‖ もちめえコレクション
1、柏餅卒業後のもちめえ・初デート編
山を超える長いトンネルを抜けると桜並木であった。目の奥が薄桃に埋め尽くされた。
線路に寄り添うようにして、ずっと延々に桜の木が並び続けている。彩度の高い、目に痛いほどの桃色が一面に広がっていた。
その向こうには、これまた鮮やかな快晴が広がっている。
まだ少し風は冷たいものの、絶好の花見日和であった。
そのうつくしい色を押し込めるようにして、ぐっと瞼を閉じる。それから、どくどくと高鳴り始めた胸の上にそっと手を押し当ててみた。
ちゃりん、とジャケットのポケットのなかで真新しい鍵とキーホルダーが擦れて音を立てた。
▽
『デートをしよう』
そんなメールが理一から届いたのは三日前の真夜中。無事に三学期を乗り切り、春休みに入って数日経ったある日の、例のごとくベッドでごろごろとゲームをしていたときのことだった。
高校を卒業し学園を出て以来、理一はよくメールをしてくるようになった。
最初は携帯で文字を打つ練習かと思ったけれど、メールが送られてくるその時間帯からそうじゃないとわかった。
理一からメールが来るのはいつも真夜中だったのだ。
始まったばかりの一人暮らしの生活と、手伝い始めた実家の仕事のことと、大学の入学準備とで慌ただしい生活を送っている理一のことだ。
夜遅くじゃないと時間が取れなくて、それで、俺に気を遣ってわざわざ苦手なメールを打ってくれたのだろう。
最初、そのことに気づいたときは、理一のいじらしさに思わず身悶えてしまったものだった。
(略)
2、こたつむりいち
雨ニモマケル 風ニモマケル
雪ニモ冬ノ寒サニモマケル
サフイフモノニ ワタシハナリタイ
▽
こたつにすっぽりと肩まで入って、だらーんと天板に体を預け切った理一の様子を見ていたら、そんなフレーズが浮かんだ。
テレビのリモコンをとるにも、コタツに入ったまま手を伸ばし。
食べた後のみかんの皮は、ゴミ箱まで捨てに行かずに天板に取り残されたまま。
挙げ句の果てに、充電中の携帯を本体ではなくコードをひっつかみ綱引きの要領で手繰り寄せる。
がんとしてこたつから一歩も出ようとしない今の理一は、完全なる「こたつむり」と化していた。
(略)
3、酔っ払いもちめえの話
理一は激怒した。必ず、かの交友関係が広く帰宅の遅い恋人を叱らなければならぬと決意した。
理一には機械がわからぬ。理一は、機械音痴である。
書類は手書きで、基本的な連絡は電話で過ごして来た。
それゆえツイッターにあげられた
『ヤギ@meemee-yagisan:仕事でスーザンとたまたま一緒になった!』
『ヤギ@meemee-yagisan:からの、うーたん合流なう!』
『ヤギ@meemee-yagisan:高校時代のメンツでオフ会なう!』
という一連のツイートの意味はよくわからない。
とくに、オフ会という単語がわからない。けれども恋人の不在と浮気に対しては、人一倍に敏感であった。
▽
「おそい」
そうとだけ呟くと、理一はぷくーっと頬を膨らませた。
まるで子供みたいなしぐさだが、やっているのは二十代も後半にさしかかったいい大人の男だ。それも、そこそこ背の高い。
……とはいえ、それが愛しい愛しい自分の恋人がやっていると、それだけで可愛く見えてしまうあたり、俺も大概重症かもしれない。
――いやまあ、今はそんなこと言っている場合じゃないんだけど。
(略)