紙越しに、恋をする(パロ)


 坂田銀時、モデル。
 誌面の彼は憂いを含んだ視線でどこかを見つめる。時には挑戦的に、正面から見据えられることもある。そんなページを見つけると、俺の手は言うことを聞かなくなる。次のページを繰るのが惜しい。ああ、この視線が俺だけを見てくれればいいのに。

「あるわけねえでしょう、あんたソッチの気ありやしたっけ」
「ない。銀時さんだけ」
「うわあ。間違っても俺は対象にしねェでくだせぇっつーか今のうちに抹殺しとくか」
「銀時さんとテメェが同レベルのわけないだろ! 考えんのも失礼だ!」

 幼なじみに呆れられようとも、銀時さんは特別だ。俺のバイブルだ。
 ショーは俺みたいな貧乏学生には無縁の世界だから生で見たことはないけど、ネットに動画がアップされたら必ずチェックする。しなやかな手足、引き締まった体幹、無駄のない動き。銀時さんは画面の中でセクシーな決めポーズを取る。決して笑わない。不思議な色の目で、冷ややかに正面を見据える。

「かっこいい……」

 独り言だ。カッコ悪い。少しでも銀時さんに近づきたいから俺も身体を鍛えてるけど、なんか違う。銀時さんが纏う衣装は俺なんかじゃとても手が出ないけど、せめて似せるための涙ぐましい努力くらいは許されるはず。服を買いに行くときは銀時さんの載った雑誌を全部チェックして、頑張って似たようなタイプを探す。
 銀時さんは滅多にテレビには出ない。こないだ珍しくバラエティに出てたけど、MCのイジリを華麗に躱して微笑んでいた。銀時さんの笑顔なんて珍しいから、俺は食い入るように見つめて脳に焼き付けた。銀時さんはほとんど喋らなかった。話を振られたときだけ、言葉少なに答えるだけ。

「モデルは主役じゃありません。主役は服です。僕が語らなきゃいけないとしたら、それは僕のモデルとしての力が足りないせいだと思ってます」

 銀時さんが喋ったいちばん長いセリフはそれだった。それも、考え考え、訥々と。それがかえって強烈に、俺の中に焼きついた。

 一介のファンと言えばその通り。銀時さんは俺のことなんか知らない。それでいいんだ。この世の片隅から銀時さんを密かに応援できれば、俺は幸せなんだ。
 そんな俺がユ=クロで、銀時さんを見かけた時の衝撃を想像してほしい。

「ちょ……あれ、アレ」
「ついに痴呆が始まりやしたかィ。アレとかソレとかで話が済むと思うなよ土方ぁ」
「だって、アレ!」
「トシ、俺もう飽きた。昼飯食わない?」
「えっ、でも、アレ」
「近藤さーん俺会計したら合流しやす。アルツ土方は置いてきやしょうぜ」

 誰も気づかないのか。
 そりゃそうだ、銀時さんはトレードマークの銀髪をキャップに隠し、アヤシいグラサンをしてる。ごく普通のTシャツにデニム。足元はク□ックス。つーかぶっちゃけダサい。
 俺はそっと隣に滑り込み、銀時さんが見ている棚の横を見るフリをして銀時さんを観察する。銀時さんはやっぱり何の変哲もないTシャツを手に取って眺めている。広げて、胸に当てたりして。綺麗に畳んで棚に戻したのがなんだかおかしいくらい、ボサッと全体的にだらしない。

「あの……」
「あっすいません。ここ見ます?」
「や、あの、」
「見るの見ないのどっち。もう少し俺ココ見たいんだけど」
「あっすいません、どうぞ」
「え、キミも見たいんじゃねえの。取ったげようか? どれ?」
「あなたが、見たいですっ」
「へ?」
「坂田銀時さん、ですよね」
「え。人違いですたぶん」
「たぶん!?」
「ちょ、あんまデケェ声出さねえで。チッよくわかったなアンタ。つーか隠してることもわかるでしょ、空気読め」

 ……なんか、イメージ違うんだけど。

「あの、本当にさか」
「繰り返すなっての。もう。そうだよそうですよ、ここじゃ言いたくねえけどソイツですよ。満足かコノヤロー」
「あ、すいません邪魔して。どうぞ続けて」
「何を?」
「買い物。買い物してるんじゃないんですか」
「うーん。買えねえ、かな」

 銀時さんはグラサン越しにもがっかりしたのがわかるほど落ち込んだ様子になった。

「え。だって今」
「見てるだけ。見るのは自由だろ」
「そりゃ……でも、なんで」
「買わねえから見るくれえ自由にしたってよくね? 目鼻の利く奴っているんだねえ。ぜってーバレねえと思ってたのに」
「俺、ずっとあなたが」
「そうなの。ありがと」

