ツァイガルニク(学生パロ)


 バイト中に俺の彼女が店に来て、いろいろ揉めて俺が彼女に別れを切り出し、銀時とつき合うことになった日から――俺たちになんの変わりはない。

 ひとつもない。ありようがない。
 つき合う、とは言ったが銀時も俺も男で、確かに友情とは違う性質の好意を俺は銀時に抱いていた。それはかなり前からだと思う。銀時が俺をまだ土方くんと呼んでいたころには、すでにそういう感情があったような気がする。
 なぜなら銀時の呼び方がそれから『土方』と呼び捨てになったとき、俺ははっきりとそれを嬉しいと感じたからだ。他の友人だって似たような時期に似たような変遷を辿ったのだが、坂田(と俺もそのころは呼んでいた)が俺の呼び方を変えたことが、その日の俺の中でのニュースになり得たのだ。それほどに、俺はあいつに注視していたということだろう。
 俺は愚かにも自分の気持ちに気づかず、当時つき合っていた彼女に、大学に入ってできた友人が自分を呼び捨てにするようになった、と報告したものだった。彼女は驚いて、それは失礼な人ね、と言った。そういう彼女の発言に俺が驚いた。そして思い当たった。
 彼女としては、俺に共感してくれたつもりだったのだろう。わざわざ『知り合いが俺を呼び捨てにするんですけど』なんて話をされたら、それは困った話を多少の笑いに変えて話題として提供したと認識されるのが当然だ。だが俺はそうではなかった。そして、思えばここから彼女の、銀時への敵視が始まったような気がする。



「うん……そうだったんだ。まあ、そういうこともあるかもな」

 この前銀時にその話をしたら、銀時も曖昧に笑った。

「まさかお前も誤解してねえだろうな」
「誤解、って」
「俺は嬉しかったって言ってるんだぞ。下の名前呼びになったときも! 俺は嬉しかった」
「……そう。なら良かった」

 表情を緩める銀時を見て、念を押しといて良かったと心から思った。銀時も意味を取り違えていたに違いない。


 後悔しないだろうな、と俺は銀時に言った。男と恋愛をすることに、という意味と、他でもないこの俺と恋をすることに、という、両方の意味で。
 させねえよ、と銀時は答えた。俺はその男臭い顔と態度に惚れ直して、この男を今日から独占できる喜びに胸を熱くした。
 だが、それだけだった。
 考えてみれば男同士の恋愛とは、どう発展させていけばいいのだろう。男女であれば、いずれは結婚という形に収まるのかもしれない。最近は同性同士でも地域によっては結婚できるようになったが、地域限定じゃなかったか。引っ越したらどうなるんだろう。少なくとも男女の夫婦が引っ越したら夫婦でなくなったという話は聞いたことがない。それを考えると同性同士は今でもイレギュラー扱いなんだろうなと思う。
 デートといっても今までだって銀時とはよく遊びに出かけたし、飯も食いに行った。互いの部屋に遊びに行って泊めたり泊まったりもした。俺は実家から通っていたが、高校の頃から友達が家に泊まりに来るのはよくあることだったのでそこに銀時が増えたって大したことはなかった。銀時は一人暮らしで、初めて上がったときは緊張もしたが今では慣れた。
 恋人としてつき合い始めたからといって、変わることは何もなかった。ただ少し仲良くなったくらいの感覚だった。


 元カノからは一切の連絡はなかった。当たり前だし連絡されても困るのだが、いつもメールが来ていた時刻になるとついスマホを覗いてしまう。バイトのシフトを決めるときも、自分のカレンダーをめくって初めて、ああもう他人の勤務状況に配慮する必要もないんだな、と気づく。習慣化した感覚が未だに抜けない。好きとか嫌いとかの感情とは別に、いつもの行動をしないでいい、という状況に慣れないのだ。
 銀時にはなるべく知られないように気をつけていたつもりだったのに、雰囲気を察したのだろう。苦笑いされた。

「長いつき合いだったんだもんな……まあ、しょうがない」

 俺を責めることは決してない。でも、気にして当たり前なんだろう。今の恋人は、銀時なんだから。
 そうなんだ。今の俺の恋人は銀時なんだが、それはあの日俺たちが、必要最小限の言葉で確認し合った決定事項なのだが、

「つき合うって、どういうことだ」
「え。カレシとカノ……いや、カレシってこと?」
「だからそれはどういうことだ」
「どういうっつってもなあ……」

 銀時とは、さっきも言ったように『前より少し仲良くなった』くらいの変化しかない。これをつき合うというのか。つき合うってのは、

「待ち合わせしたり。多少待たされることはあるとしても、それ乗り越えてやっと会えた、みてえな。ほっとするっつーか」
「十四郎……それ、普通じゃないから」
「そうなのか」
「普通は待たせないに決まってんだろ。それはデートでも友達でも一緒」
「そうなのか」
「あのな……俺、待たせたことある?」
「ない」
「十四郎は? 人待たせたことないだろ」
「ないな」
「それが当たり前なの。待たされたら怒っていいんだぞ」
「そうなのか」

