2017年10月のイベントで無料配布にしていた小話です。
柏餅お誕生日記念にアップします。



!謎時系列!
!ナチュラルに一緒に暮らしている!
!いろいろふわふわとしている!



「なんか、おそろいっていいよな」

 急にそう言い出したのは、理一だった。とくに用はないけど、二人で街へ繰り出した日曜日の昼下がり。ちょうど、ペアルックの服をきて、仲よさげにクレープを食べて歩いてるカップルが目の前を通った時のことだった。

「したいのか? ペアルック」
「いや、それは厳しいだろ」
「そうかあ?」

 厳しいのは多分、理一じゃなくて俺の方だと思う。ととっさに考えてしまった。

「うーん、おそろいなあ」

 服をペアにするのは厳しいし、かと言って、俺たちは二人ともアクセサリーもつけなければケータイにもストラップをつけないタイプだ。なんかじゃらじゃらして邪魔臭くてやだ、ってのがその理由。けど、そうしたら他になにが「おそろい」にできるだろう?
 髪型とか? いやいや、ないない。俺が理一の色にするのはありえないし、理一が俺の色にするのはもっとありえない。理一のこのきれいな髪を染めるなんて論外すぎる。
 うーんうーんと、なんとなく二人して黙り込んでしまう。俺の隣を歩く理一も、きっとなにかペアルックにできるものを探してるんだろう。うんうんうなる声がした。
 手にはスタバの新作フラペチーノを持って、恋人とあてもなくぶらぶら歩きながら、しょうもないことに頭を悩ませている。実にのどかで平和な休日だなぁ。
 なんて思ってると、ふと一軒の店が目に飛び込んでくる。ごくごくふつうの、どこにでもある全国チェーンの靴屋だ。
 より正確には、俺の目を引いたのはその店頭に置いてある一足のスニーカーだった。オーソドックスなデザインの、シンプルな白のスニーカー。地味といえば地味だし、言い換えれば、誰にでも似合いそうなデザインのスニーカーだった。
 あれぐらいストレートにシンプルなら、どうにも着るもの一つとっても高級感が隠しきれないような理一にも、似合うんじゃないだろうか。そう思った次の瞬間には、もう

「なあ、あれは?」

 あれならしやすいんじゃないか? 「おそろい」。と、隣の理一に提案している俺がいた。



「お買い上げありがとうございましたー!」

 それから十数分後。にこにこご機嫌そうな店員の声をバックに、俺と理一は、買ったばかりの白いスニーカーを履いて店を後にしていた。俺の提案を聞いた理一が、速攻

「買おう、今すぐ買おう。今日からしよう、ハルとお揃い!」

 と、鼻息も荒く俺の手を引いて店に入店と同時に購入を決めたのである。俺のサイズも理一のサイズも、ちょうど在庫があったのがありがたい。

「なんかくすぐったいな、これ」

 真新しいスニーカーに包まれた足元に目を落として、理一はふにゃりと顔をほころばせた。くすぐったいっていうその気持ち、俺には痛いほどわかる。俺だって、さっきからなんだかずっと首筋を猫じゃらしでくすぐられてるような気がしてならないのだ。
 わかる人にだけわかる。へたしたら、俺たち二人だけにしかわからない。そんな「おそろい」は、俺たち二人の関係をより一層、ぎゅっと密接なものにしてるみたいだった。どこにでもあるようなこのシンプルイズベストなスニーカーが、理一とおそろいだっていうそれだけで、なんだかとくべつなものに思えてきさえする。
 そんな風に、むふふとなんとも言えない特別感と幸福感に浸ってそわそわ、にやにやしているのは俺だけじゃない。心なしか、隣を歩く理一の足取りもふわふわと軽やかだった。
 あー、くそ。かわいいなぁ、俺の恋人サマは。



