髪を梳く


 人は自分を変えようと努力できる。強くなりたい、と念じてそのために何ができるかを考え、実行して『強い自分』に近づくことができる。俺や、かつての近藤さんがそうだったように。
 だが他人を変えることはできない。どんなに願っても、変わってほしいと懇願しても、自分の都合のいいように他人は変わってはくれないのだ。



「十四郎のためならなんでもするよ」

 と銀髪の恋人は言う。彼は嘘を吐いているつもりはないだろうが、では彼の信念を曲げよと言ってもそれは曲がりはしない。ましてや俺が、銀時の大切な者を消し去れと願ったとしたら。
 彼は俺のほうをこそ消し去るだろう。
 だから、決して言えない。言ってはいけないのだ。



 あるとき会議で改めて高杉の手配書を全隊士に確認した。各自の情報の有無を問うと、

「目付きが極めつけに悪くて黒髪ストレートってヤツなら見かけましたぜ」

 総悟が無表情に反応した。どうせろくな情報ではないと思いつつ一応聞くと、総悟はニコリともせずに答えたものだ。

「今も俺の目の前にいまさァ。瞳孔広げて俺を睨んでやす。引っ捕えやしょう」
「テメェな。真面目にやれ」
「高杉は俺と同じくらいの身長だそうですが、写真だけ見りゃ凶悪な面構えって点ではアンタのほうが似てますぜ」



 真選組副長として、一刻も早く高杉晋助を逮捕したい。だがそれとは別に、俺は密かに願う。個人的に高杉を消し去りたい、と。そう願い達成に努め、いつかそれを成し遂げたとき、あの銀髪の男は何を思うのだろう。
 わかっている。俺は、永遠に高杉の身代わりとなる。
 それだけだ。それだけなのだ。

 銀時は俺を抱き寄せ、髪を撫でるのが好きだ。
 初めて身体を重ねたときも、銀時は俺の髪に何度も指を通した。さらさらで綺麗、羨ましい、と微笑んで、俺は気恥ずかしくてそんな銀時を直視できなかった。今では別の意味で、俺の髪に触れる銀時の目は見られない。
 銀時は攘夷戦争の話をしたがらない。俺の立場を考慮してというより、まだ人に語るには傷が深すぎるのだと思っていた。だから俺も今まで敢えて聞かずに過ごしてきたのだが、あるとき珍しく英雄と呼ばれた四人の話になったことがある。
 銀時の語る桂小太郎は、我々が持つ情報の桂の姿と変わりないように思えた。坂本辰馬に関しては真選組の管轄ではなかったし、そもそも指名手配犯ですらないので初耳だった。銀時曰く『頭カラッポで声のデカいバカ』だそうだが、聞くところによればただのバカではなさそうだった。
 では高杉は、と問うと、銀時は少し考えるふうだった。

「高杉は……忘れた」
「なんで高杉だけ」
「なんつーか。まあ、少なくとも仲間とかじゃなかったね、あいつは」
「じゃあなんだよ」
「うーん……ま、昔のことだよ」
「?」
「今は十四郎だけ」

 銀時はそう言って、しまった、という顔をした。
 たった一言だった。だがそれはすべてを物語っていた。俺は気づかなかったふりをした。追求する勇気はなかったのだ。
 銀時が、高杉を抱いたことがある。

 その夜、身体を重ねながら考えた。高杉もこうして銀時に抱かれただろう。銀時は俺を優しく扱う。前戯は焦れったいほど長く、身体も意識もどろどろに蕩かされてから俺は銀時を迎え入れる。男を受け入れるやり方を、俺は銀時に教わった。怖気付く俺に銀時は何度も口づけて、俺に任せて、と囁いた。
 かつては高杉に、この男はこうして優しく囁いたのだろうか。

「十四郎。何考えてる」
「……何も」

 銀時は俺を見下ろしてわずかに眉を寄せた。それから俺に覆いかぶさり、抱きしめて、愛してる、と言った。
 俺の顔を見ずに。

 そして俺は気づいてしまう。
 銀時は変わらず俺の髪を好んで梳く。ほんと、さらさらだよねえと言って目を細める。だがその指は、俺の前髪を何度も撫で付けるのだ。根元から指を通して、左側に髪を集めるように。
 まるで失くした左目を隠すように。
 銀時と恋仲になってすぐ、俺たちは身体を結んだ。だから銀時は最初のわずかな間を除けば常に、躊躇いなく俺に触れる。そして髪を梳く手つきは最初から同じだった。
 俺は、代わりなのだ。かつての恋人、高杉晋助の。

