あいの花/ポピーの手紙


同人誌に収録されている「あいの花」のその後的なお話です。
本編のネタバレ的な要素を含みますのでご注意ください。





「う〜、さっむぅ……」

 三月に入っても、まだまだ寒い日が続いてた。
 先週はあったかかったから、もうコートはいらないかと思ってブレザーだけで来たけど失敗だったみたいだ。セーターはもちろん、シャツの下にはヒートテックも着込んでるけど、やっぱり寒いものは寒い。はーっと指先に息を吐きかけて手をこすり合せながら、俺は早足で温室に向かった。

 温室に入ると、あったかい空気がふんわりと俺を包み込む。色とりどりの花が俺を迎えてくれた。冬はあんまり花は咲かないのかなってちょっと前までは思ってたけど、そんなことはなくて、温室には相変わらず色んな花が咲いてる。アネモネとか、スイセンとか。
 個人的には、ツバキの花が結構好きだったりする。ツバキは、花の終わりに枯れるんじゃなくて急にぼとって花が落ちるのが、首を斬り落とすときみたいで縁起が悪いって言われてるらしい。でも、そんなの関係なくツバキの花はキレイだと思う。二月の初めに雪が降ったとき、裏庭のツバキの木に雪が積もってるのを見たときのあの衝撃は今でも忘れらんない。白と赤のコントラスト、っていうのかな。それがすっごくキレイで、しばらく寒さも忘れて見入っちゃったくらいだった。

 俺がこの温室のことを知ってから、もうすぐ一年になる。たった一年って言えばそうだけど、この一年の間に俺はたくさん花の名前を知った。一年前までは花なんて咲いてても気にもしてなかったのにって考えると、やっぱり一年って長い。
 俺に花の名前を教えてくれたのは、この温室の主的な存在の槙島だ。バラが土から生えることもコスモスの育て方も、ツバキが縁起悪いって言われてるってことも、全部槙島が教えてくれた。

 そんな槙島は、今日も変わらず、この温室にいる。

「まきしまー?」

 がさっと背の高い木をかき分けるとちょっと開けたところに出る。ベンチが一個置いてあるその場所の花壇の前に、俺の探してた人はいた。
 俺の声に反応して、少し丸まってた背中がこっちを振り返る。

「早坂」
「やっほー、お疲れぇ」
「遅かったな。またどこかで居眠りでもしていたのか?」

 ちょっと前から兄貴の就活が始まって、弟の高校受験もついこのあいだ無事に終わった。だから家で兄貴と弟がバトることも、俺がそのせいで寝れなくなるなんてことも、学校でところ構わず居眠りしまくることももう無いって、槙島は知ってる。知ってて、わざとからかうみたいに槙島は言うんだ。

「違うよぉ、ちょっと用事があっただけぇ」
「南雲先生か?」
「ん〜ん、仁志センセ。南雲チャンとケンカしたからーって、俺になんとかしてほしいみたい」
「迷惑な大人たちだな」
「ほんとにねぇ。俺たちを見習ってほしーくらい」

 けらけら笑いながら隣にしゃがみ込めば、槙島は手にしてたスコップを一回置いて軍手を外す。最初は土で汚れるのなんて気にせずに素手で土いじりしてた槙島は、夏休みが明けたくらいから軍手を使うようになった。一年以上素手でやってたんだろうにどうしてなのかって聞いてみたら、槙島は真顔でこう答えた。

『軍手をしていれば、お前に触りたいときに軍手を外すだけですぐに触れられるから』

 つまり、素手でやってると土が俺にも土がついちゃうから簡単には触れない、っていうのが槙島はイヤだったらしい。……や、槙島がホンキでそんなこと言ったのかわかんないけどね。っていうか、多分ジョーダンだと思うけど。

 でも、なんとなく槙島はあの夏休み前の日以来ふっきれた気がする。雰囲気もちょっと変わった。今だってさりげなく俺の髪を触ってるし。大体いつも、気づいたら頭をなでられてたり、ほっぺた触られてたりするんだよね。ほんと、いつの間にって感じ。
 けど、槙島に触られるのも、前は花を見るときによくしてた、今は俺限定になりかけてるあの優しい目で見つめられるのも、あいにくとキライじゃない。だから俺的には、槙島の変化は結構うれしかったりする。

「あっ、あのさ! 槙島」
「どうした」
「今日、ってさ」

――なんの日か、知ってる?

 じっとこっちを見てくる槙島の目から逃げながらボソボソと小声で聞いてみる。槙島は、一回俺の髪を触るのをやめて「今日?」って、首をかしげながら考え始めた。

「……確か今日は、九日だよな」
「うんっ。三月九日!」
「三日なら桃の節句だが……今日?」
「わかんない?」
「ああ、すまない」

 色々変わっても、変なとこまじめなのは変わってなくて、槙島はほんとに申し訳なさそうに眉を八の字にする。ふだんはどっちかっていうと「かっこいい」だけど、こういうときの槙島はかわいいなぁって思っちゃう俺がいる。

「じゃあ、正解言うね? あのね、三月九日ってことは三と九でしょ?」
「ああ」
「だからサンとキュウで、サンキューの日なんだって!」

 サンキュー! ってもっかい繰り返しながらにこって笑えば、槙島もつられたのか「ああ、なるほど」って笑ってくれた。

「――っと、まあ。ここまでが前置きでね?」

 はいって言うのと同時に、俺は温室に入ってからずっと背中に隠してたものをズズイと槙島の前に差し出した。

「ポピー……?」

 ぼそりとつぶやく槙島。視線の先にあるのは、白地に赤い花が描かれた封筒だ。その花の名前はポピー。実はこれも、槙島が名前を教えてくれた花のひとつ。
 赤いポピーの封筒の表には「槙島へ」って、俺の字で宛名が書いてある。フツーの黒いボールペンで書いた字だけど、ゆっくりていねいにって気をつけて書いた。

