幸せ、そのまま


 何度もつき合って何度も別れた。

 最初につき合い出したのは、土方の押しだったと思う。もちろん俺も好きだったけど、そんなこと少しでもバレたら二度と口利いて貰えなくなると思って必死で隠してた。隠すのに必死になりすぎて、土方のさり気ない言葉の裏を読み取ってやる余裕なんかなかった。飲み屋でギャアギャア喧嘩吹っかけながら隣に座るとか、道端で難癖以外の何でもないイチャモン付けて斬りかかるとか、土方のアプローチは非常にわかりにくい。
 物理的距離が少しずつ縮まってきたと思ったのが、最初の『?』だった。近づくことなんてぶん殴るか頭突きするか、沖田くんに無理やり手錠で繋がれたとか、致し方ない場面でしかないと思ってた。それが、気づいたら隣歩いてたり、屋台で肩が触れるほど寄ってきたり。それでいて俺があれって顔すると気まずそうに視線を逸らせて離れていく。そんなことが続いたけれど、俺は勘違いしないように、今の関係を壊さないように細心の注意を払って距離を取り続けた。
 土方の悲しそうな顔を見たのが決定打だった。
 肩が触れて思わず身を引いたとき、土方は目を伏せた。

『……悪かったな』

 珍しく謝ったりして、それからしっかり俺との間に空間を置いた。そうしたら話してた内容もよそよそしくなった。ゴリラのしょーもなさとか沖田くんの腹黒さを楽しそうにしゃべっていたのに。また悪口の応酬に戻って、しかも長続きしない。沈黙ばかりが増え、だから隣り合う必要もなくなり、そうなって初めて土方がいない生活の味気なさを、俺は骨身に沁みて理解した。
 それから間もなく、どちらから言うともなしに恋愛感情込みのつき合いが始まった。確か冗談でキスしたらマジになっちゃったとか、そんなんだったかな。

 別れたのは、土方のヤキモチだ。

『お前は俺のいない間に、誰とどこで何をしてるんだ』

 土方は俺を責めた。そう言われても、土方は忙しい。土方がいない時間は多く、俺には俺の生活がある。メガネくノ一に関しては確かに恋人として目障りだろう。それは認める。でも、月詠だの日輪だの、果てはお妙、九兵衛と一緒にいたことまで勘ぐられちゃたまんない。
 俺に於いてはスナックのババアとの関係を疑われるに等しい暴挙だ。無礼千万だ。おめーは俺と神楽の間になんか間違いがあると思うか、思わねえだろうと問い詰めたら黙った。神楽にまで嫉妬してんのか。もう、あり得ないと言うしかない。その言葉では土方の不安が取り除けないなら、俺たちの関係のほうを解消するしかなかった。


 土方のいる生活を知ってしまった後の土方ロス。
 前にも増して味気なかった。何を食っても砂みたいな味しかしないし、朝目が覚めた途端に『早く今日終わんねえかな』としか思えなかった。ギンタマンのストーリーも全然頭に入んなくて、毎週買ってるのにたまに正気に返って『なんでギンタさん宇宙にいんの!?』ってびっくりした。俺の中ではギンタさんはライバルと体が入れ替わってドタバタやってるはずだったのに。で、読み返そうと思っていたこと自体を忘れた。どうでも良かったから。
 そのときは沖田くんが万事屋に来て、俺の無気力っぷりを見て腹を抱えて笑った。もう一人無気力になってるヤツがいまさぁ、って言われて、俺はダメ元で土方に会うために屯所に忍び込んだ。それで……まあ、大人のなんやかんやでよりが戻った。久しぶりに抱きしめた土方が俺の記憶より痩せて細くなってて、それが申し訳ないのに愛おしかった。

 次に別れ話をしたのは俺だった。
 次郎長がかぶき町に帰ってきたときだ。到底敵わないと思った。ババアを負傷させるに至ったことが俺の気力を完全に挫いた。護ると決めた婆さん一人護れずに、何が万事屋だ。万事屋など名乗る資格もなく、新八と神楽を切り離して単独で斬り込み、刺し違えるつもりだった。だから、真っ先に土方を切り捨てた。
 理由を言え、と土方は怒った。だが真選組の耳に入れるわけにはいかない。真選組の手を借りるつもりもない。これは、そういう戦いではない。土方に説明する必要は一切ない。もう飽きたから、と俺は答えた。土方の顔はもう見られないだろうと思った。怒った顔も好きだけど、本当は最期に笑ってほしかった。
 抗争が済んで俺は生き残った。病院で寝てたら土方が駆け込んできた。そのときは泣いてた。泣いて、俺の傷をグリグリ抉った。痛え痛えやめろって揉みあってるうちに抱き合うハメになり、周りに囃し立てられるわ土方は俺の腕の中で号泣するわ、えらいことになって、外堀を埋められる形で俺たちはまたつき合うことになった。

 六股事件のときは酷い目に遭った。六股事件自体も酷かったけど、俺にとってはその後のほうが地獄だった。まず、ドッキリだったと信じてもらえない。

『お前ももしかしてって思ったんだろ。心当たりはあったってことだ』

 冷ややかに言い切られ、つき合い切れるか、と吐き捨てられた。その晩から泣いて暮らした。ほんとに何でもなかったと言い切れないのが一人混じってて、しかもオッサンだったのが致命傷だった。あんなマダオに突っ込んだかもしんないブツを、土方に突っ込むことを考えただけで泣けた。泣いて泣いて、声も枯れたころ、土方がブスくれた顔で俺の布団を捲った。新八と神楽に懇願されて見舞いに来たんだって。二人が何もかも嘘だと強弁してくれて、土方もやっと怒りを収めたらしい。
 布団は捲ったものの、完全に明後日の方向を向いて、ボソボソと『この前は言い過ぎた』とかなんとか言った。それにまた泣けて、わあわあ泣いてたら髪を撫でてくれた。それでその時の別れ話はなかったことになった。