 だがそれがわかったからと言って、身代わりにせず俺を見てくれと銀時に訴えてもなにも変わらない。俺は俺の気持ちを変えることはできても、銀時の気持ちを変えることなどできない。明日から高杉越しにではなく直接俺を見ろ、と言うことは易い。けれどもそれを実行させることは限りなく不可能に近いのだ。
 高杉を捕らえて斬るのは、俺の大義だ。真選組副長として、為さねばならぬことだ。いつかその日は来なければならない。だが銀時は。まだ高杉を想い、別れた理由すら口にできないほど焦がれているであろう銀時のこころは、その来るべき日に何処へ行ってしまうのだろう。想い出は美しく、ましてや死の世界に逃れた者の想い出は遺された者にとって神聖そのものとなるだろう。高杉を斬れば永遠に、俺は高杉を超えられなくなる。
 いや、きっと高杉の生死など関わりなく、俺は高杉を超えることはないのだろう。銀時の中の高杉を消すなど、俺にできることではないのだ。



「ねえ、十四郎」

 深い緋色が俺を見下ろす。俺は仰向けになったままそれを見上げる。

「こないだから、なんか考え込んでる」
「気のせいだろ」

 即座に答える。早すぎただろうか。肌を合わせながら嘘を隠すのは、とても難しい。
 銀時はわずかに眉を寄せた。

「『こないだ』って言っただけなのに。心当たりあるの」
「……ない」

 しまった。いつから俺が心を閉ざしたか、銀時が知るはずはないのに。これでは白状したようなものではないか。

「あのな。わかってるよ、俺」

 俺に覆いかぶさろうとしていた男は、そっと俺の横に身体を滑り込ませて、その腕の中に俺を抱き取った。首筋に顔を埋め、顔を見られずに済むことに安堵する。

「高杉の話、したときからだろ」

 息を止めてはいけない。筋肉を不自然に強張らせてはいけない。呼吸も常と変えてはいけない。
 銀時は俺の髪を撫でて、少しだけ笑った。

「どんなに隠してもね。こんなにくっついてたらわかる。心臓の音」
「……」
「十四郎の心臓、すげえ早く動いてる」
「……ッ」
「な。高杉のこと、気にしてるんだろ」

 俺は黙って首を横に振った。心臓が銀時に真実を伝えてしまうなら、止まってしまえばいいと思った。

「この前、今は、って言っちゃったけど。今は十四郎を知ったから。あの頃は十四郎がこの世にいるって知らなかった。俺は」

 聞きたくない。聞きたくないのに、耳は愛しいひとの声を拾って止まない。耳を塞ぎたくても銀時の腕は強く、振りほどくこともできない。

「こんなに綺麗なひとがいるなんて、知らなかったんだ。今は、よく知ってるから。十四郎がいちばんって……昔のことは変えられねえけど。今まで生きてきた中で、いちばん」

 嘘。うそだ。嘘ばかり。

「お前は俺に護られたくなんかないって言うかもしれないけど。でも、いちばん大事で、いちばん好きなんだ。俺の人生の中で。先のことはわからねえけど、でもこの先もいちばんだって、俺は信じてる」

 嘘つき。お前のいちばんは、俺じゃない。

「ごめん。こんなに思い詰めさせて。こんなんならもっと早く言えば良かった。あいつの話なんぞ聞きたくねえかと思ったし……十四郎には、汚ねえ話は聞かせたくなかった。ごめんな」

 抱きしめられた腕が緩み、縋りそうになるのを堪えて身体を離すと、銀時が俺の顔を覗き込んでいた。そして、左目の下を拭い、反対の頬も拭う。それを何度も繰り返して、初めて俺は自分が涙を流していると知る。

「こないだ話しただろ。ヅラはクソ真面目でボケててノリ悪いし。辰馬はそもそも頭カラッポだし。手頃なのが高杉しかいなかったんだよ」
「……」
「悪さにはそれなりにノッてくるしよ。声もデカくはねえし」
「こ、え……」
「ああ、違うよ。そういうんじゃなくて。考えなしに言いふらしたりしねえってこと」

