臆病の成れの果て


※銀さんが女男具体的に食い散らかし注意


 人の好意とはなんだろう。
 土方は俺を好きだと言う。愛していると言ったこともある。俺もだよと答えるけれど、好きになるとはどういうことなのだろう。

 土方は見目もいい。頭脳は明晰だし剣の腕もある。地位があって侠気がある。俺の持たないものをすべて持っている。そういう男が性別を超えてこの俺に恋情を告白したとき、単純に嬉しいと思った。すべてを持った男が俺の物になるのが誇らしかった。
 だが土方はそれを違うというのだ。

「お前は俺じゃなくてもいいんだ」

 と土方は言う。

「そんなことないよ。土方がいい」
「俺がいろいろ持ってるからって言うなら、もし俺がそれを失くしたら?」
「なくならないよ。土方の良さは」
「……なら、もっと持ってる奴がいたら」

 そんな人間はいないとは言い切れない。でもそんな奴が現れるかもしれない未来を心配して、今の俺とのつき合いをやめるのはおかしな話だ。そういう奴が現れてから考えたらいいじゃないか。
 そう言って聞かせても、土方は納得しはしない。ただ諦めたように口を噤んで、俺が抱き寄せるままに身を委ねる。

 土方を好いている。それは事実だ。
 けれど俺にも俺の人間関係がある。俺のような人間でも好いてくれる女もいる。男も、たまにいる。彼女らや彼らを土方を理由に退ける勇気は、俺にはない。好きだと言ってくれる人に、俺は好きじゃないと答えることを考えてみてほしい。次にどんな顔をしてその人に会えばいいのか。
 一緒に飯を食う、酒を飲む、笑う。その延長にセックスをする。それで、なんとなくその人との『次』が俺に与えられる。もちろんセックスを求められない場合もある。そういうときも、その人が望むようにすれば『次』がやってくる。
 そうやって俺は他人との危なげな繋がりをやっとの思いで保っているのだ。土方にはそれがわからない。あいつは嫌なことを嫌と言っても許される男だ。俺はそうじゃない。嫌だと言ったら人は去っていくだろう。俺の存在は『なんでも引き受ける万事屋』であるからこそ、許されているというのに。

 月詠が俺に好意を抱いていると教えてくれたのは日輪だっただろうか。月詠は大切な友人だった。何事もなく、今のままずっと良き友人でいられたらいいと思っていた。月詠との関係が切れるのは望ましくなかった。だから、月詠が望むなら寝たらいいと思った。

「主は……どういうつもりじゃ」

 深くキスをしたら、月詠は顔を赤らめて俺に縋った。細くて柔らかい体だと思った。女にしては筋肉が発達しているのだろうが、土方に比べれば小さくて滑らかだ。胸元に手を差し入れようとすると、月詠ははっきりと拒絶の意志を見せた。

「主はわっちを好いておらぬ」
「そんなことないよ。可愛いと思う」
「……それだけか」
「?」
「それだけで主は女を抱くのか。わっちは花魁としてではなく、主を……」

 月詠もそれ以上言わなかった。結局俺たちは一夜を共にした。月詠は喜んでくれたのではないかと思う。朝日の中で見た月詠の体は美しかった。でも月詠は涙を溜めていた。もうこういうことはしない、と月詠は言った。

「惨めになる。わっちは主と対等でいたいのじゃ」

 それからはなんとなく月詠と顔を合わせづらくなった。俺は、間違っていたのだろうか。月詠の望みを叶えてはやれなかったのだろうか。
 その点猿飛あやめはわかりやすくて気が楽だ。わかりやすく愛を叫び、少し変わった性の嗜好も隠さず俺に迫ってくる。猿飛も月詠と同じようによく鍛えられた身体つきをしていた。衣服を取り去ってみると意外にも豊満で、乳房は手のひらに余るほど豊かだった。脚を割り開いて中心の敏感な突起に舌をつけると、猿飛は声を堪えることなく鳴いた。土方にはないこの部分の感触を俺は存分に味わった。女の器官に俺のものを収め、奥を突く。土方なら際限なく俺を飲み込むのに、女の胎内には限度がある。
 猿飛は翌朝あっけらかんと、銀さんまたね、と笑って帰っていった。可愛いと思うのは確かだが、あまりつけ回されるのは歓迎できない。それでも、俺は手酷く拒絶する気になれない。拒絶の後のうすら寒い関係が怖いから。
 土方には恐れるものなどない。人に嫌われることも仕事のうちだと土方はよく言う。

「辛くないの」
「全員に好かれるなんざ不可能だろうが」
「そうかもしんねえけど……少しは憎まれんの、減らしたいとか思わねえ?」
「思わねえ。俺は俺だ。気に入らねえなら気に入らなくて結構」

 その強さと真っ直ぐさは、どうしたって俺には持てそうにない。土方は眩しいほど強い。
 そんな土方が、俺にだけは脚を開く。男を受け入れるようにできていない身体を無理に広げて、俺を飲み込む。身体を繋げるとき、土方は酷く辛そうに呻く。土方とセックスするのは嬉しいけれど、俺は心配でならない。

「つらい? やめようか」
「いいっ、そのまま……あッ」
「痛いの? 苦しい?」
「だいじょう、ぶ……って、何度も言……っああッ」

 どれほど潤滑油を惜しまず使っても、土方の入り口はなかなか異物を受け入れようとしない。指で愛撫を加えて、柔らかくなるまで触れてやって、やっと土方は俺のすべてを受け入れる。

「セックス、しなくてもいいんだぜ」
「はあっ、は……ッ、俺が、してえんだッ」

 それならいいのだけど。苦しむ土方を見るのは俺も辛い。でも厄介だな、と思うことも実はたまにある。気を遣った前戯をすっ飛ばして、早く快感を得たい。土方はそんなに即物的には考えないのだろう。でも人間が出来てない俺は、たまにそう思ってしまう。

 だから土方の部下に言い寄られたときは、内心なぜわざわざつらい思いをして男を選ぶのだろうと不思議に思った。そして少しだけ、面倒だなと思った。土方だから手間暇かけられるのであって、他の男は時間が惜しい。

「旦那は頼めば誰とでもヤるって噂ですよ」

 その男は小狡く笑って、素早く俺にキスをした。

「副長には内緒で。たまには毛色が違うのもいいでしょ」

 監察は神経の休まる暇がないのだと、その男は事後のまったりとした時間に俺の腕に収まって、言うともなしに言った。潜伏中はもちろん、他愛のない日常にあっても、万が一任務中に顔を見られていたら真っ先に敵は彼を抹殺するだろう。慣れましたけどね、と男は屈託なく笑うが、たまには鬱積した物を発散したくなるらしい。それで前から俺に目をつけていたようだ。

「たまにはいいけど。土方にバラすなよ」
「当たり前じゃないですか、殺されますよ文字通り」
「……そんなもんかなぁ」
「そうですよ! 旦那は特に気をつけてくださいよ、絶対バラさないでくださいね」
「わかってるって」
「どうかなぁ。旦那って案外迂闊ですよね」
「そうか?」
「旦那が実際どれくらい浮気してるか知りませんけど。副長、いくつか気づいてますよ」
「そうかなぁ」
「確かです。何にも言われません?」
「何にも」

