憧憬


 銀さんは土方さんとおつき合いを始めてからどこか変わった。
 銀さんは自分ではモテないモテないと嘆くけど、本当はけっこうモテる。一時期は月詠さんと相思相愛なんじゃないかなと思ったことがある。少なくとも銀さんはその気だったはずだ。月詠さんの前ではあからさまに挙動不審だったし。でも地雷亜事件のあと、どうも振られたらしい。ため息ばっかり吐いてて鬱陶しかった。

 だから土方さんとつき合うことになったと銀さんが急に僕たちに宣言したときは、本当に驚いた。前兆ってものが一切なかった。宣言の直前まで土方さんと怒鳴りあいの喧嘩してた程だ。土方さんは容赦なく刀を抜いてたし、銀さんだって木刀で殴りかかってた。違いといえば、そばにいた沖田さんがため息を吐いて、斬る気もねえ温いチャンバラゴッコなんて寒気がするって溢してたことくらいだ。僕には見分けられなかったけど、あれは本気の斬り合いじゃなかったってことかも。
 銀さんのことだから、月詠さんに振られてため息ばっかりついて鬱陶しかったように、今度は土方さんの話ばっかり聞かされて鬱陶しいのだろうと覚悟したけど、銀さんに変わりはなかった。確かに悪口は減ったように思う。でも、例えば僕が土方さんに会ったと言っても『そう。ゴリラストーカーのことはしっかり文句言っとけよ』くらいの、ごく普通の受け答えで終わる。土方さんの話題を避ける訳でもない。その代わりにやたら土方さんについて語る訳でもない。
 それなのに、何かが違っている。それが何なのか、未だに僕はわからないでいた。

 土方さんは滅多に万事屋に来ない。山崎さんや沖田さんはたまに来るけど、土方さんはほとんど来たことがない。いちばん来るのはさっちゃんさんだと思う。来るって言っていいのかどうか、そこは微妙だけど。
 昨日さっちゃんさんの襲撃に遭ったとき、もしかして『もう決まった恋人がいるからやめろ』くらいは言うかなと思って僕はハラハラしてた。でも銀さんはいつも通り無視した挙句、天井からぶら下がったさっちゃんさんの眼鏡をわざと落っことした。さっちゃんさんは転げ落ち、あっちこっちぶつけて酷い目に遭って喜んで帰っていった。眼鏡は銀さんが窓から投げ捨てた。
 僕の気のせいかもしれない。恋人とか交際とか、僕にはまだ経験のないことを現在進行形で経験している人がそばにいるっていうだけで、僕だけが浮き足立ってるだけなのかな。

「もしもし、万事屋――あ、土方」

 銀さんが電話を取った。そして笑った。

「いいよ。新八たちいるけど。お茶くらい出せるわ」

 目だ。銀さんの、目。
 こんな穏やかな目をした銀さんは、見たことがない。穏やかっていうより、なんだろう。僕たちとバカ話で笑ってる銀さんじゃない、大人の目。

「あー、土方が休憩にくるから」

 銀さんはそれだけ言って、またジャンプに目を落とした。社長椅子から一歩も動いてないし、電話取る前と何にも変わらないのに、銀さんが纏う空気が違う。神楽ちゃんがニヤニヤしながら、出かけてやろうかと尋ねたけれど、わざわざ出ることねえよ、といつも通りの声で答える――いつも通りじゃない。妙に落ち着いた、僕たちの知らない声。


「すまねえな。急に時間が空いた」

 土方さんが来た。いつものように僕がお茶を出そうとすると、さり気なく銀さんがそれを押しとどめて自分が台所に向かう。なんだか手持ち無沙汰。

「ちゃんと給料貰ってるか、最近は」

 土方さんが僕に問いかける。
 この人は、銀さんよりわかりやすい。僕は土方さんの視線に目を奪われる。

「いえ。いつも通りですよ」
「そうか。しょうがねえヤツだな」

 土方さんは口では文句を言うけれど、その目は愛おしそうに銀さんの後ろ姿を追っている。目で人を射殺しそうと言われるいつもとまるで違う。今にも目を細めて微笑みそうに、暖かいものに満ち溢れている。

「お待たせ。冷てえほうがいいよな」
「おう」

 会話はそれだけ。
 そういえば銀さんの宣言以来、ケンカしてない二人を初めて見る。
 銀さんは土方さんの手元しか見ていない。お茶を出したらすぐ元の社長椅子に戻ってまたジャンプ。土方さんも、銀さんの前では特に銀さんを見ない。出てきたお茶に手を伸ばし、美味しそうに飲み干す。
 こく、こく、と飲む土方さんの喉が見えた。暑さのせいでスカーフを取ってたからだ。

