無意識の牽引力


 どうも視線を感じる。
 ここ二週間ほど、屯所にいる以外は誰かに見られている。距離は詰めてこないし、殺意がない。だが、気分の良いものでもない。

「……ストーカー?」

 銀時に溢すと、銀時も眉を寄せた。

「俺のか。まさか」
「お妙も最初はそう言ってたよ」
「あれは……申し訳ねえ」
「まあ、あいつの場合ストーカーは誰だか明らかだし。それにあの女はテメーの身はテメーで守るからな、過剰に」
「手加減してやってほしいくらいだ」
「心当たりは? ネエちゃんに気ィ持たせちまったとか」
「ねえな。まず女と口利いてねえわ、ここ最近」
「口利くだけが気を持たせる原因じゃねえからなぁ」

 悪いがちょっとだけ銀時を疑っていた。だがこれはシロだ。銀時も疑われているのはわかったようで苦笑いした。

「俺は会いたきゃ堂々と会いに行くって。跡尾けたら見たくねえモン見ちまうかも知んねーじゃん」
「見たくねえモン?」
「あのな、おめーは自覚ねえと思うしそんな気もねえのはわかってるよ。けどおめーと目が合ったり、たとえばぶつかって『ごめん』って言っただけでも勘違いする奴はするんだよ。わざわざそんなん見てヤキモキしたくねえじゃん」
「だから女と口利いてねえって」
「男でも同じこと。現に俺がおめーに惚れてんだよ。他の男がおめーにゾッコンにならねえって、なんで言える」

 半信半疑ではあったが、敵の視察行為ではなくストーカーの路線も考慮してもいいか、くらいには銀時の言葉を受け入れた。
 敵なら監察を入れるところだが、今の段階では雲を掴むような話だ。俺自身がどうせよと指示も出来ない。それで、銀時にストーカーの炙り出しを依頼することにした。

 翌日から銀時には緊急連絡用に携帯電話を渡し、仕事開始。屯所前で携帯の受け渡しをしながら辺りを見回す。

「……どっち」
「二時の方向」
「了解」

 それだけで通じるのがありがたく、視線は感じるものの気は楽になる。とはいえ、いつもの視線より敵意を感じるのが気になる。銀時と話しているところを見られたと仮定して、それが面白くないということかもしれない。

『気のせいと思うな。なんでもいい、小さいことでも気づいたら連絡』

 早速銀時からメールが来る。心配性だな、と思うものの心強く、銀時の姿は見えなくても安心感があって俺は思わず口元を緩めた。
 今日の見廻りの相方は平隊士だが、前日に負傷したので朝一番で病院に行かせた。途中で合流することにして、俺一人で見廻りを始めると話はついている。屯所内の打ち合わせだから、銀時以外の他人が知ることはない。

『ヘンなのがいることはいる。確証がない。泳がせる。悪いが頑張れ』

 昼にもならないうちに銀時からメールがあった。本当にいるのかと、そのほうが驚きだが銀時が言うならいるのだろう。この俺を尾けるとは度胸のある野郎だと感心さえする。
 昼頃に来たメールから、事態は収束に向かったように見えた。

『急に方向転換してみて』

 と銀時から指示が飛ぶ。ちょうど目の前に袋小路があった。おびき寄せて追い詰めるには絶好の場所だ。そちらへ足早に進むと、視線はぴったり張り付いてきた。これなら銀時と挟み討ちできるだろう。袋小路に気配が入り込んだのを確認して、足を止めた。
 そこで、急速に意識が途切れた。



 目を覚ますと薄暗い一室に倒れていた。
 手だけは後ろ手に縛められていたが、足は自由だ。嘗められたものだ。目で刀の位置を確認するが、当然見当たらなかった。煙草が吸えないのがいただけない。

