呪いの物欲


 確かに、俺はあいつに甘えるのが下手だ。そもそも大の男が甘えるってなんだ。テメーのことはテメーでやれ。男子たるもの自分のしでかしたことは自分が責を負うべきだ。

「そんなさぁ。日常に切腹だァ粛清だァ、物騒なモン持ち込まないの」

 銀髪バカはニヤニヤ笑うばかり。

「じゃあお風呂入ってきてね。背中流す? 洗ってほしいとこあったら呼んでね」
「ない。テメーでやれる」
「もう。俺に任せとけばいいのに。あ、タオルはここ、パンツと寝間着はここね。お風呂ン中で歯磨きする? そんときは歯磨き粉つけてあげるから呼」
「呼ばない。一人でゆっくり入らせろクソ天パーーーッ!」

 本当に鬱陶しい。これだけ言っても風呂から上がるとバスタオル広げて待っていやがる。拒否しようにもタオル渡しやがらねえから揉み合ってるうちに体を拭かれて、

「……それは、何のマネだ」
「パンツ穿かせてあげなきゃ。右足上げて。ここに下ろして」
「俺は赤ん坊かァァァア!?」
「たまには赤ちゃんプレイもいいね。喜ん……」
「しないッ絶対しないからな!」

 この後一か月俺に触るのを禁止してやった。キモイ。



「銀さんが行き過ぎっていうのはわかります」

 万事屋のメガネ小僧は苦笑いした。つーか子供たちにも現場見られてるのか。許さんあのクソ天パ。

「お風呂? それは知りませんよさすがに! でも、土方さん来たときって銀さん座った試しないですよね」
「?」
「お茶だ肩揉みだマヨネーズの買い出しだって、銀ちゃん飛び回ってるネ」
「あんなモンじゃねえのか」
「ナイナイ。ないです」

 子供たちは一斉に首を横に振った。

「土方さんがいないときは、ソファに根っこ生やしてますよ」
「昼寝するかジャンプ読むか、あ、たまに冷蔵庫にプリン取りに行くネ」
「それ以外は」
「ソファに寝っころがってます」
「……」

 どうやら甘やかされている、らしい。
 だからってどうしろと。俺に同等の扱いをさせたいなら余所を当たれとしか言いようがない。俺は甘やかしたりしない。できないし。

「……でも、アイス買ってきたぞ」
「土方くんッ嬉しい! ありがとう大事に食べる!」

 ウザい天パが玄関開けるなり抱きついてきた。アイス千円もしなかったけど。まあ、こんくらいでこんなに喜ばれるなら、たまにはいいか。



「万事屋、いるか」

 男の棲家の戸を勝手に開けて上がりこむと、子供たちが驚いて俺を見上げていた。

「朝から出てっちゃって。帰ってきません」
「仕事か」
「そんなわけないでしょう。どうせパチンコとか、そんなんですよ」
「お土産待ってるネ」
「神楽ちゃんいい加減無駄な期待すんのはやめよう。銀さん勝った試しないでしょう」
「たまに勝つネ。駄菓子の二、三個分」
「しょっぱ! それは勝ったとは言わねえ」
「そうなんですよ。それ出すためにいくら突っ込んでんだっての、もう! バカなんですかね」
「バカなんだろうな」

 なんだかいつもと違う。奴がいないのは当たり前だし、居心地がそれほど悪いわけでもないのだが。

「あ。すいませんお茶出しますね」
「お湯なくなったアル。私がカップ麺食べたネ」
「沸かしといてよ! 土方さんちょっと待ってくださいね」

 特に文句を言うほどのことではない。が、奴がいるときは座るやいなや茶が出てきて、隊服の上着は取り上げられてハンガー行きだし、それに、

「灰皿もらっていいか」
「あれ。どこしまってんのかな銀さん。土方さん専用のがあるんですけど……お客様用でもいいですか」
「なんでもいいけど」

 いかん。奴の行き過ぎたもてなしに慣れてしまっている。これが普通なんだ。当然だ。何にも問題ない。あるはずがない。
 午後はほとんど仕事がなかったのでずっと万事屋にいたが、銀髪バカは帰ってこなかった。仕方なく、俺も帰ることにした。

 次の日、奴は珍しくシャカリキに働いていた。リヤカーもどきを引っ張り、団子を山ほど積んで売り捌いている。口八丁だから客はよく集まり、結構な勢いで売れているように見える。
 どれくらい熱心かというと、俺が近寄っても気づかないくらいだ。いつもなら姿を見ようものなら鬱陶しく構ってくるのに珍しい。

