狩る者、狩られる者


 まるで見張られているようだ。
 いや、実際見張られているのだろう。
 害意はない。それはわかっている。だから止めようとしない俺も、悪いのかもしれない。


「今日の昼。沖田と茶ァしてただろ」

 銀時は眉間に皺を寄せて不機嫌に言い放つ。仕事が終わって、今日はこれといって急ぎの用事もないので万事屋に連絡を入れた。銀時はまだ夜の街に繰り出す前で、会う約束を取り付けられたので待ち合わせた。会うなり第一声がこれだった。

「ああ……休憩したときか。よく覚えてねえが」
「休憩って。なんの休憩」
「仕事の。ちょうど見廻りの区切りが良かったんで、メシ食ってそのあと……」
「メシ食ったらさっさと仕事に戻らねえの」

 銀時はますます眉を寄せて、ぞんざいに吐き捨てる。いったいどこから見てたんだろう、と思いを巡らすが心当たりはない。この男が本気で身を潜めたら、休憩中で気の抜けた俺たちでは到底見つけられないだろうけれど。

「食後の茶くらい飲ませろよ」
「長過ぎねえかって言ってんの。その後もずっと沖田と一緒なわけだろ。休み時間くらい、離れたくなんねえの」
「……いや、別行動したらアイツ逃げるし。サボるし」
「沖田と廻るの止めろとは言わねえし、俺ァ外部の人間だからよ。言えねえけど、もうちっとなんとかなんねえの」

 思わずため息を吐いてしまった。たちまち右腕を銀時に捕らわれ、きつく締め上げられる。痛い。痣になりそうだ。

「俺が総悟とどうにかなるワケがねえだろ。ただメシ食って食後の茶ぁ飲んで、仕事に戻っただけだ」
「……そんならいいけど」

 銀時の目は完全に信じたわけではないぞ、と鋭く主張している。その視線を受け止めきれず、俺はそっと目を背けた。


 こうなった切っ掛けはあった。
 そしてそれは、多分俺が不注意だったのだろう。
 その日も仕事が終わって、なんとなく銀時の顔を見たくなった。気持ちはもうかぶき町に飛んでいた。翌日がオフだという気安さもあって、隊服は脱ぎ、着流しでぶらりと屯所を出た。途中で万が一にもあの男が不在だったらと気づき一応電話した。稀に、ごく稀に銀時も仕事をしていて夜も出払っている時がある。すっかり銀時と会う気でいた俺は、もしもいなかった時の自分の虚しさを想像して恐ろしくなった。かなり焦っていたかもしれない。
 でも幸い銀時はいて、電話の向こうではチャイナが元気に銀時を揶揄っていた。デートなら留守番しててやるけど今度焼肉食べたい、とか。銀時はそれに言い返しながら俺に笑って、神楽がうるせーから俺もそっちに向かうわ、と言った。ルートを決めて途中で行き会えるようにして、俺は安心して電話を切った。不安から一転、心は浮き立った。二人きりで過ごす時間はチャイナの心遣いから成り立っている。焼肉くらいいくらでも連れて行こうと浮かれながら心に誓った。
 見知らぬ男が声を掛けてきたのは、そんなふやけた気分でいたときだった。

「真選組の副長さんでしょ」

 隊服も着ていないのにいきなり断定してきた男に、俺はもう少し警戒するべきだった。だが実際丸腰の、いかにも非力な男を見てこれを警戒しろというのは無理だったと、これは今でも思う。

