3 ところでなぜ坂田が狙われる側だと思うのか、と沖田に聞いてみた。 沖田は怪訝な顔をした。 「全身の毛ェ逆立ててるじゃあねえですか。野良猫なんて可愛いもんじゃねえ。猛獣でさ。虎かなんかですよありゃあ。気づきませんでしたか」 「いや。全然」 「っかしいなぁ。最初に屯所に呼び出したときも。俺が万事屋に乗り込んだときは特に酷かったですけどねえ。そりゃ、一見いつもの旦那ですぜ? 新八くんやらチャイナやらは、気にしてねえみてーだったし」 「お前が鬱陶しいだけじゃねえのか」 「屯所でみたときゃあ、遠目にもわかったんですがね。その後アンタが取調室に引っ張ってっちまったんで、その後は知りやせんが」 任意同行で連れてこられた坂田は、土方と舌戦はしたし不機嫌ではあったが、それは不意に呼び出され、嫌疑をかけられたことと、取調担当が土方だったからだ。その他に目立って用心深い様子はなかった。いくら贔屓目がちとはいえ、取調に当たったのだからそれくらいわかる。 確かに土方に対しては殺気じみた不機嫌さを露骨に隠さない。それは坂田が『仕掛ける側』だからこそ気配を漏らして憚らないのかもしれないが、たとえ狩られる側になっても坂田がそう緻密に事を運ぶとは思えないし、 「お前に悟られるほどピリピリするか、あの雑な野郎が」 「俺もそこんとこは引っかかってますが、あれァ殺気に近いモンがありやしたぜ」 「テメェを殺っちまう算段してたのかもな。殺っちまえばいいのに」 「俺はいつでも旦那と遣り合う気満々ですぜ。なかなか手合わせしてくれやせんけど」 沖田に対して含むところがあったとは考えにくい。どちらかというとこの二人は波長が合って、始終連んで遊んでいる。だから沖田がファミレス通になるのだ、きっと。坂田と通い詰めてるに違いない。この調子だと甘味処も相当詳しいはずだ。腹立つ。 土方が尾け回していたころの坂田は、酒が入っていたせいもあるだろうが物騒な気配は見られなかった。 (ふわふわ笑ってたもんな) 土方が尾け回していると意識しない限りは。 決して感傷に浸っているのではなく、それを脇に置いて沖田と自分の見た坂田の違いを検討してみても何も思いつかない。 思いつかないのでいったんそれは置き、土方は鉄之介がやっと名前を突き止めた新人を呼び出してみることにした。 ある程度予想はしていたが、彼は山崎が煩く告げ口してきた隊士と同一人物だった。 副長室に初めて入った新人は、見るからに緊張で身を固くして正座している。 「見廻りから帰って来んのが遅いそうだが、なんでだ」 そこから聞いてみることにする。隊士はわずかに震えて身を縮め、下を向いて黙り込む。 「黙ってちゃわかんねえだろう。遅れる原因はなんだ。慣れてねえからか」 「……そうです、が」 「が。他にもあるんだな」 「……」 生粋の嘘つきではないらしい。むしろ嘘を吐き慣れていないようだ。自分なら『が』なんて言わずに『そうです』と言い切るだろうな、と土方は腹の中でニヤニヤした。 「なんだ。俺に言えねえってこたァ、真選組に仇なすことと見做すが」 「違いますっ!」 「それからテメェ、外稽古に出てるらしいな。どこの道場だ」 「!」 「ウチをあんま嘗めるなよ。新人隊士の身勝手な行動くらい、すぐわかる」 山崎のおかげだ、とは思わないでおく。当然の役割だ、奴は監察なのだから。 「外の道場で稽古してるのではありません」 「ほう。そういやウチの道場じゃあ、あんまり見ねえな、お前の顔」 「……ッ! サボってる訳でもありません!」 いや、山崎はサボりだって言ってたよ。あいつもサボってたから何度絞めたかわかんねえけどな。 土方は笑いたいのを堪えて、鹿爪らしい顔を作る。鬼のようだと山崎や鉄之介が震え上がる、アレだ。これ見よがしに煙草を吸って見せたりもしてみる。イライラしてんだこっちは、早く喋れ、という無言の圧力になる。 果たして新人はきょろきょろと目を泳がせ始めた。 「実はっ、その、知り合いと! 近くの神社の境内で……素振りをしています」 「知り合い?」 