一緒にいたいので


 新八と神楽にせがまれて、近所の夏祭りに行った。

 そう言うと嫌々腰を上げて、お子ちゃまにつき合わされるとか勘弁って思ってるように見えるが、ていうか実際ガキどもにはそう言ったような気もするが俺は祭りが好きだ。甘い匂いがするもの。綿あめとかりんご飴とかチョコバナナとかかき氷とか、クレープも美味いよな。出店のクレープってだけで美味さ百倍なのは未だに不思議だけど、美味いから謎のままでいい。
 前はもう少し素直に楽しんでたと思う。源外のジジイがやらかしたあの祭りだって、後半はともかく前半は確実に私欲に塗れてた。新八と神楽に率先して駆け出すくらいはしゃいでた。
 それが今、ガキじゃあるめえし祭りでいちいちはしゃげるかよ、なんて一応カッコつけるようになったのは、土方とつき合っているからだ。つき合うってのは、恋愛感情アリのつき合いな。
 真選組は毎年夏場になると大忙しだ。夏祭りやら花火大会やらなんやら、市民が大人数集まるイベントが圧倒的に多い。おかげで真選組は通常業務に加えてイベントの警護をするため、人が夏休みにハジけてる間は絶え間なく走り回らなければならない。敵も通常の指名手配犯から暑さにヤラれた奴の突発的な犯行まで広がり、いつもの五割増し気を使うらしい。
 土方は遊んでる暇なんぞない。気の毒だがそれは事実なので、俺は夏の間家族サービスに精が出せるわけだ。俺としてはそれはそれでいいじゃないかと思うんだが、土方はそう思わないらしい。あいつああ見えて実は祭り好きなんだ。普段は人混みを嫌うのに夏祭りだけは別なようで、しかもあの土方が、ちょっと笑えることに、決まった相手がいるからにはせっかくだからって一緒に行きたがるんだ。本人から聞いたんだから間違いない。聞いたときには思わず笑っちまって怒られた。
 でもそれを聞いたからといって、じゃあ一緒に行こうか、とはならない。真選組は忙しいし、その指揮はほとんど土方が執ってるからだ。指揮官が滅多やたらと遊びには出られない。そして土方は不機嫌になる。俺と行きたいがゆえの不機嫌だ。これは嬉しい。けどなんだか可哀想だ。うちの子供たちが楽しみにしているのも土方は知っていて、俺にあからさまに行くなとは言わない。言わないけど、ほんとは不満を我慢してるのがわかる。
 だからせめて口だけでも、俺は祭りなんてホントどうでもいいんだけどねってフリをする。誘われるから仕方なく行くんであって別に向こうで甘味堪能しようとか出店は全部制覇しようとか思ってないからね、って。それで土方の気が済むならリップサービスくらいなんでもない。新八と神楽にはバレてるみたいだ。そっかー銀さん行きたくないなら長谷川さんでも誘おうかなーなんてニヤニヤしながら言われて、あっ待ってマダオに金巻上げられるくれえなら俺が行く!って叫んじまった。カッコワルイ。
 で、その日も夜店を冷やかしたり神楽の金魚掬いを眺めたり、浮かれてお面買って三人で戦隊ヒーローごっこしたりした。悪役のお面は三人とも買わなかったんで、ヒーローの内輪揉めみたくなったのはご愛嬌だ。
 神楽が次に目をつけたのは射的だった。これは普段日傘から弾ぶっ放してる神楽に有利すぎて不公平だ。俺は飛び道具とか使わねえし。

「いやアンタ不公平て。そんなもん競わなくても」
「うるせーよダメガネのくせに! 男はやるからには勝たなきゃ意味ねーんだ」
「女も勝たなきゃ意味ねーヨすっこんでるアル」
「勝手に戦えば!? 僕もやるけどな!」

 神楽は袋菓子狙い、新八は実用品てことで目覚まし時計狙い。祭りの日くらい主婦感覚捨てろよな。俺はどうしようかと景品をひと通り見渡すと、羊のぬいぐるみが目に付いた。

「銀ちゃんみたいアル、モジャモ……」
「やかましい。カワイイって言え」
「取れますかね、案外難しいんじゃないですか」
「取れるかじゃねえよぱっつぁん、男なら取るんだよ」
「女も取るアル」