 何を言い出すのか。何の話をしようとしているのか、全く見えない。でも銀時の手は相変わらず丁寧に俺の顔を拭うし、その目は俺を捕らえて逸れることがない。

「戦続きだとさ、下半身の話で悪いんだけど……溜まるんだよ。それはわかる?」

 ひと言ずつ、俺に確かめるように。銀時は語りかける。仕方なく、俺は頷く。同性の生理だから、理解はできる。

「適当な遊び場が近くにあればさ。発散はした。あんま金持ってねえし翌日誰が攻めてくっかわかんねえから、ほんとに……入れて出すだけ。それも、嫌?」

 銀時は問いかけながら俺の前髪に手を伸ばした。思わず目を閉じる。銀時はどう受け取ったのか。前髪が掻き上げられて、額に風が通るのを感じた。

「十四郎は、そんなことしないかな。性欲発散のために女買ったり、」
「……したことは、ある」
「男抱いたり」

 目を開けると、真剣な色を湛えた緋色の瞳が、俺の両目を交互に見比べていた。

「十四郎は俺が初めてだったよね。男は」
「……ッ、」
「俺は……手近にそういう女がいないときは、高杉で済ませてたんだ」

 髪を掻き上げたのは、俺の表情をひとつも見逃さないようにするため。目を交互に見るのは、

「高杉も、初めは両目だった……ッ」
「うん、むしろ片目落とした後は、ほとんど口利いてねえし。完全に別行動」
「逃がしてやったから! お前とッ、桂が殿で、」
「違うよ。高杉が真っ先に飛び出してっちまったからだよ。あの野郎のせいでコッチは戦力ガタ落ちでよ。鬼兵隊連れて真っ先に出て行きやがって、残った兵掻き集めて撤退すんの、どんだけ大変だったか。マジ腹立つ。あ、俺とヅラが殿だったのは知ってんのね」
「……高杉を、護ったんじゃねえのか?」
「なんでだよ。あいつは俺のこと大っ嫌えだろ。俺もだけど」
「……はっ」


「十四郎にはね、こんな汚ねえ話聞かせたくなかったし……こんな話、十四郎は知らなくていいんだ。それに」

 そんな性病スレスレのことしてたって十四郎に知られたら俺、嫌われちゃう。
 銀時は眉を顰めて言うのだ。


「高杉と、寝たんだろ」
「うん、まあ。それはそう。ほんと、恥ずかしいけどアナがあればなんでもいいっつーか。あいつは突っ込むより突っ込まれるほうが楽だって言うから、利害が一致したっつーか」
「……らく?」
「別にキモチヨくしてやる必要はねえし。俺は俺で勝手にヤらせてもらって、あいつは……どうしてたんだろ。まあ、俺だけじゃなくて他の奴ともヤッてたしな」
「たかすぎ、が?」
「とにかく血ィ見たら興奮しちまって収まんねえし。なあ、」

 銀時は俺の髪を梳く手を止めた。そして俺の目をしっかりと見る。

「こんな汚ねえ話、大丈夫? 気分悪くならねえ?」
「……なんで」
「十四郎はさ。こんなこと知らなくていいんだ。あれは、俺たちのしょうもない生活の、必要悪みてえなもんであって」
「……」
「あれの後に、こんな綺麗な世界が続いてるなんて知らなかった。知ってたらもっと耐えられた」
「なに、を」

「女も高杉も抱かねえでさ。十四郎しか知らないでいれば良かった。十四郎は俺しか知らないのに。こんなに綺麗なひとの綺麗なもの、貰ったのに。俺は」

 汚い。
 銀時の顔が歪む。

「今は十四郎を知ったから。十四郎だけ。あのとき俺に未来が見えてたら、とりあえず女とか高杉とか絶対考えなかったのに。あんときはあんときしか知らなかった。それが悔しい」

 それでも嫌いにならねえでいてくれる?

 銀時の声が確かに耳に届く。いつでも、どんなときでも、俺はこの男の声を聞き逃さない。

「……当たり前だろ、俺は」


 お前が高杉に惚れていると思い込んでいたときさえ、捨てられることを恐れた。銀時の正体が何者であろうと、俺はお前が好きだというのに。
 新しい涙が溢れるのが、今度はわかった。銀時は慌ててまた俺の顔を拭ってくれた。それでひとつだけ、思い出す。

「なんで、前髪」
「ん?」
「高杉の左目に……俺の、髪も」
「え? 高杉の目に十四郎の髪? なに? え、どういうこと」

 確かにこれでは伝わらない。だがもう答えはいらない。この無理解ぶりが、俺と高杉を重ねていなかった何よりの証しだとわかるから。
 もう、何も遮るものはなかった。俺は遠慮なく銀時の、恋しい男の首に腕を回した。これができるのは、今も昔も、この先も、この世に俺だけであれるようにと願いながら。



「十四郎のおでこってさ、俺しか見られないだろ。どうしても見たくてつい触っちゃうんだよね、前髪。嫌だった?」




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なお様リクエスト
「原作で付き合ってる2人
/攘夷時代に銀と高に体の関係があったことを
知ってしまった土がぐるぐる悩んじゃうお話
/銀と高に恋愛感情は全くなくて、
ただのセフレだったのに
土は自分が身代わりだったと思い込んで
落ち込んでその誤解を銀さんがとく」

セフレ以下ですた。
リクエストありがとうございました!
やり直し請求承りますm(_ _)m




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