魔女の一撃【前編】


 学祭なんて俺には関係ないもんね。
 そう思ってた時期が僕にもありました。

「いっ……!?」
「やだ坂田くん、ダイジョーブ?」
「だい、じょーぶ、じゃな……」
「とにかくそこ退いて。邪魔」
「イテーーーッ、触んな触んな、アァァア!!」

 ちょっとカワイイ女の子が学祭のライブステージ設営してるとこを通りかかり、機材運んでって頼まれた。女の子に釣られたわけじゃない。俺には十四郎っていう男前な恋人がいる。でもか弱い女の子に重い機材なんか運ばせるのは可哀想だと思ったから手を貸した。そうしたらキたよ、魔女の一撃。ああ昨日十四郎の上でハリキッて腰振ったから疲れてたのかな。どうしよう、もう十四郎とあんなコトやこんなコトができねーよ。
 女の子は無情にも俺をステージから引きずり下ろした。チクショウ、こんな怪力なら仏心出して手伝ってやるんじゃなかった。それでも俺を可哀想に思ってくれたのか、それともライブに邪魔だからか、俺のケータイで辰馬を呼んでくれた。

「病院行くしかなか。車持ってくるき」
「おいお前っ、駐車場の場所わかってんのか」
「わからん」

 辰馬はものっそい方向音痴だった。使えねー!

「銀時ッ、病院行くのか!? 俺も行く」
「とおしろーーッ助けてぇぇえ!」

 救いの神は現れた。でもヤな予感がする。十四郎は車を持ってない。

「車取りに行くき、土方くんば連れてくぜよ」
「ダメッ、十四郎に茶モジャ菌が移るぅぅ…… 茶モジャはバイキンだらけって、陸奥が言ってた」
「アホか。動けねえんだからしょうがねえだろ。坂本行くぞ」

 俺の天使が悪の帝王と連れ立ってどっか行ってしまった。どうしよう、十四郎が辰馬に襲われる。あいつ綺麗な奴には男も女も見境なく手ェ出すんだぞ! あぶねーんだぞ!
 しばらくしたら十四郎は辰馬の車の助手席に乗って帰ってきた。ホッとしたのも束の間、俺は後部座席に乗せられた。十四郎は辰馬の横。俺はひとりぼっち。

「おい、お前ケータイの電源入ってねえんじゃねえか」
「そうじゃ。さっき電池切れた」
「充電しろよ。充電器は? 積んでねえの」
「車ン中で充電できるがか!?」
「……もういい。カーナビ手入力する。病院の住所は」
「ケータイん中じゃあ、あは、あはは」
「使えねーな! 検索するから待ってろ……カーナビ起動くれえさせとけよ!? 一緒に画面見てどうする!」
「土方くんは賢いのお。ワシはカーナビようわからんき、ぜーんぶやって?」
「なんでカーナビ積んでんだテメェはァァア!?」

 方向音痴だからです。
 いつもはケータイと連動させるか、俺が隣で操作してやってんの! そのバカはただ車動かしてるだけなの、それしか能がねえの! あんまくっつくな、顔寄せんなぁあ! 仲良くすんな。十四郎のバカ。
 セッティングが終わったらしい。俺は横向きに寝転がってるしかできない。視界は前席シートの背もたれだけ。十四郎さえ見えない。さみしいだろ、構えよ。
 なのに十四郎は辰馬とばっかり喋って俺に見向きもしない。昨日は『ぎんときっ、もっと奥』って鳴いてたくせに。お前がせがむからせっせと奥まで腰打ちつけたんだぞ頑張ったんだぞ、そのせいなんだぞ、たぶん。
 辰馬はカーナビと十四郎のナビで、ようやく病院に着いた。二人に両脇を抱えられて、やっとこさ待合室に辿り着く。俺が長椅子に寝てる間に、二人は仲良く受付に行き、額を突き合わせて問診票を書き、なぜか二人揃って金を下ろしに行った。ひとり残れよな。ああ、辰馬が迷子になるからか。辰馬なんか病院の中で迷いまくって出てこられなくなればいいのに。