 銀時さんは全然ありがたくなさそうに言い捨てた。よっぽど見つかりたくなかったらしい。というより、見つからない自信があったのに見破られたことに腹立ててるのか。

「キミ、服選びに来たの。そうだよねここにいるってことはフツーそうだよね」「え、はい、まあ」
「じゃあさ、ちょっと付き合ってくんない。俺がコレって言ったヤツ着てみて欲しいんだけど。バイト代出すから」
「えっいいんですか!?」
「そんなに高くなきゃね。日給で一万くれえでいい? 飯付きにしてあげてえけど、俺外で飯食わねえ主義なんだよね。そんなんで良かったら、キミは食ったら? 俺はなんか飲み物でいいや」
「や、日給はどうでもいいです。選んでもらえるんですか!?」
「ええっ日給いらねえの!? そっちのがびっくりなんだけど!」
「だって銀……あなたにコーディネートしてもらえるって、そんなの」
「ああ、キミの予算とか眼中ないから。俺の言う通りに着せ替え人形やれっつってんの」
「もちろん。させてください」
「? いいの。助かるわ、ありがとう」

 ファンだと言った時よりよっぽど嬉しそうに、銀時さんは礼を言った。
 え、もっと無口な人だと思ってたんだけど。けっこうよくしゃべる?

 銀時さんはパパッとその辺りの商品を手に取った。それから俺をパンツのコーナーに引っ張っていく。モデルさんは颯爽と歩くんだと思ってたけど、サンダルの踵をペッタペッタ音を立てて引き摺ってる。あからさまに猫背だし、キャップに髪を隠してるとはいえ、はみ出してる銀髪は四方八方にはね散らかってる。

「えっとね。まずボトムはこれね。上はまずコレ。次にこっち着て。それからボトムをこっちに変える。わかった?」

 試着室に行ったけど、やっぱり誰も気づかなかった。なんでだ。仮にもアパレル業界だろ。

「あの、試着って三着までじゃ……」
「三着じゃん。ボトムニ着、上……あ、」
「上、着替えたらいっぺん出ていいですか」
「しょうがねえな。変なとこで目ェ付けられたくねえしそうしよう。それから」

 銀時さんはビシッと俺に人差し指を向けた。

「敬語やめて。不自然だろ」
「ええっ」
「トモダチ同士で服見に来たって設定で。あ、でも俺の名前はあんま言わないでね。キミの名前は?」
「土方、十四郎です」
「じゃあ十四郎クン。よろしくね」

 十四郎クンだって。いきなり下の名前! ドキドキするのは当然だ。

 銀時さんに言われた通り試着して、試着室を出ると、銀時さんは腕組みして俺を上から下までジロジロと見た。

「パンツの履き方だけど」
「は……うん」
「行儀良すぎるっつーか。腰パンはもう流行らねえけどさ。もう少しこう、」

 銀時さんが急に近寄ってきて、いきなり俺の腰に腕を回した。心拍数が急上昇するけど、銀時さんは気づきもしない。
 ウエストをほんの少し下げ、屈んで裾を引っ張る。鏡見てみ、と言われて振り向くと、ボリュームが下に移動していた。

「十四郎クンはスレンダーだからさ。ちょっとボテッと着てもカッコイイと思う」
「ほんとっ!?」
「ほんと。そのかわり、トップスは体の線活かしてさ。ピチッときて欲しいな」

 言いながら銀時さんは俺の腰のあたりを摘んだ。もちろん、服を、だ。でもその辺りの皮膚がジンジンする。触られてないのに。

「タイト気味なの選んだつもりだったけど、十四郎クン細いね」
「筋肉、つかなくて」
「褒めてんだよ。じゃあ上、着替えて」

 慌ててカーテンを閉める。心臓がバクバクする。二着目のトップスは、最初のよりキツめだった。

「ちょっとキツい」
「そう? 見た目はイイカンジだけど着にくいんじゃあしょうがない。でも、さっきのよりいいな、うん」

 銀時さんはにっこり微笑んだ。思わず見惚れていたら、早く出てきて、と急かされた。

「俺さっきのあたりにいるから。それは返してきて」
「……でも」
「全部着てみてから買いたいのあったら買えばいいじゃん。今は次」
「うん、」

 紙の上で俺を冷ややかに見つめていた人が、俺のために一生懸命服を探してくれる。夢みたいだ。足元がふわふわする。今なら俺、空を飛べそう。
 でも銀時さんはそんなことにもちろん頓着せず、次々と俺にいろんな服を着せては替え、着せては替えして、あっという間に夕方になってしまった。
 さんざん着せられたから何が何だか正直わからなくなっていた。でも俺は最初に着たボトムスと、最後のほうに着たノースリーブを選んでレジに進もうとすると、

「ちょっと待って。もう一回着てみて」
「え……でもさっき」
「いいこと考えたから。もう一回」

 銀時さんが持ってきたのは、最後のカーゴパンツと同じのと、もうワンサイズ上のヤツだった。

「十四郎クンにはもうちょいボリューム出したい。でも着にくいのは論外だから。こっち試してみて」
「うん、」
「上はこれが気に入ったの? 色味、変えてみない」
「え……他の服に合わない、かも」
「どんなの持ってんの」

 よく着ているのをいくつか挙げると、銀時さんにはそれがなんだかわかったようでクスッと笑った。

「俺の真似してくれてるのは嬉しいけど。十四郎クンは十四郎クンだからね。別の色持ってくる。それ穿いて待ってて」

 ワンサイズ上のは俺が思ったほどは大きすぎなかった。むしろ楽、かも。銀時さんにそう言うと、それでもすぐOKは出さずに少し歩き回ってみろと指示された。動くと確かにずり下がる。

「ベルトはして欲しくねえなぁ。どうする、最初のサイズで妥協する?」
「妥協なんて、そんな」
「うーん。俺としては八十点。買ってもいいと思うけど、もっといいのあると思う」
「八十点なら、買う」
「トップスはさ、黒もカッコイイと思うけど。十四郎クンの目の色に近いから、こっち」

 銀時さんが持っていたのは濃紺で、ああ俺のことをよく見てくれていたんだなと実感する。胸が熱い。甘く切ない何かでいっぱいになる。

「髪の色と合わせるのもいいんだけど。これ、発色も良かったし俺はこっちが気に入ったから。どうかな」
「そっちにするっ」
「いいの? 手持ちと合わなかったりしねえ?」
「合わせる。頑張る」
「よし。じゃあ、買っといで……先に、日給」
「いらねえ!」
「俺はスポンサーが面倒くせえから買えねえけど、トモダチが買うの見てるだけなら許される。買ってきな」

 銀時さんは素早く俺の手に札を滑り込ませた。なんだか悲しくなる。半日一緒にいて、ほんとに友達になったとは思わないけど、金の存在が虚構をありありと俺に示すから。

「これは、いらない。友達に服買ってもらうヤツはいない」

 そう言うと、銀時さんはちょっと笑って、それ以上無理に押し付けようとしなかった。



「さて。長い時間お付き合いありがとう。飯食う?」
「銀時さんは食わないんだろ」

 次なる目的地に行くために、俺は銀時さんの車の中にいる。でも、目的地が決まらない。正確に言うと、俺は決めるつもりがない。帰りたくないから。

「そうだね。夕方以降は特に。余計なモン食うと太っちゃう」
「銀時さんでも太るのか……」
「すぐだよ。俺、甘党だし」
「えっ」
「急に撮影入ったらマズイから控えてるけど」
「好きなモンも食えないのか……」
「食うよ。食うけど、朝とか、かな」
「じゃあ夕食は?」
「家で。次の撮影近いし、身体絞っとかないといけないから自分で作る」
「……」
「十四郎クンじゃ腹いっぱいになんないから、招待はできねえけど。十四郎クンが食ってるとこ見てるよ。思いっきり食いそうだし」

 銀時さんはクスクス笑った。雑誌の中から正面を見据える冷たい目は、今は暖かい。サングラスを取ったら緋色の、見たこともないほど綺麗な瞳が現れて俺は息を飲んだ。

「銀時さんが食えないんじゃ、俺も食わない」
「ええー。だって半日付き合ってもらったのに、金は受け取らねえ、飯も奢らせねえじゃ、十四郎クン損しちゃう」
「損なんて! 銀時さんに、服、選んでもらえた!」
「俺の欲求不満解消に付き合わせただけじゃん」

 銀時さんが言うに、俺みたいなファンが銀時さんの真似をするのは嬉しいんだそうだ。俺の今日のカッコを見て、ああ工夫してるんだなと銀時さんはひと目でわかってくれた。

「でもさぁ、ショーで着るヤツは一般に着られる訳もねえし。雑誌だってそれなりのお値段だろ」
「……うん。同じのは、滅多に買えねえ」
「だろ! 俺だって社割なかったら買えねえよ! 事務所が買い取ったヤツとか、そんなんしか買わねえよ俺だって」
「そうなの!?」
「そうだよ。無尽蔵に金が湧いてくるわけじゃあるめーし。それにさ、俺は十四郎クンみたいな人が、手軽に買える値段の服でうまいこと着方工夫したりコーデ考えたりしてるほうが好き。そういう人のヒントになりてえんだ、ほんとは」
「でもっ、銀時さんてクールでカッコよくて、」
「それは事務所の方針。今日見ただろ? クールでカッコ良かったかよ。私服なんてこんなモンだぜ?」
「それは……ちょっとびっくりした」
「今日は特に、どーーーしても普通の店見たくなって飛び出してきたから。その辺にあるモンとりあえず着てきちゃった。まさかファンに会うとは思わなかったし、俺だって見破られるとは思ってなかった」
「隠せると、思ってた?」
「いや。なんも考えてなかった」