「あっちの路地で喧嘩してる奴がいて。そこ通んないと帰れねえンすよ。助けてもらえませんか」

 そう言われれば非番といえど見捨てるわけにもいかない。仕方なくその男が示す路地を覗くと、

「……行き止まりだが? どこにテメェんちがあるってんだ」

 一気に警戒心が高まった。こいつは手引き担当で、攘夷浪士が潜んでいる可能性は大いにあった。自分の迂闊さを呪いながら刀に手を掛け、男を睨むと、

「やっぱりアンタいい男だね」
「は?」

 人の気配はない。そして男はやはり武術の心得もない。身のこなしが素人だ。ぼさっと突っ立って、にやけた面で俺をしげしげと眺めているだけだった。

「いつもね、見廻りのときに見てんだよアンタのこと。いい男だなぁって」
「……」
「いつか近くで見たいって思ってたんだ。な、触ってもいい?」

 予想外の成り行きに一瞬頭が混乱したが、男が俺に手を伸ばしたのを目の端に捉えたとき、反射的に刀を抜いていた。
 男は一度手を引っ込めたものの、得体の知れない笑いを顔に貼り付けてまた懲りずに近寄ろうとする。ゾッと寒気がした。だが丸腰の相手を斬り捨てるわけにもいかない。
 思わず足を上げて、蹴り倒した。立ち上がる隙を与えずに胸元を踏みつけ、巫山戯たことを抜かすなと怒鳴った気がする。

「土方ッ」

 気がつけば銀時が息を切らして駆けつけていた。

「声がしたから! どした!?」
「この野郎が……」

 状況を説明しようとしたとき、足元からケタケタと箍の外れた笑い声が起きた。

「見ちゃった。副長さんの今日のパンツはピッチピチで黒! エロいよすっげーイイよ! 俺のために履いてくれたの? それに刀抜いたとき! 見えちゃった、ピンクのちっちゃな乳首! やった、やっぱりアンタ綺麗グボッ」

 黙らせたのは銀時だった。正確に男の口に木刀をひと突き、喉を突き抜くわけでもなく、ただ文字通り口を封じた。ゆらり、とその横顔から怒りが立ち上るのを俺はぼんやりと眺めていた。

「どうすんのこれ」

 銀時は冷ややかに言った。

「真選組に連れてくとコイツ、妙な妄想垂れ流すぜ。大丈夫か」
「……ウチの管轄じゃねえ。奉行所でいいだろ」

 それから近くの奉行所と連絡を取り、気味の悪い男は連行されていった。その場で男が言った訳のわからない言い分を繋ぎ合わせると、どうやら前から俺を見てはいかがわしい妄想をしていたらしい。

「ストーカーの見本みてえなヤツだ」

 引渡しが終わるまで銀時は俺の横を離れなかった。すべてが終わると、大変だったな、とねぎらってくれた。そして少し笑った。

「どうよ、お妙の迷惑さがわかったんじゃねえの」
「……そうだな」
「良かったよ。何にもなくて」

 その日はそれで終わった。少し予定は狂ったがその後、気分直しに、と銀時が飲みに誘ってくれて、軽く飲んだ。それから色宿へとなだれ込み、いつものように過ごした。
 それで終わったはずだった。

 次に街中で万事屋一行に会ったとき、焼肉の約束を思い出して、いつがいいかと問いかけた。ところがチャイナは俺と銀時の顔を見比べて黙り込んだ。

「あー……神楽には俺が食わせとくから」

 そう言った銀時の声が、何処となくよそよそしかったのをはっきり覚えている。

「おめーはさ、いろいろ大変だから。仕事終わったら屯所に直行しな。一人で出歩くな」
「いや、明後日非番だけど」
「迎えに行く。俺が行くまで外に出るな」

 口元は笑っていたが、目は冷え切っていた。その冷えた視線で、銀時は俺を射抜いた。
 言い返せなかった。
 それからだ。


 外で待ち合わせることはなくなった。必ず銀時が屯所に迎えに来る。
 銀時との関係を隠していたわけではないが、誰かに言ってもいなかったので最初屯所は騒然となった。わざわざ喧嘩を売りにきたか、と野次馬根性丸出しで顔を出す隊士も少なくなかった。総悟は大喜びで屯所中に触れ回った。だが銀時が俺の腰を抱かんばかりに近寄って辺りを睥睨するので、総悟でさえ茶化すのを躊躇ったらしく、やたらと静かになった屯所から俺はまるで深窓の姫君のように大仰にかしずかれ、連れ出された。
 非番のたびにそれは繰り返された。隊士たちも初めこそ面白がったが、度重なる銀時の威嚇に一人、また一人と口を閉ざした。ただ好奇の視線だけが残った。