 いけないモノを見てしまったような気がする。

 喉なんて誰だって目にするし、隠す場所でもないのに。
 それから土方さんはケータイを出してきて、メールチェックらしきことを始めた。土方さんの指はよく見ると、節々はもちろんしっかりと男らしいけれど銀さんより細い。右手の親指あたりに竹刀だこがある。指先は少し平たい。それが、滞りなくしなやかに動く。
 手なのに、見ちゃいけない気がする。いや手だぞ。江戸中の人が間違いなく晒して歩いてる手。でも土方さんのは特別艶めかしくて、隠しておいたほうがいいんじゃないかと余計な心配をしてしまう。
 手から目を逸らして視線を上げたら、俯き気味の土方さんの顔が視界に入った。前髪に隠れ気味の黒い睫毛を伏せて、一心に画面を確認している。ときどき、瞬きのためにそれが動く。瞳が完全に隠れる一瞬と、またそれが現れる瞬間。芸術品というのが目の前にあったらこんな気分だろうか。美しすぎて目が離せない。

「いつまでいられるの」
「連絡待ちだ。だがもう五時近いから、今日はナシかもな」
「そう」

 二人はまた黙る。銀さんの顔はよく見えないけど、土方さんのはよく見える。顔も上げないし、銀さんのほうをチラリとも見なかったけれど、空気が銀さんとしか繋がっていないかのように自然と答える。特に声を張る訳でもなく、むしろいつもあんなに大声を張り上げて部下や犯人を怒鳴りあげている人が、呟くように密やかに答える。
 いい声だと思った。黙ってしまったのが残念だ。もっと聞きたい。

「メガネ。悪いが、もう一杯もらっていいか」
「あ、すいません。今持ってきます」

 あれ。僕にはなんか違う――いや、どこも違わないのに。さっき僕がもっと聞きたいと思ったのは、今のとは違う。

 銀さんが声もなく笑い出した。

「あんま新八を揶揄うな。びっくりしてんよ」
「何が。なんもしてねえ」
「いやいや……土方くんの声があんまり色っぽかったから。チェリーには刺激強すぎ」
「だからなんもしてねえだろうが」
「いやいやいや。おめーは自覚なさすぎ」

 途端に甘く重たい空気に二人が包まれる。土方さんはケータイから目を上げた。銀さんもほとんど同時にジャンプを閉じた。合図をした訳でもないのに、ごく自然に、同時に。

「やっぱ間に合わねえらしい。仕事は終わりだ」
「そ。じゃあ軽く飲みにでも」
「そうだな。その前に屯所寄っていいか。着替えたい」
「もちろん。バイク出すわ」
「原チャのニケツは違反だ」

 二人の周りだけまったりと空気の流れが遅い。そして既に僕たちは二人の目に入っていない。
 銀さんは立ち上がって、土方さんのところで止まるでもなく玄関に向かう。

「新八がおめーの色気に当てられて鼻血吹く前に、出かけようぜ」
「? なんかよくわかんねえが……あ、茶」
「腰抜かして用意なんかしてねえよ。行くぞ」

 土方さんはするりと立ち上がって、銀さんと並ぶ。いつも通りのはずなのに、目が自然と土方さんを追ってしまう。
 違うな。ただの土方さんじゃない。

 銀さんの横にいる土方さんを。

 二人が並ぶ姿は見慣れているようでそうでもなく、向き合って怒鳴りあうこともなく、同じ方向を見て、互いを見ていないのにどっちがどこを見ているのか、お互いに理解しきった、確かな信頼。
 と、愛情、なんだろうな。

 じゃ、行ってくるから新八は適当に引き上げろ、神楽は鍵閉めちまっていいから、と言う銀さんの声にも艶がある気がするのは気のせいではないに違いない。


「チェリーは要領悪いネ。ああいうのは離れてるに限るアルよ」

 どこに隠れてたのか、神楽ちゃんが僕の横に並んで笑ってる。

「なんか……土方さんて、あんなに綺麗な人だったっけ」
「銀ちゃんの手入れがイイからヨ」

 ウシシシ、と妙な笑い方をして神楽ちゃんは台所に消えた。銀さんの隠しプリン食べる気だ。
 僕はといえば、ぽっかり穴が開いた気分だ。さっきまで土方さんが座っていた場所に座ってみると、土方さんの温かみがまだ残っていた。


 でも、あの人は銀さんのものなんだ。今やっとわかった。銀さんの横でないと、あの人はいつもの鬼副長に戻っておっかない目を光らせて剣を振り回すんだ。銀さんがいたって表では真選組副長の顔で、銀さんにも食ってかかる。たまに、二人きりになったときだけ見せる、土方さんの顔。あれは銀さんだけのものだ。

 さっきの僕は勘定に入ってなかったってこと。影が薄いって言われていつもは腹立ててたけど、今日はかえって良かったのかも。
 やっぱり良くないな。なんだか失恋したときみたいに虚しい。
 仕方ない。あの人は銀さんの恋人だし、土方さんはわかりやすいだけで銀さんも土方さんを愛情込めた目で見つめているんだろう。僕の違和感は、案外それかもしれない。銀さんは感情を隠すのが上手いから。


 改めて僕にはお通ちゃんしかいない、と涙を堪えて心の中で自分に言い聞かせる志村新八、十六歳。恋は、知らなくもない。




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ゆう様リクエスト
「ぱっつあん視点で原作銀土。若干土方←新八[無自覚でも]」

リクエストありがとうございました!




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