王子様と和菓子


「本当に、帰ってしまうのか」



 眉をへにゃりと垂らして、金髪の美丈夫が言う。日本人には見られない彫の深い顔はどこかしょんぼりとしていた。いつもなら自信に溢れているアメジストをはめ込んだかのような紫の瞳にも、今ばかりは寂しげな色が混じっている。背筋も情けなく丸まっていて、常ならば首を痛めながら見上げなければならない端正な顔立ちが、今だけはずいぶんと近くにあった。

「まあ、そりゃあ。帰るよ」

 帰らないわけにはいかないだろう。そう答えれば、わかりやすすぎるほどにわかりやすく異国の王子様然としたその男・イスヴァルドは「そうか」と呟いて更にがっくりと肩を落とした。

「ならば、仕方あるまいな。ユーヤにもふるさとがあって、向こうには家族がいるのだからな……」

 仕方ない、とさも納得したかのようにもう一度繰り返すイスヴァルドだが、その手はがっしりと俺のマントの裾を掴んだままだ。言葉とは裏腹に、俺を帰すつもりなどさらさらないらしい。そんなに俺との別れが惜しいのかと、溜息をつく。

――どうしてこんな風にひきとめられているのかというと、話は半年ほど前にさかのぼる。

 老舗和菓子屋の一人息子なこと以外はごくふつうの大学生だった俺・舘野有哉は、半年前のある日、なぜか蓋が開きっぱなしになっていたマンホールから落っこちて、この西洋風異世界クランツ王国へといわゆる異世界トリップしてしまったのだ!

 そこでなぜだか日本人なら誰でも持っている黒髪を「勇者の証だ」なんて言われてしまったからさあ大変。国王様やら神官様やら色んな人に希われて、俺はひとり世界崩壊を企む闇の魔王・ロークと和睦(物理)する旅に出ることになってしまった。

 途中魔術師と仲間になったり剣士と仲間になったりしながら王国の北の果てを目指し、なんやかんやありつつ無事に闇の魔王と和睦(物理)して世界に平和を取り戻したのがひと月前のこと。来たときはどす黒い雲に覆われていた空には綺麗な青が広がり、枯れ果てていた野原には青々とした草木が生い茂り、いくつもの色鮮やかな花が咲いて、瞬く間に気候までもが穏やかな春のそれとなった。王国の民は「国王様、万歳!」と笑顔を取り戻して国王様や神官様は「勇者様ありがとう、ありがとう」と涙涙で感謝してくれた。めでたしめでたし。



――という感じで、俺は今日、元の世界に戻ることになっていた。
 だって俺大学生だし、そろそろ大学いかないと出席日数がやばいし、単位やばいし留年するし。それに俺は一人息子だから帰らないとうちの店の跡継ぎがいなくなってしまうのだ。それは困る。とても困る。和菓子屋「たての」の和菓子が好きで、和菓子を作るのが好きなひとりの人間として、ものすごく困る。
 だから今日、神官様が頑張って作ってくれていた元の世界に戻れるゲートがようやく完成したって聞いて、この大広間に一も二もなく飛んできた。そうして旅の仲間であった魔術師や剣士とお別れを言って、お世話になった国王様や神官様、そのほかお城の色んなひとにお礼を言って、さあ帰るぞと光り輝くゲートの向こうに飛び込もうとしたそのとき。それを邪魔するように俺のマントを引っ張ったのがこの男、国王様の三男でありクランツ王国の王子であるイスヴァルドだ。

 イスヴァルドとは年が近かったこともあり、魔王との和睦後、城で過ごしている間は殆どの時間を一緒に過ごしていた。和睦の旅に出る前も俺のことを心配して軍人をつけるように進言してくれたり、異世界民でありながらも国内での身分を確保してくれたりしたし。だから本当に感謝しているし、できることならもっと一緒にいたかったなとも思う。
 ……だが、

「やはり、このまま帰らず一生をこの国で過ごしたらどうだ、ユーヤ」
「無理だって、現実的に考えて」
「大丈夫だ、安心しろ。お前のことは俺が養ってやる。だからなにも心配することはないんだぞ」
「いやいや、そういう問題じゃないし」
「ならなにが不満なんだ? 伴侶がこの俺じゃ不満か?」
「いくらお前みたいなイケメンでも男が伴侶になるのはたしかに不満だけど、そこじゃないって言ってんだろ」

 俺は帰らなきゃならないんだと昨晩も散々話して聞かせたというのに、諦めの悪いやつだ。無理なんだともう一度繰り返しても、イスヴァルドは「だが」「しかし」ともごもご言い続ける。俺のマントの裾をもじもじといじり続けるイスヴァルドを、国王様も神官様も困惑した様子で見ていた。正直なところ見てる暇があるなら助けてほしい、あんたたちの王子様だろうが。
 どうしたものかと思っていると、不意にイスヴァルドがマントの裾を離した。かと思えば、その手がぐっとこちらへ伸びてきて、手持無沙汰になっていた俺の両手をてのひらで包み込むようにして握りしめる。なんだなんだ、今度はなんだ。思わず身構える俺を、イスヴァルドは、予想外にも真剣なまなざしで見つめてきた。そして、意を決したように口を開いて、震える声で紡ぐ。

「ユーヤ。俺はお前と離れたくない……! 忘れられないんだ。お前の、お前の……



――――お前が作ったドラヤキが、忘れられないんだッ!!!!!!」



 ぽっかーん、である。ぽっかーん。
 そんな真剣な顔をして若干頬を赤らめて、一体なにを言われるのかと思いきや、どら焼きだ?

 確かにこの間、俺の実家が老舗和菓子屋だと話した時に「ワガシとはなんだ?」って聞かれて、俺の国のお菓子のことだよとどら焼きを作ってみせたけれど。確かにそのとき自他共に超甘党だと認めるイスヴァルドは、どら焼きを食べて「ファンタスティック! なんだこれは! うまい、うますぎる! こんなおいしいものを作れるユーヤは天才か?! ぜひともうちの厨房で働いてくれ!!」と大興奮だったけれど。だからってこれは、……ええええ?

「今度作ってくれると言ったイチゴダイフクも、スアマもクリヨカンもズンダモチも、まだ作ってもらってない! それなのに帰られるわけにはいかないんだ!! 頼むユーヤ、どうかこの国に残って、俺のために一生ワガシを作り続けてくれないか……? 俺はユーヤの作るワガシに惚れてしまったんだ!」

 未だ嘗てない熱弁をふるうイスヴァルドに国王様も神官様もぽっかーんだ。どうやら彼らも王子のこんな姿は初めて見るらしい。なんとも言えない空気が城の大広間に流れ始めたとき、突如、日本に繋げられた異世界ゲートの光がぐんと弱まり始めた。焦ったのは神官様だ。

「いけません! このままではゲートが閉じてしまう……! 今回を逃すと、次にゲートがニホンにつながるのは五十年後になってしまいます! ユーヤ様、急いでください!」

 五十年後、の言葉に俺は慌ててイスヴァルドの手を振りほどいた。そのままどんと突き飛ばしてゲートに走る。

「クランツのみなさん、お世話になりました! またいつか!」

 次があるかなんて解らないままに言って、俺は手を振りながら光の向こうに飛び込む。ユーヤ様お元気でという声が遠くに聞こえた。視界が真っ白に埋め尽くされていく。チカチカと世界中が瞬いてふわりとした浮遊感に襲われるその間際、アメジストの光が「ユーヤ」とすぐ近くで輝いた気がした――。





 こうして俺はひとり、西洋風異世界クランツ王国からトーキョージャパン地球へと帰ってきた……はずだった。なのに、

「ふむ! ここがユーヤの生家か! 歴史あるワガシヤと聞いていたが、随分と古ぼけているな」
「……なんでいるんだよ、お前……」

 「たての」の前で立ち尽くす俺のその隣には、長身ブロンドアメジストアイのイスヴァルドその人が、ドヤ顔で立っている。

「うむ。よくよく考えてみたら、お前を引き止めるよりも俺がこちらに来た方が早いと思ってな! こうすればユーヤもダイガクをリューネンすることもないし、俺もワガシが食べられる!」

 まさに一石二鳥! と言わんばかりに輝かしい笑顔を見せるが。

「お前、これからこっちの世界で暮らすつもりか?」
「ああ!」
「住むところは? 飯は? どうやって金稼ぐつもりなんだよ?」

 ここはクランツ王国じゃない。だからイスヴァルドも、王子なんかじゃない。ただそこにいるだけでお世話してもらえるわけじゃないのだ。そのあたりを、こいつはわかっているのだろうか。ていうか、向こうは今頃第三とはいえ王子がいなくなって大混乱じゃないのか?!
 本人以上にやきもきしてしまう俺に、イスヴァルドはきょとんとした風に首をかしげた後、にっこり笑って言った。

「ユーヤがいるなら、きっとどうとでもできる。俺にはわかる」

 お前さえいてくれるなら大丈夫なんだと、何の疑いもない様子でイスヴァルドは言う。あまりに予想外すぎる言葉と、さすが美形なだけある綺麗な笑顔に、俺は不覚にも顔が熱くなるのを抑えられなかった。





「頼むから、帰ってくれ」
  (じゃないとこのままじゃ、変な扉を開いてしまいそうだ)



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