 銀時はありとあらゆる場面に現れた。たまには私用を済ませたいからと言えば、やはり屯所までやってきて俺の護衛の如く行く先々についてきた。好いた男といつも行動を共にできるのは嬉しいが、

「大丈夫なのか、万事屋は」
「おめーが休みなのに仕事なんか入れてられるかっての」

 一度や二度なら笑っていられたし、自分に向けられた愛情を多少こそばゆくても手放しで喜べた。
 だが、毎回だ。
 そして最近では、非番以外の行動まで把握されている。



「今月四回目だろ。沖田と組むの」
「まだ四回目だろうが」
「まだ月半ばだぜ。どんだけ沖田と一緒にいりゃ気が済むの」
「総悟は俺じゃねえとサボるんだよ。俺だって目ェ離した隙に逃げられることもあるってのに」
「でも多過ぎんだろ」
「銀時、」
「灯台下暗しって言うぜ。万が一にも沖田がお前のこと……」
「ない。ないから」

 最初こそ、銀時は純粋に俺の身を案じてくれていたのだろう。だが最近、そこに別の要素が加わった気がしてならない。それは嫉妬とか、独占欲とか、言葉にしてみれば簡単に説明がつくものかもしれない。それでも目の前の銀時からはもっと俺の全身どころか精神まで絡め取って吸い尽くす何かが見え隠れするのだ。


「目に余りまさァ。どうにかなんないんですか、アンタのカレシ」

 総悟が気味悪そうに俺に言う。

「屯所中で持ちきりですぜ」
「……何が」
「アンタらの爛れた関係がさぁ。恥ずかしくねえんですかィ」
「……」
「まるでストーカーでさ。それも近藤さんが可愛く見えるほどキョーレツな」
「……」
「ハッキリ言ってキモイんでィ。男同士乳繰り合うのがどうのって以前に、ありゃ行き過ぎでしょうが」


 わかっている。
 近藤さんにさえ、遠回しに部外者はあまり屯所に入れないで欲しいと注意された。
 それでも俺は銀時を拒絶する気になれない。

 元はと言えば俺の不注意だった。あのまま銀時が見つけてくれなかったら、たとえ非力な相手でも間違いが起きなかったとは言い切れない。俺はあの時、命のやり取りとは別の意味で隙を見せたのだ。それも、銀時の目の前で。
 本当はあの後色宿でいつものように過ごしたのではない。隙を見せた俺に銀時は怒り、酷く手荒に俺を扱った。こんなことされてたかもしれないんだぞ、不注意過ぎだと言葉でも手でも詰られた。その通りだと思った。銀時でない他の男に、見せるべきではないところを見せてしまった負い目がある。

 それに、今は負い目などどうでも良くなっている。負い目があるから銀時が怒るのも無理はない、と自分に理由をつけているだけだ。本心は、銀時にさえ言えない本心では、俺は今の状態を望んでいる。
 銀時が俺に執着し、異常なまでに俺の身の回りを警戒し、少しでも銀時の気に入らないと責められる。この状況が、俺は好きなのだ。嫉妬で怒り狂った冷たい目を見ると、胸がいっぱいになる。こんなにもあの銀髪の歓心を独占しているのは、他ならぬ俺だ。こんなに嬉しいことがあるだろうか。少しくらい周囲から冷たい視線を向けられようが、気味悪がられようが構わない。

「土方さん、アンタそのうち旦那に刺されますぜ」

 総悟の言う通りかもしれない。
 真選組の副長である限り、俺は銀時だけの物にはなれない。だから銀時に刺されたら、その時こそ俺は銀時だけの物になり、永久にその記憶の中で生き続けられる。

「いいんだよ」

 そうなればいい、と俺は心の隅で願うのだ。


 総悟は大きなため息を吐いて、それ以上何も言わなくなった。




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たけちさまリクエスト
「土方が好き過ぎて傷つけちゃう銀さんと、
銀さんが好きでされるがままの土方」

リクエストありがとうございました!




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