 銀時はため息を吐いた。俺はどうしていいかわからなくなる。

「俺は十四郎待たせたりしない。しないようにする。つうか、無理そうなら端っから無理って言う。だから」
「だから?」
「だから……心配すんな」


 こういう会話が恋人っぽいのかどうか、それさえ俺にはよくわからない。ピンと来ないというのが正しいかもしれない。ついこの前まで友達だった人間と、特別な関係を築くには具体的に何をしたらいいのかさっぱりわからない。
 元カノとはどうやってたっけ。
 俺の少ない経験値から必死でそれらしい事例を拾ってみるが、銀時にはどうも通じないのだ。

「お前、どっか行きたいとことかねえのか」
「俺あんま金ねえし」
「じゃあ食いたいモンは」
「学食で充分。あ、パフェ食いたいかな。ファミレスの」

 パフェくらい奢ってやろうかと思ったのに銀時はいらないと言う。欲しい物もないし、あったって自分でさっさと買ってしまう。

「俺ができることねえのか」
「……まあ、今んとこない、かな」

 どうも銀時の歯切れが悪い。本当にないのか、と重ねて尋ねると、今度は押し黙ってしまう。
 それ以上は想像がつかない。銀時が口に出してくれなければ、俺はどうしていいかわからない。


 やっぱりダメなのかな、と一人になると考えることがある。
 彼女のことが忘れられない。好きだとはもう思わないのは確かだ。そうではなくて、彼女との行動が身に染み付いて離れない。一緒に行った場所、食べた料理、プレゼントした物……それらが頭に浮かんでは消える。そういう物たちを、彼女は決して喜んだわけではない。もしかして喜ばれたものもあったかもしれないが、俺の記憶にあるのは、『トシくんもそのうちわかるよ』というダメ出しの言葉と呆れ混じりの苦笑だ。どれもこれも、年下で経験値のない俺は失敗ばかりで上手くいった覚えがない。
 それを銀時で繰り返す愚かさを思うと、新しい恋も上手くいくはずがないという結論に落ち着いてしまう。彼女と俺の相性の問題ではなく、俺に問題があって前の恋愛も上手くいかなかったのではないか。それなら、銀時とだって上手くいくはずがない。

「十四郎、何考えてる?」

 二人でいれば、銀時が俺の迷宮入りしそうな思考を掬い上げてくれる。だが俺は、いつも銀時に引っ張られ、救われてばかりだ。俺から銀時に何かできるとは到底思えなくなってきた。

「十四郎。なんか考え込んでんだろ。言ってみな」

 ある日銀時はとうとう、改まって俺に向き合った。学食でいつものように昼食を取り、午後の講義が休講になったのですることもなく、ぼんやりと銀時とのこれからに思いを巡らせていたのがいけなかった。

「たいしたことじゃねえよ」
「つまんねーことでいいよ。言ってみろ」
「……」
「なあ、俺は好きだよ。十四郎が」

 思わず辺りを見回した。男同士の恋愛を、俺は大っぴらにする心構えがまだできていない。男同士の、というか、恋愛そのものを公にすることに慣れない。銀時と上手くいかないままで終わるなら、広めたくないとも思う。
 でも銀時はそうではないようだ。学生がたむろする中で堂々と、銀時は俺の手を握る。隣の学生が二度見するのが視界の端に見えた。

「そ……あ、ありが、」
「ちょっと来い。午後、暇だろ」
「お……まあ、」
「来い」

 銀時は俺の手を引き、学生の間を掻き分けて外に出る。手のつなぎ方が普通じゃない。指を絡める、恋人繋ぎとかいうやつだ。すれ違う学生がジロジロ視線を投げてくるのがいたたまれない。それなのに、銀時は平気な顔だ。

「ぎん…….坂田、」

 思わずよそよそしい呼び方をしてしまう。銀時は答えない。

「さかた、ちょっ」
「銀時。いつもみてえに銀時って呼べよ」
「でも」
「終いにゃ腰抱くぞ」
「なっ」
「俺たちつき合ってんだよな。俺はお前のカレシだろ」
「ちょ、いや、あの」
「違うのか」
「待て、それは、」
「違うのかって聞いてんの」

