灯火ひとつ(3Z)


 剣道部の合宿シーズンだ。
 監督は顧問のとっつぁんと銀八で、三年は出席しなくてもいいことになっている。近藤さんと総悟は体育推薦を狙ってるから出るそうだ。山崎は一般入試組なので行かない。

「土方くんも一般入試だよね。今年はやめとく?」

 銀八に廊下で呼び止められた。それだけで顔が赤くなる。それを隠すように下を向いた。

「今年は。塾の夏期講習が……」
「そっか。しっかり勉強しろよ」

 頭なんか撫でられて、俺はますます顔を上げられない。
 銀八は今年の俺の担任だけど、俺はその前から銀八に恋をしていた。部活の顧問だった銀八先生は、剣道がすごく強くてカッコよかった。竹刀を振る先生は本当に綺麗だ。毎日惚れ惚れと見惚れているうちに、好きになってしまった。
 男の教師に男の生徒が恋なんて。誰にも言えなかった。だから先生も知らないはずなのに、先生はよく俺に触れる。他の生徒にも同じようにしてるのかもしれないけど、俺は触れられるたびにどんな顔をしていいかわからなくなる。

「一日だけ、被ってて」
「夏期講習?」
「初日は……行けません」

 これでは初日以外なら行けると言っているようなものだ。ちゃんと断らなければいけないのに。本当は行きたい。夏休みに入れば、一か月以上銀八に会えなくなる。卒業まで残り少ないというのに、一か月は長すぎる。

「えっと。二日目からなら来られるの」

 先生は困ったように聞き返した。しまった。俺の言い方じゃ、先生は迷うに決まってる。でもそんなふうに言われたら、行きたいと言ってしまいそうだ。俺は慌てて行けない理由を考えた。

「けど現地までの交通費ないし。今年はバイトもしてねえから」
「偶然だけど、俺も二日目からしか行けねえんだ。初日は松平のオヤジだけで乗り切ってもらって、二日目の昼から合流することになってんの」
「え……」
「当然車で行くし。乗せてってあげるけど」

 銀八と二人きりで、ドライブ。
 ドキドキとやたら心臓が高鳴る。断らないと。でも、銀八と二人きり。こんなの、最後のチャンスだ。

「勉強に差し支えないこと前提ね。まあ、二日くれえなんてことねえだろ。向こうで参考書解く暇くらいあるし。わかんないとこは、国語なら教えてあげる」
「……合宿代、」
「急だし、途中参加だから割引で。分割払いもいいよ。どう? たまには。気晴らしに」

 なんでこんなに熱心に推してくるんだろう。嬉しいけど。嬉しいから先生の理由なんてどうでもいいけど。ちょっと期待、したりして。

「土方くんがいるのといないのじゃ、部員の気の締まり方が違うっつーか」

 もう。言わないでくれればいいのに。やっぱり先生にとって俺はその程度。部活の成果が少しでも上がるように、ちょっと利用できそうな生徒だから。それだけなんだ。でも、そうだとしても先生の役に立てたら嬉しい。

「ま、俺が無理に勧めちゃいけねーな。うんごめん、忘れて」
「行きたい……です」
「……」

 先生は俺の顔を覗き込む。身体を屈めて、下を向いた俺に目を合わせようとする。

「無理強いしちまったかな。ごめんね」
「そんな、こと……」
「明日まで考えて。明日終業式のあとでいいから返事ちょうだい。親御さんにも、ちゃんと許可取ってな」

 先生は優しい。教壇に立っているときはダラシないし、タバコ吸うし、人の揚げ足ばっかりとってダルい授業しかしないけど、生徒と個別に対面するときは別人のように優しい。そのギャップにやられる女子は少なくないけれど、俺はもっと前からそんなことは知ってた。誰よりも先に先生のカッコよさに気づいたことが、密かな俺の自慢だ。


 親も塾も勉強も問題なかった。俺は合宿への参加を先生に改めて伝え、夏休みを迎えた。先生ともうすぐ会えると思えば、夏期講習にも身が入った。先生に笑われたくない。しっかり勉強しなきゃ。
 待ち合わせの前日に、銀八先生から電話が掛かってきた。

『俺の用事さぁ。予想外に早く終わっちまったんだわ。土方くん、まだ準備できてないよね?』
「え……さっき夏期講習終わって。これから支度するとこ、です」
『支度ったってパンツがありゃよくね。今晩出発しない? ちょっと夜のドライブがてら』
「……」
『あ、到着は予定通り、明日の昼ね』
「それ、って」
『デートのお誘いです。嫌?』

 ドキドキドキと、また心臓がすごい回数で脈打ってる。デート。デートだって。でもなんで。

『あ、危ねえとか思ってる? ダイジョーブ、紳士的に送り届けますよ? ただちょっと、一緒に夜景でもどうかなって』
「なんで、俺……」
『なんでかな。うふふ』

 俺は結局急いで荷造りした。それからなぜか汗の匂いが気になって堪らなくなって、急いでシャワーを浴びた。歯磨きも念入りにして、そんな自分が恥ずかしくなった。
 親は先生と一緒だとわかっているから文句も言わない。むしろにこやかに送り出してくれて、なんだか後ろめたかった。


 先生とデート。デートのお誘いだって。先生は冗談のつもりかもしれないし、ただ合宿所に早く着きたくて俺を呼び出すのに上手いこと言っただけだろうけど、俺は嬉しくてたまらない。絶対にできないと思ってたことが実現するんだ。少しくらい舞い上がったってバチは当たらないだろう。
 待ち合わせ場所に先生はもう着いていて、車の外でタバコを吸っていた。白衣を着てないワイシャツとネクタイの先生は見慣れないせいか、真っ直ぐ見られないほどカッコいい。

「遅くなりました。待たせちゃって、すいません」
「いいえ。思ったより道がすいててさ。飲み物とか、買ってくる?」
「買ってきました。大丈夫です」

 銀八は面白くなさそうな顔をした。

「デートって言っただろ。そういうのは、会ってから一緒に買いに行くもんなの。ほら、行くぞ」
「え、でも」
「俺の買い物に付き合え」

 先生と買い物。付き合え、だって。
 また顔に血が集まるのがわかって、俺は下を向いた。先生はいつものように、俺の頭を撫でた。

「真っ赤になって下向いちゃうのも可愛いけど。せっかくデートなんだからさ。ちゃんと顔見せて」

 先生は本気で俺とデートするつもりなのか。先生が自然に歩き出すので、俺は慌ててついて行く。後ろを歩こうとすると、先生は歩調を緩めて俺が隣に来るまで待ってくれた。
 それからコンビニで二人で買い物をした。先生はほとんど荷物を作ってないと聞いて俺はびっくりした。だって出張からとんぼ返りだもんよぉ剣道の道具積んだだけすげーと思わね?と先生は銀八らしく大雑把なことを言って、下着や歯ブラシなどを次々と籠に放り込んだ。タオルさえ持ってこなかったらしい。

「こんなもんかな。土方は? ほんと、なんもいらねえの」
「俺は……たぶん、全部揃ってるんで」
「ふうん。じゃあ、これ買っちゃう?」

 と言って先生がニヤニヤしながら俺に見せたのは、カラフルなパッケージの小さな箱で、俺はそれがなんだかよくわからなかった。

「す、き、ん……皮膚? これなに、先生」
「……純粋な土方クンには通じなかったか。でも今後必要になったら思い出せよ。いざという時にはコンビニでも売ってるから」
「?」

 先生は咳払いして、カゴをレジに持って行った。何だったんだろう。

 それからやっと先生は車を出して、俺たちは夜の高速に乗った。どこを走っているのか何にもわからないけど、何だかワクワクした。

「土方くん、晩飯は? 俺は当然食ってないけど」
「あ、俺もです。食う前に出てきちゃって」
「だよねぇ。その時間狙ったもん。次のパーキングで軽くなんか食わない」
「いくらくらいかかるんですか。パーキングの飯屋って」
「デートなんだからそういうのはいいの。俺に任せとけ」

 勘違いしそうに嬉しい。でもいいのかな。ほんとのデートのはずがないのに、奢ってもらったりして。

「高級レストランで奢れって言われたら、そら俺も拒否するけど。ここくらいなら奢れるよ。好きなもん食え」
「わあ……いっぱいある」

 どれを選んでもいいのだと言われ、テンション上がる。先生のほうを見たら、先生も俺を見ていて目が合ってしまった。俯く暇もなくニッコリ笑いかけられて、もうどうしていいかわからない。二人きりで食べたカツ丼は、この世でいちばん美味しい物に思えた。
 それからは高速を降りたのか何だか俺にはよくわからないけど、見知らぬ街中を通った。俺たちの住む街とは様子が違うのに、たまに見知ったコンビニやチェーン店があったりすると懐かしささえ感じる。大袈裟なんだけど。先生にそう言うと、土方は何でも喜んでくれるから連れ歩き甲斐があるわ、だって。安いヤツだと思われたのかも。でも、これからも連れ歩いてくれたらいいのに。そんなこと、望むのもおこがましいってわかってるけど。
 車は山道に入り、右へ左へとしばらく振り回された。後ろから来る車にクラクション鳴らされたりもした。先生はちっとも焦らず、土方くん車酔いしてない?と気遣ってくれた。