「土方さん。お目覚めをお待ちしていましたよ」

 耳障りな声が平坦に語りかけてきた。カラクリを通した不自然な半機械音だ。

「足はどうぞご自由に。できることなら、ですが」
「……は、」
「どうぞ。立ってみてください」

 そう言われるとやりたくなくなる性分だ。無視していると、声は笑った。

「賢明です。動くと薬が早く回りますから」
「!」
「動かなくても回りますが、回り切るまでに時間はかかるでしょう」
「……ぅ、」
「媚薬です。どうぞゆっくり堪能してください」

 落ち着け。銀時が場所は把握しているはずだ。すぐに押し入らないのは何か考えがあるに違いない。焦ることはない、はず。

「ああ、メールがたくさん来ていますよ。着信も」
「!?」
「読みましょうか。『そっち行くな』」
「な……っ」
「『一人で動くな』『様子がおかしい』『相手独りじゃない』なかなか優秀な護衛ですね。その通り、こちらは一人ではない」
「……テメェ、誰だ」
「その後は着信ですね。あなたを止めよう必死だったようです、秒単位で掛けてきている」
「……ッ、そいつは!? そいつに手ェ出したらぶっ殺す」
「口ではなんとでも言えます。今のあなたには刀もなく、もうじきたとえあっても手にすることも出来なくなるでしょう。どうです、そろそろ効いてきませんか」

 体が熱い。頭がぼうっとする。だが我慢出来ないほどではない。まだ最悪の事態ではない。

「我々はあなたに触れはしません。安心してください。もうすぐ手も自由にして差し上げます」
「ふっ……ざけんなッ、何が目的だ! 攘夷浪士か」
「違います。目的は今にわかります」

 夜目は利くほうなのに、声の主が見えない。声の感じではすぐそばにいるはずだ。なぜ見えないのか。もう一度辺りを見回す。くらり、と眩暈がした。

「ほら。あまり動くと薬が回りますと言ったでしょう」
「……ッ」
「あなたは我々を見る必要がない。探すのはおやめなさい」
「るせーッ、テメェの指図は受けねえ」
「いいですね。威勢がいいのは好きです。あの方もお喜びになるでしょう」

 敵は、複数だった。
 銀時が追っていたのと、俺がおびき寄せたのは別人だったということか。初めて血の気が引いた。そうだとすれば、銀時はここを把握していない。
 だがあいつはそれに気づいたはずだ。だから俺を止めようとした。メールさえ見ていれば。受信に気づかなかったのは失態だった。致命的かもしれない。
 媚薬を盛ったということは、俺に性的暴行を加えようという意図だろう。他でもない銀時がここを探している。不様なところを見せる前になんとかしないと。

「交換条件があるなら、今のうちに聞くだけ聞いてやる」

 というと、相手はせせら嗤った。

「ありません。あなたに、ここにいていただく以外、何も」



 どれくらい時間が経ったのか、だんだんわからなくなってきた。眩暈を無視して身の回りを調べると、レコーダーが置いてあった。気づかなかったことに愕然とした。冷静さを欠いていたのかと思い起こしてみて、そうではないと自覚する。眩暈とともに視界が揺れるのだ。
 今に始まったことではなかったに違いない。刀を見つけられなかったのも、自分が思うほどよく見えていなかったせいか。時間が経つほどに目の前はぐらぐらと揺れ、頭どころか体全体が船か何かに乗っているように揺れる。
 背後に人の気配がして、腕が自由になるのが朧げにわかった。だが振り返って顔を確認しようにも、まず振り返ることが容易ではない。何とか後ろを見るが、ろくに視点が合わない。クスリとやらが存分に効いてきたのだろう。座っていられなくなり、その場に転がった。
 とにかく熱くてたまらない。熱が出たのか、室内が暑いのかそれもわからない。体の奥がむずむずと落ち着かない。掻きむしっても摩っても止まらない。思わず叫びだしそうになるのだけはなんとか堪える。

