もぐもぐ


 しゃぶしゃぶ屋で肉を楽しくしゃぶしゃぶしてたら隣の席に見知った顔が三人雁首揃えて入ってきて、ビンボーなくせに生意気だって難癖付けてきた。
 ババアんちの家電直してやったからタダ券もらったんだっつーの。余計なお世話だ公僕が。僕だからね、しもべだから。公のしもべ、つまり俺のしもべでもあるっつーことだ。

「しもべは黙って主人のお食事風景眺めてろ」
「は? 誰が? 税金払って出直してこい非課税世帯野郎が」
「銀さん、ご飯食べるときぐらいケンカしないでください」
「トシやめとけって。たまには肉食べさせてやんなきゃ可哀想だろ、新八くん成長期なんだから」

 未来の義弟についてゴリラがめっちゃ語ってるのに新八がピクリともしないで無視しているので、新八がツッコミを我慢してるというのに俺が何を言えよう、とかヅラみたいなことを思い直して肉に集中する。
 何しろこっちは神楽連れだから、飛ぶように肉が無くなってく。食べ放題とはいえ大丈夫なの。追加料金なんか取られたら皿洗いじゃ追っつかない。
 俺の心配をよそに隣の一行様はメニューを開いてお決めになったようだ。どうやら沖田くんが肉を食いたいと騒いだんで、保護者二人がとりあえず食べ放題行っとけ、って決めたらしい。会話の切れ端から察するにそういうことだ。こっちはそれどころじゃない。肉頼むのも十枚単位だし店の人の顔がだんだん険しくなってくるし、それより何より肉が運ばれてきた瞬間に箸出さないと神楽が掻っ攫ってっちまうから、俺の胃に入らない。店の機嫌はどうでもいいが肉が食えないのは一大事だ。
 一大事なのに隣の、特に目つきの悪い前髪V字型のヤツがチラッチラこっち見てくる。マジムカつく。

「なに。気が散るんだけど」
「今何枚目だ」
「知らね。百くれえかな」
「百だとよ。総悟気合い入れろ」
「やれやれ、旦那と勝負したいなら俺を巻き込まねえでくだせえ」
「あの馬鹿どもに負けんじゃねえ」

 ああ、俺たちに張り合おうっての。馬鹿だなあ無駄ムダ。神楽だぞ。夜兎の胃袋ナメんな、

「夜兎関係ないですよね。ここの兄妹だけですよね」
「競争しながら食べても美味しくないアルはむはむ、私は食べたいだけ食べるネ私の獣の疼きが止むまでんぐんぐ」
「鍋とか店とか壊すなよ。食いながら喋るな、なんか飛んできたし」

 あっちのテーブルにも肉が来て、ドSとV字が張り切って食い始めた。ゴリラは年上だけあって最後まで窘めてたけど目の前で肉バクバク食われたら心中穏やかじゃなかったのか、結局一緒になって食い始めた。
 そうは言っても所詮ただの人間。俺たちのほうが先に来ててまだまだ食う気満々だっつーのに、連中は早々にギブアップした。早々って言っても二時間くらいは黙って食うだけ食ってたから、並の人間よりは食ったほうなんじゃないのかな。

「ハイハイよく頑張りマシタ。さっさと帰ってくんない」
「俺に指図すんな言われなくても帰るわクソ天パ」
「残念だったねー。まあこれに懲りて今後無謀な勝負は挑まないこった、万事屋と真選組じゃ格がちげーんだよ、負ける要素ないから」
「そっちゃ夜兎がいるから公平さに欠けるだろうが、地球人同士のガチンコならテメェらなんざ俺たちの足下にも及ばねえくせに」
「夜兎関係ないアルもぐもぐ、パピーもマミーもあんまり食べなかったヨんぐんぐ」
「神楽ちゃん、食べながら喋っちゃだめだってば僕にもなんか飛んできたよ」
「夜兎関係なくてもその小娘が大食いなのァ関係大有りだろうが。サシで勝負したら俺の勝ちだ」

 しゃぶしゃぶ食べ放題で負けて言いがかりってどんだけバカなの。食べ放題で勝ち負けって。もちろん俺は常に勝つ。
 ゴリラが宥めてその日は終わったけど、しばらくして街中で前髪V字に会った。俺を見るなり顔を顰めてかんじ悪いったらない。無視しても良かったんだけど、俺は礼儀を知ってるからね。挨拶はした。

「よう、少食くん。ご飯食べられるようになったかよ」

 怒ったね。ほんと短気だよコイツ、負けは負けなんだから認めてへりくだれっつーの。

「チャイナがいなきゃウチの勝ちだ」
「どうかな。俺も食うよ、健康な二十代男子だからね」
「奇遇だな、俺も健康な二十代男子だ」
「ええー肉を前にして敗退しといて、健康はねえだろ。内臓ボロボロなんじゃねーの脂質過多で」
「糖質過多に言われたくないわ。チャイナ抜きで勝負できねえところを見ると、口だけだろ」

 そんなわけあるか、じゃあ証拠見せろって話になって、前回行った店で前髪V字がタダ券貰ったんで(俺たちにはくんなかった。やっぱり怒ってたのかな店の人)、改めてサシで勝負だ。決戦は野郎の次の非番の前日。十日後の夜って決まった。
 奢りみてえなもんだから、もちろんその日は朝から飯食わずにヤツの財布を空にするつもりで挑んだ。二人で店に入り、ひと言も口を利かず。注文取りに来たネーチャンはかなりびびってた。空気を読まないV字はチンピラみてえな鋭い眼光でメニューを黙って指差すだけ。ネーチャンかわいそう。

「ごめんねえ、コイツちょっと頭可哀想なんだよね。俺も同じやつ、取り敢えず牛八枚豚二枚お願いしまーす」

 これくらい言えっつーの。V字はますます不機嫌になったらしく二つ名の通り鬼みたいな顔になったが気にしない。
 そして勝負は始まった。始まったのはいいんだけど、

「……おめーな。その黄色いビチャビチャは反則だろ」
「何がだ」
「俺の食欲を著しく失わしめてんだよ! しゃぶしゃぶはゴマだれかポン酢が常識だろ」
「何であれ生命を食すからには美味しく食うのが何よりの供養だろうが。すなわちマヨネーズだ」
「冒涜だからね、死者への。牛や豚だってマヨネーズかけられるために出荷されたんじゃねーから」
「牛や豚がマヨネーズ知ってたら、こんな美味い食い方されることに感謝するはずだ」
「知らずに成仏してえに決まってんだろ! とにかくやめろ。公平さに欠けるわ」
「夜兎がいねえと勝てねえからってマヨネーズのせいにすんな」

 どうにも話が噛み合わない。よく黄色塗れになった肉なんか食えるね。見てるだけで胸焼けする。
 奴は勝ち誇ったようにもぐもぐやってるけど、ほんとドロドロ見せられるともうひと口だって食う気しない。最初の注文分をやっとのことで食い切って、V字がもぐもぐやってんのを眺めるだけで終わってしまった。当然、俺の負けだ。

「イヤ負けてないから。人外の食い物目の前でクチャクチャされたら食えるモンも食えないからね」
「口ほどにもねえ野郎だ、小娘に頼らねえと勝てねえクズ」
「調味料をメインにしねえと食えねえクズに言われたくねえな」
「マヨネーズを馬鹿にすんな! だいたい他人の嗜好に惑わされるあたりテメェがヘタレな証拠なんだよ」
「ヒトの嗜好じゃねえだろソレ、犬の餌食ってる人間と一緒に食卓囲めるかっつーの」

 マヨネーズさえなければ俺の勝ちなのに。あり得ねえだろ。なんなのアレ、肉にマヨつけるってレベルじゃねーから。マヨに肉添えてるから。

「まあわかったよ、おめーは真っ当な方法じゃ俺に勝てねえからって生理的嫌悪に訴えるしか手がねえわけだ、うんうん。カワイソーに」
「負け惜しみも大概にしやがれ、悔しくてとうとう現実逃避かカワイソーに」
「あ? キモチワルイ食い方しなきゃ俺が勝ってんだよボケ、そうまでして俺に勝ちてえかバカ」
「バカって言うほうがバカ」