 診察の結果は『ギックリ腰』。カッコ悪い。泣ける。注射しようかって言われたけど全力で断った。痛いとこに痛い注射するってそれなんて拷問。医者って恐ろしいことを考えつくもんだ。

「寝てるしかねえってさ。湿布もらってくる」
「十四郎ここにいて!」
「坂本に任せたら隣の薬局に行くのに三日掛かるぞ。さっき受付の横の自販機でジュース買ってって言っただけで、病院から出ようとしてたんだ! びっくりした」

 生まれつきです、たぶん。知り合ってこのかた辰馬がまともに目的地に辿り着いたの見たことない。ていうかジュース買ってもらったのお前。金か。愛も金で買えるのか。そんなの嫌だ、十四郎は俺んだ。
 俺の家、っつーか十四郎も半同棲してるんだけど、家までまた辰馬の車で移動。やっぱり俺は後ろ、十四郎は辰馬の横でキャッキャ楽しくしゃべってる。酷い。

「着いたぞ。俺、ついでだから坂本の車で買い物してくる」
「やだ! 一緒にいて!」
「アホ。しばらく寝たきりだろ。買いだめしとかねえといろいろ大変だから、車出してもらう」
「十四郎が運転してけばいいじゃん! 辰馬は帰れ」
「人の車運転すんの嫌だ。なんかあったら困る」

 十四郎は辰馬と出て行った。俺の恋人なのに! ふて寝しようにも腰が痛くて眠れない。十四郎が湿布を置いていってくれたから、一人寂しく貼る。ほんと、佗しい。貼る最中にうっかり腰捻りそうになって悶絶した。涙出た。十四郎が優しく貼ってくれるとは思ってなかったけど、これは寂しい。
 仰向けに寝ちゃいけないって言われたけど、言われなくても仰向けなんて怖くて無理。横を向いて、丸まって転がると玄関のドアが正面にくる。早く帰ってこないかな。今日の晩飯なにかな。十四郎の手料理って久しぶりかも。いつも俺が作っちゃうから。

 外から笑い声がして、鍵が回るのが見えた。十四郎と辰馬が楽しそうに笑いながら、二人とも手に手にスーパーのビニール袋を下げて入ってきた。なにお前ら、新婚さんかなんかか。十四郎の指示で辰馬が食材を冷蔵庫にしまっているようだ。ちげーよそれ生ものじゃねえだろバカだな、なんて言って笑ってる。ここ俺の部屋。新婚ごっこやめて。
 十四郎くんに重たい物ば持たせるわけにはいかんき、だって。おいここ出る前は『土方くん』て言ってたよな。こんな短時間で下の名前呼びまで仲良くなってんの。どういうこと。

「他になんかあるがか」
「とりあえず大丈夫かな。助かったよ、ありがとう」
「いやいや。また買い物するときはワシに言え、金時は当分使いモンにならん」
「そうする。ケータイ充電しろよ。ケー番だけ教えてくれ」
「ダメーーーッ! 十四郎はいいのっ、俺が電話するから!」

 そこで二人は初めて俺を思い出したみたいな顔をして、びっくり顔で俺を見た。マジで忘れてたんじゃないだろうな。ほんと、なんかあったんじゃないよな。ちゅーくらいできるぞ、あれだけ時間あったら。


「なんだよ。なに拗ねてんだ」

 辰馬が帰って、やっと十四郎は俺の様子を見にきた。湿布の袋が開いているのを見つけて、眉を寄せる。

「自分で貼ったのか」
「誰かさんがほったらかしで出かけちゃうんだもん」
「ほったらかし、て。ほんの三十分だろ」
「三十分あったらちゅーしてフェラくらいできる!」
「俺はそんなに早くねえ」

 いつものように頭はたこうとして、十四郎は手を止めた。それから少し迷って、俺の頭を撫でてくれた。

「痛みが引くまで俺もなるべく出かけないで済むようにしたかったんだよ。妬くな、くだらねえ」
「くだらなくない。辰馬あれで手が早ぇんだぞ。男も女も見境ねえんだかんな!」
「だからって俺が他の男とどうにかなるわけあるか。バカ」

