鈍感なひと 今度こそ、と思った。 酷いことをしてしまった。土方が覚束ない手つきで俺の股間を弄り始めたとき、とても正気で見ていられなくて強引に下を向かせた。そうしたら事態はもっと悪くなり、俺の半勃ちの物に土方が唇を寄せる形になった。顔を見せたくない一心とはいえ、強制口淫とは酷いことをしたものだ。とにかく本心を悟られるのが怖くて酷いことも言った。それでも俺に対抗する土方を脅すだけのつもりでベッドに投げ込んだ。だが一度腕に抱いてしまえば歯止めが利かないことなど、とうにわかっていたはずだった。 今度は俺が色宿に連れ込んだ。土方は所在なくベッドに座る。余裕ぶっていても体が固く緊張しているのは一目瞭然だ。木刀を腰から抜くと、びく、と身じろぎして土方は横目で俺を見た。 「そんなビクビクすんなよ」 怯えさせているのは俺のせいだというのに。自分の言葉の虚しさに、誤魔化し笑いさえ浮かばない。 「今日は……いや、もうあんなことしない。絶対しない」 あんなこと。 初めて肌を合わせたのは、土方の挑発が元だった。まんまと乗ってしまった俺が悪かったのは重々承知している。だが土方は知るまい。俺がもうずっと前から、土方に一方的に想いを寄せていたことを。あんなふうに誘われて挑発されたら、俺の理性などとても保つことは叶わないということを。 土方はこく、と喉を鳴らした。そしてそっと目を伏せる。その姿に、たちまち俺の中でよからぬ思いが沸き起こる。俺はそれが暴走しないよう切に祈りながら、こっそりと土方から目を逸らした。 久しぶりに見た土方は壮絶な色香を放っていた。その色香は余計な男どもを惹きつけ、土方の後ろにはその正体を真選組副長と知ってか知らずか、命知らずな連中を引き連れて夜の街を歩かせていた。彼らには同情の余地はある。単に土方が尾行者を連れ歩くのが気に入らず、間に割って入った俺でさえ、土方の放つ艶めかしさに驚いて何度も見直してしまったほどだ。 これまでも容姿の良さは秀でていたけれど、色気より血の気の多い男だったはずだ。そんな土方の、清廉な男らしさが好ましかった。そして気づけば惹かれていた。だが今の土方は小さな仕草のひとつひとつから凄まじい色艶を惜しげもなく放っていて、血気盛んで喧嘩好きな男の本性を危うく見逃してしまいそうだった。 本人は気づいていないようだ。一度は女ができたのかと思い、ついに俺の不毛な片恋を捨てるべき日が来たかと覚悟をした。けれども少ない言葉ながら土方の言うことを繋ぎ合わせると、俺を探してこんな時刻にあんな場所を彷徨き、しかも『もう一度』、それ以後の言葉はなかったとはいえ考え得るのはもう一度俺と抱き合いたい、ということで間違いはないのではないか。念のため女だけでなく男ができたのかと問えば、なぜそんなことを聞かれているのかわからないというような不思議そうな顔をしてひと言、にべもなく否定した。そのひと言は俺の不安をばっさりと切り捨ててくれた。土方にはそのつもりはなかっただろうが、俺はその否定に大いに勇気づけられた。 土方の手を引き、抱く、と宣言しても土方は振りほどくことなく、それどころか名前を呼んでほしい、と言葉少なに願う。これは自惚れてもいいに違いない。 そうしてここまで連れてきたのはいい。いいけれども、土方は急に不安そうに身体を固くした。あの夜の失態がまざまざと思い出されて罪悪感が一気に俺を押しつぶし、隣に座ることもできず、俺は土方の前に立ち竦む。 「しねえのか」 土方は緊張のあまり掠れ気味の声で俺に問う。頼りなく見上げる目がまた、なんとも艶めかしい。思わずまた目を逸らした。もう何度目だろう、愛する人から目を逸らすのは。だがそうしなければ、また酷いことをしてしまいそうだったから。 