 そんならマヨネーズ抜きで勝負すりゃいいのにって言ったらバカは自信満々で乗ってきた。で、次は焼き鳥屋だ。串の数で勝負だ。マヨネーズを使うか使わないかで相当揉めたが、マヨネーズなんか置いてない店を選んじまえばこっちのモンだ。いやしゃぶしゃぶ屋でもこの馬鹿マイマヨ使ってたけど。
 行きつけの焼き鳥屋に連れてって、メニューの端から端まで二本ずつ頼んだ。ここの肉はどっから仕入れてんのか知らないけど肉汁たっぷりで俺は大好きだ。ビールが進むよ。
 マヨラーは黙ってもぐもぐしてる。コイツの口が動くときは間違いなく俺を罵倒してるときだったから、静かにもぐもぐしてるとこは初めて見る。マヨさえかけなきゃ行儀は悪くねえし、一心にもぐもぐしてるのを見るのはなんだか新鮮だ。
 と思ってたのに、もぐもぐの口は突然故障した。

「おいテメェ、それはなんだ」
「つくねだけど」
「それ、つくねとは言わねえだろ。団子の間違いじゃねえのか」
「バッカ知らねえのか。宇治銀時つくねだ」
「人にマヨネーズ禁止しといてつくねにあんこ乗せるのはアリか!? 図々しいにもほどがあるわ」
「は? 黄色塗れの物体とは訳が違うだろ、慎ましやかで美しいだろ、食欲を引き立たせんだろ。羨ましかったらおめーも頼め」
「羨ましいわけあるか! テメェがそれ食うなら俺もマヨかける」
「わかってねーな! おめーのは見た目が悪すぎんの! 視覚の暴力なの!」
「ソレは暴力じゃねえのか! 理解できるかバカ!」
「バカって言うほうがバカ!」

 わからんヤツだなあ。あんこで食欲なくす奴がいるかってーの。V字くんはそこから手が止まり、グダグダ言いながらそれでも二本くらいは無理やり胃に流し込んでたけど、公平さに欠けるから無効だ、とかなんとか喚きながらギブアップした。残りは全部食ってやった、ざまあ。
 V字がしつこく絡んでくる。お前がズルだ、いやお前がな、とエンドレスやり合って、蹴りがつかねえけど腹はいっぱいだから日を改めて次回、また非番の前日に勝負ってことになった。そもそも非番の前日を指定してくるあたりが軟弱だ。翌日寝込んでも障りないようにってことだろ。俺はたらふく食った翌日もピンピンしてるから。俺は黄色い油なんかに肉浸して食ったりしないからね。

「マヨ塗れのしゃぶしゃぶだぜ? 信じられるか」
「それは見たくないですけど。宇治銀時つくねも……僕たちは見慣れちゃいましたけどねえ」
「ドSがこないだ『どっちもどっち』って珍しく弱ってたネ。ざまあだけど、私もどっちもイヤネ」
「なんなのお前ら。どっちの味方なの」
「いや。味方って言われても」
「ほんとどうでもいいアル。くだらない勝負より、次はお土産買ってきてヨ」

 テメーの口に入らないからって万事屋のくせに味方しないってどういうこと。これは万事屋の名誉が掛かってんだよわかってねーな。
 次の勝負は焼肉屋だったが、これは失敗だった。どっちがどれくらい食ったか途中でわかんなくなっちまった。つーか俺が焼いた肉をあいつが食っちまうのが悪い。あいつけっこうせっかちなんだよな。まだ焼けてねっつってんのにどんどん食おうとするから、焼けてるヤツを教えてやってるうちにわかんなくなった。野郎のせこい作戦だと思う。
 その次はジンギスカン。野菜の量で揉めてドロー。串カツは旨かったけど、揚げ物は数を競うにはイマイチって、これは二人とも珍しく意見が一致してやっぱりドロー。正統派ステーキは野郎が給料入ったからって奢ってくれたんだが、奢りでガッツリ食うのもな、なんて珍しく遠慮したら奴がキレてドロー。