 男にねだられるままにもう一度俺たちは身体を繋いだ。それから夜のうちに、男は屯所に帰っていった。

 沖田に呼び止められたときは正直肝が冷えた。人を責め苛む性癖を持つこの少年とセックスに及ぶことを考えると気が重かった。

「勘違いしねえでくだせぇ。俺ァソッチの病気もらいたくありやせん」
「ビョーキはないな。うん。ちゃんとゴムするし」
「そういう問題じゃねえでしょう」

 少年は無表情に風船ガムを膨らませた。

「土方さんはヘタレですから、あんたに苦情のひとつも言えやしねえでしょうが」
「ヘタレじゃねえよ、土方は」
「……ずいぶん土方さんを買い被ってますねィ。じゃあ、なんで土方さんなんです」
「なんでって。顔いいし頭いいし強いし」
「『好きだから』なーんてアンタが言うたァ期待してやせんでしたけど。こりゃひでぇや」
「なにが」
「うわぁ。欠陥でもあんじゃねえですか、ダイジョーブですか」
「?」
「とにかく。土方さんはあんたにゃ言えねえらしいが、浮気もほどほどにしなせぇ。あれでも気にしてんですよ。さすがに堪えてこっそり泣いてまさァ」

 土方が、泣く。
 想像ができなかった。土方が泣くはずがなかった。すべてを持つあの男が俺の所業を知ったとしても、怒ることはあっても泣くことはないと思う。俺は土方の望むことはなんでもするし、それでも土方が俺を気に入らないのなら、きっとバッサリと俺との関係を切り捨てるだろう。二度と顔をあわせることもないかもしれない。
 それは俺にとって悲しいことだから、土方の望みはなんでも叶えたい。だが、俺は土方以外の人々とも関わりを持っている以上、その人々の望みも叶えなければならない。そうしなければ、俺の世界は土方だけになってしまう。


 その夜、いつものように土方と身体を重ねた。土方は珍しく灯りを消したくないと言った。俺はもちろん土方の望み通り、明々と灯った部屋の照明の下で土方を抱いた。土方は執拗に俺を抱き寄せようとした。常に肌が触れていないと、抗議の意味を込めて甘く呻き、俺を掻きよせた。
 土方にしたいようにさせていると、土方は仰向けに寝転がった俺の上に身を投げて、胸といい首といい、あらゆるところに人差し指を這わせた。それが腕の下に回ったとき、

「……あった」

 土方は小さく呟いた。

「なに?」
「キスマーク。俺はこんなのつけてない」

 言われて思い起こしてみると、昨日猿飛と寝たときに吸い付かれた覚えがある。女の口で男の肌に痕などつけられないだろうと好きにさせていたのだが、意外とついたのかもしれない。

「女、だな」
「……ごめん」
「何が」

 そう言われても、俺にはわからない。土方が詫びてほしいと言ってくれれば、それについて詫びるだろう。土方が何を望んでいるのかわからないから、俺は答えられない。
 土方はため息を吐いた。そしてスッパリと身を起こした。

「もういい」
「いい、って」
「やめよう。別れてくれ」
「えっ」
「俺はお前のなんだ。なんなんだ。数あるセフレの一人か」
「違う。違うよ」
「違わねえ。なんも違わねえだろうが!」

 沖田の言う通りだった。土方は泣いていた。

「気づかねえふりしてた。テメェは上手く隠してるつもりみてェだったし」
「……」
「全然隠せてなかったけど。でも俺の知らねえのもあるかもしんねえな」
「……言ったほうが、よかった?」
「いいわけねえだろう! 俺が気づかなきゃ誰とでも寝るつもりか!? ふざけんな……ふざけんなッ」

 土方は顔を覆った。嗚咽が小さく、でもハッキリと部屋に響いた。

「つれえんだよ。こんなのっ、こんな泣き言……テメェに晒すのも! テメェが俺のいない夜にどこのどいつと寝てるのかって考えんのも! もう嫌だ、何もかも嫌だ!」

 俺はどうやって土方を宥めたらいいだろうとおろおろ考えるばかりだった。撫でたらいいのか。嫌だと言っている土方に触れるのは、勇気がいる。

「お前は……全然俺の物にならねえッ、いつまでも『みんなの万事屋』だ、俺は! 嫌だ。そんなの嫌なんだ……情けねえ、こんな……っ、お前を独り占めしてえ。俺を特別扱いしろなんて、言わせんなよ……! みっともねえ」


