ファミレスのパフェは時にこっ恥ずかしいほど名前が長い


 毎日俺のバイト先のファミレスでパフェを食べてく白髪天パのオッサンは、たまにスーツを着てくる。そういうときは待ち合わせで、つまらなそうにコーヒーを頼む。スーツの襟元に金色のバッジが着いている。気になってそのバッジの正体をネットで検索して、俺はPCの前で軽く仰け反った。
 そのオッサンはいつもはヨレヨレのTシャツにデニム、足元は突っかけだ。ペッタペッタと踵を引きずってだらしない歩き方をする。猫背でポケットに手を突っ込んで現れる。俺が注文を取りに行くとニコッと笑って、長たらしいパフェの名前を淀みなく全部言う。
 スーツを着てくるときは仕事なんだろう。待ち合わせ相手の人は若い女の人だったり、おばさんだったり、初老のご婦人だったり、とにかく女の人だ。稀に疲れ切った男の人のこともある。

「弁護士だったんだ……」

 今日も私服で現れたオッサンを見て、俺は思わず独り言を漏らしていた。正直俺は、このギャップありすぎのオッサンにずっと前から恋をしていた。でも、あろうことか弁護士先生だったなんて。
 私服のときはぼんやりしてるから聞こえちゃいないだろうと思ったのに、オッサンはくるりと俺のほうを振り返った。

「あれ。バレちゃった?」

 注文取りに来てね、とオッサンは言って、やっぱりニコッと笑った。もの凄くいい笑顔だ。恋する人の指名に、俺はいそいそとテーブルに近づく。バイト仲間の中でも暗黙の了解で、この人は俺の担当ってことになってる。

「ご注文をお伺いします」
「季節のフルーツブリュレパルフェベルギー産チョコレートソース添え」
「ご注文を繰り返します。季節の、フルーツぶる、ぶるれぱるへ……チョコソースパフェ。ご注文は以上でよろしいですね」
「うふふ。お願いします」

 言えないんだけど。店員の俺が。
 弁護士だと滑舌もいいのかな。
 PDTに入力して下がろうとすると、オッサンは俺を引き止めた。パフェの上にまだなんか食うのかと思って待ってたら、名刺を押しつけられた。

「あとメールください。電話だともっといい。注文は以上」

 顔に熱が集まる。急いで名刺を取って、俺はパントリーに下がった。
 バイト仲間に冷やかされながら名刺をよく見る。坂田法律事務所。弁護士、坂田銀時。初めて名前知った。白髪のオッサンとか言っててごめんなさい。今度から坂田さんて言おう。心の中でだけど。
 メールってなんだろう。クレームならこの場で言いそうだけど。弁護士さんだからアヤシイセールスとかじゃないのは確かだけど、見当がつかない。