「突っ立ってねえで、座れ」 人の気も知らない土方は俺の裾を引き、隣に座らせようとする。反射的に着流しを手繰り寄せると、土方の手は空を彷徨い、力なく元に戻っていく。 土方はまた、こく、と何かを飲み込んだ。 「しねえのかよ。抱くって言っただろうが」 この前飲み屋でセックス談義になった時は、強がる土方が微笑ましいと思えたのに。今日の土方からセックスに関わる言葉を聞くととても微笑んでなどいられない。 「ちょっと待って。心の準備が、」 「結構な勢いで引っ張ってきたくせに」 「……そうだな」 「あんなコトしねえって、どんなコトだ」 「いや……いろいろ」 「俺はいいぞ。どんなコトしても」 「土方くん、」 「それじゃない」 土方は眉を寄せて俺を睨んだ。 「着いたら、名前で」 「……ちょっと待って。心の準備が」 「聞き飽きた」 土方は、今度は力を込めて俺の手を引いた。戦い慣れた男らしく絶妙な力加減で、俺は逆らい切れない。 「どれからして欲しいんだ。あ? フェラか。自分ですれば三十点たァ言わせね……」 「三十点じゃない。嘘吐いた、つうか三十点であんな早くイかねえもん俺」 「じゃあ触らねえで勃たせてやる」 「いい。今いいから。なんか飲んできていい?」 「酒じゃなければな」 前言撤回。 惚れられているというのは俺の勘違いで、この男はこの前の仕返しでここにいるのではないだろうか。それにしてもこの艶めきはなんだ。俺を見つめる目さえ潤んで見える。 などと思っていたら土方の顔が急に近づき、唇に、柔らかな感触が落ちた。 土方は黙っている。顔を引いて、じっと俺を見つめ続ける。 「……土方くん、さ」 「名前」 「うん。この話終わってからね」 確かめなければ。さもなければ俺はまた同じ間違いを犯してしまう。もう二度と愛する人を傷つけたくはないのだ。そもそもただでさえ俺の性癖は少しばかり特殊で、相手を傷つけるつもりはなくても衝撃くらいは与えるだろうに、気持ちがない相手とそれをしたら取り返しのつかないことになってしまう。 「土方くんは、俺とセックスしてえの」 照れくさいのを堪えて尋ねれば、土方も気恥ずかしいのか黙ったまま頷いて見せた。その拍子に白い項が見え隠れして、俺の下半身が疼く。 「それは……こないだ、負け」 「負けてねえ」 「そこは認めろよ」 「負けじゃねえから」 「……じゃあ負けじゃなくても俺に、無理やりヤ」 「無理やりじゃねえ」 「どう考えても無理やりだろ。辛く……どことは言わねえけど、辛くなかったか」 「……」 「痛むだろうし。俺、あんま丁寧にはヤんなかったし」 「そうだ、テメェ男抱くの初めてじゃねえだろう」 「いや。初めてだけど」 「嘘つけ。あの、なんか塗るヤツ自然に使ってやがった」 「使ったことなくてもモノくれえ知ってるわ。エロ動画見りゃ出てくんだろ」 「なんだそうか。ならいい」 「それより、身体辛かっただろっての」 「……って、」 「?」 「大丈夫だから、ってテメェが言うから」 「うん……気休めにな」 「大丈夫、だった」 この強情な男はあくまで負けを認めたくないらしい。その結果酷い目に遭わせた俺の言葉を鵜呑みにすることになっているのはどうかと思うが、そう言えばこの男は仕事柄、きっとたとえ捕らえられて拷問に遭っても、涼しい顔で大丈夫だったと言うに違いない。 「あのな。もしもう一度セックスするにしても」 「もし? するにしても、だと?」 「うん……するにしても、痛えなら痛えって言ってくんねえと。特に、その……入れるようにできてねえ穴に突っ込むんだしよ。辛いときは辛いって……」 「言った」 「……まあ、そうだけど」 前回は、最初こそ俺も腹を立てていた。日頃から苦しいほど惚れ抜いた男が、悪戯にセックスを仕掛けてきたことに腹を立てた。 