12cmのアイロニー


公園の入り口にある小さな階段。
私たちは並んで座って、足をぶらぶらさせたりしながら、くだらない話ばかりする。

「ねぇ美咲ー?」
「なんだよ」
「キスしやすい身長差って知ってる?」
「なッ、…知るかよ」
「12pなんだって」
「へー、だから?」
「だからさ、美咲」

私は美咲を少しからかうように言った。

「頑張って182p目指してよ」

私の小さな王子様は、その一言で悔しそうな顔をしながらブチ切れた。


『12cmのイロニー』



「渚…てめぇ…本気で俺を怒らせてぇみてぇだな……」
「あっはっは、笑わせないでよ。自称ヤタガラス君(笑)が怒ったとこで、大して怖くないって」
「……上等だコラ」

美咲は立ち上がり、脇に置いてあったスケボーに手をかけようとしたところで……

「ていやっ」

そうはさせるかと私はスケボーを蹴っ飛ばす。
スケボーはカンカンと音を立てながら、あちこちをアスファルトにぶつけ、転がっていった。

私はニヤリと笑いながら、立っている美咲の顔を見上げる。

「あらあら、ヤタガラス君はか弱い乙女にまで手をだす野蛮な男なのかな?」

わざとらしい声で言うと、美咲は小さく舌打ちをして、スケボーを取りに言った。
そして戻ってきて一言「てめぇなんか女じゃねぇよ」と言う。

美咲の言葉に少しムッとするも、まぁ事実といえば事実なのだから何も言い返せない。

私の身長は美咲よりも3p高く、喧嘩だって美咲ほどとはいかなくてもそれなりに強く、大食いで、ショッピングよりも馬鹿騒ぎしてるほうが好きで、

でも―――

「でもそんな私と付き合ってるの、美咲じゃん」
「………っ、るせーよ…」

私がそう言うと、美咲は顔をほんの少し赤くして、そっぽを向いた。

美咲は『彼女』とか『付き合ってる』とか、そういったワードに弱い。
美咲がそんなんだから、まだ私たちはキスもしたことない。
せいぜい、2、3度手を繋いだだけである。

だから、今だにどうしてこんな私たちが付き合えているのかはよくわからないけど、まぁ、たぶん、お互い好きなのだ。

美咲は、立っていることに疲れたのか、先程まで座っていた私の隣に腰掛けようとする。
私は「待って」と階段に腰掛けようとする美咲を制止する。

「…んだよ」

美咲が怪訝そうな顔をしてくるので、私は目を伏せ、小さく首を振った。

「べっつにー?」
「いいじゃん、気になる。言えよ」
「…いやなんていうかさ、こーしてると私でも美咲を見上げられるなって」

美咲を見上げながらそう言うと、
美咲はまた悔しそうな顔をして、けれどすぐに頬を赤く染める。

……可愛い。

そんなことを思っていると、
「渚」と美咲が私の名前を呼ぶ。

「立てよ」
「えっなんで!?めんどくさ!」
「うるせー、いいから立て」

美咲に言われ、私はしぶしぶ立ち上がる。
そして、パンパンとスカートについた砂を払っていると、美咲が私の横を通り過ぎ、階段を一段上った。

「渚、こっち向け」

美咲に言われるまま、私が後ろを向くと―――
一瞬目の前が暗くなり、唇に何かが触れた。

それがキスだと気づくのに、時間はかからなかった。

気づいた瞬間、体温がぐっと上がるような感覚に襲われる。
頭のてっぺんからつま先まで、まるで茹だったように熱い。

「み、みさっ、なん……」

口をぱくぱくとさせながら、後ずさりをする。

後ずさりを――馬鹿だった。
すっかり忘れていた、ここが階段であるということを。

「うわぁっ」
「っぶねぇ!」

私が階段を踏み外すのと、美咲が慌ててバランスを崩した私の腕を掴むのは、ほぼ同時だった。

だが、悲しいことに美咲の力が弱いため、私は美咲もろとも階段の一番下まで転がり落ちてしまった。

「いってぇ…」

幸い、お互い怪我はしてないらしく、
美咲がぶつけた頭をさすりながら立ち上がる。

「っ、美咲!!」

私はそんな美咲の姿を見て、勢いよく体を起こした。

「な、何今の!どーゆーこと!?」
「…恋人にキスしたらまずいことでもあんのかよ」
「〜っ、そうじゃなくて!!」

立ち上がった私の目線は、美咲と同じくらいになる。

「い、今なんでキスなんか急に…」
「12p」
「……は?」
「お前が言ったんじゃんキスしやすい身長なんだろ?」
「…まぁ言いましたけど……」

不思議そうに首を傾げる私に、美咲の顔がぐい、と近づく。

「だから、12pは無理だけど、8pくらい高かったろ。俺の身長」
「……え、あ、あぁ!!」

そこでようやく私は、美咲がわざわざ階段の上の段から私にキスした理由を理解する。

「こーゆーのがよかったんだろ?」
「いやまぁ、別に私は美咲ならなんでも……」

私が小さな声でそう言うと、美咲は顔を真っ赤に染める。

「〜っ、とにかく、いつか絶対お前より背ぇ高くなって見下ろしてやるからな!!待ってろ!!」

美咲はそんな捨て台詞(?)を吐きながら、スケボーを拾い上げてどこかへ行ってしまった。

一人残された私は、くすり、と笑う。

「…ほんと、可愛いなぁ」

私の小さな王子様は


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