会長がツイッターアカウントを作ったときのお話
(01.転入なうの05)













 理一にツイッターのアカウントを作ってもらうことにした、のはいいのだけれど。ストラップもなにも着いていないシルバーの携帯を操作する理一の様子を見ていて、わかったことが一つある。

「メールアドレスは……k、a、s、h……ああ、行き過ぎた……h……えーっと、」
「………あのさあ、理一」
「ああチクショウ、また行き過ぎた! ハル、お前な。人が集中してるときに話しかけんじゃねえよ」
「え、あ、ごめん。――じゃなくて」

 反射的に謝ってから、そうじゃないとゴホンと咳払い。

「理一さあ……もしかして、携帯苦手なわけ?」
「苦手じゃねぇ。ただちょっと不得意なだけだ」
「いや、それを」

 世間一般では苦手だっつうんだよ。突っ込みかけたものの、液晶を睨み付ける理一のぶすっとした横顔になんとか途中で飲み込む。
 最後まで口にしてたら、理一の機嫌をどれだけ損ねることになっていたか。想像するのはたやすい。

「w、a……かしわぎ、だから……g、g……チッ、gのやつどこいきやがった」
「……あー、理一?」
「だから、集中してるときに話しかけんなって――」
「俺、やろうか?」

 右手に携帯を持ち、左手の人差し指でちょっとずつ文字を打ち込んでいく様子が見てられなくて提案してみた。すると、それに返ってきたのは鋭い睨みで。

「…………馬鹿にしてんのか」
「へ?」
「こいつ携帯もまともに使えねぇのかよって、馬鹿にしてんのか。お前」

――あ、ちょっと言い方ミスった
 苛立ちマックスな理一の声音にそう悟り、俺は慌ててブンブン首を振る。ついでに両手も。

「ちげぇから! 別に馬鹿になんてしてねぇって。単に、俺のが登録手順に慣れてるから代わろうかってだけだっつの! ――ほら、登録しよーぜって言ったの俺だし」

 だから、馬鹿にしているわけではない。そう強く繰り返せば、そこでようやく理一の眉間の皺が少し薄れた。
 ホッと息をつけば、数秒の間ののちに携帯を差し出される。

「やってくれんだろ、登録」
「……おうよ」

 照れ隠しだろうか。不遜な態度の理一をちょっと可愛いとか思いながら、俺はそれを受け取った。
 画面を見れば、まだメールアドレスの入力途中らしい。かしわ、まで打たれたそれにちょっと笑いそうになる。

「理一、メアド続きは?」
「かしわぎ、ハイフン、りーち、ドット、0303、アット、ド〇モだ」
「りいち、ってiふたつ?」
「いや。rから始まるほうのリーチだ。アウトオブリーチの」
「あー、はいはい。reachね」

 そこでアウトオブリーチなんてフレーズを出してくるあたり、頭良いんだなと思いました。まる。

「てか理一、3月3日生まれなわけ?」
「ああ。雛祭りだ」
「やっぱ小さい頃からかわれたりした?」
「そうだな。お陰でちょっとコンプレックスだ」
「はは、俺も一緒」

 カチカチと両手の親指を使って文字列を打ち込みながら、俺は一瞬だけ視線をあげてニヤリと笑う。

「俺、乙女座なんだよね。小さい頃から中学までからかわれまくったわ〜」
「なるほど。お互い苦労するな」
「はは、だな」

 そんなことを話しているうちに入力が終わった。ていうか理一、ドコ〇ユーザーか。一緒じゃん。通りで操作方法が一緒なはずだ。

「そんじゃあ、ハンドルネームどうする?」
「ハンドルネーム?」
「ネットで使うニックネームみたいなもん。俺は『ヤギ』ってそのまんまだけど……」

 ほら、と自分の携帯にプロフィール画面を呼び起こして理一に見せる。

「八木じゃなくて動物のヤギってことにしてるし、本名使うにしても、理一の場合ちょっといじったほうがいんじゃねぇかな」

 個人情報個人情報とうるさく言うわけではないけれど、なにが起こるか解らないし、ガードしておいて損はない。そんなことを考えての言葉に、理一は少し目を伏せなにやら考え出した。

「…………思い付かないな」
「まったく?」
「さっぱりだ」

――うん。名前プラス誕生日っていうアドレスからして、ちょっと想像してはいたけど。

「じゃあ、俺勝手に決めんよ?」
「……ああ、任せる」
「そんじゃあ、」

 かしわぎ、かしわ、かしわ……うーん……。自分から言いだしたものの、いざとなるとなかなか思い浮かばない。どうしよう。
 ちょっと悩んだ末、俺は試しに「かしわ」まで入れて、予測変換をさかのぼっていくことにした。柏木、柏崎など柏のつく名字がしばらく続いてから、柏原市、柏レイソルなどやはり固有名詞が並び、――そして。

「柏餅…………」

 最後のほうにあったそれに目が止まる。かしわもち、柏餅。うん、いいんじゃないか。なんとなく可愛いし、理一に合っている気がする。
 そう思ってカーソルを合わせた。確定ボタンを押す前に確認がてら理一を見上げてみると、こくりと頷かれる。これは、柏餅でいいってことだよな? 半信半疑ながらも、後押しされるように俺は親指を押し込んだ。
 名前の欄に、柏餅の二文字が並ぶ。

「柏餅かいちょー」

 冗談混じりに呼べば。

「なんだ」

 律儀にも返ってくる声。マジメだなぁとちょっと笑う。

「IDはどうする? 俺のでいうと、メエメエヤギさん、ってやつ」

 ちなみに、そのIDはネトゲ仲間のスーザンが決めたものだった。ツイッターが流行り始めたころ、ツイッターしようぜ! の言葉と共に押しつけられたのである。
 スーザンを始めとするネットの知り合いたちが、俺のことを「めーちゃん」と呼び始めたのも同じ頃のことだ。

 懐かしいなぁ、とそう遠くない過去のことを思い返していると、何やら考え込んでいた理一がふと口を開く。

「――それじゃあ、かしわハイフンもちもち、で頼む」
「かしわもちもち?」

 もしかして、俺のアカウントに対抗してんのか。思わずぶはりと噴き出すと、ニヤリと自慢気な笑みを寄越された。

「うまそうだろ、出来たてモチモチの柏餅って感じで」
「確かにうまそう。うまそうだけど!」

 それでいいのか生徒会長!
 案外ユーモア溢れる理一に、俺が心の内で突っ込んだのは言うまでもない。













柏餅@kasiwa-mochimochi
 ついったーはじめてみた

柏餅@kasiwa-mochimochi
 なう













 そのあと、プロフィールページの編集をしてやったり、俺オススメのモバイル用ツイッタークライアントを教えたりして。
 こうして、理一はツイッターを始めたのでしたとさ。



(おしまい)
20121229



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