 一年前と比べたら、俺の字も結構変わったと思う。少なくとも、前みたいにテキトーで雑なミミズがのた打ち回ったみたいな字じゃないから、変わったって言っていいハズだ。

「これ……」
「今日、サンキューの日だからさ〜。槙島に、日頃のお礼に? 感謝を込めて? 久しぶりに手紙書いてみようかなーって思ってさ」

 槙島との文通は、夏休み前のあの日に終わった。だって、文通なんてしなくたって本人がいつでもすぐそばにいるから。どっちが言い出したってわけじゃないけど、自然にそうなった。
 今の俺はもう、槙島のメアドも電話番号も知ってる。顔だってわかる。言いたいことがあったら、面と向かってちゃんと槙島の顔を見ながら話ができる。だけど、たまには初心に帰って手紙でっていうのもアリかなぁって。そんなことをふっと思いついたのは、昨日の昼休みのことだった。

 槙島に「用ができちゃったから」って言って、めずらしく温室に寄らないで学校を出て。赤いポピーの柄のレターセットをあちこち探しまわったのが昨日の放課後のこと。季節外れのポピーのレターセットがようやく見つかったころには、とっくに外は真っ暗になってた。
 それから家に帰って、ウンウンうなりながら一生懸命感謝の気持ちを込めた槙島への手紙を書いてたら、寝るのもすっかり遅くなっちゃった。だから今日は久しぶりに寝不足気味だったりする。けどそんなのぜんぶ、槙島のことを思ったらなんてことなかった。

「いつもありがとうね、槙島」

 こんな俺を好きって言ってくれて、こんな俺と一緒にいてくれて、どうもありがとう。それから、

「これからもよろしくね」

 ほほえんでみせれば、槙島が驚いたみたいに目を見開いた。ふだんはあんまり見せない表情にちょっとだけユーエツ感。槙島のこういうカオを知ってるのが俺だけだったらいいのになって、ちょっとだけ思ったりする。

 俺の突然の行動を、槙島はどう思ったんだろう。ドキドキしながら返事を待ってたら、パチパチとまばたきを数回したあとに槙島は「心臓が止まるかと思った」なんて言った。その言い方がなんだかおかしくて、俺は思わずぷって笑っちゃう。

「へへへっ、いつも俺ばっかドキドキさせられてるから、お返しだよー、だ!」

 よっしゃ、目標達成! そう思ったとき、急に槙島の両腕が俺のほうへと伸びてきて体を引っぱれた。勢いのまま槙島の腕の中に倒れこんだら、ぎゅっと抱きしめられる。
 槙島の大きな手が俺の背中に触れてるのがわかった。槙島に触れられてるとこだけ、なんだかやけに熱く感じる。

「ありがとう、早坂」

 耳の辺りでささやかれた言葉に、じわっと胸のあたりにあったかいものが広がった。自分が伝えたかったのと同じ言葉を返してもらえたり、同じ気持ちを返してもらえるのって、すっごく幸せなことなんだなぁって。あったかい腕の中でしみじみ感じた。
 そっと槙島の背中に腕を回す。槙島がブレザーを脱いでてくれてよかった、なんて思いながらセーターを握りしめる。

(あんま強く握ったら、シワになっちゃうかな)

 そしたらごめんねって心の中で謝って、きゅっと指先に力を込める。ちょっとだけ、槙島が俺を抱きしめる力も強くなった。

「……好きだよ、槙島」
「ああ、俺も。愛してる」

 ためらいなく返して、槙島は俺の耳の裏にちゅっとキスをした。槙島は変なとこまじめでカタブツっぽいのに、時々こんな風に俺が思いもしないことをしてくる。心臓がいくつあっても足りないってのは、こういうことなんだろう。

「早坂……」

 俺の名前を呼びながら、槙島は今度は俺の首筋に唇を押し付けた。きつく吸われる感覚で「あ、今、アトつけられたな」ってわかる。シャツのボタンを一番上までとめたら大丈夫かな? っていうギリギリのとこをねらってキスマークをつけてくるあたり、槙島はズルい。

 明日体育あんのになぁ、ジャージ着たら隠れるかなぁ。って、そんなことを考えてたら、密着してた体をちょっとだけ離された。じっとまっすぐに見つめられる。次になにをされるのかなんて、槙島の目の色を見たらすぐにわかった。
 ゆっくり近づいてくるいとしい人の顔を目に焼き付けてから、そっと目を閉じる。俺はふっと、秋頃に槙島と一緒にポピーを植えたときのことを思い出した。

『ポピーは、色によって花言葉が違うんだ』
『へえ、そうなんだぁ。どんなのがあるの?』
『一般的に、白いポピーは「忘却」と「眠り」、赤いポピーは「慰め」「感謝」なんかがそうだと言われている』
『ぼーきゃく、眠り……なぐさめ……なんか、むずかしそうなのばっかだね?』

 俺にわかりそうなのは眠りと感謝だけだなぁ、とか。そんなことを言った秋の日がすごく遠く思える。

 もう少ししてもっと温かくなったら、きっと、槙島が手入れしてたこの花壇に赤いポピーの花が咲くんだろう。それを二人で見て、きれいだねって笑いあって。それでまた、俺たちは新しい花を植えるんだろう。
 そういう毎日の繰り返しで、ずっと槙島との日々が続けばいい。やさしくてあったかい幸せが続けばいい。心のなかでそんなことを願いながら、俺は、槙島からのくちづけを受け入れた。



topmain
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -