モブたちのスキャンダル事情


同人誌に収録されている「おれのかみさま、」のスピンオフ的なお話です。
本編のネタバレ的な要素を含みますのでご注意ください。





「なあ、あのさぁ」

 長かった梅雨がようやく明けた七月下旬。ずっと気合を入れて準備してきたボーケロイド界のお祭り行事・ボマスが今日、無事に終わった。
 そうして楽しい楽しいアフターに行ったあとの、ふたりきりでの二次会で。テーブルの向かい側で枝豆をむいていた理由が、不意にそう切り出した。

 理由が枝豆をむく、というのは擬人法なんかじゃない。俺の向かいにいるこの男の名前が、「理由」というのだ。
 もちろん本名ではない。ニカニカ動画にボケロ曲の「歌ってみた」動画を投稿するときにだけ使われる、いわゆるハンドルネームである。それが、俺が知っているこの男――パーマのかかったマッシュヘアに大きな黒ぶちのダテメガネという、どこからどう見てもチャラい男の名前だった。

 あのさぁ、と言ったきりなかなか口を開かない理由に、一体なにかと首をかしげる。理由は、枝豆を弄びながら困ったように視線を泳がせていた。

「なんだよ」
「おまえ、笑わない?」
「は? なにがだよ」
「俺、今からめっちゃ突拍子もないこと言うんだけどさ、山猫、笑わないで聞いてくれる?」

 山猫、というのは俺のボケロPとしての名前だ。本名が西表だから山猫。わかりやすいハンネだけど、まあ、俺の本名を知ってるやつなんていないから別にいいだろう。

「理由が突拍子もないのなんていつものことだろ」

 全然面識がなかった俺に「山猫さんの曲歌いました! 聞いてください!」ってメールしてきたり、まだそんな親しくなかったうちから「俺のために曲書いてください!」とか言ってきたり。
 昔から理由はなにかと突拍子もないやつだった。まあ、それがきっかけで仲良くなれたっちゃそうなんだけど。

 だからさっさと言ってみろ、と箸の先を向けて促せば。

「今日のアフター中さあ、俺、見ちゃったんだよね」
「なにを」
「アンドーさんと大老が、キスしてるとこ」
「はあっ!?」

 キスぅ? 予想外すぎる言葉に、思わず身を乗り出す。
 なんだ、それ。なんだそれ。キス? あのふたりが?

「どっちも男同士だぞ」
「わかってるって! だから言ったじゃん、笑わないかって」
「あー、うん」

 確かにそれは、笑わない? って聞きたくもなるわ。
 ちなみに、アンドーさんと大老、というのはどちらもボケロ界の仲間たちだ。
 アンドーさんが俺と同じボケロP、大老はMIX師だ。まあ、ふたりは、イベントのたびアンドーさんちに大老が泊まってるくらい仲が良いし、セットの印象が強いし、わからなくもないけれど。

「てか、いつよ」
「山猫が一発芸披露してスベってたとき」
「スベってはねえよ! ……そうか、あのときかぁ」

 ふむ、と顎の下に手を当てる。
 なるほど。あのふたりが。へえ、ふうん、ほーう。

「じゃあ、俺も言いたいことあるんだけど」
「え、なに」
「俺も見ちゃったんだよ」

 うわ、と理由が顔をしかめた。不穏すぎる、とぼそりとつぶやかれる。その予感、大正解だ。それでも好奇心は抑えきれないのか、なにをだよ、と理由は問うてくる。

「とりっPと稲荷さんさ、今日、ずっとテーブルの下で恋人つなぎしてた」
「うわ、まじか!」

 キスに比べたらインパクトは弱いかもしれないけれど、これもまあ、なかなかアレだろう。
 とりっPというのはいまボケロ界一の人気を誇っているボケロPである。出す曲、出すCDすべてがヒットしている超ヒットメーカーといっても良いだろう。

 そして稲荷さんというのも、とりっPと同じく人気の絵師だ。とりっP関連でしか絵を描かないことと、つい最近まで正体不明だったことでも有名である。
 そんでもって、イケメン。さっき言った大老とか俺の前にいる理由とかもイケメンの部類だけど、それを軽く超えてくるレベルでのイケメンだ。

(そういうコト、なのかな)

 まあ、そういうコトなんだろうなぁ。だって、そうじゃなきゃ変だろう。いくら仲良くたって、男同士で人目を盗んでキスはしないし、テーブルの下でずっと恋人つなぎもしない。

 まじかー、と思いながらも、なんとなく、やっぱりな、と思ってしまうのはなんでだろう。どっちも、もともと異常なくらい仲が良かったからだろうか。
 ふたりとも知名度の高いとりっPと稲荷さんは言わずもがな。大老も、どんな有名Pに声をかけられてもアンドーさんの依頼でスケジュールが空いてなかったり、逆にあとからアンドーさんから依頼が入ったりしたら、簡単に有名Pのほうを断ってしまうことで有名だし。いっそ、大老はアンドーさんと専属契約を結んだほうがいいんじゃないかと、笑いながら言うやつもいるほどだ。

(ふーん。稲荷さんととりっP、アンドーさんと大老がねぇ)

 ふーん、ふーんと繰り返しながら、梅酒ロックのグラスのなかの氷をくるくる回す。
 理由は、相変わらず枝豆をプチプチとむき続けていた。むくばっかりで食べるわけじゃないせいで、皿の上にはつるんとした枝豆だけが溜まり続けていく。

 なにしたいんだろう、こいつ。
 訝しみつつ眺めていると、あのさ、と再び切り出された。

「もういっこ、笑わないで聞いてほしいことがあんだけど」
「おう、なんだなんだ」

 今度は誰だ。誰と誰がなんだってんだ。
 もうここまできたら、絵師のなっちゃんとこないだ組んでたあの若手ボケロPが夫婦だって言われても、実は誰と誰が兄弟だとか言われても驚けやしない。なんでもいってみろとばかりに受け流すと。

「俺」
「は?」
「こんどは、俺。俺の話」
「お前?」

 そう、と頷くそいつに、はあ、と気のない声を返す。
 理由に関するスキャンダルか? びっくりするほど興味ねえ。でも促しちゃった以上、聞かないわけにもいかない。

「お前が、誰となんだって?」
「誰とって聞かれると、今はまだ困るけど……」
「は?」

 なんだそれ。余計に意味わからん。
 頭の上にクエスチョンマークをいくつも浮かべてるだろう俺に、理由は困ったようにへにゃりと笑った。

「俺的には、お前となれたらいいなってとこ、かな」
「ハァ!?」

 俺? なんだそれ? 理由と俺がなんだって? なれたらいいなって、なにに?
 稲荷さんととりっP、アンドーさんと大老。

――俺と、理由?

(なら、俺と理由が……)

 テーブルの下で、みんなに隠れて恋人つなぎをするような? 人目を盗んでキスをするような? そんな関係に? 理由は、俺となりたいっていうのか?

「なんだ、それ、」

 もう一度つぶやいてみるものの、現実味なんて一ミリたりとも生まれやしなかった。
 どこかぼんやりと、夢を見ているかのような気分から抜け出せないままの俺に、理由はテーブルの上に身を乗り出すとぐっと顔を近づけた。

「――どう? 俺とスキャンダルしてみる気、ない?」

 黄色がかった、居酒屋のライトの下。いやに赤らんだ理由の唇が、にまりと意味ありげに歪んだ。





▽理由:東口(とぐち)
ニカニカ動画に歌ってみた動画を投稿している。

▽山猫:西表(いりおもて)
ニカニカ動画にボケロ曲を投稿している。


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