「もー、何で関わっちゃうんだよ」
「すみません、すみません!でも…なんか断れなくて」
「……ま、そこも日向のいいところか。で?教えられるの?スパイク」
「うぐ」
「仕方ないなぁ。…俺でよかったら手伝うよ」
「いいんですか!?」
「うん」「……という事で。おれより頼りになる人、連れて来ました」
期末試験と二日間の遠征を終えた日向に指定された場所まで来ると、見慣れない男の人も立っていた。名前を菅原孝支というらしい。それは影山の話で聞き覚えがあった、たしか同じセッターの三年生だ。苗字は身なりを正して、自己紹介しながらおじぎをする。
「宜しくお願いします!」
「いーよ、そんな畏まらなくって。日向が安請け合いしてご免ね?」
「うぐぐ」
試合に出るのは影山の方が多いと聞いたが、影山は彼を尊敬していると言っていた。だがなかなか上手くいかないとも言っていた。その理由がここでなんとなく分かってくる。ぷるぷると震える日向をあやしつつ優しく問い掛けてくれる菅原に、なるほどこれは難しそうだなと苗字はこっそり笑った。
「あ、そーだ。…俺達も大会が近いからさ、少しずつしか手伝えないと思うんだ。それでもいい?」
「もちろんです、十分です!!」
「よかった。でもスパイクが出来るようにはするから、安心してね」
「はい!」
そんな二人のやり取りを見ていた日向は、さすが菅原さんと感心していた。体調の事には触れず、けれどなるべく負担を掛けないように配慮し、それも悟られないようスマートに会話を付けてしまった。自分達にも練習があるのは事実だが、表情でバレるだろう日向は感心していた。
「じゃ、早速始めよう。まずは俺と日向でお手本を見せるね。…日向、いくぞ!」
「こーい!」
苗字は、一歩引いた所でその時を待つ。日向が放ったボールは菅原の安定したトスで返され、それを高く飛んだ日向がスパンと気持ちのいい音で打ち抜いた。
久しく間近で見る光景だ。影山が中学のバレー部を引退した後、その年の球技大会の種目になる事もなかったので一年ぶりくらいだろうか。
「…とまあ、こんな感じ。手の振りからやってみる?」
「はい」
「ん。じゃあ、ボール持って」
おれ出来てましたか!?と尋ねてくる日向に親指を立てつつ、菅原の手から苗字にボールが手渡される。この感触も随分久しい。"あの日"から影山は
「お前とはもう、バレーはしない」 と言って、相手をしてくれる事はなくなった。
「おーそうそう、呑み込み早いなぁ。影山に教えてもらってた?」
「少しだけ。必要はなかったので、トスとレシーブに集中してました」
「そっかー…はは、影山が教えてるところなんて想像出来ないなぁ」
フォームを確かめてから、今度は菅原のトスで実践に入る。ボールが浮くとなるとなかなか難しく、あちこちに飛んでいく度に日向が走って取ってきてくれた。
「教える時の影山、優しかった?」
「うーん…優しくはない、かなぁ」
「女子にも容赦ないの!?」
「あはは。そういう気遣いとか苦手そうだもんなぁ、影山」
しかも大体の表現方法が擬音で、分かり辛い事もあった。苗字がそう話すと「分かる!」と頷く日向に、菅原がお前もあんま変わらないよと突っ込む。そんなやりとりに笑ってしまいながら、苗字は気になった事を尋ねた。
「…部活の時の影山君って、どんな感じですか?」
「どんな?んー…普通って言っても答えにならないか。どんな事が聞きたい?」
「えと。上手くやれてるか、とか」
「苗字さん保護者みたい。…やれてると思うよ、皆も影山とこんな感じだし。日向とはよく喧嘩するしね、今も含めて」
「日向君、影山君と喧嘩してるの!?」
「え!?や、喧嘩っていうか……」
バレーに関することは聞けても、個人的な人付合いを影山が語る事はなかったため、苗字には二人の話が新鮮だった。
「っそれより、他に聞きたい事とかないの?」
「聞きたい、事…………あ」
「何?」
「…ううんなんでも」
「いーって、言ってみて」
「…………」
「ん?」
「…………谷地さんとはどんな感じ、ですか」
たっぷりと間を空けて漸く苗字が紡いだ一言に、二人は目を見張る。それからいつまで待っても口を開かないので、耐え兼ねた苗字は赤くなって「あの!」と急かした。ハッとした二人は一度顔を見合わせると、どこかニタリとして振り返る。
「ねえ苗字さん、よかったら──」