「大丈夫、です」
「あんま大丈夫じゃなさそうだな。ゆっくり行くから。走り屋共には、先に行ってもらおう」
「えっ、大丈夫です! 構わねえから」
「ああいうのコテンパンにしてえのは山々だけど。この車で峠攻めるほど俺はイカレてねーよ、土方くん乗せて事故ったら大変」
「そんな……」
「いいから。気持ち悪くなったら、早目に言えよ? ちょっとデートコースのチョイス誤ったわ」

 デート。また言った、デートって。信じそうになるからそろそろやめて欲しい。

「土方。合宿所着いたら男子は雑魚寝だけど」
「毎年そうだろ。知ってますよ」
「教師は個室だからね」
「あれ。とっつぁんと同じ部屋じゃないんですか」
「すげーイビキなんだもん。それにオヤジ飲むし。やだよおんなじ部屋なんか」
「そっか。それ嫌だな」

 そんな話をしてるうちに頂上らしきところに着いた。先生がバックで車を止めるのを、俺はドキドキしながら横目で見る。車を動かす先生は剣道をしているときと同じくらいカッコいい。

「俺も免許取ろうかな」
「なんで。行きたいとこあったら連れてってあげるのに」

 それはどういう意味なんだろう。本気にしそうな自分が怖い。
 車を降りたら、眼下には一面に煌めく夜景が広がっていた。上には星空、下には街の灯り。手を伸ばしたらキラキラに届きそうだ。俺は先生と並んで、飽かずにそれを眺めた。

「下界に降りたらただの家なんだけどね、ひとつひとつは」

 先生はそんな夢のないことを言う。それから俺たちはしばらく黙った。

「土方はさ、卒業したら、そりゃ大学行って勉強するんだけれども、そのあとは就職してさ。ああいうご家庭を築くわけだ」

 先生はキラキラ光る夜景を指した。せっかく先生とこんなに綺麗な景色を見てるのに。現実の話なんて、今はしたくない。俺は返事をしなかった。でも先生は一人続ける。

「彼女作ってさ。結婚して、奥さんと食卓囲んで。そのうち可愛い子供ができて。ああいうキラキラのひとつになって、また他の誰かがそれをこっから眺める、と。」
「……」
「卒業したら、土方にはそういう幸せが待ってるんだろうな」
「……」
「俺は、ヤダけど」


 驚いて先生の顔を見る。先生は夜景なんか見ていなくて、じっと俺を見ていた。


「俺がそんなこと言っちゃいけねえの、わかってるけど。でも、ヤダ」
「……」
「合宿、連れて行きてえんだけど。そしたらあいつらと雑魚寝して、いろんな野郎に寝顔見せてさぁ。寝返り打ったりした日にゃ、隣の誰かに触るんだろ」
「……先生」
「来ないのは寂しいから連れ出したはいいけど、そんなの嫌なんだよ。俺どうしたらいい」


 ガンガンガン、と頭が鳴り響く。何も考えられない。考えたら、俺の都合のいいことばかり思い浮かんでしまいそうだから。
 先生が近づく。未だかつてない近さだ。先生の腕が俺の腰を引き寄せる。俺はそのまま先生の肩に顔を埋める。嘘じゃない。俺何にもしてないのに。先生が、俺を。

「ごめんね。紳士的に送るって言ったのに」
「……それ、は」
「土方が好き。こんなことしたいくらい」

 そう言って先生は、俺の唇に短いキスをした。俺の顔は例によって真っ赤だけど俯くことも忘れて、俺は先生の緋色の瞳を見つめる。

「たかが合宿の雑魚寝だぜ? 自分でもどうかと思うよ、つーか去年と一昨年、悔しくて眠れなかったんだかんな」
「そんな……前から?」
「そーだよ、この際だから言っちゃうけど入学式のときに一目惚れデシタ……俺の部活に入ってくるし。ドキドキしちゃったよ先生」
「おれもっ」
「雑魚寝なぁ。一年の初日はかわいいなって微笑ましかったんだけど。二日目に見回ったら、隣のやつの下敷きになってるんだもん。危うく絶叫するとこだったよ」
「近藤さんだ。毎年そうなんだ、重くて目が覚める」
「二年ときもそうだよな。俺、土方くんは隅っこ陣取らせてやんなかったっけ? なのにさぁ。いろんなのが折り重なってるし」
「……総悟と、山崎と、終かな? 覚えてねーや」
「ほんと腹立つ。土方にべたべた触れて羨ましい」
「……せんせ、」
「卒業しても、たまには俺のこと思い出してくれる?」
「たまにはって。なんで、」