 スーツ姿の坂田さんは凄まじくカッコいい。貧乏学生の俺はスーツの良し悪しなんて全然わからないけど、絶対いいヤツ着てるはずだ。だって弁護士だもの。仕事のときは俺に見せる人懐っこい笑顔はなりを潜め、真面目な顔で依頼人(多分)と話し込んでる。
 片や俺は学生の中でも明らかに貧乏だ。ジーンズの膝はオサレじゃなくて破けてるけどまだ穿けるから捨てられない。スニーカー買ったのなんて、何年前だろう。ファミレスだからまだ制服で誤魔化せてるけど、バックヤードで着替えたらほんとにみすぼらしい。自分でもわかってるけど、金がない。
 坂田さんは弁護士なくらいだから頭もいいんだろう。俺は奨学金もらえるほどの成績ではなかった。家は裕福ではないから、大学に行くなら学費は自分で賄えって言われた。家から遠いのも、最初は親に認められなかったけど、学費と生活費は自分で稼ぎ、かつ単位はひとつも落とさないという約束で、家賃だけは仕送りしてもらってる。風呂なし、トイレ共有でも地元と違って家賃は高い。三万プラス管理費だ。親にとっては頭の痛い出費に違いない。
 高校のときはまさかホントに学費もないなんて言われるとは思ってなくて、はっきり言って世の中をナメてた。もっと勉強しておくんだった。奨学金を取るっていう手もあるけど、返す当てがない。就職できるかどうか、俺は大いに怪しんでいる。だったら今稼いだほうがマシだと思う。それで、空き時間はほとんど全部バイトを入れてる。
 だから坂田さんとは住む世界が全然違う。名刺もらう前は私服がアレだから親近感も持ったりしてたけど、とんでもない思い違いだった。坂田さんは自分が弁護士だって当然知ってるわけだから、こんなボロい学生になんの用事があるのかわからない。そもそも用なんてあるのか。揶揄われてんのかも。俺と弁護士先生の接点てなんだ。長ったらしい名前の各種パフェだけだろ。本当にクレームじゃないんだろうな。大丈夫かな。
 なんていろいろ考えた挙句、俺は連絡をしなかった。だって恋する人と直接メールだの、ましてや電話なんて。どうしていいかわからない。
 バイト掛け持ちだし坂田さんに連絡する暇もなかったんだ。しょうがない。メールもできないほど忙しかったんだ、うん。そういうことにしよう。
 次に坂田さんが来たときは、スーツ姿のほうだった。俺は余計なことを言わず、静かに注文を取りに行った。

「待ち合わせなんだけどまだ来てないかな」
「特に、何も言われてません」
「俺は特に念を押して言ったんだけど」
「?」
「メールも電話もくれなかった」
「え、相手のかたですか?」
「……」

 坂田さんは心なしか機嫌が悪い。きっと仕事モードだから、厳しい顔になってるんだと思う。コーヒーでよろしいですか、と尋ねたら頷いて、俺に何か言いかけたところで待ち合わせの人が来た。途端に坂田さんは俺なんか眼中になくなった。後から来た人がもうひとつコーヒーを頼み、俺はパントリーに下がった。
 坂田さんは連れの人がいるときは俺に構わない。そんなのいつものことなのに、今日はわざと無視されたみたいでなんだか悲しい。俺はただのホールスタッフなのに。

 その次は私服だったけど、いつものヨレヨレTシャツじゃなくてパリッとした薄手のシャツを着ていた。ジーンズも買い換えたみたいだ。いつものは膝が抜けてたのに。足元を見たら高そうなスニーカーを履いてた。そんな格好を見ると、オッサンだと思ってたのがウソみたいに若く見える。髪が白、というか銀髪だから中年くらいかと思ってたけど意外と坂田さんは若いってことに俺は気づいた。急におしゃれになったなんて、デートかな。想像したら胸が変なかんじに痛んだ。

「いらっしゃいませ。ご注文をお伺いします」
「旬のイチゴパルフェフランス産蜂蜜のムースと生クリーム添え」
「ご注文繰り返します。旬のいちごぱるへ、ふらんしゅしゃん……イチゴパフェでよろしいですか」
「それと、メール。電話だとなお可」
「えっと、メールも電話もお貸しできないんですが」
「……遠回しに断ってる?」
「?」
「まあ、いいや。とにかく旬のイチゴパルフェフランス産蜂蜜のムースと生クリーム添えひとつ」

 またPDTに入力してたら、坂田さんはため息を吐いた。いたたまれなくて俺はパントリーに逃げ帰った。パフェを持っていく勇気もなくなって、他のバイトに頼んでしまった。

 その次も、その次も坂田さんは私服だった。なんだかだんだんおしゃれになっていく。彼女が出来たんだ、きっと。どうしよう、いつかここに彼女連れてきたら。でも坂田さんはお金持ちだろう。だって弁護士だし。そうしたらデートにファミレスなんか使わないだろう。
 突然気がついた。もうじき坂田さんはこの店には来なくなる。彼女と夜景の見える高級レストランでデートするんだ。でかいパフェは彼女の前で食べないほうがいいと思うけど。ああそうか、もともと彼女はいて、でもデートでパフェ食べるのはカッコ悪いから一人でこっそり食べに来てるんだ。
 もっと彼女と仲良くなったら、そんなパフェ好きなところもオープンになって、こそこそファミレスなんかに食べに来ることはなくなるんだ。二人で高級スイーツ食べに行って、彼女の前で思い切りパフェを食べるんだ。
 なんだ。がっかり。もう、バイト変えようかな。