 銀時さんはケラケラ笑って、とりあえずどこ行く?と俺に尋ねた。

「銀時さんち」

 ダメ元だ。こんな機会、二度とないんだ。

「銀時さんち、行きたい」
「ええー。またがっかりすると思うけど」
「散らかってるんだろ、そんなの」
「散らかってるだけだと思う?」

 銀時さんはニヤリと笑った。

「どーする? コアなAVとかその辺に放り出してあったら……」
「それでもいい! そのほうが、いい」
「?」
「そっちのほうが、生の、銀時さんだと、思う」
「……」
「今日のお礼っていうなら。俺を、銀時さんの恋人にしてくださいッ」


 言った。言っちまった。
 当然、ほんとの恋人じゃないのはわかってる。今まで友達のフリをしたみたいに、今日の残り僅かな時間を、恋人のフリしてくれたらいい。
 腰に腕を回してくれたとき。背中で服を摘んで、俺の身体の線を強調してくれたとき。俺の目の色までさり気なく観察してくれてたと知ったとき。
 雑誌を見てるときよりもっと好きになった。叶いっこない恋なのはわかってる。だから、あと数時間だけ。
 銀時さんはさすがに黙ってしまった。今すぐ降りて帰れ、と言われるのを、俺は涙を堪えて待った。


「しょうがねえな。じゃあ、ひとつだけ俺の言うこと聞いてくれる? あ、二つにしよっと」


 あっけらかんと、唐突に銀時さんは口を開いた。そして俺の顔を覗き込んでニッと笑った。

「な、なに……」
「銀時サンてのやめて。銀時、で」
「なっ……それ」
「もうひとつは、今ここで十四郎クンからキスしてくれること。もちろんほっぺにチューとかで逃げんなよ」
「マジで……いいの!?」
「嫌なら降りて。お茶して帰ろ」
「でも! 誰かに見つかったら」
「見つかんねーよ。一日見つかんなかったろ、十四郎クン以外」
「……俺が、言いふらすかも」
「だって十四郎クン、半日も俺のことバラさないでいてくれたでしょ? 店ん中で名前呼ばねえようにすげえ気ィ遣ってくれたし」
「一緒にいたかったからだ!」
「俺もね、たまにファンって子に見つかっちゃうけど。そういう子は大抵、写真撮ってって言うよ。オフでもモデル扱いでね。十四郎クンは普通の友達のフリ、一生懸命してくれただろ」
「だから?」
「だから、大丈夫。バラしたのが十四郎クンなら、俺はそれでいい」
「……」
「早く。キスしてよ待ってんだけど。俺からのほうがいい? ココは十四郎からグイグイ来て欲しいんだけどな俺としては」
「呼び、捨て……」


 クラクラと世界が回った。十四郎。十四郎だって。あの銀時さんが俺を、十四郎だって。


「銀時さんっ」

 俺はどうしていいかわからなくて、とりあえず銀時さんの首に抱きついた。紙や画面の中からは絶対に感じ取れない、確かな体温。だから銀時サンじゃなくて銀時。言ってごらん?と囁く暖かい吐息。情けなくも俺は腰を抜かした。

「それ……いつまで?」
「なにが」
「いつまで恋人のフリしてくれるの」
「フリ? あー……そうだな。どうしよっかな」

 銀時さんは車のエンジンを掛けた。それから素早く身を屈めて、俺の唇にキスをした。もう、どうにでもしてくれ。明日死んでも悔いはない。

「とにかく、恋人だから俺んち連れてってもいいよな? いつまでかは、あとでゆっくり考える」

 どういう意味。どういうことだ。
 俺は恋する人に選んでもらった服をしっかり胸に抱えて、暴れる心臓を宥めるしかない。限りある時間なら、その間は目一杯甘えてやろうと俺は心に決めたのだった。




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でも、銀時はジムに行っちゃうので
十四郎クンはしばらくお留守番。
その間ヤキモキしてればいいよ!

さくら様リクエスト
「現代パロディ/売れっ子モデルな銀さん
×銀さんのファンな土方さん。
事務所の方針で「クールで格好良い男」として
売り出している銀さんのゆるゆるな素の姿を
土方さんが目撃して
ますます惚れ込んでしまい、
銀さんを好き過ぎるあまり
口止めと引き換えに恋人にしてもらおうと
頑張る話(銀さんも満更ではない)」

リクエストありがとうございました!
やり直し請求承りますm(_ _)m




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