目覚める父性


 することないからパチでも行こうと玄関を開けたら、ちっちゃい男の子が手を目いっぱい伸ばしてぴょんぴょん飛び跳ねてた。インターホンに手が届かなくて頑張ってたらしい。いきなり俺が顔出したんで俺を見上げる格好になり、びっくりしたのかジャンプの格好で固まってる。
 たまにちびっ子が依頼してくることもないではないので、ウチに用かと一応尋ねたんだけど黙ってしまった。中に通したらついてきて、ウチの中をキョロキョロ見回す。

「なんか飲む。っつってもいちご牛乳しかねえけど」

 そう言った途端、ちびは盛大に顔を顰めた。生意気な奴だ。こんな生意気なちびに選択肢なんぞ与えてやるのはやめて、いちご牛乳を強制的にコップに注いで出した。ちびは親の仇みたいにそれを睨んでいたが、さっきのぴょんぴょんで相当な運動をしているはずだ。いつからやってたか知らないけど。従って喉も渇いてるはずだ(俺規格)。黙って見てたら案の定、渋々手を出した。そして両手でコップを支えてごくごく飲み始めた。手がちっちゃいから両手じゃないと落っことしちまうのか。普段何の気なしに使ってるコップがこんなにデカイと思わなかった。つうか、ほんとちっこい手だなあ。
 ちびはなんだかびっくりしてるようだ。目をまん丸にしてコップの中身を覗いてる。

「美味かっただろ。食わず嫌いはいかんよ、うん」

 と言ってやったら、こく、と頷いた。
 ずいぶん無口なガキだ。用事があって来たんじゃないのか。ひたすら黙ってじっと俺を見るばかりだ。俺も助け舟を出してやらず、ちびをじっくり観察することにした。
 黒髪はいつもはきっとサラサラストレートなんだろうけれども、今は汗で張り付いてる。子供は新陳代謝激しいからなぁ。見上げる目はちょっと濃紺がかっていて、あれ、これどっかで見たことあるけど気にしないどこう。衣服には見覚えはないがきちんと着つけられていて、腰の後ろで結わかれた兵児帯が、足をぶらぶらさせるたびにひょこひょこ揺れる。ああ、足が届かねえのな。いくつくらいだろう。五歳――くらい? 晴太がスリやってた頃よりずっとちびだから。いやもっと小さいかも。

「えーっと、名前は。年わかるかな」

 お互いだんまりなので痺れを切らして俺から話しかけてやると、ちびは首を傾げた。あれ、わかんないかな。

「どうしてウチに来たの。誰かのお遣いか?」

 え、五歳(かどうかも不確かだけど)ってどれくらい言葉知ってんの。通じてんのコレ。いっぺんにいろんなこと聞いたらダメかな。なんてこっちも静かにパニクってたら、ちびは今度は首を横に振った。お、通じたらしい。

「名前は? 言えるかな」

 ひとつずつ聞き出すことにして、答えを待っていると、ちびは口を開けて、閉じて、辺りを見回して、また口を開けて閉じた。その度にほっぺたがむにむに動く。それを見てるだけで飽きない。なんだかひとりでに変な笑いが湧いてくる。

「じゃあ名前はいいや。いくつ?」

 ちびはまたもや焦って口を開いたが、今度は首を傾げた。ぽかーんと開きっぱなしの口許はやたらと柔らかそうだ。一生懸命考えてるのかもしれないが、そのうち空のコップに目が釘付けになってきた。年はわかんないのかな。そんなことよりもっと飲みたくなったんだな。なんとなく考えてることが見ててわかるからおかしい。たまたま安いカップのアイスがあったから出してやったら目を輝かせた。あ、アイスはわかるんだ。テーブルには全然届かないから、ソファから下ろしてやった。抱き上げたら着物越しに子供らしいあったかい体温が伝わってきて、また変な笑いが湧く。
 俺にとっちゃ小さいアイスなんだけど、ちびが持った途端に巨大に見える。蓋をはがすために本体を片手で持とうとするんだけど、手が小さくて持てないみたい。だったらテーブルに置けばいいのに。開けてやってもいいんだけど、どうするかなって眺めてたら片手で本体を支えることに執着するあまり、つるんと小さな手から逃げられてしまった。もう可笑しくて、クックックッと笑いながら拾って開けてやった。
 ちびは笑われたってことは理解したらしく、むう、と口を尖らせた。でもひと口スプーンで掬って口元に運んでやると、素直にぱかっと口を開けた。また目がキラキラ輝く。美味かったらしい。そういやこんなちびにこれ全部食わせたらお腹痛くならないかな。大丈夫かな。

「全部食えなくてもいいからな」

 って言ってあげたらなぜか慌てて俺からスプーンを奪い取った。そして自分で掬い始めたけど、なんか多すぎない? 自分の口の大きさわかってる? 案の定口からはみ出して、右に寄せたら左がはみ出すし反対にやれば右がはみ出すし、苦戦中。もうね、笑いが止まらない。
 途中で神楽が定春の散歩から帰ってきて、何をニヤニヤしているのかと俺に言う。気持ち悪いほどニヤニヤしてたらしい。でも神楽もすぐに夢中になって、珍しくちびからアイスを取り上げることもなく、横に座って甲斐甲斐しく食べさせてやってた。
 それでもやっぱり全部は食べきれなかったようで、だんだん口を開けなくなり、