 それで俺も少し溜飲が下がった。辰馬めざまあみろ。でも絶対十四郎に目ェつけただろ。長い付き合いだから、そんくらいわかるぞ。もう二度と十四郎と二人っきりにしないようにしよう。
 十四郎はしばらく俺の髪に指を絡めて遊んでいたが、ツイと立ち上がってキッチンに立った。電子レンジの音がしてる。チンで済ます気だな。賢明だ。十四郎の料理は……

「あっ! マヨネーズ抜いて!」
「なんでだよ。掛けたほうがうまいだろ」

 マヨ塗れのピザとマヨ塗れのサラダが出てきた。コーヒー牛乳にマヨネーズが入ってなかっただけ上等だ。寝たままじゃうまく口に入らなくて苦戦してたら、十四郎がソファの下に座って、ひと口ずつちぎって俺の口まで運んでくれた。マヨネーズ味しかしないけど、ちょっと幸せ。

「まだ痛い……よな」
「そうだね」
「ベッドだと柔らか過ぎて辛いんじゃねえかって医者が。それに下りるの大変だし」
「じゃあここで寝る。十四郎は?」
「ベッドで寝るに決まってんだろ。床に寝たら体痛くなる」
「……ひとりエッチする?」
「アホかァァァア!」
「いってぇ!」

 今度は容赦なく頭スパーンとはたかれた。腰まで響いて涙出た。
 トイレ行くのもひと苦労。医者は正しかった。ベッドなんか上がっちまったらションベンできねえとこだった。風呂は禁止。シャワーならいいって言われたけど、立ってられないから無理。十四郎がタオルを濡らしてきて、体をざっと拭いてくれた。

「じゃあ寝るぞ。おやすみ」
「……」
「部屋が違うわけでもあるめーし、ンなツラすんな! ヘタレが」
「十四郎抱っこしてないと眠れない」
「そこ俺がいる余地がねえだろ。諦めろ」
「ちぇー」
「今日はじっとしてろ。落ちるなよ」
「落ちる。落ちてもっと悪くなる」
「銀時。聞き分けろ、じゃあな」

 十四郎はもそもそと俺の背後のベッドによじ登ったみたい。すぐにすうすうと寝息が聞こえて、眠ったのがわかった。
 痛みでよく眠れない。夜中に何度も目が覚めて、隣に十四郎がいないことにびっくりした。俺の部屋でも十四郎の部屋でも、いつも抱き合って眠ってたから独り寝に慣れない。くそう。早く治さなきゃ。これじゃエッチもできない。夢の中で辰馬が十四郎と手を繋ぎ、『チンコ勃たんヤツは用無しじゃ、あっはっは』とか言って舌を出した。

「十四郎、戻ってきて」
「戻るもなにも。ずっとここにいるけど」
「十四郎!?」
「おはよ。朝飯トーストでいいよな」
「マヨネーズ抜いて。お願いします」
「なんでだよ。もう掛けた」

 この子は学習ということをしないのか。もしかしてわざとか。動けない俺をマヨ塗れにしてマヨラー仲間を増やそうって魂胆か。無理。十四郎は愛してるけどマヨネーズは愛せない。
 マヨネーズで湿ったトーストを、また千切ってもらって俺は泣きながら食べた。カリッとしたトースト食べたかった。でもコーヒー牛乳がいちご牛乳に変わってたのは、十四郎なりの優しさだろう。
 飯を食い終わったら十四郎は出かける準備をし始めた。

「えっ。どこ行くの」
「ガッコ。二限から講義入ってんだ」
「辰馬は!?」
「知らねーよ。昨日までそんなに喋ったことなかったし。学部違うんじゃねーの?」
「……同じだよ。あいつ校舎も迷うから講義出て来られねえだけ」

 俺の目の届かないところで十四郎が辰馬に会うかもしれない。そんなのやだ。だからと言って起き上がろうとすると、腰から足先まで痛む。だいたい俺は大学までま原チャで通ってたくらいだ。それなりに遠いんだ。絶対辿り着けない。無理。