 気がついたら何軒行っただろう。思いつく限りの肉料理は食い尽くした。ギョーザはいい勝負だったが肉を食ったって感じがしなくてもう一回やり直し。とんかつも旨かったがタルタルソースっていう、ヤツに有利な存在があったからナシ。俺は何回あの野郎がせっせと口に肉を運んでもぐもぐするのを眺めたことか。ヤツはヤツで、次は何にしようか、と面倒くさそうながらも律儀に毎回頭を悩ませている。
 なんだかおかしな気分だ。勝負がついたらこいつとサシで飯を食うことはない。当たり前だ。ないに決まってる。さっさと決着をつけたいのに(もちろん俺の圧勝で)、終わったらつまんねえな、なんて考え始めてる。異常だ。肉を食い過ぎて思考に異変を来したのか。

 その日は原点に帰って最初の店でしゃぶしゃぶをやり直した。マヨ禁止、あんこ禁止で黙々と食べ続けた。奴は相変わらずもぐもぐと口を動かす。ときどきぱかっと口を開けて肉を放り込む。最初のときは随分不機嫌なツラで俺を睨んでたけど、今日は無心に肉を放り込んではもぐもぐしてる。なんだか、微笑ましい。

「なにジロジロ見てんだ、ギブアップか」

 一応文句は言ってるけど、まだ食うよ、と答えると親切にも店のネーチャンを呼び止めて追加注文をしてくれて、それどころか『牛か? 豚か、どうすんだ』なんて聞いてくれる。
 二十二枚目で俺は正直ギブアップだったが奴も同じらしい。ていうか、一枚ずつ同時に頼んでるから、勝負がつくはずもない。今日も勝敗はつかず。
 次回は何食うよ、などと奴は俺に聞くが、きっと奴も知る限りの店に行き尽くして困ってるんだろうと想像がつくくらいには、この光景にも馴染んで来た。

「次か。次は」

 俺は、少し前から温めてきたプランを口にしてみる。

「土方くんを食いたい」
「は……?」
「もぐもぐ美味そうに肉食ってるその口を食いてえ」
「……」


 いやだって、可愛いんだもの。
 うん、ぶっちゃけ可愛い。もぐもぐしてる土方はいつものチンピラ然とした気に食わねえ野郎とは打って変わって微笑ましくて、可愛いとしか言いようがない。松陽先生が昔、肉ばっかり食べちゃいけません肉野菜野菜野菜野菜肉です、とうるさく言ってたのはもしかしてケチだからではなくて、肉ばっかり食ってると頭おかしくなりますよってことだったのか。それならそう言えバカ師匠。だいたい肉なんか食べつけない俺がガンガン肉食いまくったから思考回路が肉食になっちまっても仕方ないと思う。


「次回っつーか、今から食う」
「……本気か」
「どうせ明日休みなんだろ」
「そうだけど」
「じゃあ食わせろ」
「……俺は何を食うんだ」

 てっきり激しく拒否されると思ってたのに。
 土方は気まずそうではあるものの、俺を蹴っ飛ばして立ち去る気はないようだ。不自然に視線を逸らして、そわそわとあたりを見回す。それから、我慢できなくなってチラっと俺を見た。なんと、目元が赤く染まってる。
 なんだか笑い出しそうになって、俺は土方の手を掴み、思い切り引っ張りながら歩き出した。
 おめーは俺でも食ってろ。今まで同じモン同じだけ食ってきたんだから妥当だろ。そうじゃなきゃ勝負にならない。暗いのをいいことに土方が俺の手を握り返してくる。


 土方食った後は何食うかな。とりあえずゴリラに挨拶かな。バナナたらふく食わされたりして。
 もう肉はたらふく食ったから、次食うのはバナナでもゴリラの拳固でもいいや、と俺は肉にやられた頭で考えたのだった。






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E様リクエスト
「原作設定の銀土二人が肉を食べに行く話」

肉尽くし食べたくなってきた(笑)
リクエストありがとうございました!




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