 そんなことがあってから、ひと月ほどが経った。

「ただいまー……って、理一はまだか」

 大学から二人で暮らすマンションへと帰り着いた俺は、誰もいない薄暗い玄関で、今日もまた飽きずに履いていたあの白いスニーカーを脱ごうとしていた。よいしょ、としゃがみこんで靴ひもを解きにかかったところで、あれ、と玄関に並んでいる靴が目につく。
 そこにはコンビニやちょっとゴミ出しに行く時なんかに履く用のつっかけサンダルやなんかと一緒に、俺のより少しサイズの大きい、理一のスニーカーが並んでいた。ぴん、と背筋を伸ばして玄関に置かれたそのスニーカーに、俺はなんとなく、ちょっとした違和感を抱く。
 なにが変なんだろう。ほんの少し頭を悩ませてから、自分のスニーカーと理一のスニーカーを見比べる。数回それを繰り返したところで、俺はあっと気がついた。理一のスニーカーのほうがきれいなのだ。それこそ、新品同様に真っ白なままなのである。
 一方で、ほとんど毎日のように頻繁に履いている俺のスニーカーは早くも少しくたびれていた。さすが白いだけあって、汚れも目立つし。

「……そういえば理一、最近あんま履いてないような……」

 最初の二、三日くらいは、それこそ浮かれまくって、コンビニに行くのにも履いていたほどだったけれど。いまじゃもう、最後に理一がこのスニーカーを履いていたがいつだったのかさえ思い出せなくなっている。
 お揃いっていいよな、って言い出したのは理一だし、スニーカーをお揃いにするっていう俺の提案を快く受け入れてくれたのも理一だ。
 けど、やっぱり同じスニーカーを履いてるうちに、男二人でおそろいだなんておかしいと思ったんだろうか。やっぱり嫌になってしまったんだろうか。
 急速に沸き上がってきた不安に、杞憂とは思うもののなんだかもやもやしてしまう。そんな俺の足元では、ほどくのに失敗した靴ひもが、ぐちゃぐちゃにこんがらがっていた。



「あのさあ、理一。お前、最近あのスニーカー履いてなくない?」

 なんで? とストレートに帰宅直後の不安を口にしたのは、すっかり日が暮れて理一が帰ってきてから。ふたりで簡単に夕食を済ませ、なんとはなしにテレビを眺めている最中のことだった。
 ひとりでもやもやと悩んで悩みまくっているよりも、さっさと理一本人にその不安をぶつけてしまったほうが早い。そう思ったのだ。
 俺の言葉を受けた理一は、びく、とちょっとだけ肩を跳ねさせてから「あー」と視線をさまよわせる。

「ば、ばれてたか……」
「いや、ばれるって。さすがに」

 だって理一のスニーカー、きれいすぎるもん。マジでお店で買ったばっか? ってくらいきれいだったもん。使用感ゼロだもん。さすがにいくらなんでも、あちこちで鈍感だ鈍感だと言われまくっている俺でも気づく。

「やっぱ、俺とお揃いとか嫌だったか?」
「ちっ、違う! そうじゃない、そうじゃないんだ……ただ、」
「ただ?」

 ぐいっと身を乗り出して、じいっと理一の目を至近距離で見つめる。ついでに、もともと大して見てもいなかったテレビは電源を切った。しいんと静まり返ったリビングに二人きり。理一はおどおどとまばたきを繰り返し、数回口を開閉させてから、観念したようにこう言った。

「……汚れるのが、嫌で」
「――へ?」

 汚れるのが、いや? それって、スニーカーが、ってことか?

