目覚める理性


 縮んだ土方は口を開けばいつもの偉そうな土方だった。ほんとショックだ、いろんな意味で。

「まだ帰んねえ」
「副長……我儘言わんでください」
「ふざけんな。あんだけド突き回された後でノコノコ帰るわけがねえ」
「ド突いてないです、ちょっと抱っこの順番で揉めて引っ張っ……や、俺はちゃんとお世話したじゃないですか! 着物着せてあげたし帯結んであげたの誰だと思ってんです」
「自分で! 着られますが! 何か!」
「帯結べなかったくせに」
「手が届かなかったんだよクソッ、やっぱ帰んねえ! おととい来やがれ!」

「まあまあ……土方くん、そんな怒鳴らなくても」

 こんな可愛い子の口からクソッとか来やがれ!とか、泣けてくる。あのまんま黙っとけば良かったのに。
 こいつのせいだ。ジミーが来たからちびっこ土方が中身チンピラだってわかっちまったんだ。こいつさえいなければ!

「というわけだから。帰ってくんない、土方置いて」
「どういうわけです!? ダメですよ副長置いてけません。何する気ですか」
「あー……考えてなかったわ」

 土方がぎゅっと俺の肩を掴む。小さな手がちゃんと大人と同じように動くのがすごい。生命の神秘だ。

「今日は泊める。明日帰すから、一日くれえいいだろ」
「なに勝手なことを……!」
「俺の仕事、今は急がねえはずだ。明日と言わず明後日でも支障ねえだろうが」
「副長まで! つうかなんか調子狂うんですよそんなナリで!」
「あァ!? 俺は俺だ、ナリがどうこうテメェに言われる筋合いはねえッ帰れクソ野郎!」

 ああこんなに凄んじゃって。クソ野郎ってなに。誰だこんな可愛い子に悪い言葉教えたの。だいたい微妙に舌が回ってねえんだよ、『くしょやろー!』になってんだよ。気づいてなさそう……いや気づいてるわコレ。
 ちびの土方は言うだけ言って、ぱたっと俺の肩に顔を埋めた。舌足らずが恥ずかしかったんだな。
 ジミーはそれを見て深いため息を吐いた。そして俺に恨めしそうな目を向ける。うんうん、悔しいよな。可愛い土方に触れないもんな。ざまあ見ろ。

「ちゃんと送ってくから。このくらいの時間でいい?」
「時間は俺が決める」
「……だってさ。副長サン(ぷっ)に任せていいだろ。さすがに一人で屯所に帰れたァ言わねえから」

 ジミーは文句タラタラで、それでもちびに押し切られて帰った。ほんとざまあ。この可愛い土方は俺のだもんねー!

「さて、どうする」
「……」
「もうバレちゃったから喋れよ。なに、喋ると中身が大人なのバレるから黙ってたの?」
「……」
「いやいや、今更可愛く首傾げたって遅いからね。しょうがねえよこればっかりは。中身がどうでも可愛いモンは可愛いって」
「……か、」
「ん? なに、また厠? そっかー、昼寝から起きたばっかりだもんなー」
「かわいいってゆうな!」
「ブフーーーッ」

 ゆうなだって! ゆうなだってよ! 可愛いだろ、可愛いとしか言いようがねえだろ!
 奥に連れ帰ったら、騒ぎを聞いてた神楽は憮然としてたし新八は呆れ返っている。

「真選組が心配して探し回ってたんですよ。迷子になっちゃったんじゃないかって」
「迷子! 俺が迷子!」
「そうですよ。今は小さい子なんですから心配するのは当たり前でしょう。悪い奴にヒョイって持ってかれちゃっても今の土方さんじゃあ……」
「ひょいってなんだ! 俺は猫の子かなんかか!」
「猫の子なら良かったアル……ちっこいお箸買ってきたのに、マヨラーだったなんてがっかりネ」
「なんでだァァア!」

 叫ぶだけ叫んだら、ぴょこん、とソファから滑り降りた。なんだなんだと見ていると、やっぱり厠に駆けていく。起き抜けはおしっこしたくなるよね、うんうん。よく我慢しました。

「ほら見ろ、やっぱり厠じゃん」
「ううう……」
「開けてやるから。届かねんだろ?」
「と、届く……」
「一人でできんの? 座れる?」
「さっきできた!」
「ああそっか。じゃ、手ェ洗うとき呼んでな」
「ううう」

 目一杯背伸びして内側から扉を閉めてるのが見えた。なんなのこれ。いやもう、口許がニヤニヤ緩みっぱなしで頬っぺたが痛い。
 中でぎんとき、ぎんときって呼んでる。困ってるだろうなぁ。ガラガラ扉を開くと、

「懲りねえなおめーは……」

 またぴょんぴょん跳ねてた。ちょっと待ってそれ可愛すぎて眩しい。助けて。
 抱き上げるといつもの土方の匂いとは違って、子供らしい日向っぽい匂いがした。ニコチンは一切体から抜けてるんだろうな。
 早く風呂に入れねえと。ちびだし、きっとすぐ眠くなるから早めに用意しねえとな。神楽は男の子の着替えがわからなくて買ってこられなかったんだが、

「僕の子供の頃の古着、持ってきましょうか」
「ひと晩だろ。俺の甚平で良くね」
「ぶかぶかでしょう。あ、じゃあパンツ買ってきますよ、そのときについでに……」
「パンツ! いらねえ」
「いらねえっておめー、マッパで寝んの。お腹壊すだろ」
「明日にゃいらなくなるんだぞ」

 なるんだじょ、になりかかってるのはもう指摘しないけど、新八も神楽もニヤニヤを必死で堪えてるのは丸バレだ。

「じゃあ銀ちゃんのパンツでも履いてろヨ」
「ぶかぶかですって」
「ひとのパンツ、やだ」
「じゃあやっぱりマッパか。それもどうなの」
「どうでもない」
「新八ィ。行ってこい。領収書は真選組で切れ」
「勝手なことすんな!」
「どうせおめーの心配してんのァ金だろ。おチビさんが大金持ってるわけねえから、真選組にツケとくから。そんでいいだろ」
「うう……」
「ここは大人の言うこと聞いとけ。なっ」
「俺はガキじゃねえ」
「ブフーーーッ」

 ガキじゃねえ、だって! ガキじゃねえんだって! だっておま、背なんか俺の膝くれえまでしかねえし、そんなおもちゃみたいなちっさな手に、精巧な縮小模型みてえなちっちゃな指突きつけられてもな。

「はいはい。可愛い可愛い」
「かっ、可愛いってゆうなーーっ」
「もうやめてホント、可愛すぎて死ぬ」
「死ね! ものっそ苦しんで死ね!」
「こらぁ死ねなんて言うんじゃありません。死ねとかクソとか禁止」

 あれ、これ教育し直したら大人の土方も少しは大人しくなるのかな。頭脳は大人だからもう手遅れなのかな。
 そして神楽が相手してる間に俺は急いでうちにしては早い夕食を作り、新八はその間に買い物に行った。さすがに心得てて、パンツもだけど小さな甚平も買ってきた。土方は不貞腐れてたけどほっとく。マッパでこんなちび寝かせるわけにいかねえだろ。それに今晩風邪ひかせたら、明日大人になっても持ち越すんじゃねえの。それはダメだ。
 茶碗はババアんとこから小鉢借りて代用。ちびでもマヨネーズは好きらしい。でもちびだから禁止。体に悪いだろ。文句言いながらもちびは良く食べた。お腹いっぱいになると、たちまちうとうとし始めるのがちびらしい。

「おい寝るな。風呂入るぞ」
「うう……」
「ほら一緒に入る……とのぼせちまうから、俺が洗い終わったら入ってこいよ」
「僕が見てますよ。声かけてください」
「なっ! 自分でできるぞ! つうか見んな」
「はいはい。見ません見ません」
「早くしろヨ。れでぃなのに一番風呂譲ってやるんだから」
「先入ればいいだろ!」
「またまたー。眠くなっちゃうでしょ。しょうがないですよ、体『だけ』は小さい子みたいですから、大人より早く眠くなっちゃうんですよ」
「ううう……」
「銀ちゃん、今ネ。急いで入るアル!」

 なんやかんやで俺がめっちゃ急いで髪と体洗ってる間は、新八と神楽が遊んでてくれたようだ。いいぞ、と声をかけたら、一人でできるからなっ!て叫びが聞こえ、それでも風呂の戸は開けられず、新八が戸を開けてくれて、ちびが転がり込んできた。

「あーららこんなにちっちゃくなっちゃって」
「ひゃっ! あちゅい!」
「おお、熱かったか。悪ィ悪ィ、水入れっからなー」

 大人の知識はあるものの、髪を洗おうにも頭にイマイチ手が届かないのか上手く力が入らないのか一か所ばっかりもしゃもしゃしてるし、背中洗おうにも手ぬぐいを背中に引っ掛けられなくてくるくる回るし、見ちゃいられない。嘘。ガン見してさんざん堪能してから手を貸してやった。頭洗ってやったら気持ちよさそうに目を閉じて、うとうとし始める。可哀想だが流さないわけにもいかず、温めのお湯をそっと掛けた。

「新八ィまだいる?」
「いますよー」
「寝ちまったから、タオル持ってきてくれる」
「はいはいー」
「神楽悪ィ、お湯が熱いんだってよ。少し水足したから、沸かし直すわ」
「しょうがないアルなー」

 なんだよ、全員めろめろか。
 定春は風呂上がりなのをちゃんとわかって、もう鼻をくっつけたり舐めたりしないで見守ってる。尻尾がパタパタ動いてるのは、歓迎の印だろう。
 小さな土方を起こさないように服を着せ、新八に抱っこを頼んで俺も急いで着替えて、布団に下ろす。すぴーすぴーと寝息までお子さま仕様だ。それを一同で眺めて、ニヤニヤしながら解散した。



 早寝早起きはいいことなんだが、これは子供の習性なのか、それとも大人の土方も早起きだからか。

「ぎんときー起きろ」

 ペタペタと小さな手が俺の顔を叩く。うるせーな。まだ眠ィんだよ。

「今日は何して遊ぶんだよ」

 おいおい、とうとう頭脳まで子供化が進んだか。遊ぶってなんだ。なんでそんなにワクワクしてんだ。

「ぎんとき。夕方までだぞ」
「わーった! わかったから! 起きる起きる」

 そうだよな。こんな猶予は夕方までだよな。目一杯遊ばなきゃ損ってもんだ。
 夕食と同じように四人で食卓を囲み、小さい手にも取りやすいように卵焼きに切れ目を入れてやると、ちびは上手に箸を使ってせっせと口に放り込む。大根おろしは辛かったみたい。びっくりして、慌てて水飲んでた。今日は味噌汁もお茶も全員温めだ。火傷させちゃ大変だからな。
 握り飯を作って出かけることにした。俺のは普通の大きさだけど、ちびのは俵型の小さいのにした。ぶーたれるかと思ったらそうでもなく、目を輝かせて弁当箱を覗いている。超絶可愛い。

「じゃあ銀さんは一日土方くんのお守りの任務につきまーす」
「私も行きたいのに……」
「ざんねーん! 土方くんのご指名なんで、俺だけで行くから。店番頼むぜ」
「あ、帽子! 帽子かぶったほうがいいですよ、子供はすぐ日射病になっちゃうから」
「サンキュー!」

 子供扱いすんなと怒ってた前日に比べると、嘘みたいにいい子だ。大人しく帽子をかぶせられて、新八と神楽が玄関で手を振ると、反射的なのかなんなのか、屈託なく手を振り返した。
 何がしたいかと訊くと、少し考えて『遊園地?』と聞き返してきた。

「なんで疑問系だよ。遊園地行きてえの?」
「……」
「行きてえんなら行こうぜ。したいことしろよ」
「……」

 パクパクと、口は開いたり閉じたりするが言葉は出てこない。なんだ、薬の副作用かなんかで言葉を忘れちまったのかと心配してたら、

「よう銀さん。子守?」
「……マダオかよ」
「なんなのいきなり!? そんなに俺に会うの嫌だった!?」
「うっせーな子供がびっくりすんだろ。子供っつーか」
「また隠し子? いやこりゃ違うな、銀さんに似ず可愛いなぁ」

 ムスッと土方が不貞腐れる。でも口は利かない。そりゃそうだ、あの罵詈雑言を事情も知らない他人に吹っかけたら卒倒されちまう。昨日の俺みたいに。

「坊や、いくつ?」
「……」
「あれっわかんなかった? オジサン怪しいモンじゃないよ、怖がらなくていいよ」
「……キライ」
「え」
「キライ」

 なにこれ。なにこれなにこれ! わざとやってんのこれ。カタコトで、俺の脚に隠れちゃって芸の細かい。可愛さ炸裂かよォォオ!?
 マダオは泣きながら去って行った。

「あのな。ああいうことやっちゃいけません」
「したいことしていいんだろ」
「……おい、それとこれとは」
「一日俺に構え。他のやつに構うな」
「……」
「俺に集中しろ。ぎんとき」

 相変わらず舌足らずで、『ちゅーちゅー』になりかかってるけど今度はなんだかほっこりして、自然に笑顔になった。

「わかった。今日は土方としかしゃべんない」
「おう」
「じゃあさ。ちょっと足伸ばすか。バイク……は無理だな。電車乗れるかな?」
「子供料金でな」
「いや無料だろコレ」

 抱っこして、近くの駅まで早足で歩く。小さな手が自然と肩に掴まってきて、胸があったかくなる。一日中この温かさを独り占めできるんだ、俺。幸せ過ぎる。
 それから江戸をちょっとだけ離れ、知り合いのいない町を探検した。大きな公園があったから駆けっこもした。なんでちびってよく転ぶんだろうな。頭が重いのかな。ハラハラしたけどちびは泣かずに起き上がって、頑張って追いかけてきた。どうしたって大人の俺には敵わないけど、負けず嫌いの土方らしく、転んでは起き上がり、でも土方らしくないのははしゃいでキャーキャー笑いながら俺を追いかける。虫を見つけたと言っては俺を引っ張って見せてくれたり、公園の水道をいたずらして頭から水被ったり。猫に脅されてビクッとしながら、遠巻きに眺めたり。
 昼は並んで弁当を食べた。小さく握ったつもりだったのに小さな手には大きすぎて、両手で上手に支えて慎重に食べてた。遊び疲れると俺の膝によじ登ってきて、腹の辺りにしがみついてうとうと。それを起こさないようにそっと抱き上げて、涼しい木陰に移動して、帽子で日除けを作って俺も一緒に昼寝した。目が覚めてからソフトクリームを二人で一個食べた。ちびにはとても丸一個は食べさせられないからな。

 そうして夕方になり、来た道を戻って江戸に帰った。ちびはもう自分で歩かなくなった。俺もなんとなく黙ってちびを抱いて、そのまま歩く。

「眠かったら寝てていいぞ」

 体がぽかぽかあったかい。眠くなってしまったのがわかる。あったかい手が俺の首に回る。

「寝ない」
「無理すんな。ガキの体だから疲れてんだよ」
「寝ない。寝たら起こせ」
「でも」
「寝てる間に渡したりすんなよ」
「……わかったよ」

 眠くて目をシパシパさせてるくせに、土方の意地っ張りさが一生懸命目蓋を押し上げているらしい。


 本当は眠ってる間に渡してしまうつもりだった。目が覚めたら夢みたいな一日は終わっていて、お前はまた副長に戻って剣を振るうんだ。子供でいる間は重圧も、切った張ったの戦場も、ずっと遠くにあるのに。そんなのは夢だったってことにしたほうが幸せなんじゃないかと思ったんだよ。
 屯所の前でちびを下ろす。

「こっからは行けるな」

 と言うと、ちびは尊大に頷いた。まるでその小さな腰に、ちっちゃな刀が差さってるみたいに偉そうだった。
 ちびはしばらく俺を見上げていたけど、やがてくるりと後ろを向いて、門の中に消えた。二度と振り返ろうとしない小さな背中には、もう真選組の隊士たちの命を背負っているんだろう。

 その背中を見送って、また口許が緩んだ。可愛い土方。大人に戻ったら、またな。
 それから俺はぶらぶらとうちに帰った。新八はもういなくて、神楽も押入れに潜り込んでいた。俺もひとっ風呂浴びて、寝巻きに着替える。ちょうど隣に、新八が洗濯してくれたのだろうちびのパンツと甚平が干してあった。定春がそっと鼻を押しつけて、またそっと離れて行った。
 部屋に入ったらちびが寝た布団が畳まれて、隅に置いてあった。そういやおねしょもしないでいい子だったな。
 ごろり、と自分の布団に倒れ込んだ。そしてちょっとだけ泣いて、俺も眠ることにした。

 おやすみ、土方。いい夢を。




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神アイコン様リクエスト
「目覚める父性の続き
某少年探偵方式(笑)な土方さんが
元に戻る前に1日デートで
ニコニコウハーな銀さん」

あれ? なんだか雲行きが…しんみり!?
リクエストありがとうございました!




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