 そして俺の予想通り、坂田さんはとうとう来なくなってしまった。



「土方くん、電話」

 店長が首を捻りながら俺に受話器を突きつける。

「えっ。誰ですか」
「坂田銀時って言ってるけど。アヤシイ電話なら居留守にしとこうか?」
「……出、ます」

 店に電話してくるなんて、しかも店長じゃなくて一介のバイトを指名してくるなんて。なんだろう。好奇心もあるし、なにより久しぶりの坂田さんだ。注文取る以外の会話したことないけど。話してみたい。俺は受話器を受け取った。

「はい、土方です」
『やっと帰ってきたよ!』
「えっ」
『出張でさぁ。判決出るまで向こうにいなくちゃいけなくて、今日やっと終わったとこ』
「はあ」
『そんで思いついたんだけど、土方くんちっとも俺にメールも電話もくんないじゃん? 店に電話したらさすがに出てくれるかなって思って、電話してみましたー』
「あの、ご用件は」
『今から店行くけど、土方くん今日は夜までお仕事だよね』
「ええ、まあ」
『終わるの待ってる。今日こそデートして』
「……?」
『ええ!? こんだけストレートに言ってもわかんないの!? 俺そんなに嫌われてんの』
「え、いや、嫌いとかじゃなくて」
『一回お試しデートしてよ。絶対口説き落としてみせるから。弁護士の口八丁ナメんなよ』
「??」
『じゃあ、後で。あ、店長に怒られそうだったら予約の電話とか言っときなね。下手すっとこの電話、威力業務妨害罪に当たるわ。あくまで業務ってことにしといてね』
「ええと……ごっ、ご予約承りました。何時にお越しでしょうか」
『三十分、いや、二十分、だと道路交通法が相当やべえからやっぱ三十分後! じゃあねっ』

 電話は慌ただしく切れた。俺は店長に三十分後一名様の予約を伝え、店長も『別に混んでないのに、なんでだろ』と首を傾げながら窓際の席にリザーブドのプレートを置いた。
 坂田さんはきっかり三十分後に現れ、席がパントリーから遠いのを見て、変えて欲しいと言った。キッチンに近いほうなんて面白くも何ともないのに。そして坂田さんは仕事帰りに相応しく、スマートなスーツに身を包み、いかにもなスーツケースを下げて席に着いた。

「いらっしゃいませ。ご注文をお伺いします」
「土方くん」
「なんでしょう」
「だから! 注文は、土方くん!」


 店長も、バイト仲間も、まばらながらにもその時いた店内のお客さんも、全員がこっちを振り返った。

「ひと目惚れでした。仕事終わったら一緒に帰ろ。俺と、デートしてください」



 スーツ姿も凛々しく、襟元に金の弁護士バッジを付けた坂田さんはいつものようにニコッと笑った。
 坂田さんが俺みたいな貧乏学生を本気で口説くつもりだったことに、俺はやっと気づいた。途端に顔に身体中の血が集結するのを自覚した。



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坂田弁護士は普段民事の離婚ばっかり
扱ってるけど、刑事でも腕っこき。

いち様リクエスト
「「お金持ち×貧乏」で
住む世界が違いすぎて諦めてる土方さんと、
実は物凄く土方さんにアピールしているのに
全然気づいてもらえない銀さん」

リクエストありがとうございました!




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