山崎が使った伝手を逆に辿って繋ぎをつけた。今の山崎は大名屋敷の下働きの下男だ。外に使いに出ることもないではないので、その時間に密かに落ち合うことにした。

「密輸は確かですが、主の怯えようが気になります」

 山崎は第一に今の仕事について話し出した。

「ご子息たちはさすがに気づいてませんが、奥方はわかってる節もあります。でも脅されてるならこの前なんかウチにタレ込むいい機会だったのにしてません。そこがわからなくて……でも、ブツは確実にあの屋敷を通過してます」

 土方の疑問はすなわち山崎の疑問であった。密輸武器が実在することだけはわかったが、事は進行していない。この件に関しては。
 それより今日の土方には、確かめたいことがある。

「例の新人だが」

 と切り出すと、途端に山崎は文字通り鬼の首を取ったような得意げな顔になった。

「ほら! 俺の言った通りでしょ、何があったか知りませんが」
「知らねーのにエラそうなこと言ってんじゃねーよ」

 大声は出せないものの一発ぶん殴っておく。地味な監察は声も出さずに頭を押さえて蹲った。あっぱれ監察魂。

「おかしな行動をするのは一人だけか」
「ええ? 俺が目ェつけたのはあの新人だけですけど……そりゃ、同窓生じゃありませんが、同時に入隊してきた連中には仲間意識はあるでしょう」
「なんでわかる」
「稽古してりゃわかります。ああ、副長は指導側だからあんまり気にしないかもしれませんけど。俺たちは扱かれる側ですから」
「……意味がわからねえ」

「例えば俺だって、原田隊長が今日どんな形で誰をどう攻めたか、気にしますよ。こっそり真似もしますし。新人ていちばん伸びるときじゃないですか。個人的には、マウンテン時代の連中が俺より強いか弱いか、今でも気にはなりますよ」
「集団採用した連中はテメェと同じように互いに目ェつけ合ってるってことか」
「目ェつけるって。そりゃ副長はそういう性質でしょうからアイタタタタ! だってそうじゃありませんか! 事実ですよ事実!」
「気にはするってことだな」
「まあ、そうです。それで精進することにもなりますし、俺は個人的には悪くないと思ってるからそうやってますけど! いけませんか!?」

 責められたと勘違いしたらしい監察は生意気にも抗議の声を上げた。

「例の新人もなんか心入れ替えたみたいじゃないですか。よく道場で見かけるようになりましたけど」
「で? 誰と稽古してる」
「そりゃ所属隊の隊長と。所属隊ったって道場では新人は全員ひとまとめみたいなもんですから、別の隊長とやってることもありますし、そうやってだんだんウチに馴染んでいくもんです。副長たちにはわかんないかもしれませんけど」

 それは、一理ある。
 初めから幹部だった近藤をはじめ土方、沖田にはそもそも馴染むもなにも、真選組をまとめるために心を砕いたことはあってもまとめられる側には立ったことがない。ましてや後から入ってきた者がどうやって真選組の隊士として一人前になるのか、結果は見ても経過はあまり気にしない。

「当然手練れと稽古してるんだろうな」
「基本的には。悔しいけど俺より原田のほうが上手いんで、よく立ち合い稽古やってます」
「テメェの話はもういいよ! 他の連中のことだ。特に新人……つってももう、だいぶ時間経ったけどな」
「そうですよ、新人ていうほど新しくもないでしょう。周り見て、手の空いた強い人捕まえて見てもらうことも覚えたでしょ。でもどうしても隊長がたの手が空いてないときは……っ、」

 あ、という顔になった監察は、やっと土方の意図を飲み込んだようだ。別にわからせるつもりもなかったのだが。

「やっぱり同期と……切磋琢磨って言やあ、聞こえはいいですけど」


 使いの途中だからあまり時間を取らせるわけにもいかない。土方が聞きたかったことはだいたいわかった。それから、新人の中で監察候補にできそうな顔ぶれを聞いて山崎を解放した。


 屯所に帰り、敢えて山崎が候補に挙げた連中を外して新人を呼び集める。つまりは目端が利くということだから、今回は土方の意図を読まれないとも限らないので除外する。手の空いた連中にまとめて稽古をつけるという名目だ。
 木刀を振らせてみると、なるほど入隊時から急成長を遂げている。しかし、成長ぶりには当然ばらつきがあった。例の新人はあれから外で稽古することもなく真面目に道場に来ているが、今ひとつ切れが悪い。

(素質、じゃねえなこれは)

 他にも剣筋に迷いがある者が何人かいる。見ればわかる。
 鬼の副長の前でいきなり素振りをせよと命じられて動揺するのもわからないではない。かつて自分も近藤の父に稽古をつけられたとき、緊張のあまりあらぬ失敗をしたものだった。けれど、彼らのは緊張とは違う。
 彼らと自ら立ち合ってみる。面倒だからいっぺんに掛かってこい、と言ってみたら、全員が全員、遠巻きに囲むばかりで身動きもしない。試しに攻めてみたらあっけなく木刀を手放した。

「そんな屁っ放り腰じゃァ、討入りで使えねえぞ」
「……」
「当分現場には出さねえ。足手まといだ、もっと精進しろ」

 挑発的な視線を送ってくる者、恥じて俯く者。それぞれの表情を、土方はしっかりと記憶した。
 この前の四番隊隊士は食い入るように土方を見つめ、緊張した面持ちながら深く頷いている。例の新人は悄然と俯いて遂に土方と目を合わせようとしなかった。


 この前謹慎処分にした者も何人か混ざっていた。どちらかと言えば土方を犯人と思いたい側だったことを、土方が忘れるはずもなかった。




前へ / 次へ



章一覧へ
TOPへ

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -