1 残りの連中は個別対応で、同じように稽古をつけてみた。真面目に精進しているらしく、土方から見ても及第点だった。ただ、中にはやけに突っかかってくるタイプがいる。それとなく他の隊士との稽古を窺って比べてみると突っかかるのは土方との稽古だけで、どうも土方に何かしら含むところがあるような気もする。 怪しいと判断した者をリストアップして、近藤にさりげなく尋ねてみた。怪しんでいると知られると、この大らかな大将は案外厄介だからだ。 しかし。 「あー……なんか問題あった?」 近藤が難しい顔をしたので、土方のほうが驚いた。 「いや。あるとすれば、かなり弛んでる。一部は実戦禁止にした」 「そっか……それがいいかもな」 「心当たりがあんのか」 「不合格にしたヤツがいるって言わなかったっけ。こいつら、その仲間」 共通点があったことは驚かなかったが、それだったのか。その共通点はかなり危険だ。 「こいつ、その不合格者に会ってたぞ」 「え、」 「悪いな。大したことじゃねえと思って報告しなかったが」 不合格者が上京していて、剣の腕さえ上達すればと志して密かにその隊士に稽古を依頼していたことを告げると、近藤はますます眉を顰めた。 「俺もこの前は簡単に言ったけどさ。剣だけじゃねえんだよ、ハネた原因は」 「……リーダー格は落としたほうがいいって俺も言ったしな」 「うん、それを忘れた訳じゃねえんだけど。それ以前に、なんつーか」 気に入らなかったのだ、と近藤は言う。 伊東鴨太郎が内通者だと知ってなお、懐に入れた近藤にしては珍しい拒否反応だ。 「どうも……一緒にやってくとこが想像できなかった。偏見かもしれねえが、俺は好かねえヤツでな」 「アンタがそう言うならよっぽどだろうよ。俺が会ってたら叩き斬ってたかもしんねえ」 「はは……斬るかどうかは別として、トシは絶対嫌うだろうなぁ」 普段は緩いと思われがちだが近藤の選眼は土方より優れている。これまでの経験上、近藤がダメ出しした者を無理に入隊させても長続きした試しがない。逆に、土方が当初毛嫌いした佐々木鉄之介などは、今から考えると近藤の言う通りにしておいてよかったケースだ。 「だからいくら鍛えても無駄なんだけどなぁ」 「アンタその場でなんか言ったか」 「いや。ただ合格者だけ集めたから。不合格者にはご苦労さん、くらいしか言わなかったけど」 リーダーだった男が弾き出され、昨日まで自分の言わば配下だった仲間のほうが真選組に取り立てられる。その様を見て、リーダーは決して面白くはなかっただろう。若さゆえと言えるかもしれないが、嫉妬や羨望の黒い気持ちを抱くかもしれない、と土方は想像してみる。が、所詮想像なので深く考えるのはすぐにやめた。 「でも、だからってトシの悪評振りまくって話には繋がんねえだろう? 振りまくなら俺だろ」 「普通はな」 少し頭を巡らすことのできる者ならば、近藤を直接貶めれば誰の仕業か露見しやすいと考えるだろう。だから右腕の土方を狙う。ましてや入隊したかつての仲間とは一時期まだ繋がりがあったわけだから、局長と副長の関係は筒抜けと考えていい。平隊士だって近藤が土方を重用していることくらいわかる。その近藤を貶めるには、重用されている土方の失策を糾弾し、そんな土方を重んじている近藤の責任を問えばいい。 「そんなまどろっこしいことするか? 落とされたくらいで」 「俺たちから見りゃたかが不採用だが、落とされたほうからしてみりゃ大ごとなのかもしれねえよ」 山崎がしきりと『副長にはわからないかもしれませんが』とエラそうに講釈を垂れていたことを思い出す。腹立つ。 それに、と土方は密かに思う。 坂田にしてみれば、好きでもない、しかも男につけ回されてうんざりしていたのでいい機会だからとはっきり退けただけなのだろうが、自分はそれを未だに引きずっている。それと同じことではないだろうか。思い入れが深ければ深いほど、退けられたときの衝撃は大きく、忘れ難い。 だからと言って土方は、坂田に害意など持てないほど未だに好意を募らせているけれど。 (人それぞれかもしれねえしな) 退けられたことをただ悲しむのか。それとも恨みに変えるのか。それは、各々の心持ち次第なのかもしれない。 「とにかく、そいつはもうウチに入隊する可能性はねえってことだな。そいつァこの際ハッキリさせといたほうがいいんじゃねえか」 「いや、もうハッキリ言った。これ以上そいつに接触する必要はねえ」 むしろ隊士たちのほうに申し渡すべきだと近藤は言った。人がいいな、と土方は微笑ましくそれを聞いた。 場合によってはその男を斬るつもりだった。相手が隊士でなくても斬る理由をつけられる自信はあるし、理由がなければ粛清のためだけに入隊させてもいいとさえ土方は考えていた。これだから鬼だなんだと言われるんだろうな、と近藤のある意味温情ある処断を聞いて、土方は己が大将を誇らしく思った。 山崎にやたらと目をつけられていた隊士を呼びつけた。 「あれから外では稽古してないようだが」 話を切り出すと、隊士はハッと身を竦めた。 「稽古は……していません」 引っかかる答え方だ。土方は改めて隊士を注意深く観察した。 「稽古『は』?」 「非番の日は自由と! 先輩に聞きましたので……」 鬼の副長にジロリと睨まれ、隊士は縮み上がる。 「……いけなかったでしょうか」 「会うな。接触は断て」 と言うと、隊士は驚いた様子を見せた。 「理由を、聞いてもいいですか」 「ベテランなら許さないでもない。だがお前らはまだ、喋っていいことと悪いことの区別もつかねえだろう」 「では、真選組の話はしなければ……」 「むしろ俺が聞きてえ。なんだってそんなに未練がましく会いたがるんだ、テメェもそいつも」 「それは……いつかまた、一緒に、ここで」 「仮にそういう日が来たとしても、そんときゃそいつはテメェの部下だぞ。それでいいって言えるヤツなのか」 「……考えたことも、ありませんでした」 考えなしなだけで正直者らしいその隊士は、呆然と土方を見やる。 「どういう知り合いだ。ずい分入れ込んでるようだが」 「その……田舎で、よく面倒を見てもらいました」 「親戚かなんかか」 「いえ。あの、自分はこの通り、あまり気も利かなくて……棒切れ振り回すくらいしか能がありませんでしたし、農家の倅が鍬でなくて剣なんて、実家からは疎まれていましたので」 ああ、それなら少しわかる。 土方にも覚えがある。疎まれ方は違ったけれども、嫌われ者を受け入れてくれる者を、崇拝したくなる気持ちはよくわかる。 「テメェにとっちゃ恩人なんだろうがな。想像してみろ、そいつを顎で使わなきゃなんねえんだぞ。テメェもいつまでも新人じゃねえ、いずれ後進の指導もするようになる。だいたい斬り合いの場面でいちいちそんな気遣いしてたら死ぬぞ」 「……」 「そいつも、死ぬ。よっぽどデキた人間じゃなきゃ、昔の人間関係なんぞ持ち込んだ日にゃあっという間に斬られて死ぬ。それでいいのか」 「ダメです」 「なら、そういうことだ。お前のためにもそいつのためにも、これからは会うことを禁じる」 「……はい、」 「念のために聞いておくが、他にそいつに会ってる奴はいるのか」 沈黙が、答えだった。 こりゃいよいよ山崎を笑えないな、と土方は少し悔しく思い返した。早く帰らせて、こいつらの人間関係をもっペん洗わせよう。 「副長、」 突然呼びかけられて、地味な監察にやらせようとしたあれこれの思考を中断された。 「あ?」 「……あの人は、いつか真選組に入れますか」 「俺が許さねえ。理由は、さっき言った通り。しかも複数そんなんがいるんじゃ、危なくて入れられるか」 「では、自分らが辞めれば……?」 「お前らは近藤さんが選抜してきた隊士だ。近藤さんはそいつじゃなくお前らを選んだ」 そいつは何があっても俺が入隊を許さないし、近藤さんはそんな理由でお前たちが辞めることなんぞ許さんだろうよ。 決して説得するつもりはなく、事実そうであると思うからそう言っただけなのだが隊士は小さく頷いた。納得したようだ。 改めて局長の人望を思い知ったが、嫉妬だの羨望だのという気持ちは、やはり土方には湧いてこなかった。 章一覧へ TOPへ |