「ごめんね。何にも言わずに卒業まで見てようと思ってたんだ。土方には土方の人生がある。こんなとこで立ち止まってちゃいけない。俺が出来ることっつったら、せめて今年は土方が誰にも触られないで眠れるようにするくれえしか、」
「何言ってんだ。デートしてくれただろ。夜景見に連れてきてくれただろう」
「俺がね。土方くんが卒業する前に、思い出作りたかったの。土方、俺のことなんか忘れちゃうだろ。卒業したら」
「忘れない。忘れるわけねえっ、俺は、だって俺もずっとアンタのことが……」


 キスを仕返したら歯がぶつかって、上手く出来なかった。先生は優しく俺の頬を両手で包んで、もう一度、今度は深いキスをしてくれた。

「今年は雑魚寝しない。先生の部屋、行く」
「おいおい。大丈夫か」
「そのつもりでさっき教えたんだろ! 行くに決まってる」
「うーん……下心は確かに。うん」
「先生」
「せめて二人っきりのときは銀八って言えよ。らしくねえだろ」
「ぎんぱち……ッ、好き。ずっと前からっ」
「嬉しい」

 もう一度キスをして、俺たちは車に戻った。座席に収まってから、自然と目が合った。そしてそこでも、キス。

「卒業までの思い出、ならいっか」
「卒業まで、なのか……!?」
「さっきも言っただろ。土方は卒業したら広ーい社会に出て、いろんな人と出会って、いろんな人を好きになってその中からお嫁さん……」
「嫌だ。銀八がいい」
「ええー。ちょっと計算外。嬉しいけど、立場上卒業したら世間を見なさいって言わねーといけねえんだよ俺は」
「せん……銀八となら、キラキラが作れる、と思う」
「そうだといいね。俺もそうしたいけど」
「じゃあそうしろよ。とりあえず向こう着いたら部屋教えろ」
「わーお。土方くんたら積極的」
「俺だって。先生と一緒に寝たい。先生の寝顔見たいし、先生に……触りたい」
「……向こう着いたあとのことは置いといて、」


 銀八は車のエンジンを掛けた。ハンドルを握り、ゆっくりと発進する。

「今晩の宿はどうする? 一泊くらい車ン中かサービスエリアでいいかと思ってたんだけど。ほんとだかんな!」
「せん……ぎん、ぱちと一緒なら、どこでもいい」
「ふーん。やっぱり手足伸ばして、ベッドで寝たいよね? この辺なら俺が教師だってバレることも、まずねえし」
「……?」
「ちゃんとホテル取りたいけど、時間が時間だからラブホかな。一緒にくる?」
「……ぁ、でも、男同士」
「大丈夫なんだなコレが。最近は。でも土方くんがそんなの嫌だって言うなら……」
「嫌じゃない。行く」
「実はね。さっきコンビニで買っちゃった」
「?」
「スキン、皮膚。じゃねーし。使い方、教えてあげよっかなぁ」
「え、何それ」
「ゴム。またの名をコンドーム。高校生男子なら覚えとかなきゃダメだぞ、って」

 銀八はまた顔を寄せてきて、俺にキスをした。

「言おうと思ったけどやめた。覚えなくていい。俺が使うから」


 銀八は意図を持って、迷わず車を進めていく。なんだか取り返しのつかないことに、足を踏み入れた気がする。
 けど、銀八を好きでいていいのなら、行く手が泥沼だとしても俺はそれでいい。ただゴムの使い方だけがよくわからなくて首を捻った。まあ、きっと後で銀八が教えてくれるだろう。

 ぎんぱち。他の生徒がそう呼ぶとしても、俺のその呼び方が、銀八の胸を俺と同じようにドキドキさせられるといいな。




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不良教師、雑魚寝どころか
雑魚寝想定しただけで嫉妬メラメラ。

神アイコン様リクエスト
「3ZもしくはZ3で
大部屋雑魚寝の学校行事なうでモヤモヤ
(ヒヤヒヤ、イライラでも可)なお話」

なうじゃない……か?
いやウチを出てから帰るまでが合宿だから!
リクエストありがとうございました!
※誤字訂正しましたorz




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