 意外にも新八が一番に取ったもんで、俺と神楽の闘争心に火がついた。神楽のは簡単に見えて軽いからなかなかすっ飛ばせないし、ぬいぐるみも似たようなもんだ。でも俺のは倒れたらOKだからね。ちょっと苦労したけど、ゲット。
 呑気な顔したモコモコ羊は、実際手に取ってみると案外大きかった。半分はモコモコな毛なんだけれども、嵩張るっつーか。気軽に懐に入れられるサイズではない。それでも祭りでテンション上がってる俺たちには、大きいのもまた楽しくてしょうがない。袋に入れてもらって気分は上々だ。
 神楽は結局取り損ねた。だからあれ難しいんだって。暴れる前に焼きそば屋に連れ出して、食い物で口を封じて難は逃れた。それからまた宝釣りしたり、型抜きしたりしてさんざん堪能して帰ってきた。

 祭りで取ったモンは屋台のクレープと同じく、その場ではめちゃくちゃテンション上がるんだけど家では邪魔だったりするんだよな。しばらくは楽しさの余韻に浸るけれど、ヨーヨーが萎んでくるあたりからだんだん熱も冷めてきて、ひとつ、またひとつとゴミ箱行きになる。切ない。
 新八がお面だの目覚まし時計だのを家に持って帰ったあたりから俺と神楽も熱が冷め、それに次の祭りに気がいってしまって、前にゲットした諸々の物は興味をなくしてしまった。でもその中でも、

「……コイツは捨てられねえなぁ」

 ぬいぐるみって捨てにくいよな。邪心のない目を見ちまうと、すげえ罪悪感が湧いてくる。かといって我が家はぬいぐるみなんか置く雰囲気でもねえし、放っとけば定春の手頃なおもちゃになって齧られちまうし、それもなんだか偲びない。
 それで、俺は思いついて羊を土方にやることにした。

「俺だと思って大事にしたらいいよ、うん」
「……アホくさ」

 わざわざ持ち歩いて見廻り中の土方を探したのにこの言い草。

「俺ァ仕事中だ。見りゃわかんだろ」
「じゃあ屯所に届けてやるよ。副長サンから預かりましたって誰かに言っ」
「やめろ。俺が人形なんか預けたと思われる」
「えー土方が貰ってくんなかったら、捨てるしかねえかなぁ」
「……捨てるって」

 土方は、迷惑そうに眉を寄せて羊を見る。完全にゴミを見る目だ。

「ただでさえ貧乏なんだから不用品なんぞに金使うな。必要なもん買え」
「まあ、そうなんだけど。雰囲気に流されたっつーか」
「ゴミ増やすんじゃねえよ、ったく」

 とうとう言ったよ、ゴミって。なんだか羊が不憫になってきた。だって一時とはいえ俺みてえだと思った子だよ。酷くね。
 とはいえ俺も持て余してるから強くは言えない。やっぱり土方にやろうとすんのが間違いだったか。女の子じゃねえんだから喜ばねえよな、そうだ吉原にでも持ってけば誰かしら可愛がってくれるかもしれない。
 なんて考えながら引っ込めるでもなくぼやっとしてたら、土方は土方で扱いに困ったらしくますます眉を顰めた。そしていきなり羊を引っ掴み、

「今日はたまたまパトカーだから持ってくが、処分はこっちでしていいんだな」
「……どーぞ。ご勝手に」

 処分て言ったよあいつ、処分て。
 酷くね。そりゃちょっとばかり相手を見誤ったよ、うん。でも仮にもつき合ってる相手がやるっつってるモンを、処分はねえだろ。ていうかなんで土方にあげようと思ったんだ俺。やっぱり処分したいからってのがなくはないんだけど。まあ、男が男にぬいぐるみ貰ってもな。処分、か。仕方ねえかもな。
 それからまたしばらく土方には会わなかった。長谷川さんに誘われて海の家にバイトに行ってたから。住み込みで一週間だったんで、陽射しが心配だったけど神楽も連れてった。結局向こうで長谷川さん入れて四人で遊んで、今年は亀にも会わなかったなあなんて言いながら帰ってきて、ババアが花火大会行くって言うからくっついてって、また遊んだ。そんなこんなで、ぬいぐるみのことは忘れてしまった。



