昨日怒鳴ってしまったのが原因だろう。いつものように振舞ってはいるが、部員達にどことなく気を使われているのが分かった。部活が始まる前に謝ってきた西谷と田中に至っては、意味の不明な褒め言葉まで投げてくる。多少の居心地の悪さを感じながらも、また問い詰められるよりはマシだと、影山は何も言わず活動を過ごした。


「影山」


ただ一人。謝ってこなかったし、会話もしなかった者がいる。
皆が着替え終わる頃を見計らおうと体育館に残っていた影山は、何故か影山の荷物を抱えて立っている日向を振り返った。


「……んだよ」

「荷物持って来たから、着替えながら話そうぜ。更衣室まで来づらいんだろ」

「……」


イエスもノーも言わないうちに、日向は影山に近付いて足元に荷物を置く。そもそも”話そう”とはどういう事か。怒鳴られていながらまた繰り返すつもりかと警戒する影山と対照的に、日向はさっさと着替え始めた。


「……」

「……」

「……苗字さん」

「!!」

「あの子、おれと同じクラスだったんだな。先生に聞いた」


突然出た名前に、影山はぴくりと反応する。やっぱりその話題かと睨みを利かされても日向は臆する事なく、制服のワイシャツに腕を通しながら続けた。


「放課後に偶然会ったんだ、下駄箱で。別に探ろうとしたわけじゃない」

「……」

「苗字さん、身体悪いんだろ」

「なっ…!んで、そんな事まで」

「話の流れで」

「ッ……」

「お前、この話に行き着かないように、あんなに怒ったんだろ?…だったら、本当に悪かった」

「……」

「知らなかったとは言え、同じクラスの子を何て名前とかしつこく聞かれたら、"友達"として腹立つよな。何で知らねーのって」


今日初めての謝罪だった。言葉こそ簡潔な物だったが、影山がちらりと見た日向の表情は真剣で、イライラも鎮まっていく。汗をかいてない新しいシャツをかぶる手つきは、乱暴ではなかった。


「苗字さん、いつから保健室なんだ?…正直さ、教室で見た覚えがない」

「……入学式の時は、熱があって休んでた。治って登校してきた時からは、ずっと保健室だ」

「教室来れないの?」

「もし何かあったら、周りビビらせんのが嫌だって。それに、出遅れたから今更入りづらいんだと」

「えー!大丈夫だろ、おれもフォローするし!」

「お前が関わるとろくな事ねーだろボゲ日向」

「ああ?!」


もちろん影山は、彼女ー苗字と日向が同じクラスである事は前から知っていたが、言う必要もないので黙っていた。生徒が気にしないように机は余っているように見せたり、生徒に渡す出席名簿から苗字の名前は抜いていたり、教師も工夫していると聞く。端から聞けば気持ちの良い扱いではないが、本人の希望なのだから仕方ない。1年1組としての証は、教師が持つ名簿と下駄箱上にのみ存在していた。


「中学は?同じ北川第一?」

「ああ」

「だったら、烏野にきた奴の中に苗字さんの事知ってる奴もいるんじゃねーの?」

「いや。知ってる奴は青葉に行ったって、」

「じゃあ何で烏野に?」

「……」


バレてしまったら仕方ないとでもばかりに、いろいろと話してくれていた影山の口が不意に止まる。数秒待っても返事がない事を不思議に思った日向は、そろりと影山を覗き込んだ。
そして、目を瞠った。


「え、何。赤くなってんの?」

「ッ、なってねえ!!」


 ここで赤くなる理由がどこにあろうか。僅かだがほんのり赤らんだ顔を日向が指摘してやると、影山は腕で顔を隠しながらそっぽを向く。これは何かある。やっぱり、昨日自分が問い詰めた事は間違ってはいないんじゃなかろうか。だったらどうして、あそこまで否定したのか。どうしても気になった日向は、制服のボタンを留めるのもそこそこに、影山に向き直った。


「なあ影山。真面目に聞くから、怒らないで聞いてほしい」

「あ?」

「お前、苗字さんの事が好きなんだろ?」


 また、影山の頬が赤らんだ。と同時に、苦しそうに眉間に皺が寄った。何かを堪えるように唇を引き結ぶ姿は、昨日、怒鳴った時の雰囲気に近い。だが昨日のようにふざけていないからか、声を荒げてこようとはしなかった。よく反撃してくる影山には珍しい姿に、日向は続ける。


「…なんだよ、やっぱり好きなんじゃん。告白は?」

「……」

「大丈夫だって!お前と話してる苗字さん、楽しそうだった。女の子と付き合った事ないから分かんねえけど、あんな顔、普通しないんじゃないのか」

「……ッ」

「あ、いや、からかおうとしてるわけじゃないからな!ただなんつーか……気に、なった。昨日お前、怒っただろ。告白も出来てないのに、彼女だろ〜とか言われたのが腹立ったのかなぁとか」

「………」

「お、おれなりに、考えて」

「ちげーよ」


 静かな否定だった。その声に、怒りは感じられない。ほっとするのと同時に意外そうにする日向を数秒見つめて、影山は脱ぎ捨てたティーシャツを畳み始める。それを鞄の中に詰めながら、辛うじて聞き取れる声で呟いた。


「もう、フラれた」



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