「ここ最近、雨の日が多いだろ。天気予報じゃ洪水確率低くても、帰り際に急にゲリラ豪雨になったりもするし。そういうんで、雨降ってきて泥水とかでスニーカーが汚れたらやだな、と思って……」

 雨の日だけじゃないんだ、と理一は言う。いっぱい歩く予定がある日や舗装されてない土の道を歩く予定がある日なんかも、靴が汚れるんじゃないかと思ったらなかなか履けなかったのだ、ということだった。
 つまり、理一は別にあのスニーカーが嫌だったわけでも俺とおそろいっていうのが嫌になったわけでもなんでもなく。むしろ、あの日のふわふわそわそわした気持ちを引きずったまんま、スニーカーが大切すぎて汚したくなくて履けなかった、ってことらしい。

「え、ええー……」

 なんだそれ、なんだそれ! いくらなんでも可愛すぎるだろう!? 俺の恋人はどこまでかわいくなれば気がすむんだ??
 予想してたのとは別次元の方向で俺の度肝を抜いてくる理一のあまりの可愛さに、ここがこの世の天国か……と思わず天を仰ぎ悶えた。
 相当な金持ちのくせに、汚れたら同じものを新しく買えばいい、って発想が出ないあたりも可愛くて仕方がない。ほんとう、そういうところ理一って面白いよな。だから好きになったわけなんだけど。
 いや、まあ、なんにせよ。理一が俺とのおそろいが嫌になったわけじゃなくてよかった。マジで。

「……でもさあ、俺、思ったんだけど」

 確かに、せっかく理一とお揃いで買った大事なスニーカーが汚れてしまうのはさみしいし、悲しい。汚したくないって思う理一の気持ちもわかる。けど、

「靴が汚れるってことはさ、その分だけお前とあっちこっち出かけたりしたってことだし。思い出の証っていうかなんていうか、靴が汚れたぶんだけ理一との思い出が増えるって考えたら、俺はむしろ、靴の汚れさえ嬉しく思えるけどな」

 理一は、そうは思ってくれないんだろうか。
 どうかな、と首をかしげる俺に、理一の目がたちまちキラキラとかがやき始める。

「ほんっっっと、俺の恋人は最高だな……!」

 次の瞬間、勢いよくがばりと飛びついてきた理一に、俺もまさにいまそう思ってたところ、と俺はだらしないにやけづらを隠しもせずに答えた。



 翌日。珍しく家を出る時間がかぶった俺と理一は、慌ただしく朝の時間を過ごしてマンションの部屋を飛び出した。

「あっ、待って理一! 俺鍵忘れた、鍵!」
「どこだ」
「下駄箱の小物入れの上!」

 俺たちの家の下駄箱には、あざやかな青色の九谷焼でできた小物入れが置いてある。俺たちはいつも、そこに家の鍵とか、普段使いする腕時計とかを入れていた。
 昨日の夜も、もやもやしながらも家の鍵はしっかり定位置に置いていた俺は、ああ、と頷き小物入れに手を伸ばした理一から鍵を受け取ろうとして――

「あ、」
「あっ」

 ちゃりん。鍵を握る理一の指先から滑り落ちた柏餅のキーホルダーに、ふたりそろって間抜けな声をあげてしまった。俺に差し出された理一の右手には、柏餅のキーホルダーがついたマンションの鍵が握られている。俺が理一に「取って」と言ったまさにそれだ。
 そして、理一の左手にもまた、同じ柏餅のキーホルダーがついた鍵が握られていた。これは俺のじゃなくて、理一のである。柏餅の横にちょこんとついた鈴が、俺のは緑がかった青色なのに対し、理一のはちょっと紫がかった現職に近い青色だからわかる。

―――つまり、それがどういうことかと言うと……

 あーあ、となんだか気が抜けてしまう。視線をあげれば、ちょうど理一も同じようにこちらを見ていて、俺たちは思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
 おそろいっていいなとか、なにならおそろいにしやすいかなとか、おそろいがいやになったのかなとか、おそろいだからもったいないだとか。散々騒いでたくせに、実はスニーカーを買うもっとずっと前から、キーホルダーがお揃いだったなんて。これが笑わずにいられるだろうか。

 ああ、もう。ほんとうに。理一との日々はなにもかもがおかしくって、愛おしくて、そして、どうしようもないくらいに最高だ!


(おしまい)
20180303



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