 買い物に行ったら地味な奴に会った。まだまだ忙しさのピークは越えないらしいが、

「副長に会いましたか」
「いんや。俺もしばらくこっちいなかったし」
「暇でいいですよね旦那は……副長ったら寝る間もないくらいで、機嫌悪くて」
「そう言われてもなあ。手伝うわけにもいかねえし」
「そうなんですけど。たまには顔見せてあげてくださいよ」
「うーん……邪魔にしかなんねえだろ」
「邪魔にならないように、なんとかしてください」

 これも毎年の風物詩で、実は暑いのが好きじゃない土方は、暑くて忙しくてイライラが限度を超えるとコイツに当たりまくるらしい。それで地味な奴が俺に文句言うのがお決まりのパターンだ。
 地味男によると今日は屯所で机に向かって格闘してるって話だから見舞いに行くことにした。海の家のギャラが入ったからスイカを三個買ってバイクに積み、久しぶりに屯所を訪ねる。ここの人数考えると三個じゃ足りねえけど知るか。三個買うのも大変だったんだからな。ただ土方のためだから。

「土方いるぅ?」
「副長はお部屋でお仕事中であります」

 ラップ小僧が出てきて、嫌な顔をした。スイカ渡して懐柔し、勝手知ったる他所の家に上がり込み、土方の部屋に侵入する。

「土方くーんオヤツ持ってき……」

 昼間だというのに、土方は眠っていた。書きかけの書類を覗くと、最後のほうがミミズの這ったような字になってた。眠さに耐えられなくなって仮眠することにしたんだろう、隊服のままで布団に転がってすうすう寝息を立ている。
 暑がりだから汗だくなんじゃないかな、扇いであげようかな、とそばに寄ってみたら、暑いのに丸まって手足を縮めていた。なんだか可愛い。

(……あれ、)

 丸まった土方の腕の中に、何かがある。たまに枕抱いて寝てることもある土方だけど、枕は頭の下。

(なんだこれ)

 起こさないようにそっと腕の中の物を引っ張り出してみたら、湿気ってだいぶ変形した羊が出てきた。
 しかも傍に避けようとするのを無意識に追って腕が伸びてくる。手を離すと羊は土方の手に戻り、もぐもぐ言いながらまた抱え直して土方は寝返りをうつ。

「幸せそうなツラしてんな、おい」

 処分する、なんて冷たいこと言ったくせに。潰れるほど抱きしめられて、羊の呑気な顔も心なしか幸せそうだ。
 こうして少しは自主的に休憩を取ってるなら問題はなさそうだ。汗にしっとり湿った土方の髪を撫でると、むずかって頭を振った。額に髪が張り付くのを掻き上げてみた。土方は顔を顰めて、羊に頬を摺り寄せる。羊に助けを求めてるようにも見える。ふと悪戯心が起きて土方の唇を撫でてみると、土方はふわりと笑った。そして俺の指ではなく羊に唇を寄せた。

(え、何これ)

 イヤイヤイヤ。相手はたかがぬいぐるみだぞ。
 むらっ、と沸き起こる何かが俺の手を動かし、土方を乱暴に揺する。うう、と土方は呻いた。

「土方くん。早く起きないと、大変なことになるよ」

 再び羊を取り上げて、今度は手の届かないように離して置く。薄っすらと目を開けた土方は寝惚けた声を上げた。

「ひつじは?」
「……」
「おれのひつじは?」
「……」

 俺の羊。俺の羊だって!

「羊は暑いから休憩だよ」
「ぎんとき」
「暑中見舞いに来たんだけど、まさか羊と浮気中たァ恐れ入ったぜ」
「ひつじは?」
「捨てたんじゃなかったの」
「ひつじ……」
「土方。暑いだろ、寝るならちゃんと寝ろよ」
「あつい」
「そうそう。暑いから服なんか脱いじまえ」
「うー」

 寝惚けた土方をあやしながらベストを脱がせると、汗でワイシャツが肌に張り付いていた。羊なんか抱いてるからだ。あせもできるぞ。ベルトも緩め、脚からズボンをそっと抜く。ほーら涼しくなった。