「お腹いっぱいアルか」

 こく、と頷いた。
 それからまたらキョロキョロとウチの奥の方を覗き込む。そして急に立ち上がったかと思うと、厠に向かって一直線に転がって――ほんとにこんな感じだ――行った。ああ、冷えたのか。そんで取っ手に向かって精一杯背伸びをした。後ろ姿から必死さが伝わってくる。結構切羽詰まってるみたいだ。あれ、よく場所わかったな。
 何しろちびだから困ったこともあるんじゃないかと思ってついて行ってみたけど、ピシャッと扉を閉められてしまった。ちびでも恥ずかしいか。そうかそうか。むふふ。流す音を聞いてから扉を開けたら、手を洗うところに届かなくてまたぴょんぴょんやってた。抱き上げて水道を捻るとちゃんと小さな手を擦り合わせて、石鹸もつけて洗った。偉いなあ。

 ほんとは汗かいてたから風呂にも入れようと思ってたんだけど、ちびは眠くなってしまったらしい。厠から出たら大きな欠伸をひとつした。
 定春が寄ってきて、しきりと匂いを嗅いでる。珍しく他人を排除する気配もなく友好的だ。土方なんか最初ウチに来始めた頃はよく齧られてたのに。定春はちっさい者や弱い者には親切にするタチだから、気に入ったのかもしれない。ちびのほうもそう驚かず、鼻を押し付けられても舐められてもされるがままだ。ちびから見たら山みてえなデカさのはずなのに怖がりもしない。それより眠いのかな。もう一度抱き上げたらぽかぽかと身体が温かい。とんとん、と背中を叩いているうちに俺の肩に頭を凭せ掛けて、やがて眠ってしまった。

「銀ちゃん、どこの子か知ってるアルか」
「いんや。ここ来てからひと言も口利かねえ」
「それどう見てもマヨラーの……」
「シッ。寝てると思うけど、あんま本人の前で言うな」

 そっくりだもんな。頑固そうなとこも。甘いモンなんかに釣られないぞって頑張ったあたり、親父にマヨネーズ教の洗脳でもされてんのか。でも子供の舌は素直だから甘味にあっけなく陥落。びっくりしてたな。思い出すと変な笑いがまた込み上げてくる。
 土方の隠し子だとしたらよくもおめおめと俺んとこ寄越したモンだと文句の一つも言いたいところだが、どうにも言う気になれない。温かい体温と安心しきった寝息を一身に受ければ、この子に黒い気持ちを向けることができない。むしろ嫉妬だとか怒りだとか、そんな悪感情から護ってやらなければと思ってしまうのは、俺が土方にベタ惚れだからか、それとも父性とやらに目覚めつつあるせいか。

 新八が買い物から帰ってきて、俺がちびを抱いているのを見つけるとため息を吐いた。真選組が、とかなんとか言ったような気もするが、それより寝た子を起こすんじゃねえ、と目顔で黙らせた。どうせ勘七郎の時みたいになんか誤解してんだろうけど、違うって抵抗したいようなそうでないような。もう俺の子でいいんじゃね。真選組の副長に隠し子があっちゃまずいなら、俺の子ってことにして引き取ってもいいんじゃね。いやだって和むもの。重いしそろそろ腕痛くなってきたけど、下ろしたときに起きちゃったら可哀想だ。起こさないように小声で新八に、ついでにもうひとっ走りしてちびの着替えとちび用の茶碗と箸買ってこい、と言っちゃうくらいにはメロメロだ。神楽が世話焼きたがって、張り切って『買いに行く』と請け合ってくれた。新八は俺も神楽も無視して一直線に電話に向かう。せっかくいい気持ちで眠ってるんだから起こすなバカ。静かにしろ。居間を離れて比較的涼しい廊下に出てやると、ふすう……とちびは大きく息を吸い込んで、眠ったまま俺にしがみつく。なんだこれ。マジ可愛い。
 なんてちびの可愛らしさを堪能してたら、インターホンを連打する馬鹿者がやってきた。殺意を覚えたね。ちびはぐずって、うう、とか言いながら目を覚まし、まだ寝惚けて俺の肩に思いっきり顔を擦り付けている。可哀想に。なんてことしやがんだ誰だ何時だと思ってんだ、ってまだ夕飯も食ってねえや。でもダメだ、子供を叩き起こすとは言語道断だ。
 ちびを抱いたまま玄関を開けると、そこには真選組の地味な奴が立っていた。そしてそいつは大きなため息を吐いてから叫んだ。



「副長……!」



 え。
 えええええええ!?


「じっとしててくださいよ新八くんから連絡なかったら大捜査網敷くとこだったんですから! いくら旦那大好きでもこの非常時にやめてください」
「テメェらが面白半分に弄くり回すのが悪ィ」
「解毒薬手に入りましたよ。帰ってきてください」
「俺に指図するたァいい度胸だ山崎のくせに」


 幼く舌足らずな声と口調に似合わないいつもの毒舌を遠くに聞きながら、心温まる父子家庭が夢と消えたことに絶望して俺は意識を手放した。




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いろ様リクエスト
「小さくなった土方に萌える銀さん
/サイズが小さくなっても、年齢が若返っても
どちらでも」

土方隠し子(仮)に萌えてしまったようです。
リクエストありがとうございました!





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