そうは言っても惚れた男の顔を見ながら急所を弄られては、惚れていない振りを通すことなどできない。だからこそ顔を背けさせた。その結果最悪なことに俺の悪癖が疼いて強制口淫に至ったのだし、それでも諦めない土方を半ば脅すつもりでとベッドに放り込んだのだが、いざ体を繋げようとしたとき初めて土方は怯えを見せた。そのときにはもう歯止めなど利かなくなっていた俺はそれを宥めすかして、なんとか土方の中に侵入を果たしたのだった。 「そうしたらテメェは、大丈夫だからって言った」 「うん……言ったな」 「だから大丈夫だ」 「それはわかったって。でもよ」 「わかってねえ。テメェが大丈夫だって言えば」 土方はそっと俯いた。 「俺は、大丈夫だ」 黒々と滑らかな髪が流れた。ただそれだけなのに、目眩がするほど艶めかしい。 「大丈夫だった、だけじゃねえ。テメェが大丈夫だっつーなら、俺は……どんなことされても、大丈夫だ」 何が言いたいのか、理解するのに時間が掛かった。土方は俯いたまま、膝の上で手をきつく握っている。 「もし俺が虐めても、さ」 「……」 「それはお前が好きだから。好きだから虐めちまうかも。かもじゃねえな、虐めるけど、それでもいい?」 土方の横顔を見つめる。俺の愛した男らしさはなくなっていない。それなのにこれほど艶めいて見えるのは、 「俺は、惚れてもいねえ男にあんなことさせねえ」 「どうかなぁ。あんときは惚れたとかそういうのなかっただろ」 「……気がつかなかっただけだ」 「俺が? それはねえな」 「なんで」 「俺は、ずっと前から惚れてたもの。惚れた奴が俺に気がねえことくれえ、見りゃわかる」 「お前がじゃねえ。俺が、気づいてなかった」 「そうだといいけど」 「あれから! テメェの声だの、手の感触だの思い出して俺は、」 土方はそこでまた口を噤んだ。そして驚いたのは、土方が自ら俺のほうへ体を投げ出すように倒れ込んで来て、肩に顔を埋めて抱きついてきたこと。 「もう、いいだろ……呼べよ、名前で」 「良くねえよ。結局どうなの。土方くんは俺のこと少しは好きなの」 「……ッ、テメェのこと思い出して、し、処理する、くれえには……ッ」 「え。俺のことオカズにオナニーしたの土方くん」 「も、話はっ……終わ、」 「ダメだな。そこんとこ詳しく聞かねえと始まらねえわ、土方くん」 「調子乗ってんじゃねえぞテメ、」 土方の唇を唇で塞いだ。今度こそ、確信していいようだ。 「どうやって自分でしたの。やって見せて」 「するわけ……っ」 「やれよ。十四郎」 途端にぎゅっとしがみついてくる体を受け止めて、間違わないようにそっとベッドに横たえる。 「やっと肚ァ決めたのかよ」 「俺のことオカズにするくれえには好きだってわかったからな。安心したわ」 「安心……?」 「また張り合って無理してんじゃねえかと思ったってこと。違う、んだよな?」 「やっとわかったか、阿呆」 憎まれ口を叩く顔に、ほんのり赤味が差して艶やかだ。突然増した色香は俺のためのものなのだと思えば直視しないのはあまりに惜しい。 「痛かったり辛かったりしたら言えよ」 「……」 「おい、それはちゃんと言えってば」 「言ったらどうにかしてくれんのかよ」 「そりゃあするよ。そこは大丈夫」 「……」 「大丈夫だよ、十四郎」 土方はなぜかまたぎゅっと俺の首にしがみついて、しばらく離れなかった。 その仕草が愛おしくて、あまり最初から俺の趣味に走るのはやめておこうと密かに誓った俺は、できる限り優しく土方に覆いかぶさったのだった。 なお様リクエスト 「傲慢なひとの続き」 遅くなってすみませんorz リクエストありがとうございました! 目次TOPへ TOPへ |