「羊、気に入った?」
「ひつじ」
「お前いつもあれ抱いて寝てんの。もう少しふわふわしてたような気がすんだけど、ずいぶん早くくたびれたな」
「ひつじ……」
「羊より俺だろ。抱きつくなら俺にしろよ」

 羊の代わりに土方の横に滑り込むと、区別がついてるんだかついてないんだか、土方は安心したように俺に抱きついてきた。そしてまた眠りに落ちていく。ひつじ……とかなんとか呟いていたところを見ると羊のつもりで抱きついているのかもしれない。なんだかな。
 暑いけれど土方の寝顔がこんなに近くて、離れようって気にはなれない。いつの間にか俺も眠ってしまったらしく、気がついたら日は落ちて涼しい風が部屋に流れ込んでいた。

 俺が他の奴と祭りを楽しんでいる、とむくれる土方を、内心ばかだなぁと笑っていた。俺はいつだって土方と一緒にいたい。そんなの当たり前なのに。でも同時に土方の邪魔にもなりたくない。土方と共に過ごす連中を敵視したって仕方ないし、逆もまた真なりで、土方が新八や神楽に対抗心を燃やすのは馬鹿らしいと思っていた。
 でも、寝惚けて俺を見ずにやたら羊を追う土方を見ると、そう簡単に割り切れるもんでもないのかな、と思ったりもする。土方が俺でない物に心を傾けることが、相手はたかが人形でも、何か俺の中でぐらぐらと不安定で落ち着かない。

「土方」
「うぅ……」
「羊、持って帰っていい?」
「んぅ……あと五分」
「土方」
「んん」
「好きだ」

 そっと唇を重ねると、土方は寝惚けながらも口づけを返してきた。それに気を良くして、汗ばんだ頬に、首筋にキスを落とす。

「……ぎんとき?」

 やっと少し目覚めた土方が、それでも羊を抱きしめていたときのように俺の頭を抱え込む。その胸元を舌で掬う。

「ぎんとき……ん、」
「浮気してたお仕置き」
「うわき?」
「間男は持って帰るからな。洗濯の刑だから」
「なん……? え、なんで、あっ」

 目が覚めきらないうちに土方の手を握って布団に縫い付け、乳首を舌で転がす。訳の分からない土方がロクに逆らわないのをいいことに、ちう、と吸ってみる。ぴく、と土方が震えた。

「なあ、ここ、おれのへや……?」
「そうだよ。暑中見舞いに来たのに、土方寝てるし」
「あ……わり、」
「俺がいんのに。ぬいぐるみなんか抱いてさ」
「あ……っ!」
「呼べよ。抱いて寝たくなったら呼べばいいだろうが。羊なんか抱いてねえで」
「……おまえだとおもえって、いった」
「その日に捨てそうな勢いだったじゃねーの」
「すてんのかわいそうだろ……」
「呼ばれねー俺は? 可哀想じゃねえの」

 土方は答える代わりに俺にキスをした。そして今度ははっきり目を覚まして、俺だとちゃんとわかって、首に腕を回した。

「仕事は?」
「もう遅れてんだ。あと三十分くらい遅れても変わんねーよ」
「じゃ、三十分で終わらす」
「終わんのかよ」
「終わんなかったらどうするよ」
「とりあえずあと三十分な――そんでさっさと仕事終わらせるから、待ってろ」

 土方の体が熱い。急いで俺を引き寄せて唇を重ね、舌を絡めてくる。
 久しぶりだもんな。
 急に愛しさが溢れ出してたまらなくなり、俺も土方の熱い体をしっかりと抱き寄せた。





「トシ、まだ寝てるかな? 急ぎじゃねえんだがちょっと見て欲しい書類が……」
「局長、しーーっ! 今行かないほうがいいですって! 今っつか、明日の朝にしたほうがいいです!」
「?」
「俺は呼びに行きませんからね!」
「???」



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いろ様リクエスト
「ぬいぐるみを抱きしめて寝る土方さんを
見て、むらっとくる銀さん
/出来れば裏ありの18禁」

珍しく中途半端なエロで終了ーー!
すみません笑
やり直し請求、というか
肝心な場面の要求(笑)承りますm(_ _)m

 



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