「はい! 同郷の……入隊試験のとき、彼は落ちてしまいまして」 土方は記憶の糸を手繰る。近藤が落としたと言っていた、あれか。 土方が黙り込むと、新人隊士は焦ってさらに言葉を継いだ。 「頭のいい奴で。俺たち田舎ではずいぶん助けて貰ったんです。でも、剣はあんまり得意じゃなくて。試験には落ちてしまいました」 「そりゃな。剣がイマイチじゃあ、ここじゃ死ぬからな」 かつて伊東鴨太郎という参謀がいた。 頭の極めて切れる男であった。だが切れすぎるのが災いして、彼は真選組を崩壊寸前に追い込んだ。 もちろん伊東は剣も出来る男ではあったが、土方はあれ以来、頭が中途半端に切れるリーダー気取りの人材を警戒している。伊東がその辺にいる田舎の若者とは格が違ったのは誰よりもよく知っているが、あの二の舞はごめんだった。 近藤には伊東を引き合いに出して注意した訳ではないから、単に剣がダメだったのと、土方が密かに団体の中のリーダー格は落とせと忠告していたのが、新人の友人を不合格にした理由だろう。と、土方はおおよそを察した。 「あんなに頼りになる奴でしたから、剣さえなんとかなれば、次の隊士募集ではっ、採用してもらえるかもしれないと思って、」 「おめーら武州出身じゃなかったのか。オトモダチも上京しちまったのか」 「最近になって出てきたそうです。見廻りのときに、声掛けられて」 なるほど。わざわざ引き離したというのに、くっ付いてきたわけだ。向こうから。面倒な奴だ鬱陶しい、と土方は思う。 「剣を教えてくれって言われました」 「そんでテメェはこっちの稽古サボって、そいつと外で素振りでもしてるってわけか」 「……っ、」 「だから見廻りから帰るのが遅くなる、と」 「……どうしてそれを、」 「テメェの話を総合するとそうなるだろうが。ボヤッとするな。テメェが入ったのは真選組だ。お山の大将ごっこは通じねえところだ」 「はい……」 「やめろ。そいつに教えるほどテメェは上手くねえし、テメェは上達しなきゃ明日にでも死ぬ。道場ごっこは終いにしろ」 「……はい」 「今回は見逃してやる。局中法度を読み直せ。敵に内通せし者、切腹だぞ」 「敵ではありません!」 「おめーにとっちゃトモダチでも、ウチにとっちゃ他所者だよ。他所者は明日の敵かもしれねえ。ダメだ」 「……」 「ところで何振ってたんだ。竹刀か」 「いえ。真選組では稽古に真剣を使うのかと聞かれたので、木刀だと答えたら、同じがいいと言うので」 「ふーん。それも部外秘だから。本来は切腹だ」 「……!」 「で、そいつは木刀を振れるのか」 「彼ですか。もちろんです。上手くないだけで、出来ないわけではありませんから」 「なるほどねえ」 道場に連れ出して軽く稽古を付けてみた。 山崎が目くじらを立てたくなる気持ちがわかった。ある程度形にはなっているが、体力不足が目に余る。これなら鉄之介のほうがずっと根性があった。上達は早くないだろう。 素振りを毎日千回、と言い渡すと、わずかに顔を顰めた。馬鹿め、鉄はしつこいほど食い下がってきたぞ、と言ってやりたい。道場に行けば誰かしら稽古しているから、立ち合うなり真似るなりして精進しろと申し渡した。 そして山崎に連絡をつけ、もういいからそこを引き上げて帰ってこいと命じた。電話の向こうで、せっかく今日あんぱん買ってきたのに、などと叫ぶ声が聞こえたが、そのまま電話を切った。 これでやっと山崎を本筋の仕事に使える。 ほっとしたのも確かだが山崎を使いたくない気もした。 結局同じなのだ、あの新人と。 友人を庇いたい。少しでも良いところを副長の土方に認めてもらいたい。 それは、土方が坂田を庇いたい気持ちと変わらなかった。 だが土方は新人隊士ではない。 坂田の嫌疑は晴れていない。可能性がある限り、土方は坂田を疑うべきなのだ。 買い置きの煙草がなくなっていた。灰皿に山と積まれた吸殻が、自分の気持ちの揺れを表していた。 土方は再び自分を嗤った。 章一覧へ TOPへ |