「よう。仕事見つかったのか」
「は。あ、土方くん」

 銀髪バカはチラリと俺に目をくれたが、通り過ぎようとした子連れの主婦に声を張り上げる。

「おかーさん! お子さんの今日のオヤツにどう? 美味いよ、出来立てっつっても朝だけど。やーらかいよ、お口で蕩けるよ!」
「やあだ銀さん、蕩けちゃうの」
「適度な歯応えと甘ーい餡子のハーモニーだよ。奥さんが蕩けちゃうかもっ」
「もう。五本ちょうだい、おいくら?」
「毎度っ。お店にも来てね。あ、ついでに万事屋もご贔屓に」

 俺の存在は忘れたらしい。仕事熱心なのはいいことだ。いつもそれくらい熱心に働けば言うことはない。

「なんでまた団子屋だ」
「えっ。まだいたの」

 まだいたのとはご挨拶な。

「粉屋が仕入れの量間違えて三日分持ってきちゃったんだってよ。さっさと作って売り捌かねえと、粉が無駄になるっつーからギャラは団子ってことで……おめーは団子なんか食わねえだろ。悪いけど、今忙しいから。またな。あっお姉さん団子買わない? 餡子もみたらしもずんだも、ぜーんぶ揃ってるよ!」

 まあ、いい。いつもが異常なんだから。これくらいが適度な距離感ってもんだ。なんとなく慣れないけど。俺は盛んに団子を売り込む銀髪バカの元を離れた。

 翌日は暇そうだった。だが話しかけたら『厠行きてえから』という謎の言葉を残して近くのコンビニに駆け込んでいた。ヒラッと落し物をしたので拾ってみたら、パフェ食べ放題って書いてあった。冷えたのか。欲張り過ぎだっつーのアホ。
 その次もブラブラしてるように見えたから声を掛けたら『大穴……マジで来ちゃったよ……単勝……ダメ元だったのに……』と呟くばかりでろくに俺を視界に入れない。その次はバイクで信号待ちだった。これは仕方ない、すぐ信号変わったし。いつもなら話し込むところだがいつもが間違ってる。その次はなんだったか。とにかく挨拶もそこそこにどっか行った。

 さすがに、おかしい。

 万事屋の子供たちが買い物袋をぶら下げて歩いていたので呼び止めると、ハッと目を瞠って、それから気まずそうに視線を逸らした。何か言いたそうにしていたが、会話は続かず別れた。
 なんだ。なんなんだ。

「おい、明日非番なんだが」
『え、ごめん。長谷川さんとパチ行く約束しちゃった』
「そうか……」

 これは。

「考え過ぎだって。万事屋ってばトシ大好きじゃん」

 空いた非番をどうやって過ごしたらいいのか、俺はもうわからなくなっていた。いつもなら何も考えずに万事屋に行く。そしてあいつの鬱陶しいもてなしを受けて、文句を言って一日が終わる。今日はその万事屋にさえ入れない。仕方ないから近藤さんを相手に飲みに繰り出す。近藤さんと飲むのなんて久しぶりだ。それだけ俺はいつもあのバカと一緒にいたのか。
 カウンターに並んで飲み始める。近藤さんには余計な心配をさせないつもりが、気づけば愚痴を零していた。

「心配なら電話してみれば? 途中で俺変わってもいいし」
「もうした! ぱちんこいくって」
「新八くんとチャイナさんは? なんか言ってた?」
「いってない! おれとめぇあわそうとしないっ」
「だからって浮気とは……」
「うわきじゃないっ! おれのこときらいになったんら!」

 そうだ。それしか考えられないではないか。
 浮気ならまだましだ。俺のところに戻ってくる可能性もある。だがこうも避けられるのは異常だ。俺とはもう、会いたくないということだ。

「万事屋だって忙しいこともあるんじゃね?」
「ちがう! おれのことむししてる! これっきりにするきだ、あいつけろっとそーいうことしそうだ!」
「そう先走るなよ。あいつの話も聞いてみたら?」
「おれのことさけてるっ! はなしなんかしないっ」
「そうかなぁ。そうは思えねえけど」
「もういい。あんなやつ、わすれるっ」

 鬱陶しかったのに。あれがなくなるなんて、俺は許せない。あいつは死ぬほど俺の面倒を見て、俺に鬱陶しがられてればいい。それは俺の特権だったのに。

「おい待てって。万事屋の話も聞いてやれよ」
「やだ! またつめたくあしらわれるんら。おれに! あんなことやこんなことしたのに! いまさらすてるんら!」
「トシ、声大きい」
「おれにあれやこれやしねえぎんときなんて、いらないっ」
「あー……どんなことされたか聞かねえけど」
「あんないやらしいことやこんなへんたいなことした! 逮捕令状取るわ。暴行罪なら適応できんだろ」

 そうだそうしよう。あいつが仕事するなら俺もしよう。

「トシィィ!? 急に正気になるなビックリするわ」
「決めた。俺がこの手でしょっ引いて口封じしてやる」
「だから。事情聴取はちゃんとしなさい。ほら、後ろ」

 近藤さんが苦笑いして、俺の後ろを顎で指す。それにつられて振り返ると、銀髪バカが眉を寄せて俺たちを見比べていた。

「どーいう状況なの、これ」
「トシが酔っ払ってるとこだよ」
「そんなの見ればわかる。俺がいらないって、どういうこと」
「おめーが冷たいんだってよ。そんで拗ねてんの」
「土方に聞いてんだ」
「……」

 なんで今更声なんかかける。それも、いつもと違う硬い声で。甘ったるく俺のやることなすこと先取りして、全部やってあげるのに、などという戯言も言わない。そんなの、見たくねえんだよ。わかれ。理解しろバカ。

「……ゆっくり聞かせてもらおうか、土方くん」

 奴は俺の手を取る。近藤さんは横でニヤニヤしながら頷いている。行ってきなトシ、と言われて俺は渋々立ち上がった。バカは黙ったまま俺の手を引き、店を出る。決定的な言葉はなくても、態度が違う。それだけで、握られた手が痛い。なんだ俺は。いつの間にこんなに骨抜きにされていたんだ。バカだバカだと思っていたのに、いつの間にこんなに愛しくなっていたんだ。この手を離されたら俺は、どうしたらいい。そんなことも自分で決められなくなってしまった。


「あー……悪かったよ。新八と神楽に聞いた」
「?」
「すげえ不安そうな顔してたって。好きだよ、それは変わらない」
「!」

 銀時は鼻の頭を掻いた。相変わらず俺を見ようとしないけれど、握る手の力は強く、離すものかとばかりにきつく握りしめる。

「だからゴリラと浮気なんかすんな。ビビるだろうが」
「……バカ。てめぇがほったらかすからだ」

 ホッとしたら酔いがぶり返してきて、足元がフラつく。銀時は俺の手を離して、腰を抱き直した。
 くっつきすぎだバカ、と言おうとしてやめた。俺は銀時の肩に寄りかかる。うん、やっぱりこうでないと落ち着かない。俺の隣は、こいつがいい。
 少しくらい行き過ぎで鬱陶しくても、目を瞑ってやろうと思うことにして、俺は銀時が導くままに行く手を任せたのだった。




〜後日のある日。

「なんで急にツンツンしやがったんだ」
「……ビビらねえ?」
「アホか。俺を誰だと思ってる」
「呪い、らしい」
「!」
「パチンコ勝ちたい、団子死ぬほど食いたい、腹下すほどパフェ食いたい、大穴当てたい……って適当に願ったんだよ。ナニモノかに」
「ななななっ、なにに……」
「わかんねえ。だが、そいつが願いを叶えてくれた」
「! そっ、それがツンツンと、どどどどう関係が」
「呪われて――願いのことしか考えられなくなって」
「そ、そんでっ?」
「オマワリに捕まる」
「……は」

「長谷川さんが言ってたんだって! プー同士で物欲語り合ったら、みんなオマワリに摘発されたって! 長谷川さんなんか段ボールハウス撤去されたんだぜ! パチ買って金持ってたばっかりに!」
「……」
「土方くんだって俺のこと逮捕しようとしたじゃん! 合意なのに! キモチイイもっとしてぇっていつも言ってるのにぃ! 痛い痛いッ髪掴まないで、オマワリに捕まる呪いがァァ」

「うん、令状取るわ。首洗って待っとけ」



-------------------

こんなバカに惚れた自分を逮捕したいです
by 土方十四郎


さくら様リクエスト
「デレをどこかに落っことしたツンツン銀さん
×銀さんのあまりのツンっぷりにへこみ気味な
ツンデレ土方さんで、
最終的に一瞬だけ銀さんがデレて
土方さんが報われる話
(原作/パロディ・裏の有無はどちらでも)」

リクエストありがとうございました!
やり直し請求承りますm(_ _)m





目次TOPへ
TOPへ

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -