俺と絵師さんのその後のお話


同人誌に収録されている「俺の絵師さんがこんなにイケメンなわけがない!!」のその後的なお話です。
本編のネタバレ的な要素を含みますのでご注意ください。





「……あの、ふと思ったんですけど、」

 匠司さんと、こどもみたいな、ちょんっと触れ合うだけのキスをしてから数分。至近距離で見つめ合い続けることが急激に恥ずかしくなってきて、俺はわざとらしく話題を変えた。つ、と視線を逸らす。自然、ガラステーブルの上のMacBookが目に入った。

「匠司さん、さっき自分のことニートとか言ってましたけど、でも、東京でてくるまで北海道でもデザイナーやってたんですよね?」

 先ほどの暴露話では、匠司さんの人生波瀾万丈っぷりとその後の「愛してあげる」宣言に気を取られてしまっていたけれど、冷静に考えたら、そのあたりはどうなのだろうか? 一度気になり始めると、どうにも気になって気になって仕方が無かった。

(在宅でデザイナーはやってたけど、バリバリ働いて稼いでたわけじゃないからニートって言ったとか? それとも、ニートってのはちょっと話大きくしすぎただけとか? ……まさか、在宅デザイナーだったっていうのまで嘘だった、ってことはないよな?)

 俺がアレコレと好き勝手な想像を繰り広げつつ、ひとり百面相をしていると、匠司さんは「ああ、それね」となんてこと無いように肩をすくめてみせた。

「うん、やってたよ、デザイナー。正確には、そのあとやり始めた、って言ったほうがいいかもだけど」
「え、それってどういう意味ですか?」
「そのまんまの意味だよ。俺は、鳥羽くんの曲に出会ってから『このまんまじゃだめだ』って思って、もう一回、デザイナーを目指すことにしたんだ」

 でも、北海道にはあんまりそういう仕事自体がなかったから、在宅可の仕事に限られてしまったのだと匠司さんは語る。

「俺が東京の美大出たのに北海道で在宅の仕事してたってのはそういうわけ。卒業してからのブランクもあったし、いろいろ制約もあったし、ここ三年間、ほんと毎日死に物狂いだったよ」
「……それって、逆に言ったら、大きなプロジェクトに携われるようになるとこまで、たった三年で上り詰めたんですか?」
「あー、うん。まあ、そうともいうかな」
「なんですかそれ、めちゃめちゃすごいですね?!」

 さらっととんでもないことを言って、匠司さんは「えへへ」と照れ笑いを浮かべてみせた。えっ、なにこの人。スーパー完璧イケメンな上に超エリートじゃないですか、やだー!

 すごいすごいと繰り返す俺に、匠司さんはただただ照れくさそうに頬を掻く。その様子は、正直ただのイケメンにしか見えない。なのに実は、ただのイケメンじゃなくて若手でやり手のスーパーデザイナーだったなんて。本当、神サマは不公平だ。
 匠司さんにこれだけ多くのものを与えるなら、もうちょっと、俺にもなにか分けてくれてもよかったんじゃないか、とかちょっとだけ思ってみたりする。

 ボケロであれだけ多くの反応をもらえているというのに、「これ以上」を望むのはわがままというやつかもしれないけれど。匠司さんと比べてみたら、俺なんか本当にちっぽけなやつなんだなって、しょんぼりとした気持ちになってしまう。上からコンクリートの塊が落ちてきて押しつぶされそうになっている……みたいな、そんな感覚だ。

(……でも、よく考えたら、その完璧イケメンが好きなのが、俺みたいなやつなんだよな)

 それって、なんだかすごく変な感じだ。誇ったらいいのか、匠司さんの趣味の悪さを嘆いたらいいのか、どっちだろう。
 それに、こんな俺なんかのことを好きになっちゃっているあたり、匠司さんはすでに「完璧イケメン」なんかじゃなくなっているんじゃないか? とも思ってみたり。だってやっぱり、どう考えたって趣味が悪すぎるだろ、好みのタイプ・俺とか。ほんとに完璧なイケメンなら、そういう趣味も良いはずだし。じゃあ、匠司さんは「ちょっと残念な完璧イケメン」とでも言ったところだろうか。どうなんだろう。

 そんなことを悶々と考えていたら、頭がこんがらがってきた。結局完璧なのか完璧じゃないのか、どっちなんだろう。ぐるぐると目が回りそうになっていると、そんな俺を見かねたのか、ちょっとだけ困ったような笑顔を浮かべて匠司さんが口を開いた。

「あのね、鳥羽くん」
「はい?」
「俺、この三年間ね。ずっと鳥羽くんの曲を聞いてきたんだよ」

 企業に属しているわけでもない。だからといって、すごいキャリアや技術を持っている訳でもない。自分は、そんな中途半端なデザイナーだったのだと匠司さんは言う。いや、俺からしたらかなりすごいと思いますけど、と思わず口を挟みたくなる。が、いやに真剣な匠司さんの表情が俺にそうさせてくれなかった。

「在宅デザイナーなんて言ったら聞こえはいいけど、結局は肩身の狭い派遣社員と同じだよ。使い捨ての、使い勝手の良い駒。正直最初は舐められたり、無茶な納期での仕事やらされたりってのも多かったんだよね」
「匠司さん……」
「そりゃもちろん、すっげーつらかったし、もうやめちゃおうかなって思ったときもたくさんあったよ。けど、そういうときに鳥羽くんの曲聞いたら、また『がんばんなきゃな』って思えたから。だから俺、いつも鳥羽くんの曲を聞いて、三年間がんばってきたんだよ」

 それこそ、まるで神サマでも拝むみたいに匠司さんは俺をじいっと見つめる。そして「例えばあの曲とか」と、さっきヘッドフォンから音漏れしていたあの曲のタイトルをあげた。匠司さんは、ふにゃりと表情を緩めると惚れ惚れするような口調で言う。

「あの曲聞いてると、なんか、鳥羽くんに『がんばれ!』って応援されてる気分になるんだよね」
「……あの、匠司さん」
「あっ、いや、ごめん! 俺が勝手にそう思ってるだけだってのはわかってるから!」
「いや、あの、そうじゃなくて、」

 慌ててぶんぶんと手を左右に振る匠司さんに、そうじゃないです、ともう一度繰り返した。すううっと、深呼吸を一つ。
 この曲が一番好きなんだ、って。匠司さんがそう言ってくれたときから、正直、言おうかどうしようか迷っていた。恥ずかしいし、こういう「製作秘話」みたいなのっていちいち人に言うようなもんじゃないと思うし。言わないほうが良いかな、って。

(でも、ここまで言われたらだめだろ)

 言ってしまいたくなるに決まってる。むしろ言うなってほうが無理だ。言わないなんて失礼だとすら、思えてきてしまうじゃないか。

「その曲、なんですけど、――匠司さんの、曲なんです」
「……え?」

 恥ずかしさのあまり、つい声が小さくなってしまう。そのせいで聞こえなかったのかなと匠司さんの顔色を窺うも、匠司さんの「え?」がそういうものじゃないことは、その表情で一目瞭然だった。

 だって匠司さんは、どこか惚けたような顔をしている。信じられないって全身全霊で言いながらも、ちょっとだけ期待するようにほんのり頬を赤らめている。信じたいけど信じられないから俺に「もう一度」の確認を求めているんだって、すぐにわかった。
 だから俺は、わかった上で「信じていいんですよ」という気持ちを込めて繰り返す。

「その曲は、匠司さんの曲なんです。俺、いつも匠司さんに支えてもらってるから、ありがとうございます、って。そういう気持ちで書いた曲なんです」

 匠司さんへの感謝とか、匠司さんの絵がすっごく好きだなって思ってることとか。そういう、俺の「匠司さんへの気持ち」をぜんぶつめこんだのが、匠司さんが好きだって言ってくれたあの曲だった。
 サプライズのつもりで作って収録したこの曲について、俺は、いつか稲荷さんにCDを手渡すことができたらそのときに打ち明けようと思っていた。それが、まさかこんな風に話すことになるなんて。なんだかちょっとかっこわるい。はずかしかった。

 複雑な心境の俺の前で、匠司さんもまた、複雑な気持ちになっているらしい。困ったような怒ったような、それでいて笑っているような。ある意味器用な表情を浮かべながら、匠司さんはじわじわと顔全体を朱色に染めていく。

「鳥羽くん、それって……」

 真っ赤な顔のままに、匠司さんはなにかを言おうとして、けれど、急にバッと顔を背けた。突然のその行動に、え、と思うのもつかの間。

「ッ、ぶえっくしょんッ!」

 匠司さんは、慌てて手で口元を覆いながら、盛大にくしゃみをした。へっくしょおい! と更にもう一つ続く。とてもじゃないけど、目の前のイケメンがしているとは思えないおっさんくさいくしゃみに、つい笑ってしまいそうになる。

「匠司さん、やっぱり寒いんじゃないですか?」
「そうかも……やっぱ、水のシャワー浴びたのはよくなかったかな」
「は?! 水!?」
「そう。さっき、鳥羽くんが寝てるあいだに浴びた」
「ちょ、このクソ寒いのになにやってんですか?」

 どう考えても、いまのくしゃみはそのせいだろう。ばかじゃないのか、この人。いや、俺なんかのこと本気で好きとか言ってる時点で、ばかなのはわかってたことか。
 いったい何をやっているんだと、信じられない気持ちでいっぱいになる俺に、匠司さんは「いや、だって」と言い訳するようにモゴモゴと口を動かした。

「鳥羽くんにあんなことしちゃって、なんていうか、居たたまれなくて」

 頭を冷ましたかったから、と匠司さんは消え入りそうな声で言う。このイケメンが、いたたまれなさから水のシャワーを浴びてくしゃみとかしたりするのか。そう考えたら、ちょっとだけおかしい。
 それにしても、この真冬に水のシャワーを浴びて、挙げ句薄着でいるなんて、本当にバカだ。溜め息をつきながら俺は匠司さんの腕を引っぱった。ばさ、と布団を広げる。

「こっち、入って下さい」

 匠司さんの体を引き寄せるのと同時に、布団の中の隅っこへと体をどけた。そしてそのまま、冷えきった匠司さんの肩に布団をかける。
 二人で一枚の布団を被るのは、物理的にどう考えても無理があるし、狭いことこの上ない。それでも、暖かさは一人で入っているのと比べても段違いである。ぴったりとくっついた肩や背中から伝わってくる匠司さんの体温に、ほうと全身の力が抜けていくのがわかった。

「あったかいですね」
「……そう、だね」

 決して気まずいものではない、ほっこりとした、まあるいイメージの沈黙が、俺と匠司さんとのあいだに落ちる。どこか心地よいそれに、けれど、匠司さんは耐えることができなかったらしい。布団の中でもぞもぞと身じろぎしたかともうと、鳥羽くん、と俺を呼んだ。

「これさ、ちょっと、また襲っちゃいそうで正直やばいんだけど……」
「我慢してください」
「いや、無理だよ! 俺の曲とか言われちゃったら、無理に決まってるじゃん!」

 だからやっぱり離れない? なんて、弱り切った口調で匠司さんは言う。昨晩のあの、俺を襲ったときの勢いはどこに行ったのだろう。やっぱり酔った勢いでだったのかなと呆れてしまうほどのヘタレっぷりだ。そのギャップに俺はまた、ついうっかりきゅんとしてしまう。
 匠司さん、と名前を呼んで、布団の中でぐいっと匠司さんの服を引っぱる。そして俺は、その耳元で囁くようにして、言った。

「……キスまでなら、いいですよ」

 襲っても、と続けた俺のすぐ隣で、ガチン! と匠司さんが固まる気配がした。しかしそれも一瞬のこと。俺の誘いに応えるように、恐る恐ると手を伸ばす。匠司さんの手が、俺のCDケースをそうしていたように、壊れものを扱うみたいにして俺の髪を梳く。そうして、ゆっくり、ゆっくりと顔が近づけられた。ふ、と掠めとるようにキスをされる。綿飴みたいな、ふんわりとしたあまったるいキスを。

――ちなみに、匠司さんの唇が落とされた先は、俺の唇ではなくてこめかみだった。
 このヘタレが、と思ったのは言うまでもない。

「そういえば鳥羽くん、明日……ってか、もう今日だけど、大学?」
「大学は春休みなうですよ、匠司さん」
「ま、まじかー!」
「匠司さんはお仕事ですか?」
「うん、今日が初出勤だよ。挨拶だけだから、昼には帰ってこれるけど……あー、行きたくないなー」

 せっかく両思いになれたのに、鳥羽くんと離れたくないな、なんて子供みたいなことを匠司さんは言う。
 俺と一緒に布団にくるまりながら、「行きたくない行きたくない、行きたくないな〜」と、変なリズムをつけながら何度も繰り返す。

 これもまた、新しい一面ってやつなのだろうか。ネット越しでの繋がりのままじゃ、決して見ることが出来なかっただろう匠司さんの新たな表情に、自然と口元が緩む。
 相変わらず、ぎゅっとくっついた匠司さんの体から伝わってくる心臓の音はうるさくてしかたない。でも、それにつられたみたいに、俺の心臓もどくどくとうるさくなっていく。どんどんスピードを増す。
 だんだん早く、だんだん強く。こういうのって、音楽用語でなんて言うんだっけ。

「あの、匠司さん」
「うん?」
「……匠司さんが帰ってくるの、今日、ここで待ってても良いですか」

 こんなことを言って、引かれたりしないだろうか。ちょっとだけ不安になりながらも、ふっと思いついたことを口にしてみる。駄目って言われたらショックだな、とぎゅっと身構えてしまう俺に、匠司さんはきょとんとした顔でやや首を傾げた。

「え……いいけど、なんで?」
「俺も……」

 俺も、もうちょっと匠司さんと一緒にいたいと思ってしまったから、とはさすがに言えず。なんとなくです、と笑って誤摩化してしまった俺も、人のことを言えないヘタレやろうかもしれなかった。



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