翌日、改めて四番隊の例の隊士を呼んで事情聴取をした。
 と言っても土方は同席しただけだ。聴取は主に近藤がした。

「トシは聞いててくれ。おめーに詰問されたら言える話も言い出せなくなる」

 近藤は笑ったが、隊内の不穏な空気を配慮したのは土方にもわかった。同席させたのは、局長があくまで副長に信頼を寄せていることを広く知らしめる意味も含んでいるに違いない。土方は親友の心遣いに感謝しつつ、局長の隣に腰を据えた。

 沖田たちが最終的に面通しした中年男の写真を見せ、これに見覚えがあるかと尋ねると、隊士は首を横に振った。全く見覚えはないらしい。近くにいたわけでもないという。
 この中年男が例の道場の門下生であることも今朝確かめている。隊士が初めに見た男が道場の人間ではない。再確認は必要だが、沖田の言葉を借りれば『道場ごと消えるわけもなし』、この聴取の後で面通しに連れて行けばいいと近藤は言った。

「よく思い出してみてくれ。一瞬も目を離した隙はなかったか」

 近藤が問うと、隊士はチラリと土方に視線を投げた。無意識だろうが、明らかに鬼の副長を気にしたようだ。

「済んだことに今さらガタガタ言わねえよ。それより持ってる情報は全部出せ。隠すほうが重罪だ」
「あ、いやトシは厳しいこと言うけど! おめーは昨日の功績があんだから。そこはトシもわかってるから安心しろ。なんか気になることがあったんだな?」

 近藤の取りなしで、隊士は恐る恐る口を開いた。

「自分が、副長に連絡をして……道場に若いほうの人相を聞きに行っている時間と、六番隊の皆さんが合流するまでの間は……」
「でも、もう一人の奴が見張ってただろう」
「今考えると、その……申し送りがきちんとできていたかどうか、」

 隊士は黙り込んで下を向いた。土方は内心舌打ちをする。尾行の基本ではないか。そこに自信がないのでは話にならない。
 しかし近藤は気長に彼に問いかけた。

「その時はできてると思ってたんだろ」
「もちろんです。でも、今にして思うと……」
「なんか不安要素あったのか」
「道を、聞かれました。通行人に」

 近藤の邪気のなさに安心したのか、彼は小さく呟いた。

「自分が対応しました。目標を相方に報せた後ですが」
「なら問題なさそうだが、なんかあった?」
「先輩も一瞬はそっちに気を取られたかもしれません。自分がもっと手早くやれば良かったのかも……」

 近藤に労われ、土方には睨まれ、隊士はすごすごと退出した。次は、彼の相方だった先輩隊士。

「邪魔が入ったんだって?」
「邪魔、というか。一般市民です、ごく普通の」
「顔は? そいつの顔は見たか」
「見ました。でも、ほんの少しです! 目標は見失ってません」
「二人とも目を離した時間はあったわけだな」

 土方が念を押すと、年上の隊士はふるりと体を震わせた。

「さっきのは新人みてえなモンだがテメェは違うだろう。なんで目ェ離した」
「すいませんッ」
「詫びが聞きてえんじゃねえ。理由はなんだと聞いてる」
「……聞いてきた人が、江戸をよく知らねえみてえで……何度も同じこと聞くんで、つい」
「どこに行きたいって言ってた?」

 近藤が助け舟を出す。隊士はホッとしたように近藤に顔を向けた。

「かぶき町です。でも、あそこからかぶき町はけっこう距離がある上にかぶき町のどこに行きたいのかよくわかってなくて……相方は新人なので、どうしても気に、なりまして」
「新人の面倒を見るのは結構だが本来の任務を疎かにしちゃァ本末転倒だ。テメェのおかげで重要参考人を取り逃がした」