 周りは完全に聞き耳を立てている。恥ずかしいったらない。銀時が恨めしくなる。わざわざ公衆の面前で恥かかすことはないだろう。少しでも、好き、とかいう感情があるなら、

「十四郎」
「……めろ」
「なに? 十四郎」
「やめろっつってんだ!」
「なんで」

 銀時は立ち止まる。完全に見世物だ。俺は銀時に取られた手を振りほどき、銀時の腕を掴んで学食を脱出した。

「恥ずかしい、だろ」
「なにが」
「人前でっ! つき合ってるとかカレシとか! 恥ずかしいだろうが! あんま言うな」
「なんで」
「なんで、って……そういうのは自分から言いふらすもんじゃ、」
「言いふらすよ。俺は」

 感覚が違うのだろうか。俺は広めたいと思えない。こういうのは、広めるものではないと思う。誰かに問われればそりゃあ、

「……やっぱり言いたくねえ」
「なんで」
「なんでって。そういうの人に言うもんじゃねえだろ」
「言うもんだと思うけど」
「……ッ、言わねえだろ普通」
「言うだろ。お前の友達、誰かとつき合ってるってお前に言わねーの。お前聞かねえ? 最近よくつるんでていい雰囲気だなって思ったらさ。つき合ってんのかって聞かねえの」
「……聞く、かも」
「そしたら答えるだろ。それにいい雰囲気出してる時点でそいつら公表してんのと同じだろ」
「……そうだけど」
「俺もそうしたい。おめーは俺ンだって広めとかねえと、十四郎モテそうだしアブなくてしゃーねえ」
「いやそれとこれとは」
「違わない。俺は俺の恋人を自慢して歩きてえ」
「……」

 なに言ってんだ。なに言ってんだこいつ。自慢て。恥ずかしいだろうが。そういうのは慎ましく、人に広めたりしないで二人の間でじっと温めていればいいんじゃないのか。少なくとも俺はそうしてきた。確かに上手くいかなかったけれど、それでも俺はこれからもそうするもんだとしか思えない。
 つっかえつっかえなんとかそう説明すると、銀時は珍しく眉を寄せて険しい顔をした。

「十四郎さ。こないだから『出来ることないか』って聞いてくれてたけど」
「……ああ。お前特にねえじゃねえか。行きたいとこも、食いたいモンも欲しいモンも、」
「俺が欲しいのは、そういうんじゃない」
「……」
「あのさ。悪いけど俺は前カノさんとは違えんだ。あの人はそれで喜んだのかもしんねえけど」
「喜ばなかった」
「……まあ、想像はつくよ」

 外に出れば周りにはそれほど人がいない。午後の講義が始まって、学生もまばらになってきた。銀時は手近なベンチに座り、俺に横を指した。座れということだ。なんとなく間を開けて、隅っこに座る。

「どっか行きてえとかなんか食いてえとか、そういう即物的なのはいいんだよ、俺は」
「……他になんかあんのか」
「お前なあ……いや、しょうがねえか。うん、長くつき合ってたんだし、習慣が抜けねえのは」
「そんなことねえ」
「嘘つけ」

 銀時は断定した。俺が定時になるとメールをチェックするのも、バイトのシフト決めに躊躇するのも、銀時はこれまで曖昧にしてきたことをすべて指摘してきた。愕然とした。

「いつかそういう習慣も抜けんのかなって見てたけど。意識してねえんじゃ抜けようもねえわ」
「……」
「まだ彼女のこと好き?」

 そう尋ねた銀時の、苦しそうな顔。そんな顔をする本人よりも、俺の心が痛くなる。

「好きじゃねえ」
「嫌い、ではないよな」
「それは……けど、嫌いとか好きとかそういうのは」
「俺のことは? 好き?」
「……好き、だ」

 顔に血が昇るのを我慢して俺は仕方なく言葉にする。そんなこと、真っ昼間に表で言うのはどうかと思うのに。

「後悔させねえって言ったけど。後悔してねえ? 俺とつき合うこと」

 どうして銀時は、真っ直ぐ言葉にできるのだろう。こんなに必死になれるのだろう。

「後悔しねえかって、俺は言ったぞ」
「俺がするわけないだろ。ずっと好きだったのに。今も。毎日どんどん好きになる」

 こんなことを、真顔で言ってのける銀時に呆れるし、なんだかむず痒い。

「前のことは、もう終わってる。そういう心配はすんな」
「彼女とより戻すんじゃねえかってことなら心配してねえよ。俺が心配してんのはな、」

 銀時は躊躇いなく俺に手を伸ばす。真っ直ぐに俺の手を取り、堂々と握る。

「お前のこと。こういう関係って、隠さなきゃいけねえモンじゃねえ。俺は俺の友達にお前のことカレシだって言いたい。お前は嫌みてえだけど」
「そりゃ、おま、恥ずかし」
「だから! 恥ずかしいことじゃねえんだってば! 前カノに染められちゃってんのかなんかわかんねーけど! そういうのは隠しとくモンだって思い込んでる?」
「あ、」
「悪ィけど前カノさんはおめーのこと大っぴらにゃできねえ理由があったんだろうよ。俺ァほんと腹立ってしょうがねえんだよそれにも! なんでおめーのこと堂々と紹介できねえの。こそこそ隠すの。お前が恥ずかしい? 違うだろ、彼女が恥ずかしいんだよ。年下の男とつき合ってるってバレんのが!」
「……」
「俺は恥ずかしくない。お前はどこに出しても恥ずかしくねえ俺の恋人だ。悪ィか」
「……」
「前のことは前のこと。俺とは初めてつき合うんだろ。前のルールに俺を当てはめんな」
「……ッ、」


 そうだ。それだ。
 銀時と上手くいかないと思う理由。前の彼女としたことを銀時ともしようとするから、前も上手くいかなかったから、銀時と上手くいかなくても『やっぱりな』としか思えないのだ。彼女との失敗ばかり思い出されて、彼女をどうやって喜ばせたか俺はもう思い出せない。彼女と楽しめたことだってあったはずなのに。それよりも、彼女の顔を曇らせたことばかり思い出されて、上手くいかなくて焦るばかりで肝心の銀時を見ていなかった。
 ひと筋の光明が見えた気がする。銀時にもそれが伝わったようだ。銀時は俺を横目でちらりと見て、固い声で言った。

「俺はな。したいこと、あるよ」
「なんだ。なんでもするぞ」
「キス、したい」
「……」
「聞こえた!? さすがに恥ずかしいぞ! もっかい言わせんの!?」
「……いや、いい」
「いいってなに!? したくないってこと? 繰り返さなくていいほうの『いい』? どっち!」
「繰り返すなってほうだ」
「……あ、そ」

 風船に穴を開けたみたいに銀時が沈み込む。そっか、そっちか、などと呟いている。アブない人みたいだ。
 男と、そういうこともできるのか。
 男同士だからそういうのはないものだと思い込んでいた。そういや新宿で男にナンパされたとき、気持ち悪いのは確かだったけど男なんかナンパしてどうするんだろうと不思議だった。銀時はすごく怒ってたけど、そんな馬鹿な考えすぎだろ、と他人事のように思ってた。キスか。ああ、キスなら男同士でもできるよな。うん。そりゃそうだ、恋人なんだから。

「そんなんでいいのか」
「そんなんって……わかってんのお前」
「それくらいわかる」
「……わかってねえな。その先は?」
「先? 先って」
「俺は十四郎を抱きたい」
「は?」
「これは、応相談な。男同士だと、決めとかなきゃなんねえだろうし」
「何を」
「ほんっっと、鈍いなお前! お前は抱かれるほうでいいのかとかさ! 俺に突っ込みてえならそこんとこ決めねえといけねえだろ!」
「突っ込……」
「できれば俺は突っ込む専門がいいなあ。でも、十四郎がしたいってーなら頑張る」
「頑張……!?」
「そういうのの前提で、キスしたい。わかった?」

 いくらなんでもこれは。


「……ちょっとよくわかんねえ。が、そういう話も真っ昼間に表ですんのが普通なのか」
「へへへ」
「俺は、つき合ってるって公表すんのさえどうかと思ってんだ。けど、」

 銀時が大っぴらにしたいと言うなら、流されてもいいような気がする。それが銀時と俺との『普通』になれば、それでいい。しかし、ここまで開けっぴろげなのはどうなんだ。というか銀時の言う『その先』ってなんだ。なに言ってんだ俺は男だ、ちょっと待て本気かこいつ、

「わかった。そんなら二人っきりで相談できるとこに移動だ」

 銀時はケラケラといつものように笑って、俺の手を握ったまま立ち上がる。何が何だかわからずよろめく俺をぐいぐい引っ張って、真っ直ぐ一直線に進んでいく。
 なんでもいいか。よくわからないけど、銀時が嬉しそうだから、それでいい。
 それにこの男となら、何度失敗してもやり直せるだろう。いつでも真っ直ぐ前を見て進んでいく銀時となら。


 せめていつも引っ張られるばかりではなく、隣を歩けるように俺も前を見よう。気恥ずかしいのには慣れそうにないが、それでも銀時と、ひとつずつ上手くいくことを積み重ねていこう、と俺は恥ずかしさに混乱する頭の片隅で誓った。




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はる様リクエスト
「コンコルドの2人で学生っぽく初々しい?
デート(家デートでも)からの初ちゅーを
坂田君が頑張る」

この後初ちゅーどころかあれこれ致します。
初々しかった……かな?
リクエストありがとうございました!





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