 独り占め。
 俺を?
 それは無理だ。いくら土方の願いでも、それは無理だ。俺は世界に土方だけになってしまい、土方が真選組の連中と過ごす間はひとりぼっちで、土方の帰りだけを待つ。それはさびしすぎる。
 土方は俺に、寂しく待っていてほしいのだろうか。

「さびしい? お前が?」

 土方は泣き腫らした目を上げて俺を睨みつけた。

「なんでだよ。メガネがいるだろ。チャイナがいるだろ! 大家の婆さん一家も! メガネの姉貴も! お前の周りには、たくさん……ッ」
「うん……でも」
「全部寝るのか。そいつらと全部寝たのか!? 違うだろ! セックスしないとテメェの人間関係は崩れるのか! そんなわけねえだろうが!」
「……そう、だな」
「俺は、もういい。お前が好きだ。その気持ちは変わらねえ……変わらねえから。だからこそ、もう、近くにいるのは、つらすぎる」
「どうしたら、許してくれる?」
「許さねえッ、ぜってえ! ぜってえ、ぜってえ許さねえから!」

 そう言って土方はまた泣いた。泣いて泣いて泣きじゃくって、でも背中を撫でようとすると鋭く俺の手を跳ね除けた。そしてますます泣いた。もういらない、と言いながら声を上げて泣いた。
 

 何をしても、土方はもう俺をそばに置くつもりがないのだ。


 目の前に土方はいるのに、もう触れることもできない。触れることを、土方は許してくれない。どんなに謝っても、慰めても、土方はそもそも俺の言葉を受け入れる気がない。
 そうなって初めて俺は理解した。
 たった今、俺は土方を、永遠に失ったのだと。


 土方が俺を退けても、俺の土方への思いは変わらなかった。土方が好きだ。土方を想えば胸が苦しくなる。甘く締め付けられて、そういうときは今までなら土方の身体を抱きしめればよかった。もうそれができなくても、やっぱり俺は土方を想って胸が苦しい。
 土方の望みを叶えたいのではなく。

「そばに、いたい」

 俺が、土方と居たい。憎まれてもいい。土方を見て、胸が苦しくなるのを何度でも、死ぬまで繰り返したい。

「土方の、そばにいたい。俺は」

 遅かった。俺は恋をしていた。とっくの昔に。人の好意とは何なのか、今この場でさえわからないけれど、土方の傍にいたいというこの甘さを含んだ苦しみは、恋なのだ。好きになるということなのだ。今ごろわかった。土方も最初はこの苦しみを甘く思ってくれたのに、今は苦しいばかりになってしまった。

「ごめん。土方、ごめん」

 明日から土方がいないと思ったら、失くしたのは土方だけだというのに、俺には何もなくなったような気がした。

「ごめん。ごめんなさい。こんなに苦しい思いさせて……ずっと、ずっと苦しませて」


 土方がいれば、何もいらない。
 その土方がすべてを持つ男で、俺はそんな男に見染められて独占できることを、誇りに思っていた。でもそんなのは『好き』の一部だ。土方が実は醜く嫉妬に身悶えしても、それを恥じて泣いても、この俺を独占したいと理不尽な願いを押しつけても、土方を好きだと思う気持ちに変わりはない。むしろすべてが愛おしい。


 やっとそれに気づいたときには、土方は遠い人になっていた。絶望の深さに、俺は声も出ずにただ土方を見る。土方は身支度をして、一度も振り返らずに出て行った。


「ああぁあぁぁあああぁああ」


 今ごろになって涙が溢れる。
 身体中の水を流し切ったとしても、土方をは戻らない。永遠に取り戻せないのに。



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なお様リクエスト
「浮気銀さんに振り回されて人知れず
泣いちゃう土方さん
/ラストは別れを切り出した土方さんに
自分でもビックリするくらいショックを受けた
銀さんが、取り乱して泣いちゃう」

取り乱すの通り越して、茫然自失。
リクエストありがとうございました!




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