 視線が。
 さっきからあの視線を感じる。二週間もの間ずっと、俺にへばりついて離れなかった視線。さっきの声の主からはこの感じはしなかった。増えたのだ……観客が。
 明らかに二人以上の視線が俺をじっと見ていた。何を期待しているのか、体の反応を考えれば嫌でもわかった。絶対に期待になど応えてやらない。そう思うものの、落ち着かなさは明確な疼きとしてはっきりと俺の体を苛んでいた。
 触りたい。疼く箇所を触って、火照りを逃したい。
 それをさせるのが目的。
 というより、それを眺めるのが目的か。
 そういえばこの前城に上がったとき、初対面の天人に対面したな。
 意識を別のことに向けようと、俺はそのときのことを一心に思い返す。何星だっけ。思い出せない。でも、目つきが気に食わない野郎だった。そいつと引き合わせた高官が何か言っていたはずだが思い出せない。それより疼く。疼いてたまらない。昨夜の銀時の手つきが蘇る。どこに触れられ、どんな愛撫を受け、俺はどんな痴態を晒した。銀時のものが侵入する感触、中で受け止めた熱。その、快楽。

 無意識に体を撫で回していた。いけない、奴らの思う壺だとわかっているのに止まらない。視線が体に絡みつく。まだ大丈夫。肌を晒しているわけじゃない。まだ、許容範囲。

『脱がないの』

 銀時が優しく笑いかける。昨日、灯りを消さないと言い張った男の前で俺は駄々を捏ねた。脱ぎたくない、と。銀時は愛おしげに微笑んで、俺の頬を撫でた。

「あ……っ」

 ぞくり、と背筋に快感が走る。それは昨日のことだ。今じゃない。だから大丈夫。
 銀時は何度も俺の頬を撫でて、低い声で言い含めた。大丈夫、俺しか見てないから。見せて。全部見たい。
 暑い。熱い。我慢ならない。体はむず痒いし、中がむずむずしてたまらない。どうすれば止まるか、俺はよく知っている。あの男の手が、この体に教え込んだから。
 上着だけなら問題ない。首まわりも、どうということはない。ここまで。ここまでなら大丈夫。これ以上は、ない。
 首に擦れる布の感触で、ぶる、と体が震えた。良くない予感がする。痛みで消したらどうだろう。腕だけなら。腕を捲るくらいなら、いつもしていることだから。
 ぞわぞわと悪寒に似た感触が背筋を走るのを堪えて、片腕を露わにする。そこへ爪を立てて過ぎた快感を散らそうとしたが、思ったほど痛みがない。それどころか甘い痛みの中にもっと快感を拾ってしまう。閨の中でするように指を噛めば、銀時の手に嬲られて泣き言を漏らすときのことが思い出されて、さらに追い詰められる。

「ぎ……とき、」

 敵地の真ん中で呼んではいけない名を、俺は漏らしていただろうか。それともこれは昨夜の記憶なのか。記憶の中なら全てさらけ出してもいいのではないか。結局銀時は俺を宥めすかしてすべてを取り去った。明るい光の下で、俺は恋する男の目に隅々まで晒すことの恥を思いながら達したのだ。それは、昨日のことだ。銀時。ぎんとき。

「十四郎」

 抱き上げられる感触がして、俺は相手も見ずに縋り付いた。途端に、堰を切ったように放出が始まる。長い、長く続く甘い拷問のような快楽。

「十四郎。わかるか。俺だ」
「……っ、………とき、」
「オッサンがた。こいつは連れて帰るぜ、後ろに気をつけな――真選組は、怒らせるとこえーぞ」

 体が宙に浮く。熱い火照りは相変わらずだが、それを打ち消してはっきり感じるのは、暖かくて力強い腕。

「ぎん、とき……っ」
「すまねえ。真選組に知らせねえわけにいかなくなった……でも、先に連れ出す許可だけはもぎ取った」
「ぁ……い、……つぃ」
「ごめんな。ほんと……見失っちまってごめん。あんなに気をつけてたのに。十四郎……っ」

 時間の感覚が相変わらずわからないし、視界はぼやけて輪郭も見えない。銀時の顔も、姿も、何も見えない。だから銀色に手を伸ばす。ふわふわと柔らかく優しい手触りに当たって、これは銀時だと確信して、俺はまた意識を手放した。



 薬の後遺症は数日続き、俺は万事屋に寝かされて過ごした。

「おめーが組むはずだった隊士が怪我したのは、そもそも仕組まれてたんだ」

 枕元で銀時は俺の髪を撫でながら静かに語る。その声が、ここは安全だと俺に知らせる。

「連中がわざとやったんだとさ。おめーのことよくよく観察して、見廻りの相方を根性で割り出したんだって」
「……」
「何人も使っておめーを見張ってりゃ、そりゃわからなくもねーけど。俺ならおめーに聞くわ」
「……」
「連中は後ろめたくて聞けやしねえか。真選組にゃ知らせねえようにしたかったけど、俺の一存で始末していいかわかんなくてよ」

 俺が城内であった天人は、ウサギに似た種族だった。その性欲の強さは宇宙でも類を見ないほどで、他種族から『オスでも孕ませる』と揶揄されるという。あまりの見境いなさに国際問題へと発展することを恐れた種族の幹部は、一族に対して同種間以外との性交に対してわざわざ禁止令を出したとか。
 意識がはっきりしてくるにつれ思い出したのだが、あのとき俺にウサギを引き合わせた高官は、後で俺を陰に呼び『問題を起こさないとは言えないが、起こした場合は真選組の一存で斬り捨てないように』と念を押したのだ。幕府としても国際問題を起こしたくないのが本音だろうと察しはついた。あのときは。

「地球のウサギさんなら可愛いけどエッチ大好きなお間抜けさん、で済むけどよ。高等知能があると大問題だよまったく。人騒がせな」

 銀時が嘆くのも無理はなく、いくら一族の禁忌とはいえ禁忌であるがゆえに破る者はいて、他種族の性欲をウサギ族並みに高めた上でセックスを楽しみたい者のために開発されたのが、俺に使われた媚薬だった。

「おめーにウサギを引き合わせたエライヒトも噛んでたらしいよ。俺の見たところ噛んでたなんてカワイイもんじゃなくて、見物人の中にいたと思うけど」

 声を変えていた、最初の男がきっとそうだろうなと俺も考えたが、そんなことは近藤さんたちがとっくに調べ上げて、それなりの報復を与えているだろう。図らずも俺が最初に言ったように、ぶっ殺されているかもしれない。
 銀時の前でどれほどの醜態を晒していたのか、銀時は教えようとしない。まだ上手く話ができないから問い詰められないが、少ない言葉で問うても銀時は笑って答えない。

「体が良くなったら教えてあげる。でもな、これだけは言っとくぞ」

 銀時は厳しい顔になる。

「言っただろ。おめーは自覚ねえだろうしそんな気もねえのはわかってるけど。ただの儀礼的な紹介だけで、ウサギさんは勘違いしたんだよ。おめーに惚れられてるって」
「……っ」
「あいつらの場合体質みてえなもんなんだろうけど。それにしても、わかったかよ。十四郎に心当たりはなくても、相手はお前に惚れるんだよ」
「……」
「あーあこんないい男を恋人にすると苦労するなァ。ストーキングするほどマメになれねえから、これから毎日会いに行くわ」
「……」
「その前に。クスリ抜けたら、あの部屋でおめーがどんなカッコで何してたか、たーっぷり教えてやんないと。あんな顔、もう人前でさせねえから」


 なんだか嫌な予感がする。
 でもこの男がそばにいるなら、何があっても安心だろうと高を括って、俺は暖かい眠りに落ちた。



-------------------

はる様リクエスト
「銀土前提モブ土→銀土
/視姦みたいな可哀想な土方君+銀さんが
きっちり助ける感じ」

視姦限定。
ウサギさんごめんなさい。
リクエストありがとうございました!




目次TOPへ
TOPへ

タップで読むBLノベル
- ナノ -