「俺にも休めってのか、ふざけんな」
「ヤダヤダヤダ! 辰馬に食われる!」
「食わせるか、アホ」
「俺の原チャ取ってきて」
「ええー。人の原チャ嫌だ」
「辰馬の車で拉致られるよりいいだろ! 取ってきて!」

 しぶしぶだけど鍵を受け取ってくれたのは十四郎の愛だと思うことにして、ひとり寂しく俺は二度寝することにした。
 なのに帰ってきた十四郎は、辰馬と高杉を連れてきた。

「原チャは?」
「坂本にまた車で送ってもらったから。乗って来られなかった」
「辰馬に近寄るなって言ったじゃん!」
「高杉もいたからいいだろ」

 そのやり取りを、高杉は十四郎の後ろで面白そうに眺めてる。こいつだって危ないんだからな。

「動けねえって聞いたんでな。病人にはメロンだろ。ほらよ」
「うわあ。さすがボンボン」
「マヨネーズ責めに遭ってるらしいじゃねえか。素材の味を有り難く噛み締めろ」
「え、マヨネーズもう掛けたぞ」

 高級メロンを覆い尽くすマヨネーズを四人でブーブー言いながら(土方は言ってなかった。むしろブーブー言う俺たちにブーブー言ってた)平らげ、高杉たちは俺そっちのけでゲームをやって、俺が楽しみにしてたエリアをクリアしやがった。十四郎が眠くなったと言ったので、ヤツらはやっと解散した。

「余計なの連れてくんなよ」
「心配してたんだぞ、あれでも。見舞いくらいいいだろ」
「よくない! 明日はひとりで帰ってきて!」
「うるせーな、ガキじゃあるめーし俺の好きにする。じゃ、おやすみ」
「待って。ちゅーして」
「はいはい。しょーもな」

 おざなりなキスをして、十四郎はまたベッドに潜り込んだ。中途半端にキスなんかしたから、俺はドキドキしてまた眠れなくなった。あれ、昼間寝過ぎたせいかな。今日は夢の中で土方は、右に辰馬、左に高杉と囲まれて、両方からキス責めに遭ってた。困った顔が可愛いのに俺は動けなくて、遠くから泣き喚いても誰も振り向きもしない。

「十四郎! こっちきて!」
「うるせーな、毎朝それかよ。いい加減にしろ」
「……あ」
「おはよ。起きられるか」
「あー……少し動けそう」
「ちょっと座ってみ。座れんならパンじゃなくて飯にするから」
「え、今から炊くの」
「もう炊いてあるわボケ。味噌汁はインスタントでいいよな。おかずいるか?」
「えっと。生卵クダサイ」

 マヨネーズを阻止しようとしたのに、黄色いトグロはもうご飯の上に乗っかってた。
 その日十四郎は昼まで家にいてくれて、掃除をして洗濯機を回し、きれいに干してくれた。俺はゆっくりだけど室内くらいは歩けるようになって、昨日高杉と辰馬に蹂躙されたゲームのデータをまっさらにしてやった。ざまあ。

「風呂入るか?」
「シャワーは、行けるかな」
「危なっかしいな。見ててやるから、俺がいる間に浴びてこい」

 見ててやるってのは俺のハダカをガン見してくれるわけじゃなく、出てくるまではここにいるってことだった。がっかり。
 今日こそ原チャを持って帰ってきてもらう約束で、俺は十四郎を玄関まで送った。行ってらっしゃいのちゅーをしようとしたら、鼻で笑われて躱された。
 午後になったらだいぶ体が楽になった。元通りには程遠いけど、ベッドに上るくらいはできる。四日ぶりにベッドに寝転んで、そっと仰向けになってみた。うん、平気かも。寝返りもそうっとなら打てる。湿布を貼り換えて、俺はまた自堕落な昼寝をすることにした。明日は呪われた学祭だ。十四郎は出ないから、ずっと一緒にいられるはず。
 あのバカどもに邪魔されなければな!



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無能ゆえ、1ページに収まりませんでした。
続くのである。
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