ときめきたい系男子


 ときめきたい。
 きゅんとしたい。
 完熟一歩手前のさくらんぼみたいな、甘酸っぱい気持ちに包まれたい。
 世間一般でいうところの「萌え」が欲しい。
 ありきたりでいい。少女漫画によくある感じの、べったべたなやつでいい。
 とにかく、かわいい女の子といちゃいちゃして、ちょっとクサい感じのセリフを吐いてみたい。

「やだ……長谷くんったら」

 みたいに顔を真っ赤にしてうつむいて照れた女の子を見て、胸きゅんしてみたい。



 そう言ったら、目の前の男はひどくうさんくさそうな顔をした。
 月曜日の朝、繁華街のアスファルト上に嘔吐の後を見つけてしまったときのような。ゴミ袋をあさるカラスの群れから目をそらすときのような。そんな顔だ。

「は? ナニ? つまりは『彼女ほしー』って、そーいうハナシか?」
「簡単に言うとそうなる」
「なら最初っからそう言えっつうの。マジ顔で『ときめきたい』とか急に言われたこっちの気にもなれよ」

 気持ち悪くて仕方ねぇ。
 吐き出すようにつぶやいて、そいつは紙パックの牛乳をすすった。ズゴゴゴゴとストローが音を立てる。中身が空になったてのひらサイズのパックは、片手で簡単にぐしゃりと握りつぶされた。

「椎名さぁ、俺もキモいこと言ってる自覚はあるけど、いくらなんでも親友相手にそれはちょっとひどくねえ?」
「は? 親友? 誰がだよ」
「うおおおい!!!」

 誰って、誰ってなんだよ! 俺以外に誰がいんだよ!
 傷ついたぞ、これはさすがに傷ついたぞ。ゴミ見るみたいな目で見られたときもちょっと傷ついたけども、今度はちょっとどころの問題じゃねえぞ。
 むむむっと唇をひん曲げて、がさがさとビニール袋をあさる椎名を睨みつける。すると椎名はハアとこれ見よがしにデカい溜め息をついた。ちらっと横目に俺をみたかと思うと、なにかを放り投げてくる。

「うおあっ!」
「ぶすくれた顔してんじゃねーよ、不細工」
「ぶっ、ぶさっ……!?」

 慌ててキャッチに成功するも、ついで投げつけられた言葉にガーンとショックをうける。
 や、そりゃ学年で一二を争うイケメンの椎名くんと比べたら、俺なんかただの不細工ですけど?! だからってそんなハッキリ言わないでもよくねえ!?

「椎名お前、慰めてるつもりかもしんねーけどとどめさしてるって気付いてるか?」
「別に慰めてるつもりはねーよ」
「そ、それに、こんな食いもんなんかで買収されねーんだからな!?」
「……って言いながら、すげえキラキラした目で袋開けるのやめろよ、長谷」

 言葉と行動が噛み合ってないぞ、とうんざりしたような顔で椎名は言う。けど、そんなん無視だ。無視。俺は、さっき椎名がくれた菓子パンの袋を空けて中身をほおばった。
 椎名がくれたのは、りんごのシナモン煮をデニッシュ風のパン生地に練り込んだアップルパイパンだ。購買で売ってる、一日二十個限定のやつ。俺の大好物だ。
 口ではつれねーことばっか言うけど、こうやって俺が好きだって知っててわざわざ買ってきてくれてるあたり、なんだかんだ椎名はいいやつだなと思ったりしたりしなくもなくない。
 別に、食べ物につられてるわけじゃない。餌付けされてるわけじゃない。断じて違う。

「つーかさ、長谷。ときめきたいだとかきゅんとしたいだとか、萌えが欲しいだとか。具体的にはどんなんだよ」
「どうって……」

 具体的には、とか言われても困る。そもそも胸きゅんとかそういうのって基本的に抽象的なもんだろうが。なんて無茶ぶりな質問なんだ。思いつつも、そうだなー、なんて言って思案する。

「えーと、強引に抱きしめてみたりとか?」
「へー? そんで?」
「好きだよ、とか耳元でささやいてみたり?」
「みたり?」
「誰かに見られちゃうよ、って恥ずかしがる女の子に、大丈夫だよ、とか言ってキスしてみたり?」
「……長谷お前、とことんドーテー臭ぇな。マジでどこの少女漫画だよ」
「うっせえわ!!!」

 どこの少女漫画だよ、って感じなのはわかってる。つうか、今時こんなべったべたなの少女漫画でもねえだろうなってのも。よーっく、痛いくらいにわかってる。

「でも、仕方ねぇだろうが! イタい夢だってわかってたって、あこがれちゃうもんだってあるんだよ!」
「や、まあ、憧れるだけだったらいくらでも好きにしろってカンジだけどよォ」

 椎名はガシガシと頭を掻く。それから少しためらうような素振りを見せたかと思うと、俺との間にあったビニール袋を脇にどけて、ぐいとわずかな距離を詰めてきた。

「長谷」
「ん?」

 なに? と、アップルパイパンを口いっぱいに詰め込んだまま首をかしげたのもつかの間。にゅっと椎名の長い腕が横から伸びてくる。なんだろう。呑気に考える俺をよそに、その腕は背後から絡み付くようにして俺の体に巻き付いた。
 椎名の体温がべったりと俺の背中に張り付く。梅雨独特のじっとりとした空気も相まって、ワイシャツに覆われた背中がひどく蒸し暑かった。
 ごきゅり、と無意識のうちに口の中のものを飲み下す。

「椎名、」

 暑苦しい、離れろ、なんの冗談だ。
 そう抗議する間もなく、椎名は俺の耳元でささやいた。

「長谷。好きだよ、愛してる」
「し、椎名……?」

 ふざけてんのかと言いかけて、肩越しに振り返った先の椎名がひどく真剣な顔をしていることに気付く。とっさに口をつぐんだ。
 ふざけているようには到底見えない、燃えるような瞳が肉食獣のように俺を捉える。今にも舌なめずりしそうな顔だった。

「どうだ、長谷。ちっとはときめいたか? きゅんとしたか?」

――お前の言う「萌え」は手に入ったか、と。
 眉一つ動かさないままに椎名は問うてくる。静かな声が発せられるたびに、熱い吐息が首筋をかすめてぞわぞわとした。襟足の毛が逆立つようだ。
 ばくばくと、心臓がうるさい。じわじわと全身の体温が上がっていく。甘酸っぱいだなんてとんでもない、ひどく甘ったるい気持ちに襲われた。

 俺が求めてたのはこういうのじゃないとか、俺が言ってたシチュエーションはどれもあくまで俺が「する側」であって、俺がされたいわけじゃないんだとか、相手が女の子なことが大前提なんだぞとか。言いたいことはたくさんあった。
 今の言葉は単に俺の憧れをなぞっただけなのか、それともそうじゃないのかとか、聞きたいことも山ほどある。
 けれど、とりあえず今一番言いたいことは。

「ま、参りました……」

 ときめくとかきゅんとするとか、萌えるとか。
 椎名が俺に与えた衝撃が、そういうレベルのものじゃないことだけは確かだった。





ときめきたい系男子
(ぶっちゃけ、想像以上でした)





(いつだったかツイッターのワンドロワンライ企画でかいたやつです)
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