 ついでに俺も要らぬ疑いをかけられた、と内心で付け加える。近藤が、まあまあ、と割って入る。

「トシの言う通りだけど、運が悪かったな。次回は気をつけること。二人とも今回は咎めない。ご苦労」



 わざとだ、と土方は主張した。

「道を聞いた奴はグルだ。なんだってあんなタイミングで……」
「それだけじゃ一味とは言えねえと思うけど、俺は」

 近藤は苦笑いした。

「トシの気持ちはわかるよ。でも、それだけでグルは言い過ぎ」
「賭けてもいいが、そいつかぶき町に行かなかったぞ」
「だとしてもさ。途中で気が変わるかもしんないし、だいたい土地勘なさそうって言ってただろ? 行きたい先がほんとにかぶき町だったかどうか、それだって怪しいと思うよ」
「そのバカ見つけ出してやる」
「やめとけ。わかってるだろ、そんなことしたらウチが内々に探索かけてたってことまで公表するようなモンだ」

 腹の虫が収まらないままに、先に呼んだ隊士を連れて件の道場に赴く。ちょうど道場では稽古中で、昨日の若い門下生は面を付けていたので待たせてもらう。隊士は不機嫌な副長の横で、小さくなっていた。
 立ち合い稽古が終わって、締めの素振りに入る。それぞれに防具を取り、顔が見えるようになった。隊士が声を上げた。

「似たのがいます。あいつじゃありませんけれども」
「別人じゃなかったら問題だろうが」
「そうですが、この人に似せたんだろうなってくらい似てます。別人ですが」
「なぜ断言できる」
「昨日自分、手を見ました。手で年齢に見当をつけたんです……こっちの人には傷があります」

 道場主と若い門下生を呼ぶ。道場主のほうは昨日から真選組と顔を合わせているから落ち着いているが、門下生は驚きと緊張感からか、そわそわしていた。
 確かに右の手の甲に、打撲の痕があった。昨日今日についたものではなく、回復しかかっているのは土方の目に一目瞭然だった。

「いつ、どこでなぜ怪我した」
「……かぶき町で、あの、」
「隠し立てすると屯所で聞くことになるが」
「いえっ、あの! 四日ほど前に、かぶき町で! 友人と、その、女性に声を掛けて遊んでいましたらっ」

 なるほど、ナンパか。そりゃ悪いことをした。師匠の前では言いにくかっただろう。

「女に引っ叩かれたか」
「まさか。女はこんな傷になるほどの力はないです」

 いや、あるぞ。特にかぶき町界隈は真選組局長を一撃で沈める女が出没するからな。女を舐めないほうがいいと思うけど。

「男か」
「女の連れでもないのに! すれ違いざま、叩かれまして」
「物は」
「わかりません。竹刀袋に入ってたので、竹刀か、木刀か」
「それにしちゃずい分酷いことになってるようだが」
「ええ。だいぶ腫れて、竹刀も持てませんでした。しばらく稽古も休んで、今日久しぶりに復帰したんです」

 隣の隊士が身を乗り出す。
 この男は、確かに昨日稽古に来ていなかったことになる。

「昨日、ウチの隊士が人相の照合に来たはずだが」

 道場主に問うと、悪びれず頷いた。

「昨日は欠席だったとなぜ言わなかった」
「こういう人相で年恰好の門下生はいるか、というお尋ねだったので。当道場に在籍するかという意図のお尋ねとは思いませんでしたから、今日はいないという意味で『いない』とお答えしたまでであります」
「……」

 訊き方が悪い。道場主の言は尤もだ。
 そもそも運が、悪かったのだ。
 近藤の言う通りかもしれない。
 帰り道、平謝りする隊士を叱る気にもなれなかった。連絡を受けた自分も、この隊士が新人であることを認識していたのだ。彼を責めるなら、もっと細かく指示を出さなかった自分こそ責められるべきだと思った。
 つまり、土方が思ったほど事は上手く運んではいなかったのだ、昨日の時点で既に。それだけの話だ。

「もっと目端が利く人を知ってますが……自分、気が利かなくて」

 落ち込んだ隊士がぽつりと溢した。
 聞くともなしに聞いてみると、田舎の幼馴染はそういうのが得意だったんだそうだ。考えてみれば土方も放浪時代、膂力に物言わせるよりも作戦を練って殴り込みを掛けるほうだった。

「人には向き不向きがあるもんだ……って、今朝近藤さんも言ってたぜ」

 今朝の近藤の聴取を思い出し、土方も自嘲気味に答えた。





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