと一回くらいですよね?」
「いや、土方殿にはもう少しじっくりと話を聞いていただきたい。別件で相談したいこともあるゆえ、」
「ふーん。で? あと何回ウチの副長呼び出す気ですか」
「お忙しいとは思うが、できる限り時間を作っていただき、」
「わかってんじゃん忙しいって。何回? つーか休憩入れたら今日終わんねーですか?」
「それは、」
「副長のご都合は? この後なんかあります」
「ないな。うん、ない」
「こ、こちらはこの後閣僚会議が……」
「休んで。一人くらいいなくても平気でしょ」
「何を申すか! そんな勝手な」
「副長、この人の会議キャンセルしたげて」

 おい、なんでテメーが仕切る。今日貸した隊服、平隊士のなんだけど。まあいいや。

「議長はどなたですか。えーっと、この前懇親会でお会いした、確か……」
「あの人じゃない! あの人じゃない」
「でも話くらいつけてくれるでしょう。ケータイの番号教えろってしつこかったから交換したんで、電話します」
「ちょ、」
「なにそれ」

 後ろの隊士が故障した。あ、俺地雷踏んだ。

「こいつだけじゃねーの? ちょっとちょっと、幕府ってどんだけ腐ってんの? いろんな意味で」
「貴様、いかに土方殿の付き人といえど口が過」
「え、腐ってる自覚ねえの? ウチの副長が自意識過剰かもしんないってあんなに悩んでたのに? そっちは自覚すらねえの?」

 振り返ったら、隊士殿の目が据わっていた。あーこりゃヤバイわ。俺知らね。刀引き寄せてるし。いつでも抜けるわ。ほんと、知ーらね。近藤さん責任取っといて。

「だいたいなんで土方なの。局長呼べばいいじゃん。大事な話なんだろ? 副長じゃなくてゴリラ呼べよ」
「土方殿のほうが話を進めやすいので、」
「なんで? 局長バカにしてんの? そりゃちょっとゴリラ入ってんよ、人間離れしてっけど? やるときゃやるよアイツも」
「しかし」
「たぶん」

 たぶんてなんだ。たまに褒めたらそれか。まあ、今回はやるときもやんなかった。俺、怒ってんだからな。

「で? 話続けろよオッサン。俺の! 前で! 全部! 終わらせろ」
「貴様になんの権限が」
「全権」
「土方殿、こやつは何者なのだ」
「隊士です」

 キレてます。俺にも止められません。

「さっさと続けろ。あ? たいした話でもねえだろ、さっきからチンタラやってっけど」
「土方殿! 他者には内密に進めたいと言ったはずだ」
「ダイジョーブ、俺会議とか嫌えだから。よく聞いてなかったから。聞く気もねえから」
「えっ、チンタラやってるって今」
「雰囲気」

 正しい。無駄に長いのは俺も嫌い。山崎ほどじゃねえけど。

「早くしろよ。つーかこの後予定あるとかウソだろ、どーせ料亭の予約してあんだろ。土方連れ込んであんなコトやこんなコトしようとしてんだから後に予定なんか入れるわけねえだろ、ネタは上がってんだよ」
「えっ、なぜそれを知っ」

 とうとう白状したなクソジジイ。やっぱする気だったんだ、あんなコトやこんなコト。ふざけんなこの俺にあんなコトやこんなコトってなんだ。
 げっ。あんなコトやこんなコトって。

「ぎゃああああああ! キモイ! やだもう帰る! キモイ臭い! 寄るな脂ギトギトのくせにィィィイ!」
「続きの話しなくていいの」
「し、な、いっ! ヤダ! キモイキモイキモイ、オエェェエ」

 オッサンはたぶん、今度ばかりは人道的に手を差し伸べようとしたんだろう。
 だがそれが銀時の最後の地雷を踏み抜いた。銀時は直ちに刀を抜いて、オッサンの首に突きつけた。

「土方に触るな。つーか動くな」
「ひぃぃい」
「なんで真選組がキャバ嬢みてえな真似しなきゃいけねーんだよォォオ! あああああ許せねえ、セクハラジジイ滅べェェェエ! があああああ」

 斬っちゃダメだと言ったら銀時はジジイを思いっきり足蹴にした勢いで、総悟もここまでやんねえってくらい部屋中を破壊し、それでも足りなかったらしく爺さんの袴を、惚れ惚れするような剣捌きで切り刻んだ。

「じゃあな変態ジジイ! 二度と土方の前に現れんなよッ」

 半泣きの爺さんを残して、俺は銀時に手を取られてその場を脱出した。



 近藤さんがとっつぁんに呼び出され、散々説教食って始末書書かされてから数日。俺は近藤さんの恨めし気な目を逃れて万事屋にいる。俺のせいじゃないから。近藤さんがちゃんと取り合ってくんないのが悪いんだから。

「なんか自白したらしいぜ。俺をてご、てご、ぎゃああああああ!」
「見ろ。手篭めにされるとこだったじゃねえか」
「言うなァァァア! ぎゃああああ!」

 銀時の機嫌はまだ悪い。でも、サブイボ立てて自分の体を摩る俺を、心配そうに見守りながら背中を撫でてくれる。うん、この手は安心。

「俺が毎回ついて回りてえよほんと、おめーはヘンなオッサンに目ェ付けられやすいんだからさぁ。やべえと思ったら真選組のバカなんかほっといて俺んとこ来いよ?」

 真選組のバカとは聞き捨てならないが、今回は言い返せない。いや、やっぱあいつらバカかもしんない。
 銀時にぎゅっと抱きついたら、しっかり抱き返してくれた。この腕があれば安心。キモチワルイのがたちまち引いていく。この腕の中がいちばん落ち着く。ウチの連中はバカだけど、俺も別の意味でバカの一人なのかもしれない。


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ソニカ様リクエスト
「土方君が第三者に性的に狙われて
マジ切れする銀さん」

リクエストありがとうございました!





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