叱ってください


「ちょっと、風呂貸してくれ」

 約束の夜、十四郎は来るなりそう言った。
 血の匂いがしないことにほっとしたが、別の香りが鼻をくすぐった。俺は久しく嗅いでいないけれど、これは女の白粉だ。なるほど。それで風呂か。顔がだらしなくにやけた自覚はある。

「いいのに。俺、十四郎の汗舐めるの好きだよ」
「変態。いいから貸せ」

 睨まれた。でもなんだか落ち着かないみたいだ。俺の目を真っ直ぐ見ようとしない。浮気してきたとは思わないけれど、女といたことは間違いないだろう。

「どうしたの。イイコトあった?」
「チッ。見りゃわかるだろ、」

 上着は脇に抱えているけれど、それでもその香りはほのかに漂ってくる。

「いいよ。でもさっき全部お湯落としちまった。時間かかるけどいい?」

 湯を落としたのは嘘じゃない。十四郎が来たら、終い湯ではなくまっさらな湯に入れたいと思ったから、掃除しておいたのだ。
 十四郎はムッと眉を寄せた。

「来るのわかってただろう」
「風呂入るとは思ってなかったもーん」
「嘘つけ。風呂でなんかしようとしたんだろ。もういい、自分でやるわボケ」
「わかったよ。水張って来るから。ちょっと待ってて」

 早く溜めてなんてあげない。女の匂いをつけて俺のところに来るなんて、なにもなかったとしても仕置きが必要だ。蛇口を三分の一程度に開けて、ゆっくり水を溜めてやる。
 十四郎はそわそわと落ち着かない。隣にどっかり座ると素早く身体を引こうとした。させじと抱き寄せて、ぴったり密着する。

「ねえ、なんかいい匂いしなーい?」
「いい匂いなんかじゃねえよ。鼻がムズムズする」
「……どんな女だった?」
「別に。普通」
「普通の女と浮気してきたの。俺んち行くのわかってたのに?」
「違うッ、接待で! 付き合わされたんだっ」

 ムキになる十四郎が可笑しくて仕方がない。俺はわざと真顔を作る。

「女のほうがいい? それとも抱かれるより抱くほうが……」
「くだらねえこと言うな。今さら」
「あれ? 紅が……」
「!? うそだ、まさか」
「あっれー? 心当たりあんの?」
「やめろ。冗談でもやめろ」

 接待ということは、今まで高官と一緒だったのか。気疲れしただろうし、そもそも十四郎は今でこそ幕臣様だがその根っこは人と連むことを嫌うバラガキのままだ。行儀よく何時間も畏まっているなど、苦行でしかないのだろう。なんでこんなことをしているんだろう、と虚しくなった瞬間が何度もあったに違いない。
 すん、と首筋に鼻を近づけて匂いを嗅いでみる。女の匂いがやや邪魔だが、十四郎の男らしい汗の匂いとタバコの香りが、確かに俺の鼻に届く。
 十四郎は嫌がって身体を仰け反らせた。

「風呂入ってからにしろ。ほんと、自分でも臭い」
「臭いなんて。女がかわいそう。いい匂いだよ」
「……」

 今度は黙り込んだ。頭の中で、俺が女の香りを喜んでるんじゃないかとか、俺はやっぱり男の十四郎より女のほうがいいんじゃないかとか考えてるに違いない。かわいいやつ。そんなこと、あるはずないのに。
 腕を持ち上げて、次は腋の下の匂いを嗅ぐ。こっちは汗の匂いがきつい。女の匂いがあまりしないから、俺は何度もそこを嗅ぐ。十四郎は嫌がって身を捩った。

「変態くせえことすんなっ」
「十四郎の匂い。ここは女に触らせなかったんだ。へえ」
「当たり前だろ、ただ隣に座っただけだッ」
「わっかんないよ? 肩くらい抱いたかもしんないじゃん」
「そんなこと、しな……」
「こっちはどうかな? 抱きしめちゃったりしたらここにも付くよね」

 顎の下を嗅ぐ。そこから下がって胸元へ。スカーフを取っているということはそれも匂ったせいかもしれないけれど、それより座敷で身につけていた物はできる限り取り去ってからここに来たかったほうが先だろうと思う。取れる物はすぐ取りたいと、十四郎なら考えそうだ。俺の予想を裏付けるように、十四郎は無表情になり、視線が足元に下がる。これは十四郎が弱気になったときの、癖。
 胸元には十四郎の匂いしかしなかった。シャツを掻い潜って肌に直接鼻を近づけると、今度は十四郎の目が丸く開いた。

「そんなとこ。女どころか誰も触ってねえよ」
「えっ女だけじゃねえのお前の浮気相手。エロジジイもいたの」
「いないって。ちょ、しつこい」
「怪しいなぁ……」

 エロ爺のほうが真実味があるからこの男は困る。しかもどうやら自分がそういう男を惹きつけることに、未だに気づかない。女相手なら十四郎自身も用心するだろうが、男相手にはどうも無防備だから嫌になる。
 すんすん、とこれ見よがしに鼻を鳴らすと、十四郎は困って俺を押しやろうとした。あまり力は入ってないから無視。歯でベストのファスナーを下ろし、ワイシャツのボタンを二、三個外す。薄い褐色の胸の頂点が僅かに顔を覗かせる。
 あくまで触らずに、そこにも鼻を近づけて匂いを確かめる。うん、十四郎の匂い。当の本人はなんとか逃れようとするのか、力なく俺を押しやっている。

「もう、やめろ」
「なんで」
「なんでって。なんか」
「恥ずかしい?」
「――ッ、そうじゃねえ、けどっ! なんか、」

 焦ると語彙が減るのも、十四郎の癖。本人すら気づいてはいないだろう。教えてなどやらない。俺が知っていればいい。

「触られちゃったから焦ってんの? 女? 男?」
「触らせて、ねえし」
「乳首は可愛がってもらわなかったの。ダメだねぇ、十四郎は乳首好きなのにね。気づかなかったのかな、相手の人」
「だからっ、そんなのっ」
「汗くせえ。もしかして浮気相手と一戦交えて……」
「違う! わかってるだろ、俺は」

 とうとう十四郎はふい、と横を向いてしまった。肩が震えている。虐め過ぎたかもしれない。

「俺は、お前にしか……触らせない、のに」


 心躍るとはこのことだ。誇り高い男が俺にだけ見せる弱味。 ぐっと胸に込み上げるのは、愛しさとか大切さとか、とにかく俺はこいつがいないとダメだと確信させる何か。


「じゃあさ、あと一か所。嗅がせてくれたら、許してあげる」

 優しげな声色を作って十四郎を抱きしめれば、十四郎が嫌とは言えないこともわかっていて俺はその耳に悪魔の囁きを吹き込む。十四郎は身を震わせながら黙り込んだけれど、やがて小さく頷いた。

 お許しを得て俺は頭を下げ、十四郎の股に鼻を押し付ける。男の匂いと、汗と、ほんの少しのアンモニア臭。それを胸いっぱい堪能する。十四郎は慌てて俺の後ろ髪を掴んだけれどもう遅い。わかってただろう、あと一か所と言ったらここしかないって。
 むくむく、とそこが硬度を持つ。ああ、それで慌てて引き離そうとしたのか。何もかもが無駄な抵抗なのに。俺のそれはさっきから痛いほど張り詰めている。本当を言うと十四郎から女の匂いを嗅ぎ取ったときからずっと勃起しっぱなしだ。
 初めて鼻以外を使って、盛り上がったそこに服の上から歯を立てた。あ、と艶やかな悲鳴を上げて十四郎は俺の頭に手を置いたが、押し遣るつもりはないようだ。押すか、引き寄せるか。迷った挙句全身を震わせる。そんな姿の恋人を見ては、自分が性質の悪い笑いを浮かべていることはわかっていてもどうにも引っ込まない。


 もしも拠ん所無い事情で十四郎が女を抱いてきたのだとしても、帰ってきたのは他ならぬ俺の腕の中。心変わりでも浮ついた気持ちでもなく、仕事上致し方なく女と肌を合わせたのなら、十四郎の悔悟をつつきながら、俺の痕を付け直せばいい。
 心は俺の物だと断言できる。そうでなければ十四郎はそのまま姿を消すだろう。俺に叱って欲しがる被虐の性で、女と接した身体をここに運んできたに違いないのだから、望み通り責め立ててやるのが愛情というものだ。

 ふろ、と涙声が聞こえたような気がするが、どうせやっと水が溜まった程度だ。暖かい湯で十四郎の美しい肌から女の匂いを消し去るのは、まだまだ先。それまでたっぷりと十四郎の不安と期待を煽りつつ、存分に虐めてやろう。
 俺はほくそ笑みながら、立ち上がって十四郎の手を取った。続きは冷たい風呂場で、たくさん虐めてあげる。冷えた水が温まって、十四郎の不安でいっぱいな心を暖かく解きほぐすまで。全部、俺の身体で忘れさせてやるから。




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最初から、本気と書いてマジですた。
あんまり裏にならなかったごめんなさい!


あきママ様リクエスト
「接待先でつけられた白粉の匂いを纏ったまま
来訪した土方さんを、浮気したの?と
からかい半分いろんなところの匂いを嗅いで
恥ずかしがらせていたけれど
だんだん本気になっちゃって
イタシちゃう銀さん」

リクエストありがとうございました!




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