 近藤の背中を護る姿に苛ついたこともある。仕事しろっつーからせっせと三人で働いてたらいきなりキレられたこともある。そうやって俺たちは、ケンカしたり仲直りしたり別れたりよりを戻したり、何度したことだろう。


「そんなこともあったな」

 年老いた土方は今、俺の隣で静かに笑う。黒く艶やかだった髪は俺と同じ色に変わった。笑うと目尻の皺が深く刻まれる。いつの頃からか煙草を吸わなくなった。吸いたくなくなったんだそうだ。そういう俺も、パフェなんか食べられなくなった。せいぜい大福一個で腹いっぱいになる。二個目には手が出ない。

「歳食ったな、お互い」
「俺はそうでもない」
「俺のそうでもないはお前のより凄い」
「俺はその上の上の上だから」
「そもそも俺は永遠の少年だから」
「いい加減ジャンプやめろ、こ○亀も終わっただろ」
「なんで知ってんだ、マガジン派のくせに」
「もう何年も読んでねえよ、字が小さくて見えねえ」

 互いに刀は捨てた。完全に隠居生活だ。俺は遂に貯蓄なんかできなかったけど、土方は真選組を辞めるときに莫大な退職金を貰っていて、なんか積み立てもしてて、クソ天パの一人くれえ養えるっていうから一緒に住んでる。万事屋は畳んだ。たまにご町内の厄介事の相談は受けるけど、金取れる訳でもない。俺が万事屋だったことを知ってる奴は多少包んでくれるが、そもそも万事屋のことを知ってる奴がすでに少ない。

「今年はお登勢さんの七回忌じゃねえか」
「あー……また俺が施主やんのかな」
「当然だ。サボったらあの世から駆け戻ってくんぞ」
「やべ。腎臓売らされる」

 もう俺の腎臓なんか役に立たないだろうけど。きっと、もうすぐババアと再会して、また向こうで家賃搾り取られるんだろう。
 実は俺の寿命は尽きかけている。こないだ健康診断受けたら、アレなことになってた。土方はそれを隣で聞いていた。でも、泣くでもなく騒ぐでもなく、もうそんなに時が経ったんだな、と小さく呟いただけだった。
 俺が死んだら次は女の嫁貰えよ、と言ったら、二十年遅えよ、と鼻で笑われた。

「とうとう添い遂げちまったな」
「なんか不満でもあんのか」
「そうだな。あるとしたら、」

 お前を遺して逝くこと。

 でも、それも悪くない気がしてきた。俺がいなくなった後も、土方は俺を忘れずにいてくれるだろう。かつてのモテ男はシブいジジイになったから、茶飲友達のバアさんにはまだモテるかもしれない。そのバアさんども相手に、土方とともに生きたアホな天パのことを話の種にして笑ってくれたらいい。

「まあ、お前が先とは限んねえしな」

 土方はそう言って笑った。清々しい、本当に綺麗な笑顔だった。





 土方さんが急に倒れて病院に担ぎ込まれ、あっという間に息を引き取った次の週。僕と神楽ちゃんはなんとなく予感がして、しばらく交代で銀さんの家を覗こうと決めていた。
 その日は僕が当番で、朝、声を掛けたけれど銀さんは起きてこなかった。この頃は早起きになって困ると溢していたのにと部屋を覗きにいったら、もう銀さんはいなかった。身体だけ遺して土方さんの元へ逝った後だった。
 土方さんが迎えに来たんだというのが、僕と神楽ちゃんの共通の認識だった。銀さんは笑っていて、手が何かを掴む素振りだったから。土方さんに手を引かれて、銀さんは真っ直ぐ向こうに駆け上って行ったんだ。

 喪主は僕がした。
 神楽ちゃんは二人目の子を妊娠中だったし、上の子の総一郎くんはじっとしてる性質でもなかったから。沖田さんはいい歳したオッサンなのに泣いて泣いて、子守の役には立たなかった。山崎さんが手伝ってくれたけど、もうご老体だからかえって申し訳なかった。僕の息子の新一は神楽ちゃんのところよりだいぶ大きかったし、従兄姉のいさみや元百華の人たちが構ってくれたから問題ない。
 さっちゃんさんはお通夜も葬儀も来てくれた。月詠さんと姉上は、日輪さんや僕の義兄の近藤さんの具合が良くなくてお通夜だけとなった。鉄子さんや、辰巳さん、晴太くん、溝鼠組、元高天ヶ原の皆さんも来てくれた。誰もが銀さんの顔を見て、同じことを言った。

「幸せそうに眠ってる。好き勝手に生きて、満足だっただろう」


 銀さんが実際、自分の人生をどう思っていたか。それはもうわからない。
 銀さんの人生は決して平坦ではなく、むしろ半生は泥沼の中をもがいていたのだろう。
 それでも、銀さんの隣にはいつも土方さんがいた。


「お疲れ様でした。土方さんによろしく……二人で他の人にも挨拶してくださいね」


 向こうの先住人に頭を下げながら、俺の嫁だ、誰が嫁だとやり合ってる二人が見えたような気がして、僕は場違いにもこっそり笑った。

 銀さん。今までありがとう。
 永遠に、お幸せに。



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あきママ様リクエスト
「いっろいろあっても幸せな二人」

幸せなまま時間は